220話「陰謀には関わりたくない」

「それにしても、リーフちゃんたちが王城に招かれるなんて・・・・・・少し心配だわ。」

「何かあるんですか、ヘルミルダさん?」


「直接お目にかかった事は無いのだけれど・・・・・・良い話は聞かないわね。」


 ため息交じりにヘルミルダさんが耳にしたという噂話を聞かせてくれる。

 どうやら、善政を行っている王様ではないようだ。話を聞く限り極悪非道という感じではないが、小狡く金にがめついという印象。

 言われてみれば確かに他国と比べると通行税や物価が高かった。国ごとに税率や物価が異なるのは当然なのだが、ちょうど交通の要衝となる場所にあるということもあり、「まぁそんな国もあるよね。」程度の認識で済んでしまう絶妙な値段設定なのである。

 ただ、だからこそ強国に挟まれた小国でありながら、今まで永らえてきたのかもしれない。でなければ過去の戦乱の中で滅んでいたはずだ。

 ・・・・・・そんなところに乗り込まなきゃいけないのか。気が進まないな。


「け、けどまぁ報酬をもらうだけですし、そこまで心配することでもないのでは・・・・・・。」

「それが問題なのです。第一、お礼など感謝状をしたためれば良いだけなのですから。」


「確かに、そうかもしれませんね・・・・・・。」


 ヘルミルダさんの言う通り、わざわざ忙しい身で直接会わなくても感謝状と報酬をギルド長に持たせて、それで済ませれば良い案件だったはずだ。

 頭をひねっていると、ギルド職員が口を開く。


「命を奪われる・・・・・・とまでは流石に無いでしょうが、気を付けた方がよろしいかと。」

「どうしてですか?」


「実は・・・・・・今のギルド長は王城から派遣されてきた者なのです。」


 決まり事ではないが、基本的に冒険者ギルドの長は冒険者上がりの人間が行うことになっている。

 血気盛んな冒険者を纏めるには、ある程度の実力者にやらせるのが楽という理由からだ。ギルド内で揉め事が起こっても諫めることができるしね。

 ただ書類仕事が多くてなりたがる人は少ないため、冒険者たちの信頼が篤い職員をギルド長に就かせ、引退した腕の立つ元冒険者を補佐として据えることも多い。

 だが、彼女の言葉ではそのどちらとも違うようだ。


「前ギルド長がお亡くなりになったあと、後任を決める話し合いの場がもたれたのですが・・・・・・。」

「後継者争いになった、とかですか?」


「いえ、その逆で・・・・・・後任になろうとする者が居なかったのです。そこへ王都の本部よりあの方が遣わされてきて・・・・・・。」

「なし崩し的に長に納まった、と。」


 立候補者がいないところに「私が」とやってきたのだから、異はあっても唱える者が出てこなかったのだろう。それを言ってしまえば「じゃあ貴方がやりますか?」となるわけで。

 しかし直前の彼女の話と若干食い違う部分がある。


「王都の本部って、この国の王都にある冒険者ギルドのことですよね?」

「はい、しかし・・・・・・本部の方は長も含め、殆どが王城より遣わされた人間なのです。」


 つまり、頭は完全に抑えられちゃってるわけだ。しかもそれは暗殺などの強硬な手段を使わず、十年以上も時間をかけてじっくりと行われてきたらしい。

 何を思ってそんなことしてるのかは分からないが、気味の良い話ではない。

 これはちょっと・・・・・・というかかなり警戒した方が良さそうだ。


「なるほど、情報ありがとうございます。行きたくないというのが本音ですが、それはそれで後々面倒なことになりそうですね。」

「えぇ。ですので、気を付けた方がよろしいかと。」


 さっきと同じ言葉なのにいやに重く感じるなぁ・・・・・・。

 重くなった空気を払うように、ヘルミルダさんが「けれど」と声を上げた。


「ここで気を揉んでいても仕方がありませんわね。今日は皆さんと過ごせる最後の夜なのですから、リーフちゃんのご両親も呼んで楽しくしましょう。」


 ・・・・・・そうだな。リーフはまたしばらく両親とは会えなくなるんだし。

 そう考えると、フラムのところにももう少し滞在した方が良かったのではとも考えてしまう。一週間もいなかったしね。

 今回の旅が終わった後、二人で行くのも良いかもしれない。


「ではヘルミルダ様。私は準備の方を。」

「えぇ、お願いするわねナーテ。貴女たちも出立の準備をした方が良いのではなくて? 必要なものがあれば言ってね、リーフちゃん。」


「はい、ありがとうございます、ヘルミルダ様。さぁ、アリス。私たちの荷物をまとめておきましょう。」

「い、いや、ちょっと待って・・・・・・。身体バッキバキだから少し休ませて・・・・・・。」


*****


 翌朝。

 村の門には出発する俺たちの他に、ヘルミルダさんやナーテさん、リーフのご両親に村の人達まで見送りに来てくれている。


「それじゃあ行ってらっしゃい、リーフちゃん。」

「行ってきます、ヘルミルダ様。」


「アリスちゃんたちも気をつけてね。」

「はい。お世話になりました。」


 村人たちに混じるように獣人が一人。ヘルフである。

 食いっぷりや飲みっぷりが村の人たちに随分気に入られ、今ではすっかり仲良しのようだ。

 この村では彼を皮切りにして、獣人との交流が進むかもしれないな。


「もう少し鍛えてやりたかったが・・・・・・まぁ、及第点だろう。盟友のことは任せるぞ、サーニャ。」

「そんなこと分かってるにゃ。」


「修行ありがとうございました、ヘルフさん。」

「あぁ、お前たちは筋が良い。これからも鍛錬を怠らぬようにな。」


「ぅ・・・・・・はい。」


 とは言ってもなぁ・・・・・・。サーニャの伸びは顕著だったし、ヒノカたちにも良い経験になっていた。だが俺はどうやら頭打ちらしい。

 皆は身体の成長とともに身体能力も向上していくが、魔女となった俺の体は成長が止まっているため、それは望めない。特にリーチの差がなぁ・・・・・・。

 おかげでヘルフによる鍛錬も、強化魔法を使ってついていくのがやっとの有様だったのだ。


「気に病むことは無い、アリューシャ。」


 ヘルフの大きな手が頭の上にポンと乗せられる。


「お前はその若さで大した力を持っている。その分、立ちはだかる壁は大きく分厚いだろう。だが高みはどこまでも続いているものだ。お前なら越えられる。」

「ぁ・・・・・・ありがとうございます。」


 そう言ってくれるのは有難いが、本当に望めるのだろうか。ヘルフの言葉は本心なんだろうけど、そもそも俺の体がこれ以上大きくならないことを知るはずもない。

 考え込んでいるとギルド職員さんの声にハッと顔を上げた。


「それでは街へご案内します、皆さま。」


 頭を振って考えを追い出し、次の問題に心を向ける。

 王様・・・・・・か。そういえば王族に会うのは初めてだ。無難に済ませたいところである。

 胸の奥から鎌首をもたげる不安を抑え込み、次の旅路へ向けて一歩踏み出した。

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