288話「たびはつづく」

 闇の民たちが”約束の地”への移住を始めて早ひと月。

 移住は順調に進み、新しく立ち上げた冒険者ギルドの方も上手く回っている。

 まぁ、どちらも殆ど俺の手柄と言えるものはないのだが。


 特に冒険者ギルドについてはレンシアの助力が大きい。

 こちらは単に人手があれば良いというわけではなく、制度をきちんと理解した職員が必要なのだ。

 その人員を集めてくれたのがレンシアである。


 代々魔女に仕えている一族から他所の冒険者ギルドで働いている数名を選定し、声を掛けてくれたのだ。

 彼らは二つ返事で了承し、今ではすっかり闇の民たちとも打ち解けている。

 ギルド長に職員数名、見習い職員として闇の民から希望者を雇い、それなりの体裁が整った。

 更には冒険者として活動中の一族の者にも声を掛け、闇の民たちの教官となって指導もしてもらっている。実力は申し分ないので、冒険者としてのノウハウを伝授してもらうのが主だが。

 他の村を襲う魔物退治などを積極的にしているおかげもあって、住民たちの印象も上々だ。

 そして俺はというと――


「はい、完了っと。あんまり無理しないようにしてくださいね。」

「えらいスンマへんな。コイツが目ぇ覚ましたらキツく言うときます。」


 一人の闇の民の青年が、石から戻ったばかりの少年を背負って客室から出て行った。

 冒険者になった闇の民たちの中には勢い余って魔力を使いすぎ、石化してしまう者もいるのだ。

 今のところ治療は俺しか出来ないのでこうして出張る必要がある。


「さて、みんなのところに戻るか。」


 ここはイストリア家の領地に作られた闇の民の集落にある屋敷。

 ある程度の生活基盤が整えられたため、今はみんなでこちらに居を移して仕事に励んでいる。

 というのも、コンサからそうするように言われたからだ。理由は単純明快。こっちで金を使え、とのことである。

 レンシアの街で買い物をしてもこちらが潤うことは無いからな。

 なので、領内で手に入るものは領内で。それ以外はレンシアの街で調達する決まりとなった。

 経済効果としては微々たるものだが、塵も積もれば何とやらだ。

 居間に戻ると、旅支度を終えた皆が待っていた。


「もう済んだのか、アリス?」


 ヒノカの問いに頷いて答える。


「うん。私の分まで準備させちゃってごめんね、リーフ。」

「石化は貴女しか治せないんだから仕方ないものね。それに、フィーが手伝ってくれたから別に大変じゃなかったわ。ね、フィー?」


 リーフに頭を撫でられ、フィーは満足そうだ。


「ありがとう、二人とも。フラムは準備出来てる?」

「ぅ、うん・・・・・・ふふ。」


 ここのところ窮屈な恰好が多かったフラムだが、旅装束で身軽になり足取りも軽くなっているようだ。

 気付かれないよう小さくステップを踏んでいる姿が可愛い。


「あるー、おなか空いたにゃ!」

「え、さっき食べたでしょ?」


「あれじゃ足りないにゃ!」

「わ、分かったよ・・・・・・。」


 買い込んである携帯食料をインベントリから束で取り出し、サーニャに手渡す。

 これだけ渡せばしばらくは静かにしていてくれるだろう。


「ニーナは忘れ物無い? 大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ! ・・・・・・多分。」


 また不安になるような口ぶりを・・・・・・。

 まぁ、最悪バザー機能を使って取り寄せれば済むのだが。


「私がちゃんと確認しておいたから大丈夫だよ、アリスちゃん!」


 ニーナの言葉とは裏腹にロールが自信たっぷりに言う。

 ロールは学院を卒業しただけあって侍従の中でも優秀だ。実際、屋敷の侍従として雇っている闇の民たちをよく纏めてくれている。

 そんな彼女が言うのだから間違いは無いだろう。


「その、本当に一緒に行かなくていいの?」

「まだ誰かが屋敷に残っていないと大変だからね。それに、アリスちゃんたちだって遊びに行くわけじゃないでしょ?」


 今回の旅は領内の村々を視察して回り、魔物の被害が出そうなら魔物退治をして間引いておくことが目的だ。

 ずっと書類仕事だったので、その息抜きも兼ねてであるが。


「分かった・・・・・・それじゃあ、屋敷の方はお願いね。」

「うん、任せて。・・・・・・行ってらっしゃいませ、皆さま。道中お気を付けください。」


 ロールの見事なカーテシーに一瞬目を奪われる。

 このふとした時に見せられるギャップがズルい。


「旦那さまたちのことはアタシに任せて。」

「お願いね、ミアさん。」


 二人して何をこそこそ話してるんだ・・・・・・何やら不穏な空気である。


「よっしゃ、ほんなら行こか!」

「ノノカナは一緒に来て大丈夫なの・・・・・・?」


「ウチかてずっと座り仕事させられて身体鈍っとるんや、ちょっとくらい構へんやろ? それに、ウチも冒険者いうのをやってみたかったんや!」


 まぁ、後で怒られるのはノノカナだしな・・・・・・。


「じゃあそろそろ表の馬車に荷物を積んでいこうか。」


 それぞれの荷物を背負って屋敷の外へ出る。門の前には馬車が既に待機していた。

 イストリア家の家紋が装飾された大きめの馬車で、フラムのために新しく作られたものだ。

 さすがに実家のものを借り続けるわけにはいかないしね。


「全員乗ったかしら、ヒノカ?」


 御者台に座ったリーフが振り返る。


「あぁ、もう出してくれて構わないぞ。」


 ヒノカの返答を聞いて、リーフが馬に軽く鞭を入れた。

 馬車がゆっくりと動き出し、荷台から見える景色がゆっくり流れ始めた。

 闇の民たちが陽の下で汗を輝かせながら働く姿を見て、ノノカナは満足気に頷いている。

 ”黒い石”を巡る騒動はこれにて一旦の解決を見たと言って良いだろう。あとは彼ら次第だ。


「少し速度を上げるわよ。」


 集落から少し離れたところでリーフが先程より強く鞭を入れた。

 景色の流れる速度が上がり、集落が少しずつ遠ざかっていく。


「自分で走るよりは遅いけど、中々気持ちええもんやな!」


 はじめての馬車にはしゃぐノノカナを落ち着かせながら、自分も窓の外に目を向ける。

 どこまでも澄んだ青い空は、これからの旅路を祝福してくれているようだった。

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