リムディオール編

第1話 英雄様、日焼けする


 クリスと出会ってから一ヶ月が経った。一応村は見つけたし、現在居る国の名前もわかったのだが、どうやら地理関係がおかしくなっているらしく、地図が役に立たないという悲しい現実が待っていた。


 そして、そんな中、私は──。



「ふぅ、とりあえずはこんなものでいいかね?」

「いんやぁ~、助かっただよ~。おめぇさんほんっとにすんげぇなぁ。慣れてるはずのオラたちより何倍も作業が速いっぺ」

「ははは、まぁそれほどでもないよ。今日の夕飯、楽しみにしている」

「任せるべ! オラのヨメさんは、びっくりするほど料理上手だかんなぁ!」

「そうかそうか、素晴らしいな」

「へへ、そうだっぺ? でも、おめぇさんのヨメも、すんげぇ料理上手だったべなぁ」

「だからアレは私の嫁ではないと……。まぁ、確かに奴の手料理が美味いのは事実だが」

「お互い幸せもんだっぺ」

「かもな」



 ──田舎で、日焼けしていた。



「お~い、フィオグリフ~! おやっさ~ん! ごはんできたよ~!」


 田んぼが広がる長閑な場所に、クリスの声が響く。この辺境に住む農家のおやっさんの家で、おやっさんの奥方と一緒に料理を作ってくれていたのだ。


「ああ、今行く」

「噂をすれば、ってやつだっぺ。ちょうどオラ腹ぺこだ~」

「私もだよ、おやっさん」

「んじゃ行くべよ、フィオグリフのダンナ」

「うむ」


 農作業を終え、腹を空かせていた私とおやっさんは、満面の笑みを浮かべて家へと向かうのだった。

 全てが終わった後、煉獄でくっちゃ寝することばかりを考えていたが、いっそのこと暗黒獣を引き連れて、ミリーナと一緒に農家をやってみるのもいいかもしれん。これはこれでなかなか楽しいものだ。



