274話「川」
「あ、明日・・・・・・から?」
フラムたちと食卓を囲み、夕食を摂りながら今日あったことと明日からの予定を伝えた。
「うん、急でごめんね。」
「そんなぁ! せっかく旦那様と一緒に暮らせると思ったのに!」
「仕方ないでしょ。早くあの子たちを帰してあげないと、また強化された魔物が出てくるかもしれないし。」
捜索隊が戻って来なければ、また新しく派遣される可能性があるのだ。
それだけは何としても阻止しなければならない。
「あ、それじゃあアタシ達も一緒に――」
「私もそうしたいのは山々なんだけど・・・・・・それは無理なんだよ。」
「えぇっ!? どうしてなんですか、旦那様!?」
「魔力の濃い場所だからね。普通の人じゃ立ってるのもやっとだよ。」
一瞬希望を得たフラムの表情が、また俯いてしまう。
うぅ・・・・・・俺が悪いことをしているみたいじゃないか・・・・・・。
「ごめんねフラム。私もまさかこんなことになるなんて思ってなくて・・・・・・。」
「ぅ、ううん・・・・・・。し、仕方・・・・・・ない、よね。」
「今回の仕事が終わったらさ、皆でまたリゾー島にでも行こう。レンシアもそれくらいの便宜は図ってくれるさ。」
「ひめきしさまー! リコは? リコもいきたい!」
お出かけの気配を察知したリコが、リタの制止をよそに楽しそうに声を上げる。
「もちろん、リコとリタも一緒にね。」
「よ、宜しいのですか? 私たちまで・・・・・・。」
「うん。それまで家のことをお願いね。リコもお姉ちゃんのお手伝いよろしく。」
「わかったー!」
「リタは海に入って大丈夫か、先生に聞いておいてね。」
「はい、近いうちにお伺いしてきます。」
事件の最中は冒険者や騎士たちの治療で大忙しだったみたいだが、リタの主治医であるピッコロ先生の仕事も流石に落ち着いているだろう。
ずっとリタのことを診てもらっているし、俺もまた顔を出しておかないとな。
とは言っても、残念ながらしばらくその機会は無さそうだが。
「・・・・・・き、気を付けてね、アリス。」
「大丈夫。私は後ろから付いて行くだけだよ。闇の民の人たちはかなり強いから。」
「そ、そうなの・・・・・・?」
「私たちのパーティで束になっても敵わないだろうね。」
おそらく、彼女たちにかすり傷一つ負わせることすらも出来ないだろう。
何というか、彼女たちとは土俵が全く違う感じだ。
「旦那様がそう言うなら、安心ですね!」
「うん。向こうに着いたら転移門を設置して、レンシアと入れ替わりで戻ってくる手筈になってるよ。一応ね。」
転移門さえ繋げてしまえば、あとの交渉などは全てレンシアにお任せという訳である。
今まで滅んだと思われていた闇の民との交渉なんて、流石に俺一人では荷が勝ち過ぎだ。
一つ間違えれば、それこそ太古の戦が蘇るなんてことになりかねない。まぁ彼女たちの様子を見るに、その可能性は薄そうだが。
そんな彼女たちだが、今日は”塔”の方で宿をとってもらっている。
明日からのこともあるし、大事を取って”塔”周辺よりも魔力の薄いこちらへ招待するのはまた後日となった。
「それはそうと、フラムの方はどうだった?」
俺が”塔”でひと悶着起こしていた間、フラムはコンサとの打ち合わせを行っていたはずだ。
イストリア家の領地を立て直すためにレンシアが紹介してくれた相談役だが、フラムと合流した時にはすでに居なくなっていた。
「て、手紙・・・・・・書いたの。」
「手紙? どんな?」
「あ、あの・・・・・・お、お父様、に――」
詳しく聞いていくと、コンサに手紙を書くように言われたらしい。
フラムの父親であるファラオーム宛で、内容はコンサに家印を発行するよう頼んだものらしい。
家印というのは、イストリア家で働く者や関係者であることを証明するための印である。
それを受け取った後、領内の視察を行う予定なのだそうだ。
確かに、そういうものがあった方が色々と捗るだろう。コンサも見てくれは幼女だしな。
その手紙を携えて、打ち合わせが終わってすぐにコンサは発ったようだ。仕事が早い。
領地の今後は、その視察次第と言ったところか。
「なるほど・・・・・・。とりあえず、そっちの方はコンサに任せておくしかなさそうだね。」
「ご、ごめん、ね・・・・・・。ゎ、私が、もっとちゃんと出来たら・・・・・・。」
「気に病む必要は無いよ。私たちが頑張って得た報酬なんだから、堂々としてればいいんだよ。」
とはいえ、コンサに頼り切る訳にもいかないか・・・・・・。
今のうちに彼女のやり方をしっかりと見させてもらおう。
「よし・・・・・・ごちそうさま。私は部屋で明日の準備してくるよ。」
食器を片付け、足早に自室へと戻る。
明日からはどれだけかかるかも分からない旅路だ。入念に準備しておこう。
*****
――コンコン。
部屋の扉が控えめに鳴らされた。
ふと窓に目をやると、映っていた街の灯もすっかり消え、夜は更けていた。
「おっと、もうこんな時間か。」
扉の向こうからは小さな話し声が聞こえてくる。
内容は聞き取れないが、この声はおそらくフラムとミアだろう。
「はーい、ちょっと待ってね。」
扉を開けると、そこには寝間着姿のフラムが一人で所在なさげに立っていた。
「あれ? フラムだけ? ミアも居た気がしたけど。」
「ぁ、あの・・・・・・ミアは・・・・・・。」
フラムの視線を追うと、その先にはミアの部屋があった。
どうやらフラムをここまで引っ張って来て、自分は部屋に引っ込んだらしい。
人が良いというか何というか・・・・・・。
「まぁ、とにかく入りなよ。ちょっと散らかってるけど。」
「邪魔して・・・・・・ご、ごめん、なさい。」
「いや、あとは詰め込むだけだから大丈夫。それよりフラムこそこんな時間に――」
どうしたの? と聞くのは不粋か。
「さっさと片付けちゃうから、少しだけ座って待ってて。」
「ぅ・・・・・・うん。」
フラムに温かいお茶を淹れ、俺は仕分けしていた物資たちに向き直る。
ついインベントリの中身の整理もしてしまったせいで、結構な時間を食ってしまったが、あとは仕分けた通りにインベントリに収納していくのみ。
片っ端から突っ込んでいくと、フラムがお茶を飲み終わるころには片付いた。
「お待たせ、フラム。お茶のおかわりは要る?」
「ううん・・・・・・大丈夫。」
「了解。それじゃあ・・・・・・今日は一緒に寝ようか。」
「・・・・・・うん。」
しかし、フラムの表情は浮かないままだ。
まぁ、彼女のことだから大体察しはつく。
「んー・・・・・・今日は別の部屋で寝ない?」
「べ、別の部屋? ゎ、私の・・・・・・ところ?」
「いや・・・・・・ミアの部屋。ミアのこと心配なんでしょ? 今日は皆で一緒に寝よう。」
「ぁ・・・・・・うん!」
ミアも人が良いけど、フラムはそれに輪をかけて人が良いからな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます