190話「秘密の言葉」

「ねぇ、フラム・・・・・・本当に結婚式しなくて良かったの?」


 乗っている馬車の車輪が石を踏んだのかガタンと音が鳴り、一瞬お尻が浮いた。


「ぅ、うん・・・・・・。ゎ、私はもう・・・・・・・十分幸せ、だから。」


 フラムが指にはめた土色の指輪を愛でるように撫でる。


「あちしは美味いもの食べたかったにゃー・・・・・・。」

「ぁ、あはは・・・・・・ご、ごめん、ね。でも、お父さまも、お母さまも・・・・・・きっと、沢山頑張っちゃう、から・・・・・・。」


 ・・・・・・そうか、そりゃそうだよな。

 貴族の結婚となりゃ盛大なものとなる。フラムのような上位の貴族ともなれば尚更だ。

 そこに掛かる費用は・・・・・・考えたくもないな。

 そして今のイストリア家の懐事情を考えれば、かなりの痛手になるのは間違いない。


 少し考えればすぐ分かることなのに俺はまた・・・・・・。

 いや、今はフラムを笑顔にすることだけを考えよう。


「だったらさ、そのうち私たちでこっそり結婚式しちゃおうか。仲の良い人たちだけ呼んでさ。資金は二人で頑張って貯めようよ。」

「ぅ、うん・・・・・・!」


 まぁ、いずれは盛大な披露宴とやらも行う必要があるだろう。

 が、それはそれ。

 後でなんとかすればいいさ。


「それに、次の目的地はおあつらえ向きに迷宮都市だしね!」


 そう、俺たちはフラムのたっての希望で、当初の予定通り卒業旅行を続けることとなった。

 もちろん彼女も一緒にである。

 昨夜、フラムにプロポー・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ア、アリス、どうしたの? 顔が、あ、赤いよ?」

「いや・・・・・・昨日のことを、思い出しちゃって・・・・・・。」


 つられてフラムの顔も紅く染まった。


「で、でも・・・・・・嬉しかった、よ?」

「あ~もう、思い出させないで~!」


 俺は何であんなセリフを口走っちまったんだ!

 しかもテンパって噛みまくったし!

 あれは墓場まで・・・・・・いや、時の最果てまで持っていく・・・・・・絶対にだ!