「あんた、お帰り。ダンナさんも、おなかが空いただろう? クリスお嬢ちゃんと一緒に、とりたての野菜で作った料理、たんとお食べよ」

「えへへ、私も色々やってきたつもりだったけど、奥さんの料理上手には驚いちゃったよ。フィオグリフ、期待していいよ? 絶対、おいしいから!」

「うほ~、うまそうだっぺ~!」

「うむ、ニオイからして既に美味い」

「あんたたち、ヨダレを垂らす前にまずは顔と手を洗ってきな! 誰がそんな汚いナリで食卓に入っていいって言ったよっ!」

「「すいません」」


 腹を空かせて家へと入った我々を、まず奥方とクリスが出迎えてくれたのだが、我々の汚れた身体を見た奥方が、鬼の形相になって叱ってきた。

 田舎のオカンは強い。私はまた一つ、重大な事を学んだと言えるだろう。下手したらそこらへんの魔物程度なら撲殺できそうだ。


 気を取り直し、言いつけ通りに身体を綺麗にしてから改めて食卓に入る。

 今度はきちんと笑顔で迎えられた。よかった。




 ──そして。


 想像を絶する程に美味い料理を貪った後、外が暗くなってきた頃に、おやっさんが雰囲気を変えて話しかけてきた。



「……んで、ダンナよ」

「うむ。最初に言ったとおり、私とクリスは出発する。この家もなかなか居心地が良いのだが……、はぐれた仲間を探さねばならんのでな」

「そう、かい……。やっぱり行ってしまうんだねぇ……」

「ごめんなさい、奥さん。おやっさん。一段落したら、仲間たちを連れて遊びに来るから」


 まぁ、いくら居心地がいいからと言っても、さすがにここに留まるわけにはいかない。早くミリーナたちを見つけなければならないし、ミルフィリアの事も捨ておけん。


 少々寂しいのは事実だが、仕方あるまい。


「……今日ぐらいは、泊まっていくっぺよ?」

「いや。こう言っては何だが、やはりここには情報が集まらない以上、滞在するならばせめて相応の大きさがある街の方がいい」

「で、でもダンナさん! クリスお嬢ちゃんも居るのに、外で夜を明かすなんて危ないよ!」

「大丈夫だよ、奥さん。私、こう見えて結構強いんだからっ!」

「うむ。それに、私がついている以上、魔物やならず者どもは、クリスに指一本触れることすらできやせん。安心するといい。コイツは、責任を持って私が守る」

「「…………」」

「……フィオグリフってサラッと恥ずかしい事言うよね……」

「そうか?」


 おやっさん夫婦の心配はありがたいし、並のハンターならば好き好んで野営をしたりはしないだろう。安全に休める家があるならば、まずそちらを選ぶはずだ。

 しかし、私は並のハンターではない。無論、クリスもだ。


「じゃ、せめてオラたちが作った野菜ぐらい持っていくっぺよ。心配はいらねえ。生活に必要な量ぐらいは、確保してあっからなあ」

「おやっさん……」

「あんたもたまには良いこと言うじゃないか。ダンナさん、旅をするにも身体が一番大事だからねえ。ちゃんと野菜を食べて、栄養をしっかりとるんだよ?」

「フィオグリフの健康は、私が管理するから大丈夫だよ! でも、ありがとう。二人のお野菜、大事にいただくね」

「おう、達者でなあ! ……なんなら今度来るときは、二人の子どもさ連れてきてもいいっぺよ?」

「……うむ?」

「なっ!? ちょっとおやっさん! な、なななな……、何言ってるの!? 私とこの人は、そういう関係じゃないってば!」

「照れなくてもいいっぺ~! 男と女が二人きりで旅してるのに、くっつかないわけねえっぺよ!」

「クリスお嬢ちゃん、頑張るんだよ! ダンナさんみたいなイイ男、他にいないよっ?」

「奥さんまで!?」


 どうやら、おやっさんも奥方も、最初から最後まで私たちをそういう関係だと信じ切っているようだ。

 まあ、クリスは良い女だし、私としては吝かではないのだが。


 よし。



「クリス」

「な、なに?」

「私は一向に構わんぞ?」

「「お~っ! さすがダンナ! おとこだっぺ!!」」

「………………ふぇっ!? えっ、ちょ、ええっ!? そ、そんなこと、言われても……」


 奥方もおやっさん同様に訛りが出て、興奮した様子で囃し立ててきた。肝心のクリスはというと、しばらくフリーズした後、顔を真っ赤にして叫んでいる。そして、最終的に顔を俯かせ、両手の人差し指をちょんちょんと突き合わせてモジモジし始めた。


 クックック……。



「…………~~ッッ!! い、行こ!? ねっ!?」

「む? うむ。それではおやっさん。奥方。世話になったな。達者で暮らせ」

「おん! ダンナこそ死ぬんでねえぞ! それと、ヨメっこを大事にな!」

「クリスお嬢ちゃん、元気でね! 怪我なんてしちゃダメだよ!」

「うんっ!」



 こうして、私たち二人は田舎を後にしたのだった。尚、悲しいことに街がどこにあるのかはわかっていない。見事に行き当たりばったりである。



「……リムディオール王国と言えば、小さい割に優秀な霊術士が多くて、結構な数のサウザンドナンバーズの出身地として知られているけど……。まだ田舎だからか、全然そんな感じがしないね」

「そもそも小さな村や、人里離れた場所にある一軒家ぐらいしか見つけていないからな。街の一つや二つでも見つけることができれば、また変わってくるだろうよ」

「それもそっか。ねえ、進むスピードを上げてみる?」

「む、私は構わんぞ。“お姫様だっこ”というやつで運んでやろうか?」

「なんでそうなるのっ!? じ、自分で歩けるもんっ!」

「……ふむ。いや、おやっさんの家で奥方とそんな話をしていたのを盗み聞きしてな」

「堂々と言う事じゃないよね!? って、ほんと何してるのっ!?」

「はっはっは」

「はっはっは、じゃな~いっ!!」


 うむ、実にからかい甲斐のある女だ。いちいち愉快な反応を返してくるから、ついやってしまう。まあ、怒らせない程度におさめておいてやるか。


 そんなこんなで遊びながらも、我々はスピードを上げ、長閑な風景を駆け抜けていった。やがて街道に入り、ようやく我々以外の旅人がちらほらと確認できるようになる。


 どうやら街が近くにありそうだぞ。

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