221話「歴史の授業は睡眠時間だったのかもしれない」
街に着いた俺たちはギルドに到着するや否や、準備されていた馬車に押し込められ、王都へ出発することになった。
少しはゆっくりさせて欲しいところであるが、あまり使者を待たせる訳にもいかないだろう。
「では暫くの間、ギルドの方は頼んだぞ。」
「はい、畏まりました。」
職員さんはギルドに残り、どうやらここからはギルド長の方がついてくるらしい。
あまり嬉しくはないが、馬車は複数台用意されていたため、同じ馬車に乗り合わせずに済むのは幸いである。
馬車に乗り込んだ俺はポンポンと座席の具合を確かめる。
「ど、どうしたの、アリス?」
隣に座ったフラムが首を傾げた。
俺はフカフカの座席に腰を沈めて彼女の問いに答える。
「外見は地味な馬車だけど、中の造りは凄く良いなと思って。」
話で聞いたような王様なら、もっとギラギラした馬車を用意しそうなものだが。
そして馬車に付き添う護衛と御者は冒険者のような服装をしているが、身につけた武具も所作も一級品である。武具は命を預けるものだから百歩譲って仕方ないとしても、変装というには随分お粗末だ。
せめて全員で黒い外套をすっぽり被るのは止めた方が良いのでは、と進言したくなるほどに。これじゃあ訳あり集団ですよと宣伝して歩いているようなものである。
外に出る時は必ず身に着けるようにと渡された、彼らのと同じ外套を広げてみる。
見た目はボロだが、使われている布は上等なものだ。質屋にでも持っていけば、安くない値段で買い取ってくれるだろう。
「お、お忍びで使う・・・・・・のかも?」
「お忍び用か。確かにその可能性は高そう・・・・・・。だとしたら少しマズいかもね。」
「ど、どうして?」
「だってお忍び用の馬車で迎えに来るってことは、正式な客人として迎えるつもりは無いってことでしょ?」
「ぁ・・・・・・。」
ギルド長の言葉通り、仮にも救国の英雄として迎えるつもりなら、こんな待遇はしないだろう。
凱旋とは言わないが、もう少し他にやりようがあったはずだ。
「変な無理難題とか吹っ掛けられなければ良いんだけど・・・・・・。」
自然と漏れ出た溜め息に合わせたように、窓から見える景色が流れ始めた。
前に見える馬車にはギルド長が、後ろに見える馬車にはフィー達の姿が見える。
そしてそれらを囲むように黒い外套を羽織った護衛たちが並走している。・・・・・・うん、やっぱり怪しい集団にしか見えないな。
「これからどこ行くにゃ?」
「この国で一番大きい街だよ。きっと美味しいものも沢山あるんじゃないかな。」
ソワソワ落ち着きの無かったサーニャの顔がパッと輝く。
「ホントにゃ!?」
「まぁ、ゆっくり買い食い出来るような時間は無いかもだけど。」
「そ、そんにゃ~・・・・・・。」
それも全ては相手の出方次第ってところか。
何を仕掛けてくるつもりかは分からないが、こちらも馬車に揺られながら大人しく待っているつもりはない。出来る手は打たせてもらおう。
俺は「少し集中したいから」とフラムに断りを入れ、チャットウィンドウを開いた。
*****
数日かかって王都へ辿り着いた一行は、外門の審査待ちをしている最後尾に馬車をつけた。あくまでも通常のルートで中に入るらしい。
それはまぁ全然構わないのだが・・・・・・やっぱ目立ちすぎだろ、この黒ずくめの一団は。商人や冒険者たちのこちらを窺うような視線がいたたまれない。
あ、そのための外套か。本末転倒だけど。
視線に耐えながら待っていると、ようやく先頭の馬車の順番が回ってきた。
護衛が門番と二言三言交わすと「ビシィ!」と門番が最敬礼の形をとる。敬礼して固まったままの門番の脇を、俺たちの馬車も通過していく。
いや、せめて審査するフリだけでもした方が良くない? 余計に目立ってるぞこれ・・・・・・。
そんなこんなで王都の中へ無事に入れた俺たちの乗る馬車は、街の大きな道路を早足に進んでいく。
さすが王都というべきか、街は大きなものなのだが、活気はあまり感じられない。街行く人の表情も曇りがちだ。
まぁとにかく、美味しそうな店はチェックしておこう。
窓から眺めていると、車輪が石畳を蹴るリズムに合わせ、王城が段々と近づいてくる。
やがて王城の正門へと辿り着いた馬車の一団は止まることなく、そのまま正門を過ぎ去ってしまった。
「ぁ、あれ・・・・・・? 入らない、の?」
不安そうな表情を見せるフラムの手を握り、外へ目を凝らせる。
どうやら王城の外壁をぐるりと迂回しているらしい。
「やっぱり、あんまり歓迎されてないのかもね。たぶん、裏口から入れって事なんだと思う。」
揺れる馬車内で腰を上げ、渡されていた外套に袖を通し、頭巾を目深に被る。
「うぇ~、それまた着ないとダメにゃ?」
「ちょっとの間だけ我慢しててね。終わったら報酬で美味しいもの食べに行こう。」
「行くにゃ!」
サーニャに外套を被せていると、次第に馬車の速度が落ちていき、ピタリと止まった。
扉が軽くノックされて開かれる。
「外套を身に着けて降りて下さい。」
「分かりました。少しだけ待ってください。」
サーニャの尻尾を隠し、サッと頭巾を被せて耳打ちする。
「面倒な相手かもしれないから、頭巾は脱がないようにね。」
相手は王族なんだし、あからさまな言動をとることは考えにくいけど、面倒の種は少ない方がいい。
残していくことも考えたけど、それはそれで心配だし。
「ぃ、行こう・・・・・・アリス。」
「うん。」
地面に降り立ち、聳える王城を見上げる。
連れてこられたのは、やはり裏門のようだった。
ギルド長が門番に声を掛けると、門番が何やら操作し、門が開いていく。
ていうかこの門、魔道具!?
いや、自動ドアなんて別段珍しいものではないが、問題はその動力だ。
転生者なればこそ、魔力を湯水の如く使って魔道具を使役できるが、普通の人ならこの門を一回動かすだけでかなりの負担になるはず。それに魔道具は総じて高価。
そんなものをこんな裏門に・・・・・・?
いやちょっと待て。門どころか、壁伝いにずらっと掲げられてる灯り。あれも全部魔道具だ。
あれ一つだけ見れば買えない値段ではないし、消費魔力も少ない。しかし数が異常過ぎる。
この国は二つの強国に挟まれた小国ってだけで、歴史の授業でも添え物以下の扱いだったはずだぞ?
「では行こうか。妙な気は起こさないようにな。」
ギルド長の後に続き、俺たちは大きく口を開けた門をくぐった。
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