209話「その名前で呼ばないで」
「おぉ、リーデルフ!」
部屋に入ってくるなり大きな声を上げるおじさん・・・・・・というには少しだけ若いか。
父のエルクよりもう少し歳を取っていそうな印象だ。
おそらく三十代前半くらいで農作業のせいか肌が浅黒く焼けている。
「お招きいただきありがとうございます、ヘルミルダ様。それからおかえり、リーフ。」
もう一人は妙齢の女性。
真っ黒というほどではないが健康的に日に焼けている。
「ただいま、お母さん。それからお父さん! その名前で呼ばないでって言ってるでしょう!?」
「ひ、久しぶりなんだし良いでねーか。」
「それとこれとは別の話よ!」
なるほど、ヘルミルダさんに呼ばれた二人はリーフの両親らしい。こう言ってはなんだが、二人ともリーフの両親とは思えないくらい朴訥な雰囲気だ。
ヘルミルダさんに勉強を教えてもらったと言っていたし、リーフにはヘルミルダさんの影響が濃く出ているのだろう。口調とか。
そのリーフがまだ家に帰っていないと聞いて、ヘルミルダさんが気を利かせてご両親を呼んでくれたようだ。
それにしても――
「――リーデルフ?」
「ぅ・・・・・・わ、私の本名よ。」
俺の呟きにバツが悪そうに唸るリーフ。
どちらかというと・・・・・・まぁ、男性寄りの名前である。男の子が欲しかったんだろうなぁ、お父さん。
そしてリーフが帰りたくなさそうにしていた理由がそれか。
「よく来てくれましたね、ヴァレオ、ストリーゼ。」
「いえ、お呼びいただきありがとうごぜーます。リーデルフが戻ってると聞いてすっ飛んできやした。何か失礼をしてなきゃいいンですが。」
「ふふ、大丈夫ですよヴァレオ。リーフちゃんはとっても素敵な淑女に成長したみたいですから。」
「まぁ、それならエエんですが・・・・・・。」
リーフの父、ヴァレオの言葉遣いもお貴族様には失礼に当たるはずだが、その程度は流せる寛容さも持ち合わせているようだ。
こんな田舎村だしな。俺の田舎も変わりないが。
だからヘルミルダさんも慕われているのだろう。
「それじゃあリーフちゃん、今日はお家に帰るといいわ。お友達のおもてなしは私に任せてくれるかしら?」
「えぇ!? でも、ヘルミルダ様のお手を煩わせるわけには・・・・・・。」
「そうですよ、私たちは宿を取りますから。」
「あら、この村に宿なんて御座いませんわよ、アリスちゃん。」
「え、でも行商人とかはこの村に来ていると聞いたんですが・・・・・・。」
この山奥にある村まで来るには日帰りでは無理なはず。
ならば当然宿泊施設もあると踏んでいたのだが・・・・・・。
「そういう方たちには私の屋敷に滞在していただいているのですよ。それに、私も普段と違って賑やかなのは嬉しいのですわ。」
「でしたら・・・・・・お言葉に甘えさせてもらいます。」
流石にこの人数でリーフの家に押し掛ける訳にもいかないだろうし。
今日くらいリーフには家族水入らずで過ごしてもらおう。
「ではナーテ。彼女たちを部屋にご案内して差し上げて。」
「かしこまりました、ヘルミルダ様。さぁ、こちらへどうぞ皆様方。」
侍女さんに連れられてそれぞれの部屋に案内される。
客室は四人ずつが泊まれる中程度の部屋が二つ、あとは二人ずつが泊まれる小さな部屋が二部屋。
部屋は好きに使ってくれていいと言われたが、俺たちは全員で四人部屋に泊まることにした。
四人部屋と言っても寝台が四つというだけで、広さは六人でも問題無い。
寝台も大人サイズなので、俺とフラム、フィーとニーナで一台ずつ使えば足りるだろう。
「湯あみの準備も整っておりますので、旅の汗をお流しください。」
「ありがとうございます。」
普段も行商人を迎えているおかげか、侍女さんは随分手慣れているようだ。
みんなで湯あみを終えると、すぐに夕食に呼ばれる。
すでにヘルミルダさんは席についており、お礼を言ってから俺たちも席に腰を下ろした。
「皆さんのお口に合っているといいのだけれど。」
「美味しいです。素材は村で採れたものですか?」
といった話から始まり、学院での話や迷宮の話、そしてリーフの幼少期の話へと移っていった。
「リッド?」
「ふふ、そうよ。昔はそんな風に呼ばれてからかわれていたのよ。」
”リッド”は男の子の愛称だ。
そんなリーフを見かねて、そんな名前に負けないようにと淑女としての立ち居振る舞いを教えたそうだ。
「思いのほか覚えが良くて、つい色んなことを教えてしまったわ。ふふ、賢いのは名前のお陰かもしれないわね。」
「名前?」
「えぇ、”ルフ”は知性を司る神の御名ですわ。」
「あぁ、なるほど。確かにそんなのがいたような・・・・・・。」
日本で言うギリシャ神話的なお話のヤツである。
学院の授業で詰め込んだはずだが、あまり興味が無いので殆ど覚えていない。
そもそも人間の創作物だし、なにせホンモノと知り合いだしな・・・・・・。
「それでリーフを学院に行かせたわけですか?」
「そうねぇ・・・・・・それもあるけれど、家の方針で私は行きたくても行かせてもらえませんでしたから・・・・・・そういう想いもあります。」
ヘルミルダさんの実家はまだ古い考えが強く残っており、必要な知識は家庭教師を雇って習うのだそうだ。
貴族も多く通うとはいえ、娘を学院のような玉石混交された場所には行かせたくなかったのだろう。
どこの馬の骨を手を出されるかわからないし。・・・・・・俺が言う事じゃないけど。
でも嫁いでからは伸び伸びとしていたらしい。
そんな感じで夕食の時間は進み、話も落ち着いてきたころ。
「ヘルミルダさん、鉱山の町があった場所って教えていただけますか?」
「何故そんなことをお聞きになさるのかしら、アリスちゃん?」
「ちょっと行って調査してみようかと思いまして。」
「まぁ、いけませんわ、そんな危険なこと。」
「無理をするつもりはないので大丈夫です。さっき話した通り私もこう見えて一応冒険者の端くれですから。それに、調査だけでもしないとお姉ちゃんが納得しないでしょうし、話を聞いたリーフもジッとしていられないでしょうから。」
デザートを頬張りながらフィーがコクコクと頷く。
解決できるかは分からないけど、このまま何もしないで旅行を続けるってのも心穏やかじゃないしね。
「・・・・・・分かりましたわ、お教えしましょう。けれど本当に無茶はなさらないでくださいね。」
「ありがとうございます。数日したら行ってみようと思います。」
聞いた場所をしっかり頭に叩き込んでおく。
話の通りの場所であれば、俺の魔法で鉱山の入口を補強しつつ掘り返せば中に侵入することは可能だろう。
ただ穴を開けてしまえば死魔が一斉に殺到してくる可能性もある。それをやるならギルドが討伐隊を組んでからの方が良い。
やはり露出した坑道を見つけ出し、その周辺がどうなっているかの調査が急務だ。
何かアクションを起こすにしても、それからでも遅くはない。
夕食を終えて客室に戻ってから、早速自分の考えを皆に伝える。
「だが他の冒険者が探しても見つからなかったのだろう?」
「まぁ、私たちにはサーニャが居るからね。」
「あちしにゃ?」
「うん、サーニャに臭いで探してもらおうと思って。」
「・・・・・・そんなことできるの?」
「やってみなきゃ分からないけどね。」
「見つからなければどうするのだ?」
「鉱山の入口を調べて、私の魔法で掘り返せるようならギルドへ行こう。ギルドも鉱山の入口が使えるとなれば討伐隊を出してくれるだろうし。・・・・・・二度手間になっちゃうけど。」
ここまでの道のりを思い出して溜め息を吐く。
できればギルドを通さずに解決させたいところである。
「とにかく、明日リーフにも話して準備を進めよう。きっと今頃悶々としてるんじゃないかな。」
「ふっ、確かにそうだな。私も迷宮では不甲斐無いところを見せてしまったし、挽回させてもらおう。」
「そうと決まれば今日はもう休もう。流石にもう眠いや、ふぁ・・・・・・。」
登山で疲れてしまったのか、隣ですっかり寝入ってしまったフラムの頭を撫で、そっと目を閉じた。
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