210話「同胞」

 翌日、ヘルミルダさん宅で昼食に誘われたリーフを交え、昨日の話を掻い摘んで聞かせた。


「というわけで、鉱山の調査に行くことになったよ。」

「な、何を勝手に決めているのよ!」


「ふふ、お食事中に声を荒げるものではありませんよ、リーフちゃん。」

「う・・・・・・申し訳ありません、ヘルミルダ様・・・・・・。」


 シュンと小さくなるリーフ。

 ヘルミルダさんにはどうも頭が上がらないようだ。


「けど、リーフだってどうにかしたいと思ってるんでしょ?」

「それはそうだけれど・・・・・・。」


「リーフ一人で解決できる問題ではあるまい?」

「でも・・・・・・。」


「・・・・・・わたしもリーフお姉ちゃんを手伝いたい。」

「ありがとう、フィー。・・・・・・分かったわ、みんなにお願いするわ。」


「良いお友達ができて良かったわね、リーフちゃん。」

「はい・・・・・・本当に。」


 それから話し合い、村には観光するような場所も無いからと、翌日の早朝に村を出発することに決まった。まぁ、問題が解決したら村でゆっくり過ごせばいいだろう。


 昼食を済ませ、調査の準備を始める。とは言ってもそんな大掛かりなものではなく、数日野営が可能な程度の食料の準備だ。しかし店の場所を聞くと「そんなものはありません。」との回答。田舎過ぎる。

 結局ナーテさんに付き添ってもらい、各農家を回って必要なものを売ってもらうことになった。ナーテさんの説明に村の人は疑うことなく「頑張ってね。」と食材をタダで分けてくれた。ナーテさんへの信頼も厚いようだ。


 準備を一通り終えると、その日の夜はリーフの両親も交えてヘルミルダさんの屋敷で夕食をとることに。他愛のない会話から始まり、話題はリーフの学院生活についての話に移っていった。


