第11話 暗黒神様、ちぎれる
「…………」
「ミリーナ?」
「フィオ、今、なんて?」
「別の部屋を貸してくれ。今日はレラと寝る」
「……えぇ?」
まずは依頼初日を終えた。珍しく明るい笑顔を振りまきながら現れたリアと、それとは対照的に疲れた顔をしているプルミエディア。そして、ムスッと頬を膨らませながら現れた、アシュリー。彼女たちとも無事に合流し、今はこうして、ミリーナの隠れ家に帰ってきている。
あちらの組で何が起きたのかは聞くまい。プルミエディアの表情を見れば、それは、開けてはならない禁断の箱のように思えたからな。
早速、レラのおねだりを叶えてやるため、夕食を済ませた後に、ミリーナに言ってみた。さすがに、彼女の部屋にレラを招くわけにもいかんしな。ベッドが一つしかないわけだし。
「別の、部屋? なんで」
「だ、ダメか?」
「…………」
な、何故だ? 何故、そんなに泣きそうな顔をしている?
「フィオ」
「……なんだ?」
「分裂して」
「…………は?」
いきなり何を言い出すのだろう、この人間は。あ、“元”人間か。
「フィオが二人になれば、寂しくないもん!」
「ちょ、無理矢理引っ張るな!」
「うぎぎぎぎ……!」
なんだ!? 何か暴走気味じゃないか!? 暗黒霊術を使えば、分裂するぐらい大した事ではないが、怪力で無理矢理引っ張れば同様の結果をもたらすと言うわけではない! それぐらい、ミリーナならば承知のはずだが!?
「ご主人様!?」
「レラ!」
「あ、レラちゃん! フィオは渡さないんだからねっ!」
「な、何を!? 私だって、ご主人様は絶対に渡しませんよ!」
「ぐ、ぐおお!? レラ、お前まで引っ張るな!」
痛い痛い、いたたたたた!? リ、リミットを全てかけているせいか!? 未だかつて無い程の激痛だぞ!
はっ……!
これが、“修羅場”というやつか!?
「あ~っ!? ワシのフィオグリフ様に、何をしとるんじゃ貴様ら~~ッ!」
……今、一番現れて欲しくない女が、来てしまった。まずい、まずすぎる。コイツまで加わったら、『痛い』じゃ済まされない気がするのだが……。
「この方は、ワシの旦那様となられるのじゃぞぉ~~ッ!」
「なにおぅ!? 誰が魔王なんかに渡すもんかッ!」
「ミリーナ様も、さっさと離れてください! 今日のご主人様は、私をご所望なのですからね!」
「ぐぉぉおおッ!?」
おのれ小娘! 貴様の怪力で、私の身体を抱き寄せようとするなァ! い、いかん。3方向からこれほど力を加えられると、洒落にならんぞ……!?
というか、レラ! お前、よく初代勇者と現魔王(まあ、辞めたのだが)のコンビを相手に張り合えるな!? その力は、普段の戦いに活かすべきだろうが!
……まずい、そろそろ、限界だ。
「うぎぎぎ……!」
「むぅぅう……!」
「にゃああ……!」
にゃあ……?
そして、凄まじい破裂音が鳴り、私の身体が──
「「「きゃああッ!?」」」
──ちぎれた。文字通りに。
だが、まき散らされたのは、血ではなく、私の力であり、私自身を構成する物でもある、黒色の液体。あるいは、気体。あるいは、固体。
決まった形を持たない“それ”は、名を“暗黒”という。
「「「…………」」」
私の身体がちぎれたことで、正気に戻ったのだろう。バカな三人娘が、血の気を失った顔をし、それぞれ見合わせている。
「うるさいわねぇ……。
何よ、今のお、と……?」
「ミ、ミリーナ様! 御無事ですか!?」
先ほどの破裂音を聞きつけたのだろう、眠たそうな目をしたプルミエディアと、ちょっと髪が濡れているリアが、現れた。
「リ、リアクラフトッ!!」
「は、はい!」
「ど、どうしよう?」
「……どう、とは?」
「フィ、フィオが……フィオが、ちぎれちゃった……」
どう頑張っても意味不明なミリーナの発言に、目を点にするリア。プルミエディアも、眠気が覚めたようで、同じく目を点にしていた。
そして、青い顔をしながら、ミリーナが、黒い謎の物体と化した私を指さし、消えそうな声で、続ける。
「フィオがちぎれて、墨汁に……」
おい。誰が墨汁だ。
「……えっ?」
「はい? これが、フィオグリフ?」
「……ミリーナ様、他のお二人も……」
「あんたらって……」
紛れもない、哀れみの目だった。
だが、ミリーナは、そんなのは眼中にないようで、これ以上無いほどに慌てている。
「どうしよう……どうしよう……。どうやったら、フィオに戻るんだろ……!? ああああ、わかんない! こんなの初めてだよぉ!」
だろうな。私も、身体をちぎられるというのは、さすがに初体験だよ。
「い、生きておるのじゃろ!? そうなんじゃろ!? 頼むからそう言ってくれ!」
「そ、そうです! 早くご主人様を元に戻して、謝罪しなければッ! 私としたことが、何たる無礼、何たる失態……!」
アシュリーとレラも、かつて無いほどに慌てている。見ていてちょっと笑えるぐらいだ。
「フィオはほとんど不死身みたいなもんだから、間違いなく生きてるとは思う。でも、どうやったら戻るのか……!」
「か、かき集めてくっつけたら、戻らんかの!?」
そんなので戻るか。
どんな不思議生物だ、私は。
「そ、それだ! アシュリーにしては良い案! 早速、やってみましょう!」
おい、レラ。
ちっとも良い案じゃないぞ。
落ち着け。よ~く考えろ。
……明らかにおかしいだろうが?
白い目を向けるプルミエディアとリアをガン無視し、必死の形相で私をかき集めていく三バカ。かつてない程の、素晴らしい連携である。
「「「せ~のっ!」」」
「……いやいや……」
「本当にやるんですね……」
三つの粘土を合体させるかのように、それぞれが、かき集めた“私”を衝突させた。
結果。
黒い物体が、再びバラバラに散っただけに終わった。
「……次! 次、何か良い案ないかなっ!?」
「むうぅぅ、どうすれば……!?」
「なにか、なにか無いの……!?」
……ミリーナとアシュリーがアホの子なのは承知していたが、まさかレラもだったとは。
普段がしっかりしているから、こんな馬鹿な一面があるとは思わなかったぞ。
「あのさぁ」
「「「なにっ!?」」」
「う、うん……いや、その。それが本当にフィオグリフなら、今までのやり取り、全部聞いてたんじゃない? たぶん、見えてもいるんだろうし……」
「「「…………」」」
あ、プルミエディアめ。
せっかく人が、三バカが慌てふためく様子を眺めて楽しんでいたというのに、余計なことを。
「「「狸寝入りってこと!?」」」
「少し違う気がしますが」
「この三人、ちょっとフィオグリフと似たところあるわね。どっか抜けてるというか」
どうやらこのまま沈黙を貫き続けるのは厳しいと判断し、おとなしく人型へ戻ることにした。
レラ。お前、後で覚えておけよ。
無論、ミリーナとアシュリーもだ。
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