149話「オラクル」

 縦線。

 それが何本も円形状に俺を取り囲み、頭上で放射状に繋がっている。


『・・・・・・鳥かご?』


 声を発したつもりの言葉は、音にはならなかった。

 目線を下に向けるが、自分の身体が見えない。


 ・・・・・・いや、無い。


 過去に一度、こんな状態になった事がある。

 異世界に転生した・・・・・・させられた時だ。

 あの時は何も無い空間が広がっていただけだったが、今回は違う場所らしい。


 檻の向こう側に目を向けると、全ての物が巨大な書斎。

 巨大な本棚にぎっしりと詰まった巨大な本。

 巨大な木製のテーブルの上には何に使うかも分からない魔道具らしき物が積み上げられている。

 俺が小さくなった、と言った方が正しいのかもしれない。


 そして、目の前の巨大な椅子にはローブを着た巨大な人物・・・・・・でいいのだろうか。

 仮面で隠された素顔は窺い知れない。しかし、何でひょっとこ?


『気が付いたようだな。』


 仮面から発せられたのは男の声だった。

 老練というには程遠いが、そこまで若くはない。


『えぇと・・・・・・私はどうなったんでしょう?』


 声にならない言葉で語りかける。

 それでも仮面の人には届いているようだった。


『我が呼んだ。』

『は・・・・・・はぁ・・・・・・。では、此処は・・・・・・?』


『”管理室”。我は其方の世界の”管理者”。”神”と名乗った方が理解が早いか?』

『なるほど、神サマですか・・・・・・。』


 会っちゃったよオイ。


『も、もしかして・・・・・・あの、私は死んじゃったんでしょうか?』

『案ずる必要は無い。こちらの”領域”の一端に触れる者に面晤するため呼んだのみ。』


 何か小難しい感じで喋ってるけど・・・・・・つまり、挨拶するために呼ばれただけ?

 確かに不老ともなれば、仙人とか神様の類になるって事でもあるのか。

 そんな実感は微塵も無いが。


『あ・・・・・・じゃあ、あの不老の魔法陣は神サマが?』

『あれは我が手によるものでは無い。』


 どうやら違うらしい。

 しかし『あれは』と言った神サマの言葉で思い出す。

 夏休みの度に通っている迷宮。あれは神サマが造った物だ。碑文にも書いてあるし。

 ただ、そこに書かれている文章やレンシアの語る神サマと、目の前の神サマは印象が随分かけ離れている。


『ひょっとして・・・・・・言葉遣いとか結構無理してません?』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・・そういえば、其方には一つ問題があったな。』


 スルーして露骨に話題変えてきた。

 ・・・・・・あまり突っ込まない方が良さそうだ。


『魔法が使えない事・・・・・・ですね。』

『すでに調べはついている。故に、ここで答えよう。』


『それは有難いです。』


 生活していく分には問題無いが、やはりモヤモヤとした感じは拭えない。

 返答とやらが本当に届くのかは分からないが、それが今ここで解消されるというなら願ってもない機会だ。

 神サマの機嫌を損ねないように気を付けねば。


『其方の身体には魔法陣が定着していない。よって、我が理の下にある魔法は使えない。』

『あの、すみません。魔法陣の定着っていうのは?』


『ヒトの体内には赤子の頃より数年かけて魔法陣が刻み込まれる。そして、力ある言葉により発現する。』


 要するに、普通は呪文を唱えりゃ魔法が使えるって事だ。

 そしてそれが、他の人には出来ていて、俺には出来ないこと。

 神サマが言葉を続ける。


『しかし、大病や怪我によって死に瀕した時、身体を流れる魔力が乱れ、魔法陣の定着は中止される。少なからず身体に負担があるためだ。』


 この症例は図書館で調べて記載を見つけることが出来た。

 赤ん坊の頃に患った者は魔法が使えなくなる、と。


『でも、私は病気とか怪我は無かったんですけど。』

『其方は、赤子の頃より魔力を操っていた。・・・・・・これで分かるであろう?』


『・・・・・・あっ、そうか。それで身体の中の魔力が乱れて定着されなかった・・・・・・って事ですか?』

『その通り。』


『いや、でもちょっと待って下さいよ。それなら私の他に居てもおかしくないんじゃ・・・・・・?』


 転生して赤ん坊の頃から躍起になって魔法を使おうとしたヤツなんて、俺の他にも絶対居ただろう。


『其方はその魂で直接視て、感じた。魔法を。』

『・・・・・・私が転生する時に見せてもらった魔法のこと、ですか? たったそれだけで?』


『そうだ。そしてそれは、人の身で万年経ようが至れぬ高み。』

『そういう事でしたか・・・・・・。それなら、あの人に感謝しないといけませんね。』


 知らぬ間にチートな贈り物を貰っていたようだ。


『胸のつかえが取れました。それでその・・・・・・私が魔法を使えるようになったりはしませんかね?』

『叶わぬ。其方の身体にはもう定着せぬ。』


『そうですか・・・・・・。』


 言葉一つで魔法は使えないが、その分それ以上に応用は効く。

 早撃ち勝負でなければ何とかなるだろう。


『ところで、この檻からは出してもらえないんでしょうか?』


 というか、出られるのかコレ?

 出入口らしきものが見当たらないぞ。


『その檻は其方を護る檻。こちら側に踏み入れば、其方の魂はたちまち霧散する。』


 ま、マジか・・・・・・。もうちょっと真ん中に寄っとこう。


『それに、其方を還す時。出る必要も無い。』

『え・・・・・・もうですか? 魔女化には三~四日かかると聞きましたが・・・・・・。』


『こちらに居る時間が長ければ、還す時の誤差が大きくなる。我の力で抑える事も出来るが、失くならぬ。』


 早く返してもらった方が良さそうだ。

 浦島状態にはなりたくないし。


『分かりました。色々とありがとうございました。』

『では、息災を祈る。』


 神サマが机にあるボタンを「ピ」と押した。

 檻の中の地面が消失する。


『オチがコレかよぉおおおおおお!!』


 最後に見たのは、神サマが吹き出している姿だった。

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