 もっとスマートに決めたかった・・・・・・慣れないことはするもんじゃない。


「・・・・・・絶対に皆には内緒にしててね?」

「二人のひ、秘密・・・・・・だね、ふふ。」


 と、とにかく、彼女の両親に結婚の報告をした際、クルヴィナから結婚式の提案をされた。

 というかいきなり準備を始めそうになったクルヴィナを抑えて、フラムが断った。

 代わりにみんなとの卒業旅行を許して欲しい、と。


 それは結婚式が終わってからでもと食い下がったクルヴィナだったが、意外にも「好きにさせてやりなさい、ヴィーナ」とファラオ―ムが鶴の一声で収めてしまった。

 そして「書類を書く時間くらいはあるのだろう?」と、その場で婚姻届的なやつにフラムと二人で一筆したためさせられた。

 随分準備が良いと思ったが、彼は俺たちが報告に行く前に式の準備を始めていたらしい。

 と、後からコッソリと老執事が教えてくれた。

 フラムの成長を一番喜んでいるのはファラオームその人なのかもしれないな。


 その後、みんなにも報告したのだが、「知ってた」みたいなぞんざいな祝言をもらって終わりだった。

 茶化されるのを覚悟していた俺には肩透かしだったが、きっと彼女らにも気を遣わせてしまったのだろう。

 頭を抱えて悩んでいた俺がバカみたいだ。実際その通りなんだけど・・・・・・。


 その後は俺もフラムも色々あったせいで疲れ切っており、ぶっ倒れるように眠ってしまい、気付けば今日。

 屋敷で朝食を摂ったあと出発し、近くの大きな街まで馬車で送ってもらっている最中だ。

 そこからは乗り合い馬車で迷宮都市へ向かうか・・・・・・折角の旅だし、自分たちの馬車を用意しても良いかも。

 馬は買う必要があるが、車の方は土で作ってしまえば良いしな。


「フラムベーゼ様、本日は近くの村で一泊したいと思います。よろしいですかな?」

「ぅ、うん・・・・・・おねがい。」


 フラムが御者台の老執事に言葉を返した。

 いつの間にか”お嬢様”とは呼ばなくなっている。

 認められたということの表れなのだろう。


「アリューシャ様も、それでよろしいですかな?」

「えぇ・・・・・・はい。」


 それは俺に対しても同じ。

 言ってしまえば俺も貴族になってしまったわけだからな。

 しかし流石に慣れないというか・・・・・・。


「ほっほっほ。その様子では先が思いやられますなぁ。」


 巧みに馬を操りながら、声を上げて笑う老執事。

 どうやら、からかわれたらしい。あんにゃろう。

 けどまぁ、彼なりに気を遣ってくれているようだ。

 これくらいで動じないよう、今後は貴族の作法なんかも身につけていかないといけないのだろう。

 彼の言葉通り、先が思いやられそうだ・・・・・・。

 ただ、不意に漏れた溜め息は不思議と重く感じられなかった。


*****


 それから数日。

 街に着いて宿をとった翌朝、俺は新しい馬車の製作に入った。

 これまでの道中なにも遊んでいた訳ではない。

 既に設計は終えている。有志たちの手によって。

 あとは部品を作って組み立てるだけだ。


「ど、どんな馬車を・・・・・・作る、の?」

「んー、厳密に言うと馬車じゃないかな。」


「馬車じゃ、ない?」

「まぁ見ててよ。」


 街の外周近くにある草原でフラムが見守る中、地面から部品を作り上げていく。

 部品といっても単純なもので、デカいだけの食玩みたいなものだ。

 時間の掛かる魔法陣の部分は道中で作成済みだし、今日の大半は試運転に使うことになるだろう。

 それを見越して、他の皆には街の観光を楽しんでもらっている。


「こ、これは・・・・・・箱?」

「あはは、そうかも。最後にコレを取り付けて・・・・・・っと。」


 底面部の四隅に魔法陣を彫り込んだ土の板を装着して完成だ。

 そのシルエットは転生者が見れば皆一様にこう形容するだろう。トラックと。

 「異世界といえばトラックでしょ!」とか、設計を頼む相手を完全に間違えた気がする・・・・・・他に居ないんだけどさ。


「馬は、ど、どこに繋ぐの?」

「馬は必要ないんだよ。私の魔力で動かすからね。」


「そ、そんなことして大丈夫なの?」

「大丈夫。魔力の多さだけが取り柄だしね。さぁ、フラムも乗ってよ。」


 助手席の扉を開き、フラムを隣に座らせる。

 それから俺も運転席へ。


「それじゃあ、動かしてみるね。」

「き、気を付けて・・・・・・。」


 ハンドルを握ると魔力が流れていき、アクセルをゆっくり踏み込むとスーッと殆ど音も無く動き出す。


「ゎ・・・・・・う、動き、出した。」


 申し訳程度にコロコロと転がる車輪の音が響いてくるが振動は全く感じない。


「おー、なかなかイイ感じ。どう、フラム?」

「ふ・・・・・・不思議な感じ。フワフワしてる・・・・・・みたい。」


 それもそのはず、実はこの車は浮いているのだ。

 先程の板に彫った魔法陣へ魔力が流れると、なんちゃら力場とかいうのが発生して・・・・・・まぁとにかく浮くらしい。

 空を飛ぶ魔道具の理論を応用したとか言っていたが、正直全く分からない。

 俺は言われた通りに板に魔法陣を彫っただけだからな。


 意味の無さげな車輪は外から見た時、地面を走って見えるようにするためだけの飾りである。

 要するにカモフラージュってやつだ。

 こんなデカい箱が浮いて移動してたらやたらと目立つし。


 ・・・・・・とは言っても、この世界でトラックって時点でかなり目立つんだけど。

 馬の世話とかの面倒を考えれば仕方がないだろう。

 この車であれば、解体することになっても重要な部品だけ残しておけばまたすぐに作れるってのも有難い。


「操作は大丈夫かな・・・・・・っと。」


 ハンドルを右へ左へ、アクセルオンオフ、ブレーキもちゃんと効いている。


「うん、問題無さそう。これなら大丈夫かな。」

「ぁ・・・・・・ぅ・・・・・・で、でも・・・・・・。」


「どうかした、フラム? 何か気になる事があったら言ってみて。」

「こ、このまま、だと・・・・・・痛く、なっちゃう、かも・・・・・・。」


 フラムが恥ずかしそうに視線を下に落とし、座り心地が悪そうに身体をモジモジと動かす。


「あー・・・・・・確かにそうかも。」


 なにせ俺の魔法で土を固めて作った車だ。

 当然椅子もガッチガチに硬い。

 こんなのに長時間座らせたら、皆からクレームの嵐だっただろう。


「じゃあ試運転は早めに切り上げて、皆と合流してから敷物を買いに行こうか。」

「ぅ、うん・・・・・・!」


 これで明日は怒られずに済みそうだ。

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