287話「再開と再会」

「や、やっと終わったー・・・・・・!」


 身体を背もたれに預け、腕を目一杯伸ばす。

 ちらりと横目で窓の外を見ると、空はすっかり紅く染まっていた。


「ご、ごめん、ね・・・・・・アリス。」


 申し訳なさそうな顔で謝るフラムの頭を撫でる。


「フラムは気にしなくていいよ。悪いのはこんな大量に書類を送ってくるコンサなんだし。」


 首を横に振って俺の言葉を否定するフラム。


「が、頑張って、く、くれてる・・・・・・から。」

「まぁ、それはそうなんだけどね・・・・・・。」


 とはいえ一日で終わらせるには多すぎる量だ。

 いくら署名するだけと言っても、内容の確認は必要なのである。


「あはは・・・・・・コンサ様はそこまで急ぐ必要は無いと仰っておられるんですけどね。」

「・・・・・・そうなの?」


 フラムに問うと、コクリと頷いた。


「じゃあどうしてこんなに根詰めてやってるの? もう少しゆっくりやっても・・・・・・。」

「こ、こういう書類、は・・・・・・で、出来るだけ、は、早くした方が・・・・・・い、良いから。」


 なるほど。事後承諾になってしまっているワケだし、その日時のズレは少ない方が良いようだ。


「分かったよ。それじゃあ明日からも手が空いていればフラムを手伝うからね。」

「い、良いの・・・・・・?」


「もちろん。ただ、事後承諾系はいいとして・・・・・・問題はこっちの方かな。」


 書類の山の中にはコンサの申請書以外も沢山ある。

 その中の多くが魔物被害によるものだ。

 本来ならこんな問題は冒険者ギルドが解決してくれるのだが・・・・・・。


「領内に冒険者ギルドが無いのが痛いね。」


 そう、イストリア家の持つ領内に冒険者ギルドは存在しない。

 昔はあったらしいが、経済の衰退とともに冒険者の数が減少し、自然消滅のような形で冒険者ギルドは閉鎖されてしまったのだ。

 なので冒険者ギルドを再開させるなら、まずは領内の冒険者を増やすしかないのだが・・・・・・その為には経済を立て直さなければいけないというジレンマがある。

 金の無いような場所に冒険者はやって来ないのだ。腕の立つ人はどこでもやっていけるしね。


「いや・・・・・・冒険者が来ないなら冒険者を作っちゃえばいいのか!」

「ァ、アリス・・・・・・?」


「こっちも何とかなるかもしれないよ、フラム。」

「ほ、ほんとう・・・・・・?」


「うん。大丈夫だとは思うけど、確認しておくよ。」


 俺は早速レンシアに向けてメッセージを送った。

 冒険者ギルドに登録していない腕の立つ人材。ちょうどそんな人材が沢山いるのだ。

 返事はすぐさま送られてきた。


「よし、問題無いみたい。今コンサが作ってる集落に簡易の冒険者ギルドを作ってくれるって。」


 これで闇の民の人たちを冒険者として登録できる。

 たとえ”弱化”していようとも、そこらの魔物に負けることはないだろう。

 彼らの稼ぐ手段も増えるし、元々居る領民たちにアピールできる良い機会だ。

 見た目の違う彼らは最初は受け入れられ難いだろうけど、魔物を退治してくれるとなれば話は別だ。良い方向に向かってくれることを期待しよう。

 そんなことを話していると部屋の扉を叩く音が響いた。ロールが対応し、扉を開けるとリタとリコが帰って来ていた。


「あっ、ひめきしさまだ! おかえりなさい!」

「ただいま。二人とも変わりは無かった?」


「うん! おみやげは、ひめきしさま!?」

「えっ・・・・・・あー・・・・・・後で渡すよ。」


「やったー!」


 すっかり忘れてたな・・・・・・。

 とりあえずレンシアに頼んで”六本脚”の毛皮で作った外套を至急送ってもらおう。

 裸の上に着なければいいだけだ。


「姫騎士さまもお変わり無いようで安心しました。」

