第2話 プルミエディアの悩み


 皇都バルミディアの高級宿屋にて、広大な一室を借りてどんちゃん騒ぎをしている。主催者は、意外にもリンドだ。


「よぉ、フィオグリフさん。のんでるかー?」

「……お前、酒臭いぞ」

「おうよ! こういう時はきちんと酒を浴びて、ガンガン騒がねーと損だぜ~? ほら、今夜の主役はあんただ! 飲め飲め!」

「ちっ、酔っぱらいめ」


 顔を赤くした男が、鬱陶しく絡んできた。奴曰く、私が見事、史上最速でサウザンドナンバーズ入りした記念らしい。だが、当の本人を差し置いて、参加者たちが飲みまくっているのはどうなんだ。


「ほーら、まだまだあるぜー?」

「元は私が稼いだ金なんだが」

「博打で、だろ? イシュディアでボロ儲けした話は、ちゃーんと聞いてるさ!」

「ふん」


 残念なことに、私は絶対に酔わない。どれだけ飲もうが浴びようが、何ら影響がないのだ。こういった席で、自分一人だけ素面というのは、些かつまらないものだな。


「外で風に当たってくる」

「お、おい? 主役はあんた──」


 リンドの声を無視し、大きな扉を開けてベランダへと出た。そこで夜空を眺めようとしたが、先客が居ることに気付く。


「……飲まないのか?」

「フィオグリフ……」


 寂しそうな表情で星を見ていたのは、プルミエディアだった。いつの間にか姿が見えなくなっていたが、ここに居たのか。


「どうした、浮かない顔をして」

「そんな事、ないわよ」

「いいや、ある」

「うるさいわね」

「悩み事があるなら、聞くぞ」

「…………」


 そんな、今にも泣きそうな面をしていては、何かを抱えているのは丸わかりだ。私だって、その程度は察せる。

 パーティーメンバーとして、大切な仲間の辛そうな顔を見るのは、忍びない。


 観念したのか、深いため息を吐いた後、彼女は消え入りそうな声で語り出した。


「あたしね」

「うむ」

「本当に、このパーティーに居ていいのかなって、思うんだ」

「うむ? 何故だ?」

「だって、皆、すごい人ばっかりなんだもん。あたしなんて、大したことできないし、弱いし、頼りにならないし。自慢できるって言ったら、料理ぐらいだけど、それも、たまたまだし……」

