7.5話「火の子」
炎の蛇が私の身体を這い回り、焼いていく。
私の叫びを糧にしているかのように、徐々に熱く、きつく締め付けられていく。
「いやあああああ!!!熱い!!!熱いよう!!!」
この魔法はファラオーム・イストリア、私の父によるものだ。
「どうした!炎を操って見せろ!」
「ひぃ・・・っ!ふぉ・・・”
だが私の放った炎は種火よりも小さく、冷い。
「貴様っ!!」
炎の蛇が一層熱くなる。
「いやあああああ!!ごめんなさい!ごめんなさいぃ!!」
「・・・ファラオーム様、それ以上は。」
父を諌めたのは側近である初老の男性、名はウィロウ。
炎の蛇が消え、私は石畳の床に倒れこむ。
「くそっ・・・!ウィロウ、治癒魔法をかけろ!」
「・・・はっ。・・・・・・失礼します、お嬢様。」
ウィロウが駆け寄り、ドレスが燃やされて裸の私にシーツを被せる。
そしてその場に膝を着き、治癒魔法を唱えた。
ウィロウの治癒魔法が私の身体を癒していく。
彼の額には汗が滲んでおり、辛そうだ。
魔法が終わる頃には私の傷は綺麗に消えていた。
治療を終えたウィロウが立ち上がろうとした瞬間、ぐらりとよろける。
いくら熟練者といっても初老の彼には治癒魔法の魔力消費は辛いのだ。
だがウィロウは倒れることなく、しっかりと持ち直して立ち上がる。
「・・・お見苦しいところをお見せしました。」
「今日は終わりだ。私は書斎に戻る。後は任せたぞ。」
「・・・はっ。」
父が出て行った後、ウィロウはテキパキと私にドレスを着せていく。
「ぁ、りがとう・・・。」
「・・・いえ、何も出来ませんで。」
私は首を振って答えた。
紅い炎の色をした自分の髪が視界に入る。
私の嫌いな色。炎の色。
火の民の末裔であるイストリア家では、稀に炎のように紅い色の髪の子供が生まれる。
火の民とは、古の時代にいた炎を操る事に長けた一族だ。
曰く、七日七晩炎に晒しても死なず、火竜と共に暮らしていた等、逸話には事欠かない。
炎の色の髪の子は火の民の力を強く受け継いだ証らしい。
その伝承どおり、私の炎の色の髪は父の魔法にでさえ焼かれる事はない。
だが、それだけだった。
最初は厳しくも優しかった父も、炎を操る事さえままならない私に今では・・・。
思いに耽っていた私はウィロウの声で我に返った。
「お嬢様、お部屋にお戻りになられますか?」
「・・・ぅん。」
*****
夜。
眠れない私は花を摘みに部屋を出た。
父の書斎の前を通りかかると扉の隙間から光が漏れている。
まだ起きているようだ。
私は音を立てないよう、そっと扉を横切る。
「ウィロウ、近い内に儀式を行おうと思う。」
部屋の中から聞こえた”儀式”という単語に思わず耳を立てる。
「ファラオーム様!フラムベーゼ様は貴方様の・・・!」
声を荒げるウィロウに父は冷静に答える。
「私の娘だからこそ、あの出来損ないには私が引導を渡してやらねばならぬ。」
「し、しかし今まで成功した者は・・・!」
「まぁ、見てみろ・・・”
「なんと・・・・・、・お見事です。」
私はそっと扉の隙間から中を覗く。
父の手には炎で創られた杯が煌々と輝いている。
父は傍らにあるワインの瓶を手に取りトクトクとその杯へと注ぐ。
ジュワアアアアッと杯の中で炎とワインがせめぎ合い、激しい音を立て始めた。
部屋の中からはツンと蒸発したワインの匂いが流れてくる。
「・・・クッ!・・・・・・はぁ・・・っ・・・はぁ・・・っ!・・・・・・炎を保つのはなかなか辛いがな。」
ワインを蒸発させきってから魔法を解除した父の額には汗が滲んでいる。
駆け寄ろうとするウィロウを父が手で制した。
「ファラオーム様・・・!」
「問題ない。」
儀式、それは古の時代から火の民が行っていたものと言われている。
イストリア家にもそれは伝わっており、数百年に一度挑戦するものが現れる。
だがそれは悉く失敗したとだけ伝えられている。
炎の管を火の民の心臓へ突き刺し、その生き血を炎の杯へ注ぎ、それを飲み干す。
その儀式により、更なる力が得られるとされている。
私のように火の民の特徴を顕現しているものに儀式を行えば・・・という事だ。
でも、それで・・・終わるなら。
一思いに、わたしを―――
「しかしファラオーム様、私めはそれでも反対で御座います。」
「ほう・・・、何故だ?」
父はギロリと睨みつけるに止め、先を促す。
長年勤めている信頼の厚いウィロウの為せる業だ。他の者ではこうはいかないだろう。
「は・・・、証を持つ者の御子は証を持たずとも、その力は強力とされております。イストリア家の栄を考えますれば、儀式を行うには時期尚早かと。」
「ふむ、確かにそう言われているし、実例もある・・・が。炎の魔法も満足に操れんのだぞ?そのような者がどれほどの力を持つと言うのだ。」
火種にもならない炎、それが私の限界だった。
「・・・考えが御座います。」
「言ってみろ。」
「お嬢様はまだお若く、成長の余地は十分にあります。そこで、今の環境を変え、新しい刺激を与えてみては如何かと。」
「御託はいい、具体的に言え。」
「は・・・、申し訳ありません。お嬢様をレンシア魔術学院に通わせみては如何か、と考えております。」
「レンシア・・・・・・辺境にあるという学院か。」
「はい、そうで御座います。」
「根拠はあるのか。」
「人並み以下であった私めが、先々代様の目にかけて頂けるようになる程には。」
「・・・・・・少し考える。下がれ。」
「は・・・。」
慌てて私は部屋の前から離れ、物陰に隠れる。
ウィロウが自室へと戻って行くのを確認し、ほっと一息吐く。
気が緩んだのと同時に用を思い出し、慌てて駆け出した。
幸い、大事に至らずに済み、部屋へと戻ってきた。
ベッドに身を沈め、先程の会話を反芻する。
レンシア魔術学院。話には聞いた事がある。
尾鰭もついているだろうが、大体が肯定的な内容だ。
魔法騎士の殆どはそこを卒業しているとも。
そんな所で私がやっていけるはずもない。
火種にもならない魔法がどうなるというのだろう。
ただ儀式で使われるのが数年遅れるくらいだ。
それに、まだ決まった事でもない。
そのまま私は目蓋を閉じた。
*****
翌日。
私は今、ウィロウと共に馬車の中にいる。
目的地はレンシア魔術学院だ。
今朝早くに父の元に呼び出され―――
「魔術学院で修練を積んで来い。ウィロウ、後は任せたぞ。」
この一言で追い出された。
それから慌しく準備を済ませ、早めの昼食を取ってから馬車に飛び乗り、現在に至っている。
ボーっと馬車の音を聴いているとウィロウから声が掛かる。
「お嬢様、盗み聞きは感心致しませんな。」
何の事かと思ったが、すぐに昨夜の事だと思い至る。
「・・・ご、・・・ごめん・・・なさ・・・ぃ。」
にこにこと微笑むウィロウに謝る。
「ぁ・・・お父・・・様は・・・?」
ウィロウに気付かれていたのなら父にも気付かれてしまったのだろうか。
「ご安心下さい。ファラオーム様には気付かれぬようお呪いをしておりましたので。」
しれっとそんな事を言う。
何か魔法でも使っていたのだろうか、でもそんな事が知れれば・・・。
ウィロウは私の考えている事が分かっているかのように人差し指を口に当てて片目を瞑り―――
「内緒ですぞ。」
お茶目に笑って見せた。
コンコン、と馬車の戸がノックされる。
ウィロウが小さい窓から外を確認して開けた。
外を覗いてみると馬車と並走しているのはウィロウ直属の部下のようだ。
かなり急いできたのだろう、彼も馬も汗だくになっている。
ウィロウは部下を労うと何やら封を受け取った。
戸が閉められると離れていく蹄の音が聞こえる。
配達だけしてすぐに戻っていったようだ。
「どうやら間に合ったようです。・・・どうぞ、お嬢様。」
受け取った封には差出人も宛名も書いておらず、封印もされずに簡単に糊付けされているだけだ。
糊を丁寧に剥がして中身を取り出すと、金貨が2枚に小さなルビーのついたペンダントと手紙が入っていた。
このペンダントには見覚えがある。
「・・・お母様。」
数年に一度か二度しか会わせてもらえない、私の母の物だ。
<家の事など気にせず、幸せに生きて。私の可愛い人。こんな事しか出来ない私を許して。>
時間がなかったのだろう、手紙には走り書きでそう書かれている。
「・・・これ・・・は?」
「・・・・・・。」
ウィロウは何も答えない。
私はもう一度手紙に視線を落とし、食い入るように見つめる。
「・・・お嬢様。」
ウィロウの言葉に私は顔を上げ、彼と視線を交わす。
「中身を改めてはおりませんが、きっと良くない事が書かれているでしょう。こちらで処分致しますがよろしいですか?」
差出人も何も書いてないが、他の人間に見られてしまうと厄介だ。
最悪の場合は母まで・・・。
私は金貨とペンダントを手荷物に納め、手紙と封をウィロウに手渡す。
「”
ウィロウは小さくも力強い声で呪文を唱え、塵一つ残さずに焼失させた。
「これも内緒ですぞ。」
またも片目を瞑って見せたウィロウはやっぱりお茶目だった。
*****
私は今、ある一室の前に連れて来られた。
部屋を示す札には1-10号室と書かれている。
扉を見上げていると、ここまで案内してくれたお姉さんが私に声を掛けた。
「こちらが貴方のお部屋になります。」
そして扉をノックする。
そんな・・・、心の準備がまだなのに・・・!
