273話「スローライフは来るのも遅い」

「う・・・・・・んん・・・・・・。」


 石から復活したノノカナのお姉さんが小さく呻くと、ゆっくりと目を開いた。


「ね、姉ちゃん、大丈夫なん?」

「ノノ・・・・・・カナ・・・・・・?  ・・・・・・ノノカナ!? アンタ何処ほっつき歩いとったんや!? ぅぐっ!」


 身を起そうとした彼女は、初めて自分が拘束されていることに気付く。


「な、なんや!? 何でウチ縛られてんの!?」


 混乱しているノノカナのお姉さんに、レンシアが静かに話しかける。


「目覚めた時にノノカナさんのように暴れられては困るので、拘束させてもらっています。申し訳ありません。」

「ノノカナ! アンタ、ウチらだけやのうて他所様にまで迷惑かけとんのか!」


「ひぃぃっ!! ごめんなさい姉ちゃん!!」

「ウチに謝ってどないすんねん!」


「ま、まぁまぁ・・・・・・それより、拘束を解かせていただきますね。」


 レンシアが合図すると、イアーデが拘束を解いていく。

 拘束が解かれた彼女は、自分の体を確かめるように凝り固まった身体を伸ばした。

 そしてガシッっとノノカナの頭を鷲掴み、強引に頭を下げさせた。


「い、痛たたたた! 何すんのや、姉ちゃん!」

「ウチの者がえらい迷惑を掛けたようで、ホンマ申し訳ありません。」


「いえいえ。ともかく、着替えも用意していますので、お互い話はそれからにしましょう。」


 着替えを終えた彼女を連れ、別の部屋へ案内する。流石に拷問部屋で込み入った話は出来ないしな。

 ほとんど使われていない応接室のソファに腰を沈めて、彼女たちと膝を突き合わせた。


「まずは自己紹介からさせていただきます。私はレンシア・ライオール。一応この建物内では皆をまとめる立場に就いています。」

「ウチはココリラ・ヲ・シュトーリャ。このアホ娘の姉をやらせてもろとります。」


 アホ娘呼ばわりに抗議しようとしたノノカナが声を上げかけるも、ココリラに睨まれて押し黙ってしまう。

 まぁ、俺も大人しく二人の話を聞いておこう。


「それで、そちらさん方は魔物・・・・・・とは違うみたいやけど、一体何者なんです? ウチらとは随分その・・・・・・毛色が違うようやけど。」

「貴女方には”光の民”と説明した方が理解が早いですかね。大昔にそう自称していただけで、貴女方の知る”光の民”とは異なるかもしれませんが。」


「なるほどね。でもそれならウチらと姿が違うのも納得できますわ。それで・・・・・・ウチは何でここに連れてこられたんです?」

「そうですね・・・・・・ココリラさんもまだ混乱していると思いますので、こちらの事情から説明させていただきます。」


「そうやね。ウチもその方が助かります。」


 そうしてレンシアが説明を始めた。

 凶暴化した魔物から採取した石を調査しているうちに、彼女らの石化が解かれたこと。

 おそらく闇の民は魔力切れで石化することなど、推測も交えて伝える。


「ウチが石になってたって言うのはホンマなんか、ノノカナ?」

「うん・・・・・・そっちの子が”黒い石”に魔力を込めたら姉ちゃんが出てきたんよ。それにしても・・・・・・ハァ・・・・・・よりにもよって、姉ちゃんが出てくるなんて。」


「一言余計やねん、アンタは!」

「ぐぇ!」


 頬を潰され、カエルのような悲鳴を上げるノノカナ。

 まぁ、二人の仲は悪くは無さそうだ。


「それで、ココリラさんはどうして森を出ることに?」

「このアホ娘を探しにね。二~三ヶ月もしたら諦めて帰ってくると思ってたんやけど・・・・・・。」


「帰って来なかった、と。」


 その頃には既にノノカナは石化してただろうからな。

 帰りたくても帰れないだろう。


「で、何故族長の娘さんであるココリラさんが探しに出られたんです?」

「そりゃあ家出したアホ娘に人手なんて割けませんよ。父ちゃんも郷を離れるわけにはいかんしね。」


「なるほど・・・・・・それで二次遭難したと。」

「ぅ・・・・・・そうなるね。」


「ということは、他の”黒い石”は三次遭難、四次遭難の可能性が高そうですね。」


 ノノカナはともかく、ココリラの方はちゃんとした手続きで捜索に出て、戻って来なかったのだ。

 そうなってしまえば、今度は本格的な調査をせざるを得ない。

 そうして送り出された者たちが皆石化してしまい、魔物に拾われてしまったのである。


「この二人の分以外に見つけた単発の”黒い石”が先遣隊。先日の騒動で手に入れた複数の”黒い石”が本隊ってところかな。もう一人くらい起こせば明らかになりそうだぞ、アリス?」

