176話「甘い部屋」

 さんさんと降り注ぐ陽光の下、叫ぶ。


「海だーーー!!」

「恥ずかしいから、あまりはしゃがないで頂戴。」


「あ、いや・・・・・・定番だから一応やっとかなきゃと思って。」

「何の定番よ・・・・・・一体。」


 寒風吹き荒ぶ冬の季節に叫ぶ言葉ではないが、この世界では別。

 転移魔法でしか行けない、常夏の島が存在するのだ。

 ・・・・・・ハワイ? なにそれおいしいの?


「ここがリゾー島なの、アリスちゃん?」

「うん、そうだよ。」


「話に聞いていた通り、素晴らしい場所なのじゃ。」

「えぇ、ワタクシもこのような場所は初めてですわ。」


 今回はロール達も一緒だ。

 そして、彼女らにとっては初めての場所である。

 一年と二年の間は男の子として過ごしてたし、去年はパーティーがあったしな。


 俺たちにとっては二年ぶり。

 兎にも角にも、先ずは水着の新調といきたいところ、なのだが――


「魔物・・・・・・沢山居るんですの。」

「そうだねぇ・・・・・・。」


 どうしてこうなった。

 見下ろす海岸線には魔物がびっしり。

 街のそこかしこから、剣戟の音が響いてくる。

 学院からの転移先であるギルド内が、妙に物々しかったのはコレが原因か。

 ヒノカがその辺にいた人を捕まえ、詳しい話を聞き出す。


「どうやら”いべんと”という戦いに負けて、街にまで魔物が攻め入って来たらしい。今はその魔物に対して反抗作戦を行っているそうだ。」


 このリゾー島を常夏の島たらしめているのは、神サマの作った魔道具。

 その魔道具に”不定期に海の幸型モンスターが襲来してくる”という傍迷惑なイベントが設定されているのである。

 それを防げないと、こうなってしまうらしい。


「ハァ・・・・・・折角の休みだって言うのに、とんだ災難ね・・・・・・。」

「でも、アイツらやっつけたら、また美味いもの食えるにゃ!?」


「まぁ、考え方によってはそうなるかな・・・・・・。」

「それに、準備運動の代わりには丁度良いだろう。」


 ヒノカが腰に下げた刀を鳴らした。

 バカンスよりも楽しみにしてないか?


