255話「感知強化」

「くいもんくいもんにゃー!」


 意気揚々とトモエお師匠さんの前に立つサーニャ。

 頭の中はすでに”美味しいもの”でいっぱいなようだ。


「ヒノカちょっと良いかい?」


 トモエお師匠さんが、ちょいちょいと手招きしてヒノカを呼び寄せる。


「何でしょうか、師匠?」

「これ、預かっておいてくれるかな。」


 そう言って手に持っていた木刀をヒノカに手渡した。

 木刀を受け取ったヒノカは首を傾げて問いかける。


「えっと・・・・・・師匠? なぜ木刀を?」

「あの子の相手をするには邪魔だからね。」


「じゃ、邪魔・・・・・・? どういう意味ですか?」

「ああいう速そうな子の相手をするなら無手が楽なんだよ。」


 無手・・・・・・どうやら素手でサーニャと試合するらしい。


「そんなこと出来るのですか、師匠?」


 ヒノカの疑いの視線もどこ吹く風で「大丈夫大丈夫」と軽く答えた。

 トモエお師匠さんに背中を押され、納得のいかない顔で戻ってきたヒノカに声を掛ける。


「トモエさんって素手でも戦えるの? 口ぶりは自信ありそうだけど・・・・・・。」

「いや、分からない・・・・・・。私も初めて聞いた。」


「そっか・・・・・・どちらにせよ見逃せない闘いになりそうだね。」


 舞台の準備は整ったようだ。二人は互いに向かい合い、拳を構える。

 その瞬間、若干の違和感を覚えた。


 ・・・・・・魔力の流れが変わった?

 いや・・・・・・トモエお師匠さんの周囲の魔力がほんの少しだけ濃くなっている?


 よく視てみれば、その微量な魔力の発生源はトモエお師匠さんだ。

 薄い霧のように彼女の周囲を覆っている。


 おそらく先に闘ったヒノカたちの時にも同じ様に魔力を使っていたのだろうが、微量過ぎて感じ取れなかったようだ。

 身体強化で制御しきれていない魔力が漏れている・・・・・・? いや、それにしては流れが穏やか過ぎる。

 一体どういう意味があるんだろうか?


 先程まで五月蠅かったサーニャも何処へやら、真剣な表情を浮かべている。

 静まり返った道場内に開始の合図が響いた。


 ――・・・・・・。


 どちらも動かない。痛いほどの沈黙が場を支配する。

 しかしそれも長くは続かない。

 堪え切れなくなったのか、サーニャが間合いを計るようにジリジリと動き出した。


 対するトモエお師匠さんは全く微動だにしていない。

 自然体な構えと表情からは余裕が窺えるが、俺たちの時のように軽口を叩けるほどではないようだ。


「うにゃー!」


 サーニャが床を蹴り、トモエお師匠さんに飛び掛かった。

 トモエお師匠さんはまだ動かない。


 サーニャの身体がトモエお師匠さんの展開する魔力領域に触れると、トモエお師匠さんの眉がピクリと反応した。

 そこからの動きは速かった。


 スッと添えるように手を構えたかと思うと、そこへサーニャの拳が飛び込んでくる。

 すでに軌道を見切っていたのだろう。

 その手首をグッと掴んで引き、体を捌き、足を払う。


「うにゃにゃにゃにゃーーー!?」


 力を利用され、綺麗に投げられたサーニャは床をぐるぐると転がった。


「ふにゃぁ~。」


 俺の足元で天井を仰いで目を回すサーニャに声を掛ける。


「大丈夫、サーニャ?」

「な、何が起こったにゃ~?」


「美しいくらいキレイに投げられたよ。」

「な、投げられた・・・・・・にゃ?」


 おそらくは合気道なんかの類の技なのだろう。

 しかしそんな技どこで覚えたんだ?

 この世界では素手の格闘術を覚える人間は殆どいない。

 人間相手ならまだしも、魔物相手となれば武器で戦ったほうが効率が良いからだ。獣人のような膂力があれば話は別だが。


「サーニャ、もうちょっと頑張れる? 勝っても負けてもご馳走は用意するからさ。」

「ホントにゃ!?」


「うん。だからもう少しトモエさんの手の内を明かしてきてよ。」

「わかったにゃ!」


 格闘術のほうも気になるが、それよりもあの魔力だ。

 サーニャには時間を稼いでもらって、そっちの解析に専念しよう。


「相談は終わったかな?」

「終わったにゃ!」


「降参するつもりは?」

「ないにゃ!」


「ふふっ、分かったよ。それじゃあ続けようか。」


 サーニャの拳を、蹴りを、捌き、払い、叩き落とし、態勢を崩したところを投げる。

 何度も投げられている内にサーニャの動きが洗練されていき、投げられる回数が減っていく。

 バカな・・・・・・闘いの中で成長しているというのか!? ・・・・・・うん、やっぱ運動神経というか、根本的なところの造りが違うんだろうなぁ。


 それでもまだ余裕で対応しているトモエお師匠さんも凄すぎる。

 その凄さの秘密がトモエお師匠さんが纏っている魔力の霧だ。

 サーニャが粘ってくれたおかげで大まかな効果を知ることができた。


 簡潔に言ってしまえばアレは感覚を強化する魔法である。

 霧の中の空間内に何があるのか、どう動くのかなどをかなり詳細に把握できるみたいだ。

 目が見えない分、他の感覚で補うために自然と身に付いたのだろう。しかし意識的に使っている様子はない。

 そして感覚が強化されたことにより反応速度も上がり、相手よりも先回りした行動が可能になるようだ。


「ふにゃ~、まだ頑張らないとダメにゃ・・・・・・?」


 さすがのサーニャももうヘトヘトらしい。トモエお師匠さんの方はまだまだイケるみたいだが。

 まぁ、動き回ってたサーニャに対してトモエお師匠さんは全然動いてないからな・・・・・・。


「いや、もう十分だよ。ありがとう、サーニャ。」

「や、やっと終われるにゃ~・・・・・・。」


「おや、もう降参かい? 私はまだ大丈夫だよ。」

「も、もうムリにゃ! コーサンにゃ!」


 結局全員いいようにあしらわれて終わってしまったか。

 けど収穫もあった。

 トモエお師匠さんが使っている感知強化・・・・・・あれを使えるようになれば、俺もヒノカやフィーに張り合えるくらいにはなれるかもしれない。


 その後、戻りが遅いトモエお師匠さんをヒノカの母のイチホさんが呼びに来てお開きとなった。

 夕食の席では当たり前のように翌日からの練習メニューが組み立てられていく。ハードスケジュールだぜ・・・・・・。


 けど、新しい目標を手に入れた俺は少しだけ心が躍っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る