201話「死人に口なし」
「ただいまー。」
通気口から顔を出すと、部屋に居たみんなの視線が一斉に集まる。
結局廊下側から戻るのは早々に諦めて、元来た道・・・・・・つまり風導管を通って帰ってきた。
その方が確実に戻れるしね。
「遅いじゃない! 何やってたのよ!」
リーフの叱責に身をすくめる。
うぅ・・・・・・結局怒られた。探索に一時間強は掛かっちゃったけどさぁ・・・・・・。
部屋の中に降りると「大丈夫だった?」とフィーの頭が撫でられている。
不公平だ・・・・・・。
突如現れた魔物の気配をこちらでも感じたらしい。
しかし俺と同じタイミングで感じ取れなくなったようだ。
動力が復活したおかげで、この部屋の扉の開閉ボタンも点灯している。
居残りメンバーも気付いていたらしいが、俺たちが戻ってくるまでは、と待っていてくれていた。
扉を開けて廊下に出る。
ここもガラス張りで外の景色が見えるようになっており、みんながその景色に瞳を輝かせている。
・・・・・・丁度良い。
「みんな、少しここで待ってて。」
「どこへ行くのだ?」
「ちょっと隣の部屋を調べようと思って。」
傷の入った扉を指差す。通気口から覗いた死体のある部屋だ。
気は進まないが、一応調べてはおきたい。
みんなが外の景色を楽しんでいるうちに調査を終わらせてしまえばいいだろう。
「何言ってるのよ。みんなで調べた方が早いでしょう?」
「いや、できるなら見ない方がいいよ。私はもう見ちゃったからいいけど。」
俺の口ぶりにヒノカが眉をひそめる。
「何かあったのか?」
「魔物の死体があっただけだよ。見ていて気持ちのいいものじゃないでしょ?」
「だからって貴女だけに任せるなんてできないわよ。」
「そうだよ、私だって手伝うよ!」
俺は別に一人で構わないんだけど・・・・・・。
狭い部屋だし、大勢で調査する方が逆に大変だろう。
けどまぁ、一人だと見落とす可能性もあるか。
「分かったよ。お姉ちゃんとニーナ、ヒノカとサーニャはキシドーたちと外で見張ってて。魔物が来ないとも限らないし。」
外は彼女たちに任せていれば何かあっても対応できるだろう。
切り裂かれた扉の横にあるボタンを押すと、ギギギと軋みながら人が通れるくらいに扉が開いた。
そこから血だまりを踏まないよう気を付けて足を踏み入れる。
当たり前だが、中の様子は上から覗いた時と変わっていない。
バラバラにされたコボルドの死体が床に転がっている。傷口を見ると、斬られたというより凄い力で噛み千切られたような感じだ。
血の臭いがツンと鼻につく。流石に部屋の中は臭いがキツイ。
「ひっ・・・・・・!」
背後で息をのむ声が聞こえた。
肩越しに振り返ると、蒼白になったフラムとラビが扉の前で震えている。
二人とも魔物の死体くらいなら少しは耐性があるはずなんだけど・・・・・・このシチュエーションのせいもあるだろう。
さっきまで壁一枚挟んで隣の部屋にいたわけだし。
ホラー映画もないこの世界じゃ、ホラー耐性なんかは付きにくい。
「フラムも外で待ってて、ラビもね。」
「うん・・・・・・ごめん・・・・・・。」
「リーフは大丈夫?」
「え、えぇ・・・・・・問題無いわ。」
リーフはさっきの二人よりはマシといったところか。
自分が言い出した手前もあるのだろうけど。
先に死体の周りを陣取り、リーフには他の場所を見てもらうよう暗に誘導する。
とはいえ俺も死体を眺める趣味は無い。
恐怖演出のためのオブジェクトだと自分に言い聞かせながら辺りを触手を使って探る。
これがホントのオブジェクト思考ってか。
「お、なんかある。」
生乾きの血だまりに沈んでいたそれを触手でペリペリと床から剥がして拾い上げる。
「何よそれ・・・・・・お札?」
お札というよりカードだな。まぁ似たようなものか。
ただ、さっき補助動力炉を動したカードキーとは種類が異なるようだ。
魔法で血の汚れを落としてみると、どうやらIDカードらしい。
死体のコボルドのものらしき写真と、その横に「オビワン」という名前が印字されている。
・・・・・・犬だけれども。
部屋にあったものはそれだけで、残念ながらライトなセイバーは見つからなかった。
手に入れたIDカードを懐にしまい、部屋をあとにした俺たちは宇宙の景色を楽しみながら探索を進めていく。
しばらく歩いていると大きな広場へと辿り着いた。
広場は吹き抜けとなっており、中央には動いていない丸い噴水、その正面には通りが一本伸びている。
通りには店が並んでいるが、殆どがシャッターが下りているか壊されている。
