265話「白銀の弾頭」
俺たちが砦を放棄してから数日。
作戦はいよいよ佳境を迎えていた。
「よし、いいぞアリス。行ってくれ。」
レンシアの合図と同時に”レンダーバッフェ”に跨り、魔力を流し込んだ。
身体がフワリと浮き上がり、遠目には森に空いた大きな穴とその穴へ誘い込まれた巨大な蠢く塊が見える。
「あれ、なんかデカくなってる? まぁ・・・・・・とりあえずは作戦通りに、だな。」
肉スライムに群がっていた魔女たちが、レンシアが出したチャットの指示によって一斉に散っていく。
全員が十分に離れたのを確認し、俺は”加速”のスロットルに魔力を籠めた。
柄にしがみ付くようにして加速度に耐えながら、箒の向かう先をコントロールする。
野営している間、練習していたのが功を奏しているようだ。
銃弾を作り終えた後、暇なら穴掘りも手伝えと言われて駆り出され、範囲が広すぎて連日箒に乗りながら作業せざるを得なかったため上達しただけなんだけれども。
そのおかげで自分の手足・・・・・・とまではいかないが、それなりに操れるようになっている。
「よっ、と・・・・・・位置的にはこの辺りかな。」
箒をターンさせて逆噴射し、ちょうど肉スライムの真上に陣取った。
こうして改めて上から眺めてみると、俺が成形しただけあって中々良い仕上がりになっている。
もう少し時間があればもっと綺麗な円形に・・・・・・って、そんな事を考えている場合では無かったな。
前日まで土木作業ばかりやらされていたおかげで、まだ脳が切り替わっていなかったようだ。
インベントリから『魔女狩』を封印した箱を取り出し、その封を解く。
ゾクリと背中に走った悪寒を無視し、事前の打ち合わせ通りにチャットに打ち込む。
>今から五秒後に投下する。
返事は無いが、レンシアの推薦したスナイパーは今ので射撃体勢に入ったはずだ。
そして心の中できっかりと五秒数え、『魔女狩』を肉スライムの上に投下した。
どこまで『魔女狩』の影響が届くか分からないため、同時に”レンダーバッフェ”を一気に加速させ、逃げるようにその場を離れる。
ある程度距離が取れ、車型の飛翔魔道具とすれ違ったところで箒を止めて肉スライムの方へ目を向けた。
すれ違った飛翔魔道具とそれに乗った魔女の姿も視界に入る。
屋根の無いジープの形をした飛翔魔道具には、黒く長い筒を構えた魔女が乗っていた。
彼女の背丈を遥かに超えるその長い筒は、銃弾の設計図の隅に描かれていた狙撃銃そのものだ。
長い銀色の髪を風に遊ばせたまま、微動だにせずスコープを覗いている。
おそらくは彼女がレンシアの用意したスナイパーなのだろう。
フロントガラスの枠に銃身を乗せて固定させ、その銃口を肉スライムへと真っ直ぐ向けている。
静かだが、迫力のある佇まいと雰囲気に圧され、呼吸も忘れてしまう。
彼女が引き金を引き絞る。
乾いた発砲音が空気を震わせた。
――数秒後、銃口を向けた先から、大地を振るわせる咆哮が響いてくる。
サッと望遠鏡を取り出し、肉スライムへフォーカスを当てた。
「こうかはばつぐん、ってところかな。」
望遠鏡のレンズに映ったのは、苦しそうにのたうつ肉スライムの姿。
そんなものには目もくれず、銀髪の狙撃手は素早くレバーを引いて弾丸を装填し、さらにもう一発。
素早くレバーを引いて装填し――そこで銃声は止んだ。
構えを解いた魔女は狙撃銃を傍らに立てかけ、飛翔魔道具のハンドルを握る。
そのまま帰ってしまいそうな気配に、俺は何かあったのかと彼女に声をかけた。
「お、おい。もう撃たないのか? 銃弾は多めに作ったはずだけど。」
銀色の髪の間から覗く紅い瞳が、こちらを射抜くように見定める。
「『魔女狩』とかいう魔道具が壊れた。これ以上は無駄だ。」
精々が剣での斬り合いを想定して作られた魔道具。
銃で撃ち抜かれるような衝撃なんて想像もしていないだろうから、そんな強度があるわけない。
むしろよく二発も耐えたと言って良いだろう。
「仕事は終わった。帰らせてもらう。」
「あ、あぁ・・・・・・。」
なんというか、ドクとは違った意味で地を行く人のようだ。
さっさと帰ってしまった凄腕スナイパーの背を見送っていると、肉スライムの叫びがまたも響く。
望遠鏡を構え直し、肉スライムの様子を確認した。
膨れ上がった肉塊の表面はグツグツと煮えたぎるように泡立ち、体液が溢れるように溶け出して大地に垂れ流されている。
方向感覚が狂ったのか、はたまた混乱しているだけかは分からないが、今まで真っ直ぐ進めていた歩みが乱れているようだ。
しばらく観察していると、レンシアの報告がチャットで流れた。
どうやら再生能力自体は失われてはいないがかなり弱まっていおり、巨体が維持できなくなったのか徐々に体積も減ってきているらしい。
観測士の見立てによれば”黒い石”はおそらく半分ほど消失しただろう、との事だ。
<今までの鬱憤を晴らすぞ! 総攻撃だ!
普段は引きこもりな魔女たちが散々引きずり回されてたからなぁ・・・・・・フラストレーションも相当溜まっているだろう。
ずっと後方で指揮を執っていたレンシアなんかは特に。
そんな彼女も総攻撃に参加するらしく、どこの世紀末かと思うくらい厳ついバイク型の飛翔魔道具に乗って野営地から飛び立ってきた。
肉スライムのもとへ向かう途中、俺の存在に気付いたようで、隣につけてくる。
「無事だったか、アリス。」
「何とかね。総攻撃にはレンシアも参加するのか?」
「当然だろう。ヤツのお陰で大赤字だからな。代償は払ってもらう。」
今回の騒動による冒険者への手当や物資支援、その他諸々、全て”塔”の負担なのだ。
街に被害が無いのが救いだが、それでもすぐに元通りとはいかないだろう。
ストレス発散したくなるのも分かる。
「アリスはどうする? 疲れているなら休んでいても構わないぞ?」
「いや、参加するよ。俺も裏方仕事ばっかりだったし、さっさと終わらせたいしね。」
それに、これ以上ヤツをフラムの居る街に近づけたくないという思いもある。
「なるほどな。それじゃあ早く行くとしようか。でないとストレス発散する前に終わりそうだ。」
「確かにね・・・・・・皆も相当キてるみたいだ。凄い勢いで魔法ぶつけてるぞ。俺も旅行を中断させられた恨みは晴らしておかないと。」
俺とレンシアはすでに総攻撃が始まってしまっている肉スライムへ向けて加速した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます