200話「そらへ」

 暗く、狭い風導管の中を、手と膝を使って這いながら進んでいく。

 息苦しい中でじんわりと汗が浮き出てきた額を拭い、先を目指す。

 ゴソゴソと俺とフィーの這う音と、荒い呼吸の音だけが風導管内に響く。


 いくつかの部屋を見つけたが、覗いただけでは大きな手掛かりは見つかりそうになかった。

 だが部屋の数が多く、いちいち降りて調査するのも時間が掛かるので、まずは風導管の中を調べようとフィーと相談して決めた。


 ちなみに、最初に覗いた部屋以外に死体は転がっていなかった。

 一番何か見つかりそうなのはあそこなんだけど・・・・・・ちょっと気乗りしないな。


 そんなことを考えながら部屋のチェックを終え、更に奥へと進んでいく。

 脇道があるように思えるが、外せない網で行く手を塞がれており、その実一本道。おそらく誘導されているのだろう。

 何度目かの角を曲がり、先へ目を向けた。


「お姉ちゃん、終点かも。」


 長かったと溜め息を吐きながら、ずっと先に見えるそこを目指して手足を動かす。

 終わりが見えたためか、動かす手足が若干軽く感じられる。

 しかし魔物の気配を感じ、ピタリと動作を止めた。


「先から魔物の気配を感じる・・・・・・すごく弱々しいけど。お姉ちゃんは?」


 コクリ、とフィーが頷いた。

 あまりにも弱々し過ぎて、距離が離れている間は感じ取れなかったのだろう。

 場所は視線の先にある終点辺りのようだ。


 先へ進みながら、途中にある部屋は通気口から覗いての確認だけは行っておく。ついでだしね。

 そうして全ての部屋の軽い確認を終わらせ、とうとう終点に辿り着いた。

 壁に設けられた通気口の格子から窮屈な肩を並べてフィーと覗き込む。


 大きな部屋だ。そこの天井に近い壁にある通気口が終点だったらしい。

 部屋の半分ほどを大きな機械が占めており、その機械を土台にして大きなガラスの筒が設置されている。

 ただその機械は動いていないようで、部屋の中で静かに佇んでいる。


「・・・・・・あれ、魔物。」


 フィーの示す方向へ目を向けると、そこにコボルドが居た。

 壁に背を預け、足を投げ出した恰好で床に腰をつけている。

 その床には血が広がり、魔物の状態を如実に表している。

 弱々しい気配はその傷のためだったのだろう。

 息も絶え絶えといった様子だが、まだかろうじて生きている。


 血は小さな扉から点々とコボルドの場所まで続いており、そこから逃げ込んできたと考えるのが妥当だ。

 扉はもう一つあり、そちらは大きく、最初の部屋にあった扉に似ている。

 扉の横についているボタンが開閉ボタンだろう。


 部屋に入るため、まずは蓋を外しにかかる。

 格子の間からドライバーを持った手を出し、外側のネジを外していく。


「蓋を外すから手伝って、お姉ちゃん。」


 フィーと場所を交代し、外した側を持っていてもらう。

 外した時に落ちて大きな音を出さないようにだ。

 反対側も外し終え、格子部分に触手を引っかけてゆっくり部屋の中へ下ろしていく。

 そっと蓋を置いたら次はフィーが飛び降りた。

 ふわっと後ろ髪の尻尾が舞い、音も無く着地する。

 触手で下ろそうかと思ったけど必要なかったようだ。

 俺は怖いので通気口に触手を引っかけてスルスルと降りていく。


「・・・・・・どうするの?」


 と、フィーが今にも息絶えそうな魔物に目を向けながら呟いた。


「話してみるよ。お姉ちゃんは剣を構えてて。」

「・・・・・・わかった。」


 一歩ずつ慎重に魔物に近づく。

 急に襲われてもいいように触手も臨戦態勢で待機させておく。

 魔物の流す血の匂いが濃くなってくる。


「何が起きたんですか?」


 一歩離れた場所から声を掛けてみると、ピクリと魔物の耳が反応した。


「ぅ・・・・・・仲間、か? 悪いな・・・・・・もう、鼻も利かないんだワン。」


 ・・・・・・ワン?

 たしかに人型の犬っぽい魔物だけれども・・・・・・この状況でその語尾はシュール過ぎないか。

 まぁ、どこかの映画みたいに「ウオォォン」とか鳴かれても通訳できる人が居ないから困るんだけど。


「こいつを・・・・・・持っていくんだワン。」


 一瞬迷い、コボルドが差し出してきたものを受け取る。

 手渡されたものは赤い色のカード。

 語尾のせいで悲壮感漂わない彼の話によるとカードキーらしい。

 コボルドの力なく震える指が部屋の奥にある大きな機械を指す。


「それで、あの補助動力炉を・・・・・・動かせるワン。」


 補助動力炉とやらを起動させれば対応した区画の機能が一部復活するという話だ。

 それで閉まっている扉も開けられるようになるらしい。


 そして、他にもある補助動力炉を起動しつつ進んでいけば、脱出艇のある格納庫まで辿り着けるという話である。

 きっとその脱出艇のある辺りにゴールがあるのだろう。

 フィーはコボルドの話がよく分からないといった顔で頭を捻っている。

 そりゃいきなりそんな話をされても訳分からないよね・・・・・・ゲーム脳の転生者ならともかく。


「あとは・・・・・・頼んだワン・・・・・・。」


 喋りたいことを一方的に喋った魔物はそのまま息絶えてしまった。

 ナンマンダブと手を合わせておく。


「とりあえず、そっちの扉の奥を見てみようか。」


 補助動力炉を動かす前に調べられるところは調べた方がいいだろう。

 コボルドが逃げ込んできたらしい小さい方の扉は、スイッチで開閉するタイプじゃなく、普通の扉だ。

 かなり頑丈そうな金属製の扉だが中から凄い力で殴られたらしく、大きく盛り上がっている。

 コボルドの血を踏まないように扉へ近付き、重い扉を押し開く。


「あれ? 何か引っかかって開かない・・・・・・。」


 かろうじて開いた隙間から扉の向こうを窺ってみると、中では机や棚がひっくり返って散乱している。

 それらが引っかかって開かなくなっているようだ。

 コボルドを攻撃した何かが暴れたってところか。


 手元のカードキーに視線を落とし、もう一度部屋の機械に目を向ける。

 ・・・・・・やってみるしかなさそうだ。


 機械には様々な計器やボタンが並んでいるが、変に弄ったりするのは良くないだろう。

 だが起動するだけなら簡単そうだ。

 カードキーを挿入口に挿し込んで、ど真ん中にあるデカくて赤いボタンを押せばいいらしい。


 機械に貼られたシールの指示に従いカードキーを挿し込むと、ピッと音が鳴った。

 真ん中にあるデカいボタンにグッと体重をかけて押す。


 すると、装置が低くうなり始め、大きな筒状のガラスの中に浮いている幾何学形態の物体がクルクルと回転しだした。

 物体が淡く発光し、光が筒の中に溶けるように広がっていく。


 ガチッ・・・・・・ガチッ・・・・・・ガチッ・・・・・・。


 その音は背後の大きな扉の向こうから聞こえてきた。

 一定の間隔で、金属に何かが当たるような音が近づいてくる。

 音と同時にいきなり現れたのが強い魔物の気配。

 おそらく扉の向こうにいる魔物の足音なのだろう。


 フィーは既に俺をかばう様にして剣を構えている。

 俺も慌てて剣を抜き、触手に臨戦態勢をとらせた。


 しかしその足音は扉の前を通り過ぎ、次第に遠くなっていく。

 そして足音が消えると同時に魔物の気配も消えた。


 扉の横にあったボタンが点灯し、動力が通ったことが知らされた。

 ホッと息を吐いて剣を収める。


「魔物は居なくなったみたいだね。」

「・・・・・・うん。」


 もう一度気配を探って魔物が居ないことを確認し、大きな扉の横にあるボタンに触れる。

 小さな機械音と共に扉が開くと、その先は廊下になっていた。


「・・・・・・夜がずっと続いてる・・・・・・きれい。」


 ガラス張りになっている廊下の壁に貼りつくようにして嘆息を漏らすフィー。

 釣られるように彼女の隣からガラスの向こうの景色を一望する。


 見渡す限りの黒。そこに雪の粉を振りまいたように小さく輝く無数の星々。

 星の海と形容されるのも納得できる。

 近くに見える蒼い大きな惑星は地球を模したものだろうか。


 どう見ても宇宙です。

 本当にありがとうございました。


 ただの背景なんだろうけど、まさか宇宙まで出てくるとは・・・・・・。

 だとしたらここは宇宙船とか宇宙ステーションって感じか?

 ガラス越しに見える今いる場所は、規模的には後者に該当しそうだ。

 どちらにしろ異世界人置いてけぼり仕様なのは変わらない。今に始まったことじゃないけれども。


 宇宙空間がどう再現されてるのか分からないが、威力のある魔法は控えた方がいいだろう。

 穴が開いたところから吸い出されて宇宙遊泳なんて考えたくもない。


「お姉ちゃん。一度みんなのところへ戻ろうか。心配してるだろうし。」

「・・・・・・そうだね、もどろう。」


 おそらく最初の部屋の扉が開くようになっているはずだ。

 フィーが俺の手を掴み、歩き出した。

 引きずられないよう、早歩きでついていく。

 しかし数歩進んだところでフィーが足を止めて振り返った。


「・・・・・・最初の部屋、どこ?」

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