261話「肉スライム」

「フラム・・・・・・!」


 崩れるように倒れかけたフラムの身体を受け止めた。

 魔力を使い過ぎたせいか彼女の意識は途切れており、ぐったりとしたまま俺の腕に抱き留められている。

 軽く調べてみたが魔力の暴走はしておらず、命に別状はなさそうだが・・・・・・頑張ったフラムを早く休ませてあげたい。


「おい、レンシア! もう俺たちは帰って良いよな!?」


 監視塔の上で望遠鏡を覗いているレンシアに聞こえるように声をかける。

 しかし彼女からの返答はない。

 痺れを切らした俺はフラムを背負ったまま監視塔を登り、再びレンシアに声をかけた。

 返って来たのは歯切れの悪い答え。


「あぁ・・・・・・いや、ちょっと待ってくれ。」

「・・・・・・? 今ので殆ど吹き飛んだはずだよな?」


「八割方吹き飛んだな。今は・・・・・・四割くらいだ。」


 レンシアの言葉に一瞬脳が混乱する。

 が、すぐにその可能性に思い至った。


「おい、四割って・・・・・・まさか!?」


 レンシアから望遠鏡を奪って覗き込む。

 そこには膨れ上がる肉塊に攻撃を仕掛ける魔女たちが映っていた。

 元は人型をしていた魔物だったが、フラムの魔法で大半が吹き飛ばされた所為で形を保つことが出来なくなったようだ。

 だがヤツの再生能力にそんなものは関係ないらしい。

 内側から艶々とした薄紅色の肉が気泡のように膨れ上がり、魔女の攻撃で抉れた部分を埋めていく。


「再生速度が思ったよりヤバい・・・・・・。退避していた魔女たちに攻撃指示を出してるけど、全く追いついてない。人型でなくなったのも不味いな。」

「どうして?」


「人型を保とうとしていたからこそ、自重で崩れたりしてあの大きさで留まっていたからね。しかしあの”肉スライム”じゃ・・・・・・どこまで育つか見当も付かない。」


 肉スライム・・・・・・ね。たしかにあの肉塊には丁度良い表現だ。

 人型を成そうとしていた間は腕や足などのもろい部分が自重で崩れ、そして再生を繰り返していたのだが、一度完全に身体が崩れてしまったことでそのタガが外れてしまったのだろう。

 だが作戦が失敗したからと言って落ち込んでも居られない。

 頭を切り替えて、レンシアの方へ視線を戻す。


「なるほど・・・・・・それで、これからどうするんだ?」

「とりあえず一度その子を連れて学院へ戻ってくれ。休ませるのはオレの部屋を使ってくれて構わない。学院内では一番安全な場所だ。」


 侍女をつけるように、と一筆書かれた封書も渡された。


「こんなのを渡されるってことは・・・・・・。」

「当然、アリスにはまだ働いてもらう。」


「だろうと思ったよ・・・・・・。」


 出来ればフラムの傍についていてやりたいが・・・・・・状況が状況なだけにそういうわけにもいかないか。


「悪いな。けどもう”ゆっくり”とは言ってられない事態になっちまったからな。よく見てみろ、あの肉スライム。」

「まだ何かあるのか・・・・・・?」


 もう一度ピタリと望遠鏡に目を当て、レンシアの指した先へ視線を集中させた。

 そこには相変わらず魔女たちの攻撃を受けながら、人が歩くよりも遅い速度でまっすぐこちらへにじり寄る肉スライムが映し出されている。

 まっすぐ・・・・・・こっちへ・・・・・・?


「おい、なんでこっちへ来てるんだ? 攻撃をしこたま喰らい続けてるのに・・・・・・。」


 そう、さっきまでは魔女の攻撃に反応して、それを追いかけるように移動していたはずだ。だから誘導も出来たし、今までの時間稼ぎも可能だった。

 だが今は魔女の攻撃など気にも留めずこちらへ一直線に向かってきている。

 人型でなくなった動きに慣れていないためか速度は落ちているが、その歩みは変わることはなさそうだ。

 腕を伸ばしながら這いずるように、ゆっくりと確実に近づいてきている。


「さっきの一撃で味を占めたんだろう。あれに比べたら魔女の攻撃は・・・・・・悔しいが、羽虫に集られている程度だろうしな。」

「そういうことか・・・・・・。」


「で、だ。アイツがずっとまっすぐ進んだ先には何があると思う?」


 フラムの魔法が飛んできた先なのだから、当然そこには・・・・・・。


「この砦だな。」

「ここを越えられたら?」


 ヤツがこの砦を破壊したところでその歩みを止めることは無いだろう。

 そしてまっすぐ進み続けたら・・・・・・。


「・・・・・・街、か。」

「そういうこった。」


 状況は改善どころか悪化した感じだ。それもかなり。

 ただ停滞させていても解決するわけでもないので仕方がないか。

 表情には出さないが、レンシアには計り知れないほどの重圧が掛かっているだろう。

 数年過ごしただけの俺にだって、あの街には大事なものが沢山あるのだ。

 時間に比例するとは言わないが、彼女にとって価値あるものは多いはずである。


「分かったよ。それで、俺は何をしたら良い?」

「まずはこの指示書をジジイに渡してくれ。」


 指示書の中身は街の住人を避難させろという内容だ。

 既に準備は進めているが、本格的な避難を始めさせるらしい。

 たしかにあの肉スライムが街に到達してから避難を開始してたんじゃ遅いしな。


「あとは向こうに足を用意させてるから、それに乗ってとんぼ返りしてきてくれ。」


 砦は急ごしらえで建てられたため、受信側の転移魔法陣も設置されていない。

 だからここへ来る時も馬車に乗せられたのだ。


「足ってのは?」

「魔女たちが乗ってる空飛ぶ魔道具だ。」


 ”空飛ぶ魔道具”と一言で言っても、その形状は様々。

 この望遠鏡で目に付くだけでも、絨毯、スワンボート、バイク、ゲーミングチェア・・・・・・。どうやら箒は人気が無いらしい。

 座れる形状のものが主流のようだ。


「とりあえず倉庫にある一番速いものを準備してもらってる。本来なら本人の希望を取り入れつつ身体に合ったものを作るんだが、今は緊急事態だから我慢してくれ。」

「それは構わないんだけど・・・・・・一番速いのって、どんなのだ?」


「さぁ? オレも全部把握してるわけじゃないしね。」

「不安しかないんだけど・・・・・・。」


「まぁ、一応動くやつだと思うから。」


 それが逆に怖いんだけども・・・・・・。

 とはいえ愚図っていても仕方がない。

 レンシアから転移の転移の巻物を受け取って起動させると、学院への転移門が開いた。


「それじゃあ、行ってくる。」

「あぁ、よろしく頼んだ。」


 レンシアに束の間の別れを告げて背中のフラムを背負い直し、俺は転移門へと足を踏み入れた。

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