第2話 プルミエディア、闇王国へ


「うン、そろそろ期限だネ。《ドラゴニック・オーラ》も結構使いこなせるようになったシ、及第点じゃないかナ」

「本当? あたし、フィオグリフの役に立てるかな?」

「たぶン。近距離に持ち込まれたらどうカわからないけド、遠距離での撃ち合いなラ邪神相手でモいい勝負ができるんじゃないカ?」

「そのあたしが全然勝てないあんたは何なのよ……」

「アハハ、ワガハイは龍王だからネ。リンドの坊主やアスガルテの小娘より遙かに強いんダ。邪神だって昔倒したことがあるヨ」

「へ、へぇ……」


 荒れに荒れた異空間での百年間が、ようやく終わりを告げた。感謝はもちろんしているけど、シャヴィったら本当に鬼畜コーチよ。あたしが気を失いそうになっても手を緩めないし、何度殺されかけた事か。まぁ、あたしがそうしてくれって頼んだんだけどね。だって、普通に鍛えていたんじゃ足手まといのままだもの。


 でも、おかげでかなり強くなれたと思う。

 長年の研究の末にシャヴィが見出したという《ドラゴニック・オーラ》も扱えるようになったし、あたしが半分人間を辞めて“龍人”になったことで、シャヴィだけが使える《龍闘技》や《龍霊術》も教えてもらうことができた。

 エルフみたいに何百年も鍛えたならまだしも、たった百年でここまで来れたのは、シャヴィ曰く「プルルンあたしはそういう、人外の秘技や能力に向いた、元人間にしては特異すぎる才能を持っていたから」らしい。レラちゃんを差し置いて暗黒霊術を多少は扱えるようになったのも、そのおかげだろう、と彼女は言っていた。


 正直、驚いた。あたしなんて、何もすごい事なんてできない、持っていない、ただの凡人だと思っていたから。でも、すごく嬉しい。だって、これで前よりは、フィオグリフの力になれるんだもん!


「えへへ」


 思わず、にやけてしまった。


「どしたノ? キモいヨ?」

「うるさいわねっ!」



 この仮面龍王、毒舌なの。その点でも何度か心が折れそうになったわ。


 さてさて、それはともかく。


「こほん」

「ン。じゃあ暗黒神様を探しに行こうカ」

「それなんだけど、あなたの仲間は探さなくてもいいの?」


 理由は教えてくれなかったけど、シャヴィは人間の形をとって、人間の世界でハンターとして生活しているんだって。ランクは、二位。なんでも、一位と三位、そして四位のハンターたちが彼女のパーティーメンバーらしいんだけど、そっちも当然はぐれてしまったわけで。なら、探してあげるのが普通じゃないかしら。


「前も言ったじゃないカ。一位には気まぐれで《ドラゴニック・オーラ》を教えたりしたけど、アレらはただの退屈しのぎダ。はぐれたらはぐれたで構わないサ」

「……ふぅん……。あたしも、ただの退屈しのぎ?」

「それとこれとは話が別だヨ。なんたってキミは暗黒神様と直接関わった人間。それも、あの御方と近しい関係にあル、伴侶候補。しっかり最後まで面倒を見るゾ」

「その意見、最後まで曲げないのね……。あたしなんかじゃ、フィオグリフには釣り合わないと思うんだけどなぁ」

「そんな事ないサ。まあ、ここで言い合っていても時間の無駄だ。さっさと異空間を出よウ。じゃないと外ではどれほど日数が経っているかわからないヨ」

「それもそうね」


 シャヴィは一貫してあたしをフィオグリフとくっつけたがっているけど、あたし自身は絶対に無理だと思っている。そんな器じゃないし、自信ないもん。強くなったと言っても、まだまだフィオグリフには遠く及ばないしね。

 そんな事をぶつくさつぶやきつつ、あたしは百年ぶりに外の世界へと足を踏み入れた。


 さようなら、シャヴィの異空間。


 ただいま、フィオグリフの居る世界。



 久しぶりに見る青い空を眺め、そっと深呼吸をする。

 空気がおいしくて、どこからかいい匂いがして。生きているって実感できるわね。


 でも、あたしの姿はあんまり変わらない。龍人になった影響で、肌の一部が龍鱗になってはいるけど、それは服で隠れて見えない部分だから、あたし自身特に気になる事もない。ただ、さすがにフィオグリフには嗅ぎつけられるだろう。でも大丈夫。あの人はそんな事でどうこう言ってきたりしないから。


「ン~」

「どうしたの?」


 百年ぶりの外の景色を見て感慨に耽っていると、急にシャヴィが難しい声を発した。何か問題でもあったのかしら?


「ン。いやネ、辺り一帯を探知してみたんだけド、地形が丸っきり変わっているとしか思えないんダ。変なところに山があったリ、森があったりネ。飛んでいこうかナ?」

「地形が……?」


 ふと、百年前の事を思い出してみる。あっ、こっちの時間では一カ月前だった。


 えーと、あたしたちが飛ばされたのは、恐らくあのミルフィリアっていう勇者が何かをしたからよね。となると、あの女が地形をいじったのかしら……? いったい、何のために?

 突拍子もない事を考えている気はするけど、あのフィオグリフとまともにやり合う事ができるほどの実力者だもの。地形ぐらい容易く変えられてもおかしくはない。


 ……なんだか、あたしも大分フィオグリフに毒されているわね。常識が無くなっている気がする……。


「上から様子を見て、人の気配を感じられたら降りてみる?」

「そうしよウ。一応、警戒はするんだヨ?」

「うん」


 そして、あたしとシャヴィは霊術を唱えて浮き上がり、空の彼方から街か村を探すことにした。

 いくら力を得たからといっても、それで慢心するほど馬鹿じゃない。シャヴィだって最強なんかじゃないし、あたしなんて以ての外だ。他に強い怪物はいくらでもいるはず。今まで通り、普通に警戒していくだけよ。



 二人並んで飛行する事、数十分。思ったよりも早かった、と言うべきか。

 高い城壁に囲まれた都市を発見した。とりあえずはあそこに行って情報収集といきますか。


「シャヴィ」

「うン。少し遠めの場所に降りテ、正門から何食わぬ顔で入ろうカ」

「まるであたしたちが犯罪者であるかのような言い方はやめてよ」

「アハハ」


 陽気に笑う彼女を半眼で睨みつつ、言われたとおりに少々都市とは距離がある場所に降下、着地。そこからゆっくりと歩いていく。

 さて、果たして何があるやら。まず、ここはどの辺なのか、そこから調べないとね。


 正門にたどり着くと、あんまり多くはないけど、ハンターらしき格好をした人たちが門の前に並んでいた。その最後尾につき、列が進むのを待つ。


 そして──。


「君たち、ここらでは見ない顔だな」


 いよいよ入場という時に、衛兵に声をかけられた。まあ、案の定というべきかしら。


「はい。あたしはプルミエディア。で、こっちはシャヴィ。両方ともハンターで、元々は違うパーティーなんですけど、訳あって今は二人で活動しています」

「なるほど、ハンター……か。うん、わかった。入っていいよ」

「ありがとう。あ、この街の名前を教えてもらっても?」

「やはり君たちも一カ月前の例の日に……? ああ、〈闇王国ダークキングダム〉の首都、《ズィーゲンブルク》だよ。ようこそ」


 割と親切な衛兵から、今居る国と、この街の名前を教えてもらうことができた。それはいいんだけど、闇王国ダークキングダム? 何それ、初めて聞くんだけど……。それに、一カ月前と言えば、あたしが飛ばされて、シャヴィと出会った日と重なるわよね。


 なんだか、気のせいかもしれないけど、この街でも一波乱ありそうな予感。まず、何よ闇王国ダークキングダムって。名前からして魔王か邪神かでも居そうじゃない。


 地形の変化といい、聞いたこともない国といい、まるで異世界にでも飛んでしまったみたいに思えるわね。さすがにそれは無いだろうけど、“異世界が”飛んできた、とかならあり得るかも。って、シャヴィが言ってた。


 んなバカな、と一概には言い切れないのがこの世界。

 何せ、フィオグリフとまともに戦える人間が居るぐらいだものね。いや、大昔の死人だけど。何が起きても不思議じゃない。そう、まるで夢か何かとしか思えないような、非現実的な事でも、充分起こり得る。


 とにかく、まずはこの国について調べるために、様々な噂を集めることにしよう。噂といえど、案外馬鹿にできないものなのよね。

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