144話「やぶれたこころ」

 まだ昼間だというのに薄暗い路地を早足で歩く。

 既にラムス組の縄張りに入っている筈だ。

 道端にはゴミなんかが散乱しており、清潔とは言い難い。

 こうして比べると、うちの団の周辺は随分綺麗になったんだなと認識させられる。


「うわっ・・・・・・これ吐いた後か。一体いつのだよ・・・・・・。」


 一人ごちりながら足下に注意して進んで行くが、ラムス組の人間が出て来る気配はない。

 建物の影からこちらを伺っている気配はあるのだが、邪魔はして来ないようだ。

 難なくラムス組の本部に辿り着いたところで、門の前に立つ第一組員発見。


「こんにちは。サラとソフィを引き取りに来ました。」

「知らねぇよ、とっとと失せな。ケケケ。」


 ニタニタと笑みを浮かべながら、こちらを品定めする様に見下ろしてくる門番。


「なら、中を改めさせて頂きますね。」

「あ? 何言っ――――」


 触手で門番の首をグルリと回転させた後、門をくぐって中庭に進んで行く。


「て、てめぇっ! 止まりやがれ!」


 中庭で守備を任せられているらしい組員達が得物を構え、俺を遠巻きに取り囲んだ。

 だが全員及び腰である。

 おそらく以前来た時にボコった連中だろう。


「えーっと、大人しく通してくれませんか?」


 触手で捕らえている首が曲がった門番の体を宙にプラプラと晒し、説得してみる。


「ひぃっ・・・・・・怯むな! アイツが魔法を使ってる間に全員で畳んじまえば関係ねぇ!」


 リーダー格と思われる一人が叫ぶ。

 が、動く者はいない。


「ど、どうした!? 掛かれ、てめえら!」


 リーダー格が剣を振り回して命令するが、それでも部下たちは互いの顔を見合わせるばかりで動こうとしない。

 ”誰か”がやられてる間にやれという事なのだろうが、率先してその”誰か”になりたい奴なんて・・・・・・そら居ねえわな。


「ぎゃあ! やられたぁ!」


 一人がわざとらしい叫び声を上げてその場に倒れた。

 それを皮切りに次々に下手な悲鳴を上げて倒れていき、最後に残ったのはリーダー格の男一人。


「ぐ・・・・・・・・・・・・ぐわあああ!」


 そして、最後の一人も地に伏した。

 ・・・・・・いや、俺は何もやってないんだけど。

 通って良し、という事だろう。

 屋敷に乗り込む前に倒れたリーダー格の傍にしゃがみ、手の甲に尖らせた触手をツンツンと突き付けて声をかける。


「サラとソフィは何処?」

「ヒィッ・・・・・・お、お嬢さんはダニーが連れてった! 乳のデカい女はヤリ部屋だ!」


「ヤリ部屋・・・・・・?」


 触手に力を篭める。


「い、一階の奥の部屋だ! オレは何もしてねぇ! 信じてくれ!」


 ここで俺が来るのを待ち構えてたんだし、時間的に無理だろう。

 何もしてないというより、何も出来てないが正しい。

 突き付けていた触手は離してやり、立ち上がる。


「なんとか倒せたか~。私の用事が終わるまで寝ててくれるといいんだけどな~、コイツら。」


 俺は大きな独り言を呟いてから、屋敷の中へ足を踏み入れた。


*****


「・・・・・・ソフィを先に助けた方が良さそうか。」


 中ボスの読みが正しいなら、サラの方が命の危険は少ない筈だ。

 ソフィは過去が過去なだけに、無茶をさせられているかも知れない。


 ・・・・・・って、一階の奥ってどの辺だよ!?


