145話「和平交渉」

「さて、サラは何処だろう? やっぱり展開的には上の階かな?」

「・・・・・・きっと、”あの人”が使っていた書斎じゃないでしょうか。」


 ソフィが”あの人”と呼ぶのは故ラムス氏の事だ。

 組を乗っ取ったんだし、当然と言えば当然か。


「場所は分かる、ソフィ?」

「はい、ご案内します。」


 ちなみにソフィは裸ではなく、あの部屋にあった娼婦用の衣装を着ている。

 なんか色々透けている様な気もするが、裸よりはマシ・・・・・・と言いたい。


 屋敷の中を探せばまともな服はあるだろうけど、それはサラを助けてから探すことにしよう。

 流石に街中は歩けないからな・・・・・・。

 ソフィの姿に視線を引き摺られながらも早足に廊下を進み、階段に足を掛ける。


「あ、ご主人様! あそこです!」


 ソフィの案内で、辿り着いたのは屋敷の最上階。

 まぁ、最上階といっても三階しかないので割とあっさり着いたが。

 途中に配置されていた組員達にもあっさりと眠ってもらった。

 そして彼女が指した先には、他の部屋よりも少し大きくて装飾が施された扉。


「うーん・・・・・・。」

「どうしました、ご主人様?」


「いや、随分拍子抜けだなぁと思って。」


 そう、あっさり過ぎるのだ。

 途中で会った組員が大声をあげても、他の場所に配置されている組員がやって来ないのである。

 というか見えてる位置にいた奴すらそっぽを向いて、我関せずと言った感じだった。


 指定された場所”だけ”は守るが、後は新しい頭目のお手並み拝見ってところだろう。

 おそらく旧体制派の組員か。


 だが、相手だって何も考えずにサラを誘拐したりはしない筈だ。

 俺が来ると分かっているのだから、何らかの策を弄しているに違いない。

 そして俺をどうにかして倒して求心力を得、組に対する支配を強めたいのだ。


「・・・・・・。」

「あの・・・・・・行かれないのですか? ・・・・・・天井に何か?」


 ジッと天井を見つめる俺と同じ様に視線を上げるソフィ。


「ちょっと・・・・・・妙な気配がね。」

「・・・・・・気配?」


「うん・・・・・・・・・・・・ねぇ、屋根裏ってどこから行ける?」


*****


「あの男と外套を被ってる奴の事わかる、ソフィ?」


 声を押し殺し、同じ様に屋根裏の隙間から窺うソフィに話し掛ける。

 眼下の書斎部屋に居るのは三人。


 新しい頭目らしき男とフードを目深に被った人物、そして椅子に縛られているサラ。

 フードの人物が纏った外套からローブの裾が見えており、雇われた魔法使いの可能性が高そうだ。

 見えない場所にも魔力探知を掛けてみるが、感知出来る範囲に反応は無い。


「外套の人は心当たりありませんけど、もう一人は”あの人”の右腕だったダニアンさんです。・・・・・・あの、ご主人様はダニアンさんと面識ありませんでしたか?」

「あぁー・・・・・・そう言われれば見た事あるかも・・・・・・。」


 前に来た時に色々やらせた奴だったか。

 しかし、右腕に裏切られるとはな。


「部屋の奥にある扉は?」

「寝室という話は聞いたことがあります。・・・・・・けど、”あの人”は誰も立ち入れさせなかったみたいです。」


 金庫でも置いてあるのかもしれないな。

 少し遠いが、妙な気配も感じられない。


「そ、それで・・・・・・どうするんですか、ご主人様?」

「んー・・・・・・そりゃあ、ここから奇襲・・・・・・かな。向こうは気付いて無いみたいだし。」


 隙間から数本の触手を侵入させ、二人へ向かって伸ばしていく。

 そして、取り囲んだところで一気に縛り上げた。


「――――ぐぁっ!」「――――がはっ!」


 楽勝だったな、こりゃ。

 もがく二人をしっかりと拘束し、ソフィと共に部屋の中へ降り立つ。


「ソフィ、サラをお願いね。」

「はい、ご主人様!」


 ソフィがサラに駆け寄り、縛られている縄を解く。


「大丈夫ですか、お嬢様?」

「えぇ、大丈夫・・・・・・って、な、なんて格好してるのよソフィ!」


「あ、あはは・・・・・・色々、ありまして。」


 困った様にソフィが笑う。

 何があったのかサラに悟らせないよう言葉を濁したのだろうが、彼女にはそれだけで解ったみたいだった。

 サラがソフィの腰に手を回して抱き締める。


「私の所為で、ごねんね・・・・・・ソフィ。」

「ご主人様が助けてくれましたから、大丈夫ですよ。お嬢様は何もされませんでしたか?」


「うん・・・・・・平気よ。」


 ホッと胸を撫で下ろす。