「分かったよ。でも先に宿を取らないと。流石に街中で野営はしたくないでしょ?」


 金の無い学生は野営で済ませるみたいだが、俺にはちょっと辛いな・・・・・・たまの休みくらい温泉にゆったり浸かってのんびりしたい。


「あちしは外でも全然良いにゃ!」


 サーニャは木の上でもぐっすりだろうからなぁ・・・・・・。


「宿を取った方がおいしいもの食べられると思うよ?」

「・・・・・・じゃあそっちが良いにゃ!」


 イベントモンスターは建物を襲わない親切仕様みたいだし、営業していないという事はないだろう。

 むしろ、戦えない人は野営出来ないから、逆に盛況になっている可能性もある。


「とりあえず、以前泊まった宿に行ってみましょう。」

「そうだね、あそこなら海も近いし。」


 と言ったのは良かったが・・・・・・それは少し失敗だったか。

 海からモンスターがやって来ているのだから、海が近ければ当然エンカウント率も上がるのである。

 角を曲がれば、パンをくわえた少女より高確率で出会ってしまうのだ。

 しかも海に近付くにつれて外に出ている人が少なくなるせいか、ゾンビのようにこちらへ群がって来る。


「ア、アリスちゃん、また魔物が・・・・・・!」

「ロール達は気にせず走って! 道は私達で切り拓く!」


 いくら束になって掛かって来ようが雑魚は雑魚。俺達の敵ではない。

 しかし、いかんせん数が多い。散発的に襲ってくる分には問題無いが、一斉に来られると少々やっかいだ。

 魔法で一気に吹き飛ばしたくても、街中でデカいのをぶっ放す訳にはいかないしな。


「これではキリが無いぞ!」

「・・・・・・どうするの?」


「建物の中は安全みたいだから、宿まで突っ切ろう。先頭はヒノカとお姉ちゃん、お願いね。」


 ロール達を守りながら立ち塞がる魔物を斬り伏せ、街中を進んで行く。

 やっとの思いで駆け込んだホテルのような宿のロビーには、項垂れた人で溢れ返っていた。

 こっちはこっちでゾンビみたいだな。

 その背格好から殆どが学院生のようだ。

 この様子だと部屋は空いてないかもしれない。


「すみません、部屋は空いていますか?」

「ようこそおいで下さいました。部屋の方は十分に空きが御座いますよ。どちらの部屋になさいますか?」


 以外にも空室はあるらしい。

 差し出された料金表に、つい最近付け足されたような一文を見つける。


「この”ご休憩”というのは?」


 他の料金に比べると随分安い。


「あちらになります。」


 にこやかにロビーの方を指し示すフロントのお姉さん。

 ・・・・・・なるほど、避難民用のプランらしい。

 ここの宿は、野営するつもりで来た学院生たちが泊まるには少々キツい値段だしな。

 学院に戻ろうにも、帰還用の転移魔法スクロールは予め決めた日時にしか発動しない為、どうにもならないのだろう。

 彼らが戦闘能力のあるパーティなら問題は無かったんだろうけど。


「よし、この等級が一番高い部屋を人数分用意するのじゃ。」

「かしこまりました。少々お待ち下さい。」


「ちょ・・・・・・カレン!?」

「アリス殿たちには、いつも世話になっておるからの。ここは妾に任せるのじゃ。」


 って言われても・・・・・・。一部屋だけでも目ん玉が飛び出そうな値段だぞ。

 まぁ、ロール達も一緒にという時点で予見は出来たが。

 リーフも仕方ないかと言葉を飲み込んでいる。


「大変お待たせ致しました。こちらへどうぞ。」


 ホテルマンに案内されるまま付いて行く。


「ねぇ、以前来た時、ここには入れなかったわよね?」


 耳打ちされたリーフの言葉に、小さく囁いて返す。


「多分、こっち側は部屋の等級が高い人専用なんだよ。」


 重厚な扉を一つ通り抜けると、ロビーの喧騒は嘘の様に聴こえなくなった。

 これが格差というやつか。


「それでは、こちらにお乗り下さい。」


 案内された先にあったのはエレベーター。

 流石にロール達も知らないのか、戸惑っている。

 魔女の塔にあるショボ・・・・・・実用的なものより遥かに高級感溢れるエレベーターに、俺も戸惑っている。

 これが資本の力か。


 エレベーター内で飛び跳ねるサーニャを宥めながら到着した場所はもちろん最上階。スウィートなルーム。

 カレンの注文通りに、一人一部屋ずつ案内されていく。


「うわぁ・・・・・・ベッドが二つもある。」


 しかも一つがデケぇ。親子三人、川の字で眠れそうだ。

 フカフカのカーペットを踏みしめながら、部屋の中を見て回る。


 バス、トイレは言わずもがな、小さな冷蔵庫まで備え付けてある。

 中には高そうなラベルの貼られたワインに・・・・・・こっちは日本酒か?

 転生者が支配していると言っても過言ではない島だし、今更驚きはしないが、オレンジジュースやらコーヒー牛乳やらと一緒に入れるなよ・・・・・・。

 間違えて飲んだら大変なことになるぞ。


 調度品のテーブルにソファは、緊張して逆にくつろげなさそう。

 床にでも寝転んでた方がマシかも。


 窓からの眺めは絶景。

 眼下の浜辺では、あちこちで戦闘が起こっている。

 だが、それは遠い世界の出来事。

 小さく見える人も魔物も、まるでゴミのようだ!


 ・・・・・・しかし、人側が随分劣勢だな。

 どうも魔女を含む転生者が戦っていないようである。

 転生者が適当に氷矢の魔法を連発するだけでも魔物側にとっては脅威になるはずなのだが、その様子が見受けられない。

 全員がやられたという訳ではないだろうから、わざと参加していないというのが正しいだろう。


「一体どうなってるんだ? ・・・・・・聞いた方が早いか。」


 ベッドに腰掛けてチャットを開いてみると、全体チャットがいつもより盛り上がっているようだ。

 それも、この島の事で。

 丁度良いかと質問を投下してみる。


>今、リゾー島に着いたんだけど、どうなってんの? 負けそうになってるけど。

<今回はマグロドンが出るから


>・・・・・・マグロ丼?

<w

<www

<w

<草

<マグロドンだよw

<丼やめろwww

<知らねえの?w


>大昔のサメだっけ?

<それはメガロドンw

<詳細はみwikiさんに聞け

<みwikiさんw

<懐いw


 どうやらwikiに情報があるらしい。

 礼を言ってチャットを閉じ、wikiのページを開く。


「・・・・・・あった、コレだ。」


 リゾー島の項目を見つけ、詳細を読んでいく。

 地図、施設、グルメ情報、各種イベント・・・・・・海の幸襲撃、コイツか。

 内容は・・・・・・と。


「なるほど・・・・・・そういう事ね。」


 襲撃イベントでは、モンスターを全滅させずに数日経つと、海の中に複数種類の巨大モンスターのうち1体が出現する。

 今回はそのマグロドンが出現するパターンのようだ。

 そいつはマグロとサメが合体したようなデカいモンスターで、マグロの身とフカヒレが同時に味わえる・・・・・・らしい。

 ひどいB級感。


 サメマニアの一部の転生者たちが、それを観たいが為に戦闘に参加しないようになったという。

 以来、マグロドン出現回は他の転生者もサボるのが通例だそうだ。


 ちなみにイベントモンスターは、何もしなくても一週間経てば消えるようである。

 だから適当にサボっても問題無いのだろう。

 普通の観光客にとっては迷惑な話だが、転生者にだって戦う義務など無いのだ。


「とりあえず、魔物を全滅させないようにしておけば大丈夫かな。」


 ヒノカ達はどうせ外に出るつもりだろうし、皆を連れて当初の予定通り、水着を買いに行くとしよう。

 幸い、前に水着を買った店は営業しているようだ。

 ま、転生者は暇してるだろうしな。

 一通り調べものが終わったところで、部屋の扉がノックされた。


「アリス、そろそろ出るわよ。」


 ウィンドウを全て閉じ、メニューを終了させる。

 腰掛けていたベッドから飛び降り、分厚い扉の向こうへ聞こえるよう大きく返事した。

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