269話「石と少女」

「おー、ここが研究室か。思ってたより広い場所だな。」


 ”塔”へと転移した俺は、早速あてがわれた研究室へとやってきた。照明のスイッチを入れると、研究室の全体像が見渡せるようになった。

 学校の教室ほどの広さの部屋の真ん中にポツンと置かれた少し大きめのテーブル。この場合は実験台と言った方がいいか。

 壁際にはガラス張りの戸棚が並んでいる。覗いてみると中身は空っぽだったが、必要な機材があれば用意してくれるらしい。

 部屋の隅には給湯場とゆったりとした長椅子が据え付けられており、ここで仮眠を取れと言わんばかりに毛布が折りたたまれて長椅子の上に乗せられている。

 長椅子と毛布は少し埃を被っているが、魔法で綺麗にしてしまえばすぐにでも使えるだろう。

 一人に与えられる部屋としては少し寂しく感じるほどに申し分ない広さだが、一つ残念なのは地下であるため陽の光が入らないことか。研究室ならその方が都合が良いのかもしれないが。


「さて、石の調査って言っても何すればいいんだろ・・・・・・。とりあえず、今持ってる分を並べてみるか。」


 俺が今持っている石は、数年前にオークから手に入れた一番最初の石、それと先日レンシアから託されたトロルに付着していた5つ。それらを取り出して実験台の上に適当に並べてみる。

 並べて比べてみるも若干大きさや形が異なるくらいで、他に違う点は見当たらない。


「うーん、良く分からんな・・・・・・。そもそも俺がすぐに思いつくような調査なんて、他の魔女がやってるだろうし。」


 となれば、俺が出来て他の魔女が出来ない路線から攻めていくしか無いだろう。

 俺が出来て他の魔女が出来ない事と言えば――


「――加工、試してみるか。」


 数年前に一度試してみたきりだが、俺もあれから少しくらいは成長しているはずだ。

 完璧な加工は出来なくても、何かの切っ掛けは掴めるかもしれない。


「よし、じゃあまずは準備運動からやっていくか。」


 ポケットに常備している土団子を取り出し、魔力を流し込んでネジに加工していく。

 作ってはテーブルの上に転がしを繰り返す。今まで何度もやっている行程なので手慣れたものだ。

 数分かけて土団子を一つ使い切ったところで一息入れる。


「うん、調子は上々。体調は問題無さそうだ。・・・・・・それじゃあ、本丸に取っかかるとしますか。」


 一番最初に手に入れた、オークから剥ぎとった石を手に取った。

 インベントリに入れっぱなしだったとは言え、コイツとは数年の付き合いになる訳か。そう思うと何となく感慨深い気持ちにさせられる。


 スゥと深呼吸し、”黒い石”に魔力を流し込んでいく。

 しかし、砂漠に水滴を垂らすかのようにまるで手応えが感じられない。それでも我慢強く魔力を流し続ける。


「・・・・・・くそ、何の反応も無いな。」


 試しに先ほど作ったネジをもう片方の手に取り、”黒い石”へ同時に魔力を流しながらクギに作り替えてみる。

 ネジの方は魔力を流せばちゃんと思った通りに変形し、クギへと姿を変えた。”黒い石”の方は相変わらずだ。


「石を持ってると異常が起きるって訳でも無さそうだ。・・・・・・よし、今回は仕事でもあることだし徹底的にやってみるか。」


 クギを手放し、”黒い石”を両手で包み込むように持つ。そして、先程と同じ様に魔力を流し始めた。

 ・・・・・・やはり反応は無い。

 だがここで中断はしない。さらに魔力を流し続ける。


「・・・・・・うんともすんとも言わないな。やっぱりただの鉱石とは違うのか?」


 その辺の石や鉄と同じ様に加工しようとしているのが間違いなのかもしれない。

 そもそも石と鉄だって加工するのに必要な魔力量が異なる。

 俺にとっては誤差程度の違いでしかないため気にも留めていなかったが、この”黒い石”を加工するためにはもっと多くの魔力が必要なのかもしれない。

 ただ、これ以上の魔力を流すとなると、思った通りの形に加工するための制御が難しくなるのだ。


「でも・・・・・・形にこだわる必要は無いよな?」


 そう、わざわざ何かを作る必要は無い。とにかく何かが起これば良いのだ。

 何かの現象が起きれば、それがこの石の謎を解く鍵になるかもしれない。

 流していた魔力を一旦止め、身体の中で魔力を練り、溜めていく。

 蛇口からちょろちょろと流すようなイメージではなく、今度はプールの水をひっくり返して浴びせるようなイメージで。


「よし・・・・・・いけえぇぇぇっ!」


 溜めに溜めた魔力を一気に注ぎ込む。

 ここまでやれば何か・・・・・・・・・・・・・・・・・・起きない。


「むぅ・・・・・・一体どうすれば・・・・・・あれ?」


 流し込んだ魔力が功を奏したのか、手に持っていた”黒い石”に違和感を覚えた。


「なんか・・・・・・生暖かい・・・・・・? ずっと手に持ってたからか?」


 試しに触れていなかった部分に触れてみる。

 やはり生暖かい。


「おおっ! ここに来てようやく反応が・・・・・・って、あれだけ魔力を込めて湯たんぽ代わりにもならないのか・・・・・・。」


 転生者でなければ10回は干からびているような魔力量である。

 とはいえ、一歩前進したような気分になり、自然と心が沸き立ってくる。


「どこまで温度が上がるか試してみるか。」


 魔力を溜めて”黒い石”に注ぎ込む。

 何度か繰り返している内に、ようやく人肌よりほんのり暖かい程度まで温度が上昇した。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ここまでやってやっと冷めてきた湯たんぽくらいか・・・・・・。流石にこれ以上は体力が・・・・・・よし、次で最後だ。」


