189話「こたえ」
部屋の中に入ると、フィーとベッドに隣り合って座っていたリーフが視線をこちらに向けた。
「そっちの話は終わったの、アリス?」
「ぅ、うん・・・・・・いや、フラムがフィーのところに行った方がいいって・・・・・・。」
俺の歯切れの悪い言葉を聞いてリーフが小さくため息を吐く。
「しっかりしなさいよね・・・・・・もう。」
そう言いながら立ち上がり、去り際にポンと頭を撫でられた。
少し厳しい言葉であったが、心配してくれているようだ。
俺と入れ替わるように部屋を出たリーフが、フラムの方へ視線を向ける。
「貴女はそれでいいの、フラム?」
「フィ、フィーのほうが、心配・・・・・・だから。」
「貴女もお人好しね、ハァ・・・・・・。まぁ、貴女が構わないならそれでいいわ。私たちは行きましょう。」
連れだっていく二人の背中を見送って扉を閉める。
一度ゆっくりと深く呼吸し、フィーの方へ向き直った。
彼女は口を尖らせたまま、赤く腫れた瞳を逸らす。
「あの・・・・・・ごめんね、お姉ちゃん。」
「・・・・・・。」
フィーはそっぽを向いたまま応えない。
「ごめん、なさい・・・・・・。」
それっきり何も言えなくなってしまい、沈黙が場を支配する。
「・・・・・・どうして?」
「ぇ・・・・・・?」
思わず聞き返してしまう。
先に口を開いたのはフィーだった。
「・・・・・・どうして?」
なぜ魔女になったのか、ということを問うているようだ。
まぁ、それは当然か・・・・・・。
少しの間目を閉じ、呼吸を落ち着けて考えを纏める。
「信じられないかもしれない話だけど・・・・・・聞いてくれる?」
フィーがコクリと静かに頷いた。
彼女の隣に座り、乾いた唇を湿らせてから口を開く。
「私にはね、その・・・・・・何て言ったらいいのかな、生まれる前の記憶・・・・・・というより、生まれ変わる前の記憶があるんだ。」
フィーの顔を伺い見ると、あまり理解出来ていなさそうな表情。
「えっと・・・・・・例えるなら、お姉ちゃんが記憶を持ったまま別の人として生まれてくる感じかな。」
まだピンときていないようだが、これ以上足踏みをしていても仕方ないので話を続ける。
「だから私の学院での成績が良かったのも、それのお陰なんだよ。前に勉強していたからね。お姉ちゃんだって、もう一度同じ授業を受ければもっと上手くやれるでしょう?」
「・・・・・・うん。」
「それで、その記憶は此処とは全く別の世界の記憶なんだ。」
「・・・・・・別の、世界?」
「そう。そこでは魔法は無いし、魔物も居ない。全く危険はないってことは無いけどね。」
「・・・・・・それが、何か関係あるの?」
「同じ世界から生まれ変わってきた人が、沢山居るんだ。お姉ちゃんも見かけたことあるんじゃないかな、私と同じ色の瞳をした人。よくお茶しに行くお店の子なんかもそうだね。」
フィーが顔を上げ、俺の瞳を覗き込む。
「・・・・・・あの子もそうなの?」
「そうでもないと、あの歳でお店なんて出来ないしね。お手伝いだけならともかく。」
「・・・・・・お手伝いだって、言ってたよ。」
「そういう体裁でやってるからね。あの店で大人の店員さん見たことある?」
「・・・・・・ない、かも。」
「でしょ? でさ、私は嬉しかったんだよ。」
「・・・・・・嬉しい?」
「同じ境遇の・・・・・・仲間が居てさ。私ひとりじゃなかったんだって思って。それに、歳を取らない体って以前の世界では人類の悲願でもあったしね。」
「・・・・・・それが、魔女っていうのになった理由?」
「うん、まぁ・・・・・・そんなところかな。」
フィーが少し考える素振りを見せてから口を開く。
「・・・・・・だから、学院に行きたいって思ったの?」
「知ったのは学院に来てからだから、それは違う。」
「・・・・・・そっか。」
また静かになったフィーの言葉を待つ。
「・・・・・・わたしたちと一緒に居るのが、嫌だったの?」
「そんなことない! みんなと別れたいとか思ってない・・・・・・それだけは信じて。」
なんて勝手な言い分だろうか。
けれどももう俺にはこんな言葉を吐くことしかできなかった。
「・・・・・・フラムのこと、どうするの?」
魔女化については彼女にとっては一応の納得をしたのか、それ以上追及されなかったが、今度は別の痛いところを突いてきた。
「その・・・・・・やっぱりフラムのことを考えたら、私なんかと結婚なんてしたら後々大変だろうし・・・・・・私と違ってやり直しなんて出来ないし、だから・・・・・・。」
「・・・・・・それは、アリスのためになるの?」
「私の・・・・・・ため?」
「・・・・・・だって、フラムとの時間は、やり直しできないよ?」
「っ・・・・・・!!」
ああ、そうだ。なぜ俺はそんな簡単なことに気付いていなかったのか。
確かに俺の時間は止まってしまったのだろう。
しかし彼女たちの時間は進み続ける。
きっと彼女たちとの距離は離れ続けていく。永遠に。
俺が一からやり直すことが出来ても、彼女たちと出会うことはもう出来ないのだ。
そこまで重く考えずに、俺は魔女化を選んでしまった。
ただ、俺は・・・・・・これからも楽しい日々が続けばいいな、くらいにしか思っていた程度だ。
軽い気持ちであったことは認めよう。
魔女化したことに後悔は無い・・・・・・が、俺の軽率さに後悔している。
時間は沢山あった。
その間に、彼女たちと話すことも出来ただろう。
しかし、それをする必要が無いと思っていた。
きっと俺は・・・・・・彼女たちの存在を、心のどこかで軽く見てしまっていたのだ。子供だからと。
それがおそらく、感じていた罪悪感の正体。
結局は彼女たちの方が俺よりもずっと大人だった。
「男子三日会わざれば~」なんて言うが、四年も学院で勉強していたのだ。
そりゃ成長も著しいだろう。頭の固い俺なんかに比べたらずっと。
「お姉ちゃん・・・・・・私、どうしたらいいのかな?」
「・・・・・・わたしが決めたら、そうするの?」
「それ、は・・・・・・。」
「・・・・・・アリスはフラムと結婚したくないの?」
「そういう訳じゃない、けど・・・・・・。やっぱり、ちょっと早いっていうか・・・・・・。」
「・・・・・・リーフお姉ちゃんはそんなことないって言ってた。」
「う~・・・・・・そうなんだけど、そうじゃないっていうか・・・・・・。」
やはり元の世界で考え方ってのはそうそう消せるものじゃない。
命に関わるような事柄は無理にでも捻じ曲げてしまわなければならないが、他は別だ。
「それにフラムは貴族だから、後継ぎ問題とか色々とあるし・・・・・・。」
声の調子と共にうな垂れていく俺の顔を、フィーに頬をつねられ引っ張り上げられた。
静かに怒ったような、諭すような瞳が俺を見つめる。
「・・・・・・そんなの、今考えることじゃない。」
「あぅ・・・・・・。」
「・・・・・・このままフラムを独りにしていいの?」
このままフラムを独りにしてしまえば、きっと人知れず涙を流すことになるだろう。
「ダメだよ、そんなの・・・・・・。」
「・・・・・・じゃあ、どうして迷ってるの?」
答えなんて、考える前に決まっていた。
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