 見る限り怪我もしていない様だ。

 となれば、後はコイツらの処理だけか。

 ダニアンはギリギリと歯を噛み締めながらコチラを睨みつけ、吼える。


「お、お前っ・・・・・・どうしてっ、天井からっ・・・・・・!?」

「いやまぁ、屋根裏に潜んでた暗殺者を倒したついでに。」


「な、に・・・・・・っ!?」

「ダメですよ、お金をケチって三流を雇っちゃ。」


「ク、クソォ・・・・・・ッ!」


 とはいえ、可愛い後輩ちゃん先生達に色々教わっていなければ、看破するのは難しかっただろう。

 出来たとしても、戦って勝てていた保障もない。後輩ちゃん様様である。


 練習試合で完膚無きまでに叩きのめされた甲斐はあったわけだ。

 ま、今でも彼女らには勝てないけど。


「さて、そっちは・・・・・・っと。」


 フードの人物に目を向ける。

 表情は相変わらず見えないが、外套から魔法使いのローブが裾を覗かせている。

 コイツと戦っている隙を突いて、屋根裏の暗殺者が攻撃を仕掛ける算段だったのだろう。


「とりあえず顔を拝ませてもらおうかな。」


 触手を使ってフードを剥ぎ取ると、15~6歳くらいの顔に刺青を入れた少年が現れた。

 あまり暮らしは良くないのか、少し頬がやつれている。

 しかし、少年の瞳にはギラギラと怒りの焔が灯り、脆弱さは微塵も感じられない。


「お前の・・・・・・オマエの所為で・・・・・・っ!!」


 ダニアンよりも鋭く、憎しみの籠った視線を向けてくる。

 随分と俺に恨みがあるらしい。

 ・・・・・・ってか、誰だコイツ?


「あの、人違いじゃないです?」

「お前みたいなヤツを誰が忘れるかよ!」


「あー・・・・・・そりゃごもっともで。」


 という事は俺が忘れてるだけか。

 でも最近はギルドの冒険者も絡んできたりしないしなぁ・・・・・・。

 ん・・・・・・ギルド・・・・・・?


「えーっと・・・・・・もしかして、前にギルドで決闘した人?」


 刺青で気付かなかったが、よくよく思い返してみればあの頃の面影がある。

 変われば変わるもんだな。


「そうだよ! ふざけやがって クソッ・・・・・・くそぉっ! 死ね!! ”火(フォム)――」


 後ろ手に縛っている少年の手に、彼の内に流れる全ての魔力が異常な速度で集まり、凝縮していく。

 っ・・・・・・こんな所で火の魔法とか正気か!?

 慌てて触手を伸ばし、集まっていた魔力を霧散させる。


「――嵐(デウィード)”!」

「あっぶな・・・・・・!」


 間一髪、魔法は不発に終わった。


「お、おいっ! オレまで巻き込む気か!?」

「うるさいっ! くそっ・・・・・・どうして魔法、が・・・・・・っ!」


 ダニアンが抗議の声を上げるも、少年の狂気を帯びた眼光に黙らされる。

 魔法が発動していれば、ダニアンどころかこの部屋丸ごと・・・・・・術者本人でさえ焼き尽くしていただろう。


 魔力を使い果たした少年の身体から急速に力が抜けていく。

 そして、最後まで悪態を吐きながら彼の意識は途絶えた。

 触手の拘束を解き少年を床に横たえると、か細い呼吸を繰り返しながら小さく痙攣するようにのたうつ。


「ご主人様・・・・・・その人、どうしたんですか?」

「魔力を全部使って自爆しようとしたんだよ。ここに居る皆を道連れにしてね。」


「じ、自爆!? ・・・・・・もう平気なんですか?」

「うん、大丈夫。」


 青い顔をしながらダニアンが俺に向かって叫ぶ。


「さ、さっさとソイツを殺せ!」

「殺せって・・・・・・一応仲間なんじゃないの?」


「し、知るかっ! 金で雇っただけの貴族崩れの魔法使いだ!」


 貴族崩れ・・・・・・か。

 勘当でもされたのだろう。


「どうなさるんですか、ご主人様?」

「まぁ・・・・・・そのまま放っておくよ。助ける義理も無いしね。」


 仮に助けたところで、また命の危険に晒されないとも限らない。


「それより、残ってるのはアナタだけですよ、ダニアンさん?」

「オ、オレも殺す気か・・・・・・っ!」


「いえ、とりあえずこの組を纏めておいて貰いたいので殺しはしません。」


 強張っていたダニアンの表情が若干緩む。


「・・・・・・でも、”話し合い”は必要ですよね?」

「ヒィィッ・・・・・・!」


「サラとソフィは少しここで待ってて。何かあったらすぐに呼んでね。」


 そう言い残し、俺は抵抗するダニアンを引きずって奥の扉に手をかけた。

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