166話「免許皆伝」

 ぱちぱちぱち――

 ぺち、ぺち、ぺち――

 パチパチパチ――


「おめでとう。」

「おめでと~。」

「おめでとうございます。」


 俺は・・・・・・俺は、ここに居て良いんだ・・・・・・!!

 ・・・・・・いやいやいや! 何のエンディングだコレ!?


 突如闘技場に降り立った、残り三人の四天王から浴びせられる拍手と祝言に戸惑う俺。

 パーティーメンバーたちも呆気にとられている。

 何だ・・・・・・? 新しいタイプの罠か?


「い、一体何なんですか・・・・・・?」

「まぁまぁ、とりあえずはコレを受け取ってよ。」


 風のショタ君が手振りで指示すると、土のロリちゃんが一枚の紙を差し出してきた。


「あい、ど~ぞ。」

「ど、どうも・・・・・・。」


 ・・・・・・か、可愛い。

 相手がこの子じゃなくて良かったな。

 いや、今のところは分からないが・・・・・・できれば戦いたくない、コチラの戦力的にも。

 敵意を向けてくる様子はないけど、慎重に行動したほうが良いだろう。


 受け取ったのは、いつもボスを倒すたびに貰っていた賞状。

 免許皆伝だよ、おめでとう。みたいな事が書かれている。


「免許、皆伝・・・・・・?」

「そうよ、これでアナタたちは迷宮師を名乗ることを許されたわ。」


「はぁ・・・・・・そうですか。」

「アラ・・・・・・嬉しそうじゃないわネ。」


「いや、そういうのはよく分からないもので・・・・・・。ラビは知ってる?」

「と、ととととと当然だよ!!!! すごいんだよ!! えーっと、えーっと・・・・・・と、とにかくすごいの!!」


 よく分からんが・・・・・・とにかくすごいらしい。


「じゃ、じゃあコレはラビが持ってて。」

「い・・・・・・良いの!?!?」


「うん・・・・・・私も他の皆も別にいらないと思うし・・・・・・。」

「ふおぉぉぉぉ~~~!!!」


 今にも鼻血を吹き出しそうなほど興奮するラビ。

 ま、まぁ紙一枚でそこまで喜んでくれるなら良いか。


「あとは副賞だね。」

「あい、ど~ぞ。」


「どうも・・・・・・。」


 帰還の鍵と迷宮の鍵。

 これで次回は41階から挑戦可能だ。


「それで・・・・・・私たちの事、どうするつもりですか?」

「ハハハッ! 心配しなくても良いよ。僕たちは一人ずつ戦うことしか許されていないからね。君たちから攻撃してくれれば相手できるけど・・・・・・ね。」


 おそらくこれはシステム面の話で、四天王にはそういう”縛り”が課せられているだろう。

 ヴォルガントみたいなのを四体とか無理ゲー過ぎるしな。


 彼らが降り立った時点で攻撃を仕掛けていればかなり不味い状況になっていたに違いない。

 まさか、それを狙って出てきたのか?

 これがイベントなら、製作者の張った罠とも言えるが・・・・・・油断できないな。


「・・・・・・遠慮しておきます。」

「賢明な判断だと思うよ。」


「けんめ~。」

「アラ・・・・・・残念。まぁ、仕方が無いわね・・・・・・さっさとアレを用意してあげて。」


 水のボインがパチンと指を鳴らすと、魔物たちがテーブルと料理を並べ始めた。

 しかし何だろう、並べられていく料理の・・・・・・


「わ~い、からあげ~!」


 圧倒的庶民感・・・・・・ッ! 揚げ物のオンパレード・・・・・・ッ!