 見回せば右手、左手、更には正面の階段の脇からも奥に廊下が伸びている。

 此処も自警団と同じく古い貴族の屋敷を使っているため、敷地も広く屋敷も大きい。

 流石に奥の部屋ってだけじゃ情報が少な過ぎるな。

 なら、魔力探知は・・・・・・・・・・・・ダメか、遮蔽物が邪魔だ。


「でも――」


 床を蹴り、反応のあった廊下へと飛び出す。

 そこには見回りの男が一人。

 俺と目が合い、慌てて武器を構える。


「も、もう乗り込んで来やがったのか!? 外のヤツらは何してんだ!?」

「――寝てるよっ!」


 有無を言わさず触手で気絶させない程度にぶん殴り、捕えて地に組み伏せた。

 丁度良い。コイツに聞こう。


「連れて来た女を閉じ込めてるヤリ部屋ってのは何処? 死にたくなかったらすぐに答えて。」

「あ・・・・・・あっちだ!」


 手を動かせないため、必死にもがいて顎と目線で方向を示す男。


「嘘だったら容赦しないよ?」

「ア、アンタの事は知ってるし、その言葉も本当だと理解してる。う、嘘は吐かねえさ。」


「・・・・・・分かった。なら、あとは私の用事が終わるまでここで大人しく寝ててね。命が惜しければの話だけど。」

「恩に着るぜ・・・・・・へへ。」


 寝転がったままの男をその場に残し、示された方向へと駆け出した。

 幸い、見回りはまだうろついているし、片っ端から聞いて行けば辿り着けるだろう。


*****


「クソッ・・・・・・早く交代の時間にならねぇかな・・・・・・。」

「まぁ焦るなよ。結構時間経ってんだし、もうすぐ順番回ってくんだろ。」


「そうなんだけどよ。あんまり汚さねぇで欲しいもんだ。」

「ラムス”様”の後よりゃマシだろ。」


「ハハハッ! 違ぇねえや! それにしても、あの女は好きにして良いなんて・・・・・・ダニーは太っ腹だな。いや・・・・・・ダニー”様”だな。」

「オレいっぺんあの女の乳を揉みしだいてみたかったんだよ。それがやっと――あぐぁっ!」


「!? お、おいっ――うごぉっ!」


 今まで会話していたヒトだったモノを無造作に転がし、二人が見張っていた扉の向こうを魔力探知で探る。

 これくらい距離なら、扉一枚隔てていても中の大まかな人数と位置くらいは把握可能だ。少し疲れるが。


「中は・・・・・・5~6人ってところか。」


 この程度なら――問題無い。

 扉を一気にぶち破り、中へと飛び込んだ。

 部屋に居た裸の男達の視線が一斉に俺へと降り注ぎ、彼等へ伸びる触手と交差する。


「テメェ! 何し――」


 ――叫んだ男の口が開いた状態で止まった。

 そして、その口腔から声にならない呻きと共にゴボゴボと血が漏れ出てくる。

 男達の身体から生えた見えない筈の触手は、彼等の血液で鋭く尖った先端を着飾っていた。


 ソフィに重なっていた男達を叩き付ける様に放り投げ、床に転がす。

 触手を解除すると抑えを失った鮮血が噴き出し、薄く汚れた床と壁を紅く彩った。


 ベッドに寝かされているソフィに近寄り、身体に付いた男達の体液や血を魔法で綺麗に落とす。


「ごしゅじん・・・・・・さま・・・・・・?」

「うん・・・・・・治療するから、少しだけじっとしててね。」


 腕と脚が一本ずつ、逃げ出したり抵抗できないように折られている。

 身体には無数の痣と、首にくっきりと残った手型。かなりきつく絞められたのだろう。


 唇を噛みながら沸き上がる怒りを抑え、治癒魔法に集中する。

 これくらいの傷、跡形もなく治療するなんて俺には朝飯前だ。けど・・・・・・。

 程度の酷い怪我から順に治していき、動けるようになったソフィは俺を柔らかく抱き締めた。


「とても酷い表情(かお)をなさっておりますよ、ご主人様。」

「・・・・・・遅くなってごめん、ソフィ。」


「どうしてご主人様が謝られるのですか? 私はご主人様が助けに来てくれてとても嬉しいです。幸せです。」

「でも・・・・・・私がもっと上手くやっていれば、こんな事には・・・・・・っ。」


「大丈夫です、ご主人様。私はこれくらい平気です。」

「そんな、わけ・・・・・・。」


「いいえ、私は本当に幸せ者だと思っていますよ。」


 ソフィの暖かい手が頭を優しく撫でる。


「それよりご主人様。お嬢様は・・・・・・?」

「・・・・・・これから、助けに行くところ。」


「でしたら、急がないと行けませんね。」


 ソフィの身体がそっと離れる。


「・・・・・・うん。けど、その前に服を着てね。」


 流石に全裸のソフィを連れて歩くわけにはいかない。

 何のプレイだ。


「そ、そうですね・・・・・・少しだけ待ってて下さい、ご主人様。確か、この辺りに・・・・・・。」


 着替えシーンを黙って眺める、というのも少し気恥しいのでサッと背を向ける。

 しばらく待っていると背後からすすり泣く声が聞こえ、慌てて振り返る。


「どうしたの、ソフィ!? まだ怪我が残ってた!?」

「ご、ごしゅじんしゃまぁ~!」


 大粒の涙を溢れさせるソフィの手には、いつぞやのTシャツが広げられていた。

 ただ、見事なまでにボロボロにされてしまっている。

 ソフィは子供の様に声を上げて俺の胸で泣き始めた。

 これじゃ、さっきと逆だな。


「こ、これだけは、破ったりしないれって、言ったのにぃ・・・・・・っ。ひぐっ・・・・・・。」

「そんなに気に入ってたの・・・・・・これ?」


「らって・・・・・・、ごしゅじんしゃまに、はじめてもらったのにぃ・・・・・・っ。」


 うぅ・・・・・・もっとマシな物をあげれば良かった。

 よりにもよってダサTとは・・・・・・。


「もう泣き止んで、ソフィ。早くしないとお店が閉まっちゃうよ。」

「おみせ・・・・・・?」


「そ。早くサラも助けて、新しい服を見に行こう?」

「は、はい゛ぃ・・・・・・ぐすっ・・・・・・。」


 ぐずるソフィを何とか立ち直らせ、俺たちはサラを助けるべく部屋を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る