「ありがとう。それで、何か用があるの?」


「夕食の準備をとロール様を呼びに来たのですが――」

「あっ! アリスちゃんの分があるから材料が足りないかも!」


 そういや、何も知らせずに戻って来たからな。いきなり対応できないのは当然だろう。


「申し訳ありません。すぐに買い物に行ってまいります。」

「ちょっと待って。」


 下がりそうになったリタを呼び止める。


「さっきまでずっと椅子に座ってて身体が固まっちゃってるから、私が行ってくるよ。」

「いえ、でも・・・・・・。」


「フラムと一緒に。」


 きゅっとフラムの手を握って見せると、合点のいったロールがリタの背を押して厨房へ向かう。


「それじゃあ夕食の準備をはじめましょう、リタさん。」

「適当に出来合いの物を買ってくるから、二人は予定通りの献立で作っておいて。」


「分かったよ、アリスちゃん。ちょーっとだけなら遅くなっても大丈夫だからね。」


 ロールの生暖かい目で見送られながら家を出て、陽の沈みかけた街路をフラムと手をつないだまま並んで歩く。

 商店街への道すがら、灯りの点いた窓が並んでいる。


「ど、どうした、の・・・・・・アリス。」


 ずっと握ったままの手を見て首を傾げるフラム。


「いやー・・・・・・私って思ったより寂しがり屋だったんだなって。」


 ずっと事件やら何やらが続いて、こうしてゆっくりできる時間が全然取れなかったからな・・・・・・。


「ふふ・・・・・・ゎ、私、も・・・・・・ま、負けてない・・・・・・よ?」


 フラムはそう言って少し力を込めて握り返してきた。

 柔らかい彼女の手の感触がより一層感じられる。

 俺も握っていた手にもう少し力を込――


「旦那さまぁー!!!!」

「ぐへっ!」


 突然の衝撃に、カエルを潰したような声が漏れた。

 殺気が無い分、気配の察知が遅れるのが始末が悪い。


「ミ、ミア・・・・・・?」

「やっと旦那さまに会えたぁ~・・・・・・。」


 縋りつくミアの頭を撫でながら問いかける。


「ミアは今帰りなの?」

「うん、みんなと一緒に。」


「みんな・・・・・・?」


 ミアがやって来た方へ目を向けると・・・・・・。


「・・・・・・あ、アリス。」

「お姉ちゃん?」


「いきなりミアが駆け出したと思ったら、やっぱり貴女だったのね、アリス。」


 フィーやニーナ、ぞろぞろと見知った顔が見えてくる。


「みんな戻ってたんだね。」


 俺がノノカナたちと旅に出る時、フィーたちは騎士団のウーラに連れられて魔物の鎮圧に精を出していたはずだ。

 そちらはもう終わったのだろう。


「あぁ、ちょうどアリスと入れ替わりになった形だな。今は冒険者ギルドからの帰りだ。」


 話によると、ウーラ隊から解放された後はしばらく休養し、今はミアと一緒に冒険者ギルドの依頼をこなす毎日のようだ。

 森の方は大分落ち着きを取り戻してきたらしい。


「それで、アリスたちはどうしてこんなところに居るの? もうそろそろ晩ご飯の時間じゃない?」


 ニーナの問いに頭を掻きながら答える。


「私がいきなり帰ってきちゃったから、その晩ご飯が少し足りなくて。それで買い物に出て来たんだよ。」

「買い食いにゃ!?」


「いや、違うから・・・・・・って、帰ったらすぐに晩ご飯でしょうが。」

「あぁもう、せっかくここまでサーニャをここまで引きずってきたのに・・・・・・仕方ないわね、私たちも手伝うわ。」


 こうしてフラムと二人きりの時間はあっけなく終わってしまった。

 まぁ、それも悪くはないだろう。自然と笑みが零れてくる。


 この日は夜遅くまで皆と語り合って過ごした。

 会えなかったこれまでの時間を埋める様に。

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