「はーい。」
扉からひょこりと現れたのは小さい女の子。
左右二つに結んだ綺麗な金色の髪も一緒に揺れている。
羨ましい、私もこんな綺麗な髪の色に生まれたかった。
その澄んだ蒼い瞳は私とお姉さんを交互に見る。
「おはようございます。こちらはフラムベーゼ・イストリアさん。今日からこの部屋に入寮されます。」
「ということは、新しいパーティメンバーですね。」
「ええ、そうなりますね。入学式も近いのであと一人もすぐに決まると思います。」
私を置いたままトントンと話しが進んでいく。
「はい、わかりました。ええと・・・フラムベーゼ・・・さん?私はアリューシャです。よろしくお願いします。」
いきなりこちらにぺこり、と頭を下げてきたので動揺してしまう。
「ひっ・・・!?よ、よよよろしくおねがいします・・・。」
何とか挨拶だけは返せたが、少女の名前は頭に入っていなかった。
「それでは失礼させて頂きますね。」
お姉さんは問題ないと判断したのか、さっさと戻っていってしまう。
呆然と立ち尽くしていると、女の子に中へ招かれた。
「えーと・・・とりあえず中へどうぞ。」
部屋の中へ入ると好奇の視線が一斉に突き刺さる。
「・・・っ!?」
今までこんな経験が無いため、どうしていいか分からず固まってしまう。
それを見かねてか、女の子が私の紹介をしてくれた。
「今日からこの部屋に入寮するフラムベーゼ・イストリアさんだよ。」
「ボクはニーノリア、ニーナって呼んでね!」
「フィーティア、です。」
「ヒノカ・アズマだ。よろしく頼む。」
矢継ぎ早に返される。勿論誰が誰かなんて頭には入っていない。
「フラム・・・・・・・・・です。」
咄嗟にお母様だけが呼んでくれていた私の愛称を口にしてしまった。
「しかし、イストリアとは・・・。私の国でも名高い名家だぞ。」
「おお、そうなんだ?フィー、知ってる?」
「ううん、知らない。」
黒髪の少女から私の家が話題に上る。
名家、その言葉でかつて父が言っていた言葉が蘇った。
イストリア家は貴族の中でも名家・名門であり、それに恥じぬように振舞え、と。
私にはそれが出来ていただろうか、自問自答を繰り返す。
否。否。否。否。否。否。否。
そうだ、初めからそんな事は出来ないと分かっている。
自分の愛称を名乗ったなどと、父に知ればどうなるだろうか。
そう思った瞬間、炎の蛇が私の身体を焼く感覚に襲われた。
「――っ!ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい・・・!!」
身体を縮めるが炎の蛇は容赦なく私を焼いていく。
そして私の手に更に熱い感覚。
「ひっ・・・!?」
慌てて手を引っ込めようとするが、逆に引き込まれてしまう。
更に襲ってくる炎に耐えようとするが、私に纏わりついていた炎がスーッと温度を下げていく。
そして残ったのは温かい感覚。
「大丈夫、ここにいるのは皆フラムの仲間だよ。誰も虐めたりしないし、何かあれば私が守るから・・・ね?」
優しい声と頭を撫でる感触。トクン、トクンと響く鼓動。
そういえばお母様に会う時はいつもこうしてもらっていたっけ・・・。
「あっ・・・・・・・・・うっ・・・ぅぅ・・・ぐすっ。」
私の目からは壊れたのかと思うほど涙が流れ続け、気付けば眠ってしまっていた。
*****
ゆさゆさと体を揺らされ、ゆっくりと覚醒する。
「フラム、起きて・・・ご飯だよ。」
「・・・ぅ・・・ん・・・。」
耳に届いたのは可愛らしい声、こんな可愛い侍女は居ただろうか?