「へいへい・・・・・・分かりましたよ。」


 そしてまた場所を変え、今度はトロルから手に入れた”黒い石”を復活させた。

 出てきたのは中年の男性。引き締まった身体と無数の傷は歴戦の証だろう。


「ココリラ様、ノノカナ様! お二人とも、無事やったんですかい!?」


 目を覚ました彼が上げた第一声がそれだった。

 そして彼にも同じ様に話を聞くと、おおよそレンシアの予想通りであった。


 ”光の使者”を迎えに行くと言って郷を飛び出したノノカナ。

 そんなノノカナを探しに出たのが、彼女の姉であるココリラ。

 ココリラは三ヶ月という期間を与えられ、ノノカナの捜索に赴いたが、そのココリラも期限を過ぎても戻って来なかった。


 そもそも未開地で暮らしてきた彼ら。魔物にやられるはずもないし、ましてや森で野垂れ死ぬなんてあり得ない。

 不審に思った族長は、情報を得るため先遣隊を送ったが、その悉くが戻って来なかった。

 そしてこのままでは埒が明かないと、本隊を送り込んだ結果が先日の大騒動である。

 彼にも聞き取りを行ったが、やはり最後の記憶は魔物と戦っていたところまでであった。


 原因はこちら側の魔力濃度が薄いことと、彼女らの魔力の使い過ぎであろう。

 ノノカナが見せた身体能力、あれは魔力による身体強化だ。俺やフィーの使う強化魔法よりも強力なものだが、非常に燃費が悪い。

 さらにあの蹴り技。溜めた魔力を相手に触れた部分から一気に注ぎ込み、爆発させるような技である。こちらも非常に燃費が悪い。

 あんなのを使っていれば、魔力なんて枯れて当然だ。

 逆を言えば、彼女らはそんな技が普通に使えるような魔力の濃い場所で生活しているという証左でもあるが。


「なるほどなぁ・・・・・・魔力の使い過ぎ、か。そんなん考えたこともあらへんかったわ。んー・・・・・・こんな感じか?」


 先程ノノカナが見せた身体強化とは違い、ココリラが発動させたそれはかなりの魔力が抑えられていた。


「あはははは! 姉ちゃん、弱そう!」

「あはは! これじゃあ子供にも勝てへんねぇ。」


 二人は笑っているが、話を聞いただけでそこまでの制御ができるってかなり凄くないか・・・・・・。


「ともかく今の話を聞いた以上、ノノカナさんには早急に戻ってもらわないといけないみたいですね。」

「そんな殺生な!」


「駄々こねるんちゃう、アホ!!」


 ノノカナの頭にげんこつが落ちる。・・・・・・痛そう。

 約束の地に連れて行って上げたいのはやまやまだけど、さっさと彼女を送り届けないとまた似たような事件が起きかねない。


「という訳だ、アリスも準備を頼むぞ。」

「え、何の?」


「アリスには彼女らを送り届けてもらう。」

「ちょっ、何で俺が!?」


「もし途中で石化してもアリスなら戻せるだろ?」

「それはそうなんだが・・・・・・。」


 その間、俺はフラムを残して家を離れなければならないということでもある。


「それに、未来の領民に挨拶しておくのも悪くないだろう。」

「どういうことだ?」


「”約束の地”であるオストーラ教国。そしてその国に構えるイストリア家の領地も”約束の地”の一部だってことだ。」


 闇の民から移住者を連れて来ようって胎か。

 今の惨状じゃ、イストリア家の領地に人を呼んでくるのは難しい。

 そして闇の民である彼らもまた受け入れ先を探すのは難しいだろう。

 彼女らが悪人で無いことは分かるが、見た目の異なる種族をいきなり受け入れろというのも無理な話だ。獣人や亜人でさえ未だに軋轢があるんだしな。


 問題となるのは魔力だが・・・・・・そもそもが使い過ぎているだけなのだから、それを抑える訓練をすれば良いだけだ。

 ノノカナの見せた身体強化や蹴り技は、魔力制御の賜物。つまり魔力制御自体は習得している。

 ココリラは既に問題無さそうだが、彼女が出来るという事は無理な話でもなさそうだ。

 まぁ、彼女らにとっては”弱くなるための訓練”になってしまうが。


「可愛い嫁さんのためだ。しっかりやれよ。」

「ハァ・・・・・・了解。」


 こうして俺は、未開地へと旅立つことになってしまったのだった。

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