259話「腐ってやがる」

 転移門をくぐった先は俺の見知った場所だった。


「ここは・・・・・・何処、なの?」


 周囲を見回して首を傾げる皆に答える。


「直接学校内に転移させられたみたい。」

「学内にこんな所あったかしら・・・・・・?」


 知らないのも無理はない。生徒どころか、教師ですら知らない者も多いのではないだろうか。

 しかしいきなりこんな場所に転移させるなんて、よほど切羽詰まっているようだ。

 他の皆も一緒だと伝えたはずなのだが・・・・・・ここへ連れてこられてしまった以上、隠していても意味は無いだろう。


「えーっと、ここは学長室・・・・・・の奥にある部屋だよ。」

「貴女は知っているの?」


「まぁ、何度か呼び出されたりもしてたしね。」

「そういえばそうだったわね・・・・・・。」


 そんな不憫な子を見るような目で見ないでください。


「すまないね、急に呼び出して。」


 そう声を掛けてきたのは、この部屋の主――レンシアだった。

 その隣には貫禄のあるお爺さんが控えている。

 そのお爺さんを見てリーフがあっと声を上げた。


「え・・・・・・が、学院長!?」


 そう、彼は表では学院長として振舞っている影武者である。

 とはいえ権限もそれなりも持っているし、それを使いこなせる能力も持っている。

 こうして二人そろっているのは珍しいが・・・・・・。

 俺の視線から疑問を感じ取ったらしいレンシアが答える。


「彼には表側の指揮を任せてあるからね。情報共有も兼ねて呼んだんだ。」


 我が物顔で振舞うレンシアに怪訝な瞳を向けながら問いかけるリーフ。


「あの、貴女は・・・・・・?」

「あぁ、自己紹介がまだだったね。私はレンシア。一応この学校の責任者だよ。こっちのジジイは代理ね。」


「レ、レンシア・・・・・・? って、まさか・・・・・・レンシア・・・・・・様、なの?」


 混乱してこちらを見るリーフに頷いて答える。


「そのレンシア様だよ。まぁ分かると思うけど、彼女も魔女だよ。」

「え、えぇ!? あ、あの、失礼致しました! わ、私はリーフ・・・・・・い、いえ、リーデルフと申します!」


 今まで何人かの魔女と会ったお陰か、すんなりと飲み込めたようだ。

 まぁ、普通は数百年前の創始者がいるとは思わないよなぁ。


「あー、そんなに畏まらなくていいよ。こんなナリだしね。それより、さっさと始めようか。」


 レンシアに促され、全員が用意された席に着く。

 すると、レンシアがテーブルに何やら魔道具を設置した。

 彼女がその魔道具を操作すると、中空に映像が浮かび上がった。


「これは昨日の北の森で撮影した映像だ。」


 映像には一体の巨大な魔物と、その周りを飛びながら魔法攻撃を加える魔女たちが映し出されていた。

 魔物は人型であるようだが立つことは出来ないらしく、這うように木々を潰しながら移動し、潰された木々は魔物の中へ取り込まれていく。

 魔物の中からはボコリと肉塊が湧き出し、滴るように流れ落ちる。そんな光景が魔物の身体全体で展開されている。

 魔女たちの攻撃は当たっているにも関わらず、ほとんど効いていない・・・・・・というより、魔法が当たって抉れた箇所も瞬く間に元通りになっている。


「腐ってやがる、早すぎたんだ。」

「そのセリフ言ったの何人目か知りたい?」


「いやいいです。それで、この魔物は・・・・・・?」

「恐らくトロルの回復力が暴走した個体だという結論に至った。」


 トロルと呼ばれる魔物は大人二人分の身の丈を越える人型の魔物だ。

 欠損部位までは回復しないが、剣で斬りつけた程度の傷なら瞬時に治ってしまうほどの回復力がある。

 力も強く、倒そうとすると大変だが、動きは遅いので逃げるだけならそれほど難しくはない、といった魔物である。


「いや、流石にここまでデカい魔物じゃなかったよな? それに回復力が暴走ってどういうことだ?」


 レンシアに問いかけると、彼女は魔道具を操作して映像を一時停止させ、止まった画面を見て魔物の身体の一部を指し示していく。