「おはよう、フラム。」
「ぁ・・・ぅ・・・・・・ぉはよう。」
「もう晩御飯できてるから皆で一緒に食べよう。」
まだ完全に覚醒していないうちに小さな手に自分の手が引かれる。
「ぇ・・・ぇ・・・?」
訳も分からぬまま席に着かされ、その子は私の隣へ座った。
「じゃあ食べようか。」
「ああ、そうだな。」
「やっと食べられるー。」
「いただきまふ。」
テーブルを見回すと見知らぬ面々・・・いや、知っている。
何なのだろうか、この状況は。頭の中がぐるぐると回転する。
そして漸く完全に覚醒し、全てを思い出した。
多分、とても迷惑を掛けてしまっただろう、全員に謝罪する。
「ぁ・・・の・・・、ごめん・・・なさい。」
「私の方こそすまなかったな、話す切っ掛けになればと思ったのだ。」
「もー、そんな気にしちゃダメだってば。ちょっとフィー、たべすぎー!」
「何があったのかは聞かないけど、もっと気楽にね。それよりご飯食べてみて、今日は私が作ったんだ。」
私の頭を撫でてくれた、一番小さな子が作ったという料理を見てみる。
どれも私の知らない物ばかりだ。
「・・・お姉ちゃん、足りなかったらまた作るから、もっとゆっくり食べようよ。」
「
私の家では無かった騒がしい食事風景。
それは嫌なものではなかったが、何の冗談か、皆素手で食べている。。
「手で・・・食べるの・・・?」
「うん、この海苔を巻いて食べるんだよ。」
一番小さな子が手本を見せてくれる。
その子にお姉ちゃんと呼ばれていた子が魔法で私の手を綺麗にしてくれた。
「”
お姉ちゃんと呼ばれていた子に礼を伝える。
「ぁ・・・りがとう・・・。」
更に別の子にも同じ魔法をかける。
「あ、フィー、わたしもー。」
「”
・・・何が起こっているのだろうか。
確かに”
だが、手を綺麗にするために使うような魔法ではない。
水で洗えば良いだけなのだから。
だというのにだ。
とんでもない常識外れ。
この間にも少し汚れては”
何回使っているのか既に分からないが、少しも疲れた様子はない。
父でも連続で10回も使えばへとへとだろうに。
ここはおかしい、でも可笑しい。
あの厳しく恐ろしい父を私よりも年下の女の子が越えてしまっているのだ。
父が普段から言っている【格の違い】をまざまざと見せ付けられている。
そしてそれをわざわざ素手で料理を食べるために使われているだなんて。
それが、可笑しくてたまらなかった。
私は教えられた通りに海苔を巻いてみる。
少し不恰好になってしまったが、これで大丈夫な筈だ。
皆の真似をして齧りついてみた。
パリッという食感とともに鼻をくすぐる海苔の香り。
ふっくらと温かい米というものに絶妙な塩加減。
食べ物にこんなに味があっただろうか。
家で食べた物を思い出してみるが、どの味も思い出せない。
いや、味なんてなかった筈だ。
美味しいですか?と聞かれても返答に困って適当に返していたが、これが美味しいという感覚なのだろうか。
「・・・ぉぃ・・・しい・・・です。」
自然と口から漏れていた。
何故だか涙が流れてしまったけれど、何も言わずに拭ってくれた。
「・・・・・・そか、良かった。沢山あるからいっぱい食べてね。」
それから沢山食べた。
前代未聞だった。
人はあんなに食べられるものなのだと知った。
皆の足元には到底及ばなかったけれど、とても楽しいと思った。
*****
朝。
昨日のような失態を繰り返すわけにはいかない。
貴族として、イストリア家としてきちんと振舞うようにしなければ。
父とウィロウに習ったことを思い出しながら着替え、居間へと出る。
テーブルには既に三人が着いている。
「ヒノカ・・・さま、フィー・・・ティアさま、ニーノリアさま・・・、ぉ・・・おはよう・・・ござい、ます。」
スカートの裾をつまんで挨拶をする。
一瞬固まったようになる三人。
また何か間違えただろうか。
「おはよー、フラム。」