おそらくショッピングモールとして機能していた、という設定なのだろう。今はどこの店にも入れそうにない。
噴水のすぐ近くには大きな看板があり、宇宙ステーション全体の地図が描かれている。結構広い。
残念ながら補助動力炉の場所は書かれていないが。まぁ、普通はこんな場所の看板には書かないか。
ベッドの部屋が沢山あった場所は居住区画と書かれており、似たような区画がいくつかある。
その規模に応じた簡易食堂と呼ばれる部屋も居住区画内に設置されているようだ。
これといったドロップアイテムは見つかっていないので、他の特殊な迷宮のように水や食料の救済措置が受けられるのかもしれない。
「今日はあの辺りで野営にしましょうか。」
リーフが指差した場所は、噴水広場をぐるっと半円状に取り囲んだ二階へ繋がる階段の下。
陰になっていて階段を屋根代わりにできるので丁度良さそうだ。
先程の居住区画にあった部屋を使っても良かったが、なにしろ狭い。
二部屋から三部屋に分かれてそれぞれに見張りを立てて・・・・・・などと考えると、どうしても効率が悪くなってしまう。
でもあのベッドは捨て難い・・・・・・。迷宮内では基本床で寝るからなぁ。
「そうだ、さっきの部屋から寝具だけ取ってこようか。久しぶりに柔らかいところで眠れるよ。」
「ふむ、いい考えだな。」
「そうね、野営の準備が終わったら後でみんなで取りに行きましょう。」
二度手間になってしまうが、拒否する意見は出なかった。
やはり柔らかい寝床と聞くと抗えないのだろう。俺がこうして未練がましいように。
階段下にキャンプを作り、荷車を置いて全員で居住区画まで戻る。
小さな台車を作れるだけの土は持ったので、帰りはその台車に寝具を積んで戻ればいい。
「それよりもご飯にゃ! ホントにあるにゃ!?」
「分からないから調べに行くんだよ。・・・・・・あんまり期待はしない方がいいよ?」
ハズレだった時は俺が大変だろうだからな・・・・・・。
居住区画を歩きながら小さく溜息を吐く。
食堂のことは先に伝えない方が良かったかもしれない。
「あ! あれじゃないかな。」
ラビが寝室より少し大きな扉を見つけ駆けていく。
扉の上の看板に、地図で見た通り簡易食堂と書かれていた。
中に入ると、内装はその名に相応しくシンプルな造り。
寝室と同じく全体的に白で統一されており、複数の長机と椅子に観葉植物も置かれている。
座席数は俺たち全員が使っても余裕で余るくらいだ。
壁にはちょうど俺の肩くらいの位置から約60センチ四方の穴がいくつか開いており、取り出し口と書かれている。
一番奥には蓋が閉まった返却口。これは横のボタンを押すと開くらしい。
向かい側の壁には約30センチ四方の穴があり、こっちはボタンを押せば飲料水が出てくるようだ。
「ご飯が・・・・・・無いにゃ・・・・・・。」
「戻ったらちゃんと作るから、元気だしなよサーニャ。」
厨房と食材でもあるのかと思っていたが、そういうシステムではないようだ。
飲料水はちゃんと出ているので動力は問題無いはず。
穴に顔を突っ込んで落ちてくる水を舐めるように飲んでいる子がいるので間違いない。
・・・・・・まぁ、やりたくなる気持ちは分からないでもない。
「こちらのは押しても反応しないようだな。」
取り出し口の横にある何かの機械をヒノカがガンガンと叩いている。
起動ランプは点いているので動いてはいるみたいだが・・・・・・あんまり叩くと壊れるぞ。
「ちょっと退いて、ヒノカ。使い方分かったかも。」
元の世界で似たような装置を何度も見ているので、使い方は直感的に分かる。
懐からIDカードを取り出して、読み取り部分と思われる場所にかざす。
――ピッ。
機械音が鳴り取り出し口の奥にあった扉が開くと、その奥からプラスチック製の四角いトレイが運ばれてきた。
トレイには空のコップ、ボウル皿、平皿、スプーンが載っている。
ボウル皿には銀色のレトルトパック、平皿にはブロック感あふれる栄養機能食品的なのが転がされている。
レトルトパックを開けると中には温かいシチューが入っていた。
なるほど・・・・・・”簡易”食堂ね。
まぁ、それでもあるだけ有難いか。
――ピッ。――ピッ。――ピッ。
IDカードをかざせば、その分だけ同じトレイが運ばれてくる。
おー、こりゃ便利。
トレイが出るたび食いしん坊な子たちから歓声が上がる。
ここで食い溜めてもらっとこう。
――ピッ。――ピッ。――ピッ。――ピッ。――ピッ。
食事の代金はどうなるんだろう、と思ったが心に蓋をしておいた。
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