 宴というより、まるで草野球後の打ち上げのようだ。

 実は迷宮の財政事情はあまりよろしくないのかもしれない。


 そう思ってしまうのは、俺が凄いものを見過ぎてしまったせいだろうか。


「いえ、あの~・・・・・・私たちはこれで失礼します。」

「おや、もう行ってしまうのかい?」


「はい、みんな倒れちゃってるし・・・・・・夏休みが終わっちゃいますので。」


 もちろん夏休みの期間はまだ全然余裕がある・・・・・・が、こんなのが居るところはさっさとオサラバしたいというのが本音である。


「さぁ、帰ろうみんな。キシドーは動けない子を荷車に乗せてあげて。」

「え~っ、食べないにゃ?」


「戻ったらいっぱい食べれるから!」


 矢継ぎ早に指示を出し、さっさと荷物をまとめる。


「またね~。」


 土のロリちゃんに手を振り返しつつ、足早に闘技場の奥へと進む。

 帰還の扉が視界に入り、ようやく一息。


「はぁ・・・・・・。生きた心地がしなかったわね。」

「あはは・・・・・・ホントだね・・・・・・。」


 クリアしたというのに、俺たちは気落ちした気分で帰還の扉を開いた。


*****


「ん、んぅ・・・・・・?」

「おはよう、フラム。」


「ぁ、あれ・・・・・・? ここ・・・・・・は?」

「ラビの宿。ヴォルガントを倒した後、そのまま帰って来たんだよ。」


「ゎ、私が・・・・・・倒れ、ちゃったから・・・・・・?」

「いや、そうじゃなくてね――」


 フラムが倒れた後のことをかいつまんで説明する。


「そ、そっか・・・・・・外、楽しそう・・・・・・すごく。」


 窓の外から耳に届く喧騒。辺り一帯どころか街中がお祭り状態。

 迷宮師が誕生したということで、大盛り上がりなのである。

 陽は既に落ちているが、この調子だと朝まで騒いでいそうだ。


「ア、アリスは・・・・・・行か、ないの?」

「フラムが起きてからにしようと思って。また一人じゃ食べ切れないくらいの料理を出されるだろうし・・・・・・。」


「そ、そう・・・・・・だね。」

「それじゃあ、準備して皆のところへ行こうか。」


「ぁ・・・・・・ま、待って・・・・・・もうちょっと、だけ・・・・・・。」

「あぁ、ゴメン。あんなに頑張ったんだし、やっぱりまだ疲れてるよね。私は大丈夫だから、ゆっくり休もう。」


 あれだけの大立ち回りを演じたのだ、無理もない。


「ち、違うの・・・・・・もうちょっと、いっしょ・・・・・・に・・・・・・。」


 フラムが俺の手をきゅっと握る。


「へぅっ!? い、いや・・・・・・その・・・・・・うん・・・・・・い、良いよ。」


 頬が熱い。まだ火山洞窟の方がマシだったと思える程に。


「ぁの・・・・・・あの、ね・・・・・・私、が、頑張った?」

「うん、フラムが居たから勝てたんだよ。」


「ほん、とう・・・・・・?」

「あの時、私に何か出来たとすれば・・・・・・緊急脱出くらいかな。」


 まぁ、咄嗟には出来なかったんだが・・・・・・。

 頭では分かっているが、中々に難しい。


「だから、フラムは百点満点だったよ。」

「じゃ、じゃあ・・・・・・ごほうび、して・・・・・・くれる?」


 フラムがベッドから身を乗り出し、顔を近付けてくる。

 せがむ瞳。小さな唇。

 視線が吸い込まれていく。


「う・・・・・・うん・・・・・・。」


 唇が引き寄せられる。フラムの唇へ。

 だって、フラムは頑張ったんだし。

 だって、「贈り物にする」と言えば、きっと哀しい顔で頷くだろうし。

 だって、拒否すればきっと泣くのを必死に堪えながら謝って、でも結局泣いちゃうだろうし。

 だって、――


「んっ・・・・・・ちゅ・・・・・・。」


 唇と唇が軽く触れ合ったあと、フラムに追いかけられる様についばまれる。


「ちゅっ・・・・・・ァ、リス・・・・・・んっ・・・・・・。」


 フラムの舌が臆病に、けれどしっかりと唇を割って侵入してくる。


「ふっ・・・・・・ん・・・・・・。」


 舌が絡み合い、吐息が混じり合う。

 フラムの甘い味が、まるで麻薬のように脳を刺激してくる。

 俺はそれに逆らえず、知らず知らずのうちにそれを求めていた。


 一瞬のような永い時間。

 気付けばどちらからともなく、酸素を取り込むため結びを解いた。

 ふと見えたフラムの扇情的な表情に思わず顔を背けてしまう。


「ぁ・・・・・・ぅ・・・・・・い、嫌・・・・・・だった・・・・・・?」

「そ、そうじゃなくて・・・・・・! その・・・・・・久しぶりだったから、すごく照れくさくて・・・・・・。」


 ダメだ・・・・・・フラムの顔をまともに見られない。


「う~、ごめん・・・・・・。しばらくコレで許して。」


 顔を背けたまま、握っていたフラムの手を握り直した。

 フラムも優しく握り返してくる。


「う、うん・・・・・・大丈夫、だよ。」

「と、とりあえずそろそろ皆のところへ行こう! 皆フラムのこと心配してたし。」


 フラムの手を引き、ラビの宿を出て街へ。

 うわぁ・・・・・・これは酷い。

 肩を組んで大声で歌うおっさんも、水のように酒をガバ呑みするおば・・・・・・お姉さんも、主役たちを差し置いて皆等しくベロンベロンである。


 この新たな【迷宮師】誕生のお祭りは三日三晩続いたのだった。

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