225話「見せしめず」

 インフラ支配による統制って・・・・・・なんかとんでもなく壮大な話を聞かされてしまった。

 ”塔”はとんでもないところだと思ってはいたけど、想像を超えて更にとんでもないところだったようだ。


「てかそれ、気付かれたら大変なことにならない? それこそ戦争になったり・・・・・・。」


 魔王認定されてもおかしくない所業だしな・・・・・・。

 連合軍が出来上がって「魔王を倒す!」みたいな流れになっても不思議ではない。

 しかもそれで何も知らない転生者が旗頭にされていたりしたら笑えないけど、あり得そうなのが怖い。


「分かってるところは分かってると思うよ。それを含めての現状だねー。初期の頃は色々・・・・・・それこそ”小競り合い”もあったりしたけどー、最近はとんと無いねー。」

「そう、なんだ・・・・・・。」


「誰だって生活の質は落としたくないでしょ? 特に王族なんかはねー。今じゃ生まれた時から当たり前に便利な魔道具に囲まれてるわけだし。まぁ、逆に当たり前過ぎて有り難味が分かってないところもあるみたいだけどー。」


 少女はそう言って、やれやれと肩をすくめた。どこの誰の事かは言わずもがな。


「でもまぁ、こうして些事を働いてくれるのは、こちらにとっては有難かったりするわけなんだけどねー。」

「どうして? ”塔”にとっては些事かもしれないけど、明らかに敵対行為だよね?」


 こっちは訳の分からない契約で、命まで危険に晒されそうになったのだ。これ以上の厳罰を積極的に望むつもりはないが、”些事”と捨て置かれると釈然としない。


「営業努力のおかげで、基本的には”塔”に対して中立か友好的な国の方が多数だからねー。今回みたいにちょっとだけ悪戯をするようなところは”暴力”を使わず見せしめにするには丁度良いんだよ。」


 確かに、余程の無能でなければ、それで魔女と敵対しようと考える人間は出てこないだろう。わざわざ力を示す必要は無い。

 というか見せしめって・・・・・・その為に俺たちをダシにしたのか。


「まぁ怒らないでよ。これも”塔”の仕事だよー。新人ちゃんも戦争が起きたら困るでしょ?」

「そりゃあ困るけど・・・・・・。」


「だよね? てわけで、はい、報酬。」


 にこやかな顔で机に置いてあった金貨入りの袋を手渡された。

 いやこれ・・・・・・いや、突っ込んだら負けな気がする。俺は無言で溜め息を吐いてから受け取った。


「見せしめ、ね・・・・・・。でも、それだとこの国の立場が悪くなるんじゃないの? それを恨んで更に大事に、なんてことにならない?」

「今回の件を公表するつもりは無いから、立場は多分変わらないよー。」


「え・・・・・・いや、見せしめなんだよね? それで見せしめになるの?」


 見せしめ、というからには大々的に晒し上げなければ効果が望めないだろう。

 それこそ首を掲げて高々と罪状を読み上げるくらいしなければ。


「この国に入り込んでいる密偵が”魔力の供給が止まればどうなるか”程度の情報は流石に持ち帰ってくれるでしょ。あとは勝手に察してくれるよー。」

「密偵って・・・・・・いる前提なの?」


「当然。むしろ、いない前提で考える方がおかしいでしょ。」

「そういうものか・・・・・・。」


 権謀術数をめぐらすのは向いてなさそうだな、俺。


「でもさ、”お仕置き”で国力が落ちたこの国を攻め落とそうとする国も現れるんじゃないの?」


 彼女は軽く言っているが、”お仕置き”の内容は屋台骨を揺るがすものだ。

 それを好機ととって鬨の声を上げる者が出てこないとも限らない。

 しかし彼女は少し考え込んでから首を横に振った。


「ん~、”塔”は戦争中の国からは魔女を避難させるって勧告してるし、余程の気合と覚悟が無いとやらないと思うよー。避難中はもちろん魔力の供給なんてしないし。」


 つまり勇んで飛び出たが最後、戦っている間に本拠地の機能が止まってしまうわけだ。

 それはそれでひどい泥沼になりそうだが、案外、便利な生活にどっぷり浸かってしまっている王族が音を上げるのは早いのかもしれない。


「でもさ・・・・・・その肝心な勧告を忘れてたら?」

「やるかもねー。」


「ダメじゃん!」

「え、なんで?」


「なんでって・・・・・・戦争させないようにしてるんでしょ?」

「”塔”に剣さえ向けなければどうぞご勝手に、って感じだよー。そりゃあ極力しない方が良いとは思うけど、そこまで面倒見切れないし? 力で押さえつけることは出来なくもないけど、それをやると”塔”の方へ不満が向いちゃうからねー。」


