2話「二本の棒」
レンシアの街。
街というよりは都と呼ぶ方がしっくりくるほどの大きさだ。
レンシア魔術学院を中心に住民が徐々に増えていき、いつしかそう呼ばれるようになったという。
学院はどこの国にも属しておらず、入学金さえ払えばどんな人でも入学することが可能だ。
街の入り口である大きな門を馬車に乗ったままくぐった。
街中は石畳で舗装された道がずっと続いている。
ルーナさんが手綱を捌きながら馬車の中にいる俺達に声を掛けた。
「まずは宿を確保して、学院へは明日行きましょう。私の知っている宿でいいかしら?」
彼女は元学院生なのだから勝手も分かるだろうし、任せてしまう事にする。
「お願いします。」
ルーナさんの声も届かないほど、ニーナとフィーは目を輝かせながら街を眺めている。
「お~、すごいっ!でかいし道もきれいだし!ね、フィー!」
「う、うん・・・ゆめのくにみたい・・・。」
馬車の運転をしたのが良かったのか、フィーはすっかりと馬車に慣れ、もう酔うこともない。
賑やかな通りを進み、ルーナさんの案内で着いた宿は年代を感じさせるが、綺麗で大きな建物だった。
「主人が前の代の時からここを使ってるのよ、なかなか素敵でしょう?」
勝手知ったるルーナさんが宿の馬車小屋に馬車を停め、宿の扉に手を掛けた。
扉を開きかけたルーナさんにヒノカが問う。
「本当に、私も一緒で良いのでしょうか?」
恐縮するヒノカにルーナさんが微笑みかける。
「勿論です。ここまで一緒に来たんですもの。」
ルーナさんの言葉にニーナが続いた。
「そうだよ、それにこれからは同級生なんだしさ!なかよくしようよ!」
ヒノカが小さく呟く。
「そうか・・・確かにそうだな・・・。」
ヒノカがフッと肩の力を抜き、頭を下げた。
「皆、これからよろしく頼む。」
「よろしくね!」
「よ、よろしくおねがいします。」
「宜しくお願いします。」
それぞれ頭を下げてから笑いあう。
「ほら、貴方達、早く宿を取りましょう?」
そう言って奥へ進むルーナさんに着いていく。
俺たちを迎えたのは初老の紳士だ。
「ようこそ御出で下さりました、ルーネリア様。」
恭しく礼をした老紳士に慣れた言葉で返す。
「この子達を含めて五人、お願いできるかしら?」
「大部屋も御座いますが、如何いたしましょう。」
「それじゃあ、大部屋をお願い。」
「畏まりました、ご案内致します。」
案内された部屋はベッドが6つ並んでいる大部屋。
決して豪華な部屋ではないが、上品な部屋になっている。
広さも十分だ。
「さて、夜までは自由行動にしましょうか。」
ルーナさんの言葉に飛び跳ねて喜ぶニーナ。
「やった!みんな、まちを見に行こうよ!」
俺とフィーに断る理由はない。
「う、うん!」
「うん、分かったよ。」
しかし、ヒノカはすまなさそうに首を横に振った。
「すまない、私は荷物を売りに行きたいのだが・・・。」
そんなヒノカにルーナさんが声をかける。
「それなら私と一緒に行きましょう、貴方達三人はきちんと夕食までに戻ってくるのですよ。」
「分かってるよ、おばあさま!フィー、アリス、早く行こう!またあとでね、ヒノカ!」
ニーナが俺とフィーの手を掴んで引きずっていく。
「あらあら、相変わらず嵐みたいな子ね・・・。」
部屋を出る時、そんなルーナさんの呟きが聞こえた。
俺の作った土塊を大金に変えたルーナさんだ。
ヒノカの事はきっと良いようにしてくれるだろう。
*****
夜。宿の食堂で皆と共に夕食に舌鼓を打つ。
はしゃぎ回ってお腹が空いていたのだろう、ニーナ達は良い食べっぷりだ。
「おいしいね、ここの料理!」
「お、おいしい・・・。」
「そうでしょう?ここは昔から美味しい料理を出してくれるのよ。」
ルーナさんは得意げな顔だ。
「こちらの料理は口に合わないと思っていましたが、この宿の料理は美味しいですね。」
美味い、箸が止まらない。
そんな俺に不思議そうな顔でルーナさんが問う。
「それよりアリス、貴方・・・お箸が使えるのね?」
「あ"・・・。」
そう、日本の食堂と同じ様にテーブルに置かれていた箸で普通に食っていたのだ。
普段はナイフとフォークとスプーンだったのだが、油断していた。
ルーナさんの言葉に俺に視線を向けたヒノカ。
「そ、そういえば・・・すごく自然に使っているので気にも留めませんでした。私よりも扱いが上手いのでは・・・。」
確かに、ヒノカはまず持ち方から間違っている。よくあれで食べられるな・・・。
「すごいね、アリス!わたしも使ってみよう!」
「これが、おはし・・・?」
ニーナとフィーが箸を取って使いだす・・・が上手く扱えるはずもなく。
俺はとりあえず言い訳を考える。
「え、えーと・・・昔読んだ本に書いてあって、こっそり練習したことがあるんです。そ、そしたら思いの外嵌ってしまって・・・。」
「よくババさまのところで本よんでたもんね、アリス。」
おお、ナイスフォロー!姉さま!
ルーナさんが口に手を当てて笑った。
「ふふ、全く変な事に興味を持つのねぇ、貴方は。」
ヒノカ、フィー、ニーナの三人が同時にお願いしてくる。
「こ、今度私に教えてもらえないだろうか。」
「わたしにも教えてよー!」
「わ、わたしも・・・。」
フィーとニーナは初めて見る道具に興味津々のようだが、ヒノカの顔は切実だ。
「分かったよ、今度ね。でも何でこんな所にお箸が?」
セイランの街でもお目にかかった事が無い。
それがこんな普通に置かれているとは。
その疑問にルーナさんが答える。
「この街には色んな国の人が来ますから、学院長も使っていましたしね。」
尤もな答え。だがそれにしても準備が良すぎるような・・・。
まぁ、あまり気にするような事ではないか。
フィーとニーナは諦めたのか、スプーンに持ち替えて食事を再開していた。
俺はそのまま箸で食事を続ける。
やはり箸の方が使いやすい、しみじみとそう思う。
でもそんなにジロジロと見られたら食べ難いんですが・・・ヒノカさん・・・。
これは早めにマスターして貰わなければと、心から思った。
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