「おはよう。」
「ちょうど良かった。これから朝食だ、席に着いて待っているといい。」
朝食と言われたが、まだ一人足りない。
あの一番小さな子。アリューシャ。
まだ寝ているようだ。
「ぁ・・・では、アリューシャ・・・さまを・・・。」
「いや、アリスは寝かせておいてやってくれ、そう言われているからな。起きてからまた作ってやればいいさ。」
一人で朝食を食べるというのだろうか。
それはあまりにも・・・寂しいのではないか。
「ぁ・・・の・・・でしたら、私の分・・・もその時・・・に。」
「それは構わんが・・・。いつ起きるか分からんぞ?」
「は・・・い・・・・・・お願い、します・・・。」
「そうか、分かった。」
*****
あれからずっとアリューシャの寝顔を眺めている。
まさに天使のようだ。
すぴーすぴーと聞こえる寝息はとても気持ち良さそう。
『やべ~、冷やしドリンクわすれた~。』
よく分からない言葉を喋っているが、寝言なんてこんなものだろう。
くぅ~。
お腹が鳴る。
あれから結構な時間が経っているが、まだ起きないのだろうか。
そう思っていると窓を一匹の鳥が横切り、部屋の中を影が走った。
その影がちょうどアリューシャの顔を通っていく。
「ん~~~?」
それで目が覚めたのか、むくりと起き上がる。
「ふぁ~~~っ・・・。」
まだ寝ぼけ眼で完全には目覚めていないようだ。
「ぉ・・・はよう、ございます・・・アリューシャ・・・さま。」
「ふぁっ!?」
少し驚かせてしまったようだ。
「お、おはよう・・・?」
今の声を聞きつけたのか、すぐにヒノカがやってきた。
「起きたか、アリス。朝食は準備してあるぞ、フラムの分もな。フィーとニーナは先に食べてすぐに外に出て行ったぞ。」
「ありがと・・・ぅ・・・ございます・・・ヒノカ・・・さま。」
いつのまに準備を済ませたのだろうか、手際がいい。
「あれ、フラムは食べてないの?」
「お前と一緒に食べると聞かなくてな。」
「独りで・・・食べるのは・・・、寂しい・・・ですか・・・ら。」
「そっか、ありがとう。じゃあ一緒に食べよう。」
「はい、ご一緒・・・します。アリューシャ・・・さま。」
「えっと・・・・・・なんで”様”付け?」
背中に嫌な汗が伝う。
またやってしまった。何を間違ったのだろうか。
やっぱり私は父の言うとおり出来損ないなのだ。
このままではアリューシャに嫌われてしまう。
そう考えただけで恐ろしい。怖い。
「・・・っ!し、失礼・・・しました、ぶ、不作法を・・・お許し・・・下さい・・・!」
慌てたようにアリューシャが口を開く。
「い、いや、逆だよ!作法とかはよく分からないけど、私達は同級生で同じパーティメンバーなんだから、そんなに畏まらなくても良いんだよ。」
「・・・ぁ・・・ぅ・・・・・・で、でも・・・。」
それでも私は貴族として、イストリア家として・・・。
すると不意に手に温かくてやわらかい感触。
アリューシャの小さくて柔らかい手が私の手を包んでいる。
「フラム。」
「ぁ・・・は、ひゃい!?」
突然愛称で呼ばれ、ドキリとしてしまう。
「私の事はアリスって呼んでくれると嬉しいな。」
それはアリューシャの愛称だ。
私がそう呼んでもいいのだろうか?
恐る恐る呼びかけてみる。
「・・・ア、アリス・・・さま・・・。」
「あ、あはは、”様”は要らないよ。」
困ったように笑う、そんな顔をされると・・・こちらも困ってしまう。
「・・・・・・ァ・・・リス・・・?」
「うん、そうそう。皆の事も”様”付けは無しだからね。あと敬語も。でも急には無理だと思うからゆっくり・・・ね?」
「・・・ぁ、ぅ・・・・・・は、はい、・・・。」
ふと、母の手紙の言葉が脳裏を過ぎった。
お母様・・・私・・・いいのかな・・・?
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