 新しい発見はあったのだし、調査開始初日では上出来と言って良いだろう。とにかくさっさと帰って休みたい。

 一度呼吸を整え、再度魔力を練り始める。どうせ最後だ、デカくやるとしよう。

 今までよりもさらに魔力を溜め込み、”黒い石”にぶち込んだ。


 ――ドクン。


 手に持っていた”黒い石”が動いた。


 ――ドクン、ドクン。


 まるで鼓動のように。


「ちょっ・・・・・・何!?」


 手の中の”黒い石”が淡く発光しながら膨らむように質量を増していく。

 硬かった石の感触が柔らかくなっていき、指の間からこぼれそうになる。

 手で持ちきれなくなり、たまらず実験台の上に石を置いて石から距離を取った。


「どうなってるんだよ、これ!?」


 手放した”黒い石”は実験台の上で脈動と淡い発光を続けながら、その体積を増やしていっている。

 ふと頭によぎる、先日の魔物の暴走騒ぎ。このまま放置すればマズいかもしれない。

 しかし魔法で吹き飛ばすにしても、こんな密閉された空間では俺まで巻き添えを喰らいかねない。

 くそ・・・・・・外で実験した方が良かったか?

 だが嘆いてもいられない。

 ひとまず救援を呼ぶべくメニューを起動してメッセージ機能を開いた。


「・・・・・・あ、あれ?」


 救援要請をする前に”黒い石”の膨張が止まり、徐々に光も収まっていく。

 手を止め、その光景を観察していると完全に光は収まった。

 そして、”黒い石”のあった場所には・・・・・・裸の女の子が横たわっていた。


 リーフくらいの背恰好に、腰まで伸びた絹のように白い髪。リーフより少し大きな胸はゆっくりと上下し、彼女が生きていることを強調している。

 そして何より特徴的なのが・・・・・・その青白い肌。

 おそらくは人間とは異なる種族なのだろう。亜人、というよりは魔族と呼んでしまいそうな姿だ。


「ど、どうしよう、この子・・・・・・。とにかく報告しておくか・・・・・・。」


 開きっぱなしだったチャットウィンドウに文字を打ち込む。


>親方ァ! 石から女の子が!


 レンシアへの報告はこれで良いだろう。

 こっちの女の子は・・・・・・流石に裸のまま寝かせておくわけにはいかないか。

 触手を使って未だ眠っている彼女を持ち上げ、長椅子に横たえて毛布をかけておく。


 女の子の顔を覗き込んでみるが、顔色はよく分からない。

 苦しそうな表情をしている訳では無いし、呼吸も整っているので大丈夫だとは思うが・・・・・・。レンシアがこちらへ来るまでは目を離さないようにしておいた方が良さそうだ。


「ん・・・・・・。」


 寝息を立てていた女の子が身じろぎをして目を開いた。

 彼女の黄金色の瞳が俺の姿を映す。


「え、えーっと・・・・・・どうも・・・・・・?」

「ウラアアアァァァァァァ!!!!」


 雄叫びと共に被せていた毛布を跳ね除け、女の子が蹴り掛かってきた。

 脚には爆発的に魔力が集中し、あれをまともに喰らえば命は無い。

 だが初動が遅れてしまったため、もう回避することは不可能だ。

 体中の血が沸騰したように警告を伝えてくる。


「やばっ・・・・・・!」


 咄嗟に両腕を強化し、クロスさせて彼女の蹴りを受け止めた。

 一瞬の浮遊感と加速感。気付けば俺の背中が壁に打ち付けられていた。

 衝撃で灰に溜まっていた空気が吐き出される。


 今の一撃で身体が上手く動かない。

 視線だけを彼女の居た方へ向けると、こちらへ歩んでくる姿が目に入った。

 死の気配が背筋をなぞる。

 だが突如、彼女が胸を押さえるようにして苦しみだし、地に膝をつけた。


「う・・・・・・ぐ・・・・・・っ!」


 うめき声を上げながら、そのまま地を這うようにもがきだす。


「な、何だ・・・・・・?」


 苦しむ彼女の身体から淡い光が溢れてくる。

 そして背を丸めると身体が縮んでいき・・・・・・光が収まると、そこには”黒い石”が転がっていた。

 どうやら、俺の命は何とか助かったらしい。


「おい、さっきのは何の音だ!?」


 扉を蹴破るようにして部屋の中にレンシアが飛び込んできた。

 床の転がった”黒い石”と壁を背にもたれ掛かっている俺を何度か見比べて言葉を発した。


「その腕・・・・・・凄いことになってんぞ。」


 言われて自分の腕に視線を落とす。

 そこには曲がってはいけない場所で曲がってはいけない方向に曲がっている俺の腕があった。


「いっ・・・・・・てえええぇぇぇぇ!!!!」

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