「ほぉーっ、学年で二番かい。そいつはすンげーな。昨日はンなこと言ってなかったでねーか。」

「別に自慢するようなことではないもの。それに、基礎学科だけでの話だし・・・・・・目の前に名実ともに首席がいるもの、ねぇアリス?」


 リーフの学院での様子を語った俺に、彼女がお返しにとばかりこちらへ綺麗な笑顔を向けてきた。


「へぇ、そのちっこい子がかい!」

「あら、それは私も昨日教えてもらいませんでしたね。どういうことかしら、アリスちゃん?」


 ヘルミルダさんも笑顔の圧力が怖い。


「い、いえ、その・・・・・・自慢するようなことではありませんし・・・・・・。」


 俺にとって学院の成績は強くてニューゲームした賜物のようなものである。だから本当に自慢できるようなことではない。

 それに比べ、リーフの成績は努力の結果がもたらしたものなのだから誇れることだ。それをこの場で言えるわけはないが。


「リーフちゃんたちが戻ったら、卒業のお祝いも兼ねてパーティーをしましょうか。ナーテ。」

「え、泊めてもらってるのにそんな・・・・・・。」


「私の用意するパーティーでは不服なのかしら、アリスちゃんは?」

「決してそういう訳では・・・・・・!」


「ハァ・・・・・・諦めなさい、アリス。こうなったらヘルミルダ様は止められないわ。」

「ふふ、そういうことよ。ナーテ。」


 ヘルミルダさんが侍女のナーテに目線を向けると、彼女は心得たと言わんばかりに頭を下げた。


「はい、手筈を整えておきます。」

「ぱーちーだったら、おいしいものいっぱいにゃ!?」


「サーニャちゃん達は沢山食べるから、美味しい物を沢山用意しなければいけませんわね。」

「す、すみません・・・・・・。」


「あら良いのよ。その方が準備のし甲斐がありますもの。ですから無事に戻って来てくださいね。」

「わかったにゃ!」


 それから「明日も仕事があるから」とリーフの両親が帰った後も、他愛のない話で盛り上がり、気付けば夜も更けていた。

 この日は明日に備えてリーフも一緒にヘルミルダ邸に泊まることとなった。


*****


「ふぅー・・・・・・やっと着いたー。」


 リーフの故郷の村から出発して丸一日と半分。

 歩きに歩いてようやく鉱山の町跡に辿り着いた。


 町の跡といっても、かつての栄華の面影は殆ど無い。辛うじて崩れずに残っている石造りの家の壁くらいだろうか。

 木造の建物は朽ち果て、土台部分らしいものが残っている。もはや遺跡と言っても過言ではない。

 敷かれた石畳は膝まで届きそうな雑草に砕かれてあちこち盛り上がっており、気を付けて進まなければ――


「ぶへっ!」


 こうして転ぶ。


「だ、大丈夫、アリス?」

「うん、なんとか。しかし歩きにくいね、ここも。」


「仕方ないわよ。この町が栄えてたのって、ヘルミルダ様が子供の頃よりずっと昔なんでしょう?」

「らしいね。想像もつかないけど。」


 百年以上も経っていればそら草もボーボーになるわな。切り開かれているため木が生えてないだけマシだが。

 草をかき分け上から押しつぶすような形で歩みを進め、ボロボロの石畳に沿って町の奥へと進んでいく。

 目指すは町の最奥にある採掘場への入口。


「あった。あれだ!」


 木を組んで補強された大きく開いた穴は、少し進んだところから瓦礫で埋もれてしまっている。

 確かにこれを人力で掘り返すとなれば、かなりの労力が必要だろう。ここに辿り着くだけでも大変なのに、運ぶ人やら資材やらを考えれば頭が痛くなる。

 軽く調べてみた感じ、俺の魔法で入口を開けることは出来そうだ。


「うん、この入口の方は問題無さそう。次は山崩れで露出した部分の捜索だね。サーニャ、お願いできる?」

「まー、やるだけやってみるにゃ。」


 そう言ってサーニャが鼻をクンクンと鳴らし始める。


「あにゃ? この臭いは――」


 サーニャが首を傾げたのと同時に、背後から声が掛けられた。


「ニンゲンの子供を連れて何をしている、余所者の同胞よ。」


 俺たちの退路を断つように狼な感じの獣人の男が立ちはだかった。

 いま声を掛けられるまで全く気付かなかったぞ・・・・・・。

 サーニャですら気付いていなかったのだから、気配を隠すのがかなり巧いらしい。彼女が今の今まで臭いに気付かなかったのは、彼らが風下を位置取って移動していたためだろう。

 というか、一体いつから後をつけられていた?


「おい、アリス。囲まれているぞ。」


 腰の刀に手をかけたヒノカが小さく呟く。

 集中して気配を探ってみれば、目の前の二人以外にも数人、俺たちを監視しているようだ。人間と獣人では身体能力に差がありすぎるため、俺たちでは戦って突破、というのは難しいだろう。

 ただ有難いことに向こうに敵対する意思は無いらしく、サーニャが居るから接触を図ってきたような感じである。


「私たちは冒険者です。死魔の調査に来ました。」

「・・・・・・。何をしに来た、余所者の同胞よ。」


 見事にスルーされた。

 ふむ、人間とは関わらないつもりらしい。しかし口ぶりからサーニャの関係者でもなさそうだ。

 まぁ仕方ないかとサーニャに耳打ちする。


「え? えーと、しまのちょうさ? にゃ。」


 前に出たサーニャの顔を見て、獣人の男が驚愕に目を見開く。


「お前のその眼・・・・・・魔の棲む瞳か!」


 あー・・・・・・そういえばそんな設定だったんだっけ、サーニャの色違いの目は。

 露骨に瞳を逸らした獣人の男に、サーニャがムッと頬を膨らませる。


「あちしの目にはもうワルいものは居ないにゃ! あるーがやっつけたにゃ!」


 騒ぎ立てるサーニャを「気にしなくていいから。」と押しとどめ、もう一度獣人の前に出る。


「この子はこの通りなので、代わりに私と話をしませんか? あなた方にも人間に思うところがあるのは理解しますけど、その方が話が早いと思いますよ?」

「・・・・・・分かった。そうしよう。」


「ありがとうございます。先ほども言った通り、私たちは死魔の調査に来ました。近くの村が襲われているため、できれば根源を断ちたいと思っています。」

「そうか。だがその入口から中に入ることはできない。立ち去るがいい。」


「いいえ、まだ満足のいく調査が出来ていないので帰りません。入口は塞がっていても、坑道が露出した部分があるはずなので。」

「我らでも見つけられていない。おそらく巧妙に隠蔽されている。お前たち人間では無理だ。そちらの同胞にも。」


 彼のいう事は尤もだろう。こうして話しかけられるまで彼らにすら気付けなかったのだ。

 その術に長けた彼らが見つけられないのだから、彼らの感覚に及ばない俺たちでは見つけるのは不可能に近い。


 おそらく死魔の王は出入り口を隠しつつ、外へ眷属を送って魔物や動物を狩らせ、その死体から更に眷属を増やして鉱山内に戦力を蓄えているのだろう。

 獣人の彼らは見回りしながら外に出てきた眷属を倒しているらしい。そのおかげで村に来る死魔の数が少なかったようだ。


「そうでしたか。ではあなた達も死魔をどうにかしたいと考えているんですよね? でしたら私に協力させてもらえませんか?」

「ニンゲンが我らに協力・・・・・・だと?」


 獣人の目が訝しげに俺を睨んだ。

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