第12話 『トラブルラビット』


 依頼を受けて、五日目。


「準備は、いいですか?」

「ああ。いつでも来い」


 コロシアムのフィールドにて、私と、あの、フィリルが睨み合っている。


 これから、彼女との“決闘”が始まるのだ。


  『決闘』と『血闘』の違いは、“血闘”は互いの生死を問わず、観客が付き、勝てば報酬金がもらえるという『興行』の意味合いを持つのに対し、“決闘”は、お互いのプライドをかけ、勝っても別に金品がもらえるとか、そういう訳ではない。また、基本的に相手の命を奪うことは禁じられている。まぁ、『勝った方が負けた方を奴隷にできる』という取引が行われることもあるが。

 今回の決闘も、勝者が敗者を奴隷にできる事になっている。私が望んだのではなく、フィリルがそう言い出したのだ。


 そもそも、何故こんな事になったかというと、依頼を受け、少々のごたごたがあったが、レラの願いに応えた初日の、翌日。

 アレクサンドル卿の屋敷へと向かう道中で、何時になく真剣な顔つきをしているフィリルと出会い、こう言われたのだ。


『フィオグリフさん。私と決闘をしてください。勝者は敗者を奴隷にするという条件付きで。お願いします』


 言われたときは、素直に驚いた。我々と別れ、プルミエディアとも別れ、一人になった僅かな時間で、彼女に何が起こったのか、と。だが、ああも真剣に言われたら、軽い気持ちで居るのではないということぐらいは、私にもわかる。

 共にいたミリーナたちも当然驚いていたが、私が承諾すると、『当人たちが決めたのなら、我々が出しゃばるべきではありません』というリアの一言で、皆落ち着いてくれた。

相変わらず、頼りになるちびっ子だ。

 尚、リアはそれから、血闘士としての仕事をこなすため、一人コロシアムへと向かっていった。その日も当然、快勝だったらしい。



「“契約に従い現れよ、我がシモベ”」


 おっと、意識を現実に戻そう。フィリルが召喚霊術を使ってきた。隙を最小限に抑えるため、まずは低位の召喚霊を呼び出し、時間を稼いでいる内に霊力を練り上げ、高位の召喚霊を呼び出すつもりなのだろうな。

 ちなみに、今はまだ朝方であり、コロシアムは営業時間外なので、観客はいない。そもそも決闘なので当たり前だが。いや、一応ミリーナたちが見守ってはいるがな。


「フィリル。お前の狙いは粗方予測がついているぞ。この私に対して、どう戦う?」


 靄がかかり、輪郭がぼやけている、赤い鎧を着た騎士。低位とはいえ、少々剣術をかじった程度の輩では、こいつに傷を付けることすらできないだろう。それが、既に十体ほどいる。

 が、当然、私の敵ではない。

大剣を横に払い、向かってくるそれらをまとめて切り捨てた。

 今は全てのリミットをかけているが、それでもこいつらを屠るぐらいは容易なのだ。人間レベル、というか、 人間の上位レベル、とでも言ったところか。


「“契約に従い現れよ、我がシモベ。その輝く剣で、我が敵を討ち滅ぼせ”」


 ……む、言霊が変わったな。あの僅かな時間で、必要な霊力を練り終えたのか。さすがに、ランキングの上位者というだけはあるな。

 のんきにそんな事を考えていると、突然フィリルの前方に位置する空間が裂け、光り輝く白銀の大剣と大盾を携えた、金色の騎士が現れた。


「“召喚! 陽騎士 ゴー!”」


 フィリルが言霊を唱え終えると共に、金色の騎士の鎧がキラキラと輝いた。

 第150位階、“陽騎士 ゴー”。

コイツは確か、対軍団用の召喚霊だったな。それなりに強力な反面、消費霊力も多いはずだが、それにしては召喚までの時間が早かったな。何か、道具を使ったのか?


「やるな、フィリル」

「お世辞はよしてください。あなたが驚くほどの事じゃないはずですよ」

「いや。人間にしては、随分と良い手際だったじゃないか」

「……そうですか」


 会話をしながら、右手を振り上げるフィリル。それに連動するかのように、陽騎士も右手を振り上げ、持っている大剣も、それに釣られて天へと掲げられた。


「……全力で、いきます!」


 彼女の叫びと共に、陽騎士の剣が金色の光を放つ。すると、私の周囲の空間が裂け、その中から、銀の鎧を纏った騎士が、大量に現れた。

 陽騎士 ゴーの真骨頂。“対軍団用”たる所以。ゴー自身より多少位階が落ちるものの、それなりの力を持つ“銀騎士”を、術者の霊力が持つ限り、永遠に召喚し続けられるのだ。

 銀騎士とは、ゴーの手となり、足となる存在。術者が直接銀騎士を召喚し、使役するよりも、ゴーは、遙かに効率的に指揮してくれる。加えて、回復や支援もこなせるという有能ぶりだ。術者はただ単に、霊力を練り続ける事と、万が一攻撃が飛んできた場合に回避する事だけを考えていればいい。

 一見、かなり素晴らしい能力のように思える。だが、やはり難点がある。

 私には全く気にならないが、人間にとっては、ゴーに食われていく霊力は、あまりにも大きすぎるのだ。それだけでなく、術者の霊力がからっぽになっても尚、エネルギーを求めてくる為、限界を超えて無理に使役し続けると、生命力すらも食われ尽くして、死んでしまう。


 召喚霊術は楽だ。私にとってはな。だが、人間にとっては、使い方次第で、自らを滅ぼす諸刃の剣にも成りうる。


「ふんっ!」

「……まだ、まだ足りない……!」


 群がる銀騎士たちを蹴散らしていく私。眩い光を放ち続ける方向に目を遣ると、ゴーが盾を構えているのが確認できた。その奥には、普段の姿からは想像できないほどに闘志を燃やす、フィリルが居る。


 そして、無限に現れる銀騎士の群れを吹き飛ばしながら、遂にゴーの元へと、私の大剣が届こうとした、その時。


「“我が契約に従い……来たれ、悠久の、賢者……! 聖なる祝福で、不浄なる者に、裁きを……!”」

「なんだと……?」


 この言霊は、第200位階の……。


「“召喚……! 天賢士 ジオフェッサー!”」


 また空間が裂け、召喚霊が現れた。

それも、いつぞやに聞いた話が確かならば、これはフィリルが召喚できる中でも最強のシモベのはず。

 ゴーとジオフェッサーを、同時に使役するだと? 馬鹿な。ただでさえ、霊力をバカ食いする奴を出しているのに、更に自らの最高戦力を投入する? 下手したら、霊力がからっぽになって、最悪死ぬぞ。


 フィリル、何がお前を、そんなに駆り立てるのだ……?


「……はぁ……はぁ……!」

「……力を使いすぎているぞ。もう、止めておいた方がいい。お前がどれだけ足掻こうと、私には絶対に勝てん」


 思わず、忠告してしまった。


 彼女のウサ耳がピンと立ち、あのフィリルが、あの、すっとぼけた女が、これまでに聞いたこともないほどの大声で、叫ぶ。


「私はッ! 負けない! そう、絶対に……。

負けられ、ないッ!」


 彼女の闘志に反応したのか、ゴーが叫び、ジオフェッサーが叫び、銀騎士の軍団が叫んだ。


 幾多の雄叫びと共に、『トラブルラビット』の操る軍団が、一斉に、私へと攻撃を放つ。



「届けェェッ!!」



 フィリルの叫びが、朝のコロシアムに響く。

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