266話「終炎」

「フハハハハ!! 業火に焼かれ、死を以って汝の罪を贖え!! 「「”大火嵐ダズフォムデウィード”!」」」


 一部を除く魔女たちの声と魔法が重なり、巨大になった炎の渦が肉スライムを飲み込んだ。

 盛大に上がった煙とともに何かが焦げるような異臭が辺りに充満し、思わず顔をしかめる。

 先程までとは違い、再生能力が減衰した肉スライムの身体は少しずつ縮むように小さくなっていく。再生が追い付いていない証拠だ。


「やっぱり皆が使う魔法は発動が早いな。」


 こうして彼女たちと並んで同規模の魔法を撃ってみると、それが顕著に感じられる。

 彼女たちが言葉一つで魔法を撃てるのに対し、俺は魔力を集めて変換し、撃ち出さなければならない。これで数秒ほどのラグが発生してしまうのだ。

 まぁ、ここは練習だと思ってガンガン撃ちまくろう。

 こんな大規模な魔法をぶっ放せる機会なんてそうそう無いだろうしな。・・・・・・あっても困るんだけど。


「ずいぶん縮んできたな・・・・・・。」


 ようやく元の大きさの三割ほどまで削れ、あと一息というところで肉スライムが悲鳴とは異なる叫び声をあげた。

 そして――


「うおっ!?」「と、跳んだ!?」


 身体を収縮させたかと思うと一気に膨張させ、その反動で飛び掛かってきた。

 空にいる魔女たちには全く届かないが、それでも皆に動揺が走る。

 肉スライムはそのまま空を切って自由落下し、グチャリと音を立てて肉片を散らせながら着地した。


「やっとオレたちを脅威だと認識したみたいだな。」


 中でも一人冷静なレンシアが声をかけてきた。

 今までは俺たちを羽虫程度の存在と捉えていたのだろうが、ここにきて魔女たちが自らの命を脅かす存在なのだと改め、攻撃(?)を仕掛けてきたのだろう。

 当たらないと知ってか知らずか、それでも飛び回る魔女たち目掛けて何度も跳ねてくる。


「しかし、不味いな・・・・・・。」


 ポツリと漏らすレンシアに問い返す。


「何がだ? アイツの攻撃はこっちに届かないし、倒せるのも時間の問題だろ?」

「あぁ、だが・・・・・・見てみろ。ヤツの再生が追い付いてきている。」


 そう言われてよく見てみると、確かにヤツの身体が少しずつ大きくなってきている。

 ヤツの回復力が上回っている証拠だ。


「本当だ。一体どうして・・・・・・。」

「アイツが飛び跳ねるようになってこっちの魔法が外れてる。それに動きも良くなってきてるな。体積が減ったのと、身体の動かし方を覚えてきたのが原因ってところか・・・・・・。」


「なるほど・・・・・・。」

「けど、これで街の方は一応安泰だな。あとはヤツをどう仕留めるか・・・・・・。逃げに転じるまでに何とかしないと。」


 確かに今みたいに飛び跳ねながら逃げられると厄介だ。

 穴は結構な深さで掘ってあるが、あの跳躍力なら簡単に超えてしまうだろう。

 外に出てしまえばエサも豊富にあるので倒しきれなくなってしまう可能性が高くなる。

 つまりヤツがこちらにヘイトを向けている間に何とか倒さなければならないということだ。


「とりあえず、ヤツの動きをどうにか封じないとダメって訳か。」

「そういう事だ。さて、どうする・・・・・・。」


「・・・・・・レンシア。俺は地上に降りるから攻撃を当てないよう皆に注意してくれるか。」

「おいおい、何をするつもりだ?」


「ヤツの着地点に剣山を作ってやるんだよ。ダメージにはならないだろうけど、上手く刺されば動きが鈍くなるだろ。幸い穴を補強するために地面にも魔力を流してあるから、一からやるよりは変形させるのも楽になってる。」

「ふむ・・・・・・やってみる価値はありそうだな。それならオレもついて行こう。水盾を張れば炎も楽に防げる。」


「よろしく頼む。」


 レンシアがチャットで指示を出した後、肉スライムから少し離れた場所に降り立った。

 相変わらず飛び跳ねているが、最初のころより高度が上がっている。

 これも身体の動かし方が慣れてきているってことか。急いだほうが良さそうだ。


「この辺りで大丈夫か、アリス?」

「ああ、ここならヤツの攻撃も届かないし丁度良い――」


「”水盾(アクルド)”!」


 迫ってきた炎の波が水盾に触れて霧散する。

 どうやら流れ弾が飛んで来たらしい。


「助かった。」

「全く。気を付けろって言ったばかりなのに。」


「仕方ないよ。向こうからは豆粒くらいにしか見えてないだろうし。」

「まぁ、こっちからも豆粒くらいにしか見えないしな。とにかく、流れ弾はオレに任せろ。そっちは頼んだぜ。」


「あぁ、レンコンみたいにしてやるよ。」


 地面に手を着き、流してある魔力に干渉していく。

 ・・・・・・よし、良い手応えだ。


「いけそうだ。あと三回跳んだらやる。皆に伝えてくれ。」

「分かった。」


 ゆっくりと呼吸し、視線をヤツに定める。


 ――3。

 ヤツの巨体が宙を舞い、着地の衝撃で地面が揺れる。


 ――2。

 再び飛び上がった肉塊を避け、蜘蛛の子のように散っていく魔女たち。


 ――1。

 息を止め、ヤツの着地点を見定める。


「いけえええ!!」


 溜めていた魔力を一気に流し込み、地面を変形させた。

 地面を突き破るように無数の針山がそそり立ち、獲物を待ち構える。

 重力に逆らう事の出来ない肉スライムは、そのまま為す術無く針山の上に落下した。

 串刺しになり、何だかよく分からない肉片と体液をまき散らしながら悲鳴を上げる肉スライム。少しは効いているらしい。

 抜け出そうと必死にもがいているところへ魔女たちの魔法が降り注いだ。

 絡み合った炎は奔流となり、針山ごと肉スライムを飲み込む。

 その流れは止まることなく穴の中へ広がっていき――


「ちょ、こっちまで来てる!?」

「大丈夫だよ。」


 俺たちを覆っていた水盾は、荒れ狂う炎の波の悉くを受け止め、防いで見せた。


「いくらなんでも遠慮無さすぎだろ・・・・・・。」

「まぁ、オレがそう指示したしな。水盾さえ張ってしまえばこれくらいどうってことは無いし。」


 転生者以外がやったら間違いなく一秒もたずに干からびてるだろうけど。


「下手に動くよりはこのまま待ってた方が安全だな。さて、どうなるか。」


 それからしばらくの間、魔女たちのバーベキュー大会は続いた。

 肉スライムは一片も残さず焼き尽くされ消し炭となり、最後に残ったのはいくつかの”黒い石”だけだった。

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