「充分だと思うがな」

「…………」


 なるほど、な。なんとなくわからんでもない。


「それを言ったら、レラやフィリルも、強さはお前と大して変わらんぞ」

「変わるわよ。レラちゃんはメキメキと力をつけていってるし、フィリルは元々あたしなんかより遙かに強いもの。変わらずに弱いのは、あたしだけよ」

「…………」


 まいったな。私から見ると、それほど差はないように思えるのだが。彼女からしてみれば、そうではないのか。


「順位も、あなたに抜かれちゃったしね」

「それはお前がサウザンドナンバーズ入りを断ったからだろう」

「そうだけど。だって、あたしなんか、到底そんな器じゃないもん」

「私は、そうは思わんがな」

「あなたにはわからないわよ。どんな相手だって完膚なきまでに叩きのめせる、規格外な力を持ってる、あなたには」

「……そうか」

「そうよ」


 否定できんのが悔しいな。実際、確かに、なぜこいつがここまで悩んでいるのか、私には理解できん。


「……力が欲しいのか、そんなに」

「欲しいわ。あなたや、ミリーナさんたちと肩を並べられるぐらいの、すごい力が。もう、守られてばかりの存在なのは嫌なのよ」

「そうか」

「役立たずで終わるのは、嫌なの。それじゃ、昔と何にも変わらない。最終的には、捨てられるのがオチ。そんなの、嫌」

「お前の手料理は、好きだぞ?」

「そんなのじゃなくて。はっきり言って、もっと頼られたいのよ。仲間として、友として」

「ふむ」


 まぁな。正直に言うと、魔王や邪神と戦うには、こいつは力不足すぎる。タナトスとの戦いで、それを痛感させられたのだろう。レラとフィリルにも通用する話だがな。


「……プルミエディア」

「何?」

「人は、魔王や邪神と比べて、弱い。何故かわかるか」

「……寿命の差、種族としての差。そんなところじゃないかしら」

「ああ、そうだ。人は、寿命が限りなく短い上に、“才能”という壁がある。魔王たちの『元』である魔物には、才能の壁がなく、寿命も長い。邪神も恐らくは同じだろう」

「それがどうしたのよ」

「“才能”という壁が、人間がたどり着ける“強さ”の最大値を低くし、“寿命”という壁が、人間が“限界まで強くなる”事の難易度を上げているのだ」

「つまり、あたしが弱いのは人間だからって言いたいわけ?」

「そうとも言える」

「そんなの、どうしようもないじゃない。ミリーナさんは例外中の例外だし」


 成功すれば、彼女はかなり強くなる。だが、失敗すれば死ぬ。少々分の悪い賭けだから言わないでおいたのだが、仕方あるまい。


「お前を、私の従神にする事が可能だとしたら、どうする?」

「……えっ?」

「失敗すれば死ぬし、成功する確率は限りなく0に近い。だが、0ではない」

「……あたしは、どれぐらい強くなれるの?」

「“生まれたて”でも、リリナリアやリアクラフト程度なら互角以上に戦えるだろうよ。アシュリーやミリーナ、それにリンドといった“魔王”クラスを倒すには、相当に腕を磨かねばならぬだろうが」

「すごい……」


 私やグローリアのような、神という存在は、“主神”と“従神”の二つに分けられる。

グローリアを“光の主神”(=光神帝)とする従神である、“正なる神々”、という具合に。


 私には、グローリアと違い、未だに従神がいない。必要が無いからだ。そして、その空いた席に誰かを置く権利は、当然“闇の主神”(=暗黒神)たる私が持っている。故に、プルミエディアを神に昇華させる事も可能なはずだ。

 人間を神にしても、私基準でなら大して強くはならんが、人間基準では信じられないぐらいのパワーアップを果たせるだろう。恐らく。


「問題は、お前の精神が耐えられるか、だ」

「あたしの精神が?」

「そうだ。お前は、私が殺した者たちの怨念を全て受け取り、お前自身の“暗黒”という力を、その身に宿さねばならない。何せ、私は暗黒神だからな」

「怨念……」

「ああ。子持ちだろうが既婚者だろうが、私に挑んできた者たちは全て殺したからな。特に、勇者どもやタナトスの怨念は強烈だろうよ」

「そこだけ聞くと、大悪党よね」

「ふっ、たしかにな」


 言ってみたはいいものの、これが果たしてどれほど危険な事なのか、よくわからん。私には怨念など効かんからな。やっぱり止めておいた方がいいのだろうか。


「精神……か」

「ああ。少し試してみるか?」

「そんなことできるの?」

「うむ。目を閉じていろ」

「わかったわ」


 大して手間はかからない。が、万が一という事もある。彼女が発狂死してしまわないように、細心の注意を払わねば。


 目を閉じたプルミエディアの額にそっと手を当て、“暗黒”をちょっとだけ流し込む。



 そして、数秒後……。


「うっ……うええぇえぇッ!!」

「だ、大丈夫か?」


 プルミエディアが吐いた。


「あ、ありえない……なによあれ……」

「だから言ったろう。限りなく0に近いと」

「予想以上……ううん、予想すらしてなかったわ。悪夢よ……あんなの、気が狂っちゃうわ」

「助けて助けて助けて助けてタスケてタスケテイタイタイタイタイタイ……どうしてどうしてどうしてドウしてドウシテコロしたの殺したのコロシタノオカアサアアアアン」

「や、やめてよっ!! 思い出しちゃうでしょっ!! っていうかその声そっくりね!?」

「私は毎晩アレを夢で見ているのだ。慣れたらどうって事はないぞ」

「……嘘でしょ」

「嘘ではないぞ」

「……あなた、よく発狂しないわね……」

「暗黒神だからな」

「そ、そう」


 赤ん坊の声で、童の声で、少女の声で、少年の声で、青年の声で、老人の声で、様々な声で、苦悶の表情を浮かべた死霊がひたすらに身体にまとわりついてくるのだ。それが、延々と続く。

 慣れてしまえば、ただの子守歌でしかないが、人間の身にはキツかろう。


「あれで、ほんの一部なのよね?」

「そうだぞ」

「……少し、考えさせてくれるかしら」

「うむ。まぁ、焦ることはない。私は逃げたりしないからな」

「何だか、あなたが遠い存在に思えてきたわ。あんなのと、ずっと付き合っていたなんてね」

「ふっ、まぁな」


 そう言うと、彼女は部屋の中へと入っていった。


「……強くなりたい、か」


 夜風が心地よい。今日は、安眠できそうだ。

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