 人数こそ小国の軍隊にすら劣るものの、秘めた魔力や持っている技術を考えれば、脅して従わせることも可能だろう。

 しかしそれでは「悪の軍勢」と見なされてもおかしくはない。だからこそ魔道具を貸し出したりなど、回りくどい策をとっているのだ。


「だからといって戦争を放っておけば周辺国にまで戦火が広がっていくんじゃ・・・・・・?」

「大体は傍観だと思うけど、頭の悪いところなら参戦しそうだねー。私なら魔物掃討作戦やるかなー。」


「それ、関係あるの?」

「あるんだな、それがー。戦争中の国では冒険者ギルドも業務停止しちゃうんだよ。言ってしまえば、冒険者ギルドは”塔”の関連企業・・・・・・というか子会社みたいなものだからねー。魔女が避難するのに、子会社の職員だけ危険なところで業務させる訳にはいかないでしょ?」


「まぁ・・・・・・確かに。じゃあ冒険者はどうなるんだ?」

「他所の国に行くか、傭兵として戦争に参加するかだねー。ギルドでは戦争関連の依頼は受け付けないけど、冒険者が傭兵稼業するのは自由だから。新人ちゃんも徴募を受けていいんだよ? 自己責任だけど。」


 周辺被害とか何も考えなければ、デカい魔法をぶっ放して無双みたいなことは出来るだろうけど・・・・・・想像はしたくないな。

 結局のところ、何の権限も無ければ便利に使われるだけだろうし。


「・・・・・・遠慮しとく。」

「ま、それが賢明だねー。つまるところ、戦争になれば魔物への対策が滞るんだよ。そんな国へ魔物を追い立ててやれば、あら不思議、自国がより一層安全に。」


 コイツ・・・・・・えげつない事を考えやがる。

 けどまぁ確かに、魔物にとって冒険者が活動していない国は安全な場所。わざわざ掃討作戦なんてしなくても、冒険者が普通に活動を続ければ自然とそうなっていくだろう。それが早いか遅いか、の違いでしかない。


「平時にやれば冒険者が相手国へ移動しちゃって、同じことをやり返されるだけなんだけどねー。」


 魔物が減るのは国としては嬉しいことだ。しかし冒険者にとっては仕事が減るということでもである。

 そうなれば魔物が増えた国へ冒険者たちが移動するのも自明の理。戦争が無ければ、こうして均衡が保たれているのだろう。


「じゃあさ、自棄になってところ構わず戦争を仕掛けだしたらどうするの? 戦争中の国からは避難するんでしょ?」

「流石に防戦するだけの国を見限ったりはしないよー。戦乱は”塔”の望むところではないしね。侵略やら略奪やらを始めれば話は別だけど。要は秩序を保つ方向で対応かなー。」


「随分ゆるゆるなんだな。」

「その方が臨機応変に対応できるからねー。ギルドの方も個人の裁量に任せてて、逃げても罪には問わないし、責任を負う必要もないって程度だから。ま、最終的には個人の感情によるところが大きいよー。」


「結局そこなの?」

「良い場所であれば皆で守ろうと立ち上がるし、そうでなければさっさと逃げ出す。愛を取るかお金を取るか、究極の二択だね!」


「何故その二択。」

「逃げる逃げないは個人の自由だけど、”塔”としては業務停止扱いだからね。その間は国からギルドへの補助金を出さなくても良い取り決めになってるんだよ。補助金が出なければ報酬額も減るし職員の給料も減る。それを賄えるのは愛とか友情とかのアレしか無いでしょ。」


「何だかんだ言っても、お金が一番の問題なのね。」

「そーそー、大事でしょ、それ?」


 手に持ったままの金貨袋を彼女が指差した。


「・・・・・・ソウデスネ。」


 俺が金貨袋を懐に仕舞うのを確認すると彼女が立ち上がった。


「もっと話していたいところだけど、あまりゆっくりもしていられないかな。キミ達もさっさと城を出て、早いうちにこの国も出るといいよ。面倒が起きないうちにね。」


 彼女が言った通りのことが起きるなら、この国は荒れるだろう。そんなのに巻き込まれるのはゴメンだ。


「城外まではこの子に案内してもらうといいよ。」


 そう言って彼女はお付きの騎士に指示を出した。

 誰も付けずに城内をうろつくのはよろしくない。かと言ってここの兵士にお願いするのもな・・・・・・。ここは甘えさせてもらおう。


「よろしくお願いします。」

「はい。ご案内させていただきます。」


 席を立ち上がり部屋を出ようとしたその時――


「――あ、あの・・・・・・っ!」


 それまで黙っていたリーフが声を上げた。

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