「こことここ、それに・・・・・・ここもだな。よく見てみろ。」

「これ・・・・・・例の黒い石か。」


 レンシアの示した場所には、流動する魔物の肉に埋まるようにして黒い石がチラチラと見え隠れしていた。

 そう、今まで色々と問題を起こしていたあの黒い石だ。

 隠れていて正確な数は把握できていないが、数十個はあるらしい。


「・・・・・・また実験で何かやらかしたの?」

「おいおい、人聞きの悪い事言うなよ。言っとくけど、今回のはウチの所為じゃないからね。」


「一応信用しておくよ。」

「一応ってなんだよ・・・・・・。で、まぁこの石が複数個あることで過剰回復しているってのが見解だ。」


 過剰回復とは、ゲーム的な言い方をすると現在体力が最大体力を上回っている状態、ということのようだ。


「最初に発見した冒険者たちが遭遇した時はまだ普通の状態だったらしいが、斬りつけた瞬間傷口から肉の塊が溢れるように飛び出してきたらしい。」


 それであんな肉塊みたいな状態になっているのか。

 冒険者たちはその時点で逃げ出して事なきを得たという話だが、その間にも魔物は周囲の物体を取り込み、それを栄養として育ち続けてしまったようだ。


「あれ以上デカくなれないってのは不幸中の幸いだな。」

「そうなのか?」


「あぁ、デカくなりすぎると自重で崩れるんだよ。際限なければ詰んでたかもしれないな。」

「周りを飛んでる魔女たちは何してるんだ? 攻撃は殆ど意味ないみたいだけど。」


「あれは誘導してるんだよ。」

「誘導?」


 どうやらあの魔物は”攻撃してくれる存在”を求めているらしい。

 現在の体力がオーバーしているのだから、正常に戻るためにはダメージが必要、ということのようだ。

 そのため強めの攻撃を受けると、その相手の方へ向かっていくのである。

 それを利用し、グルグルと円を描くように魔法で攻撃して誘導しているらしい。


「ただの時間稼ぎにしかなってないけどね。相手がデカすぎて、自分たちの魔法じゃ仕留めきれないんだよ。」

「そこでフラムの出番ってわけ?」


 確かにフラムは映像の魔女たちみたいに魔法の連発は出来ないけど、単発の威力だけなら誰にも負けないだろう。

 まさにこんな怪獣はうってつけの相手というわけだ。


「まぁ・・・・・・そういうこと。協力してくれるかな、フラムベーゼさん?」

「ぅ・・・・・・ゎ、わかり、ました・・・・・・。」


 ビクビクしながら頷くフラム。

 いきなりこんなこと頼まれたら仕方ないよな・・・・・・。

 震えるフラムの手を握る。


「私も手伝うから一緒に頑張ろうね、フラム。」

「ぅ、うん・・・・・・。」


 ぎゅっとフラムの手が握り返してきた。


「あの・・・・・・レンシア様。私たちにも何か手伝える事はありますか?」

「君たちにはウーラの方を手伝ってもらおうかな。あっちも手が足りないだろうし。」


「ウ、ウルシュラ様を!?」


 いつぞやの聖女様である。

 今は住人の避難誘導や、北の森から追われてきた魔物の討伐で忙しいらしい。

 そりゃあんなデカいのが暴れてたら森の魔物たちも騒がしくなるか。

 冒険者たちも駆り出されているようだが手が足りていないそうだ。


「つ、謹んでお受けいたします!」

「だからそんなに畏まらなくても・・・・・・まぁいいや、そっちの子たちは頼んだよ、学院長。」


「分かりました。それでは彼女らはウルシュラ殿の下へ案内させていただきます。」


 学院長に連れられ、リーフたちは退室していく。

 残ったのは俺とフラムとレンシアの三人。


「それじゃあ、こっちも作戦を詰めていこうか。」


 この日は作戦の説明を受けるのみで、早めに休むことになった。

 長旅の疲れを癒して、全力で作戦に挑めるようにとの心遣いだそうだ。


 ・・・・・・こりゃ明日はこき使われそうだな。

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