142話「予感」

「んっ・・・・・・ちゅっ・・・・・・はむ・・・・・・。」


 フラムの舌がぎこちなく差し出され、それに自らの舌を逢わせていく。

 這い、蠢き、絡み合い、二人の吐息がぶつかって混ざる。

 常夜灯代わりの小さな魔力光が照らす室内にクチクチと水音が耳奥に響き、甘美な刺激に脳が痺れる様に蕩けだす。


「ちゅぅ・・・・・・んふぅ・・・・・・んっ・・・・・・ぷは・・・・・・っ。」


 唇が離れ、フラムと視線が重なる。


「あの、フラム? そろそろ・・・・・・。」

「も、もういっかい・・・・・・だめ?」


「ぅ・・・・・・うん。」


 魅力的な提案に思わず息を呑んで頷いてしまった。

 フラムが瞳を閉じると、その小さくて甘い唇がゆっくりと近づいてくる。

 再びそれを味わうため唇を重ね――


「・・・・・・って、いい加減にしなさいよ、貴女たち!」


 リーフの雷が落ち、二人して飛び上がる。


「おやすみのちゅー、ダメなの・・・・・・?」

「そ、それは・・・・・・い、以前と同じなら構わないけれど・・・・・・でも、ソレはダメよ!」


「どうして、仲良しのちゅー、ダメなの・・・・・・?」

「そ、それはっ・・・・・・と、とにかくダメなの! 貴女もしっかりしてよ、アリス!」


「ゴ、ゴメンナサイ・・・・・・。」


 深イイやつを「これが仲良しのちゅーですよ!」なんてミアに教えられたからタチが悪い。

 いやまぁ、ある意味間違っちゃいないんだけど・・・・・・。

 以来、すっかり味をしめてしまったフラムはソレばかりねだるようになってしまった訳だ。

 俺はといえば、それを断れる度胸もなく応じてしまっている。

 しゅんとしたフラムの頭を撫で、声をかける。


「と・・・・・・とにかく時間も遅いし、もう寝よう? 明日から試験なんだし。」

「うん・・・・・・。」


 そう、明日からは学年末試験というやつである。

 嫌な響きの言葉であるが俺にとっては簡単な内容なので、そう構えることはない。

 授業をきちんと聞いているリーフとフィーも特に問題無し。

 座学が苦手だと言っているヒノカも普段からコツコツやっている分、平均以上は期待出来る。

 フラムは解答速度が少し遅いのが気になるところか。

 ニーナは天を味方につける事が出来れば問題ないだろう。


 灯りを落とし真っ暗になった天井を見上げる。

 寝付くにはもう少しかかりそうだと考えていると、布団がモゾモゾと動き出し、ちょこんと隣にフラムが顔を出した。


「い、一緒に・・・・・・寝て、良い?」

「ぅ・・・・・・うん。」


「あ、ありがとう・・・・・・。」


 フラムの手がそっと俺の手を包む。

 ・・・・・・こりゃ寝不足決定だ。


*****


「おーい、大丈夫ニーナ~?」

「うぅ・・・・・・もうダメ・・・・・・。」


 頭からプスプスと煙を噴いて机に突っ伏しているニーナをツンツンとつつく。


「もう試験は嫌ぁ~・・・・・・。」

「何言ってんの・・・・・・。試験は今日で終わりだよ。」


「・・・・・・・・・・・・どーせまた嘘でしょ。」

「本当だよ。てか、ついさっき先生が言ってたのに聞いてなかったの・・・・・・?」


「そんな余裕ある訳ないでしょ~・・・・・・はぁ~・・・・・・。」


 随分な落ち込みようだ。

 そんなに試験の出来が良くなかったのだろうか。


「・・・・・・ん? 終わり? 試験終わったの!?」

「だから、さっきからそう言ってるでしょ。」


 先程の暗い顔が嘘のように輝きを取り戻し、飛び跳ねて喜ぶニーナ。

 ・・・・・・心配して損した。


「じゃあ明日から春休み? 春休み!?」

「・・・・・・そうだよ。」


「やったー! 春休みだー!」


 はしゃぐニーナの後ろでリーフが静かに呟く。


「それで、ニーナ。貴女、試験はどうだったの?」

「えっ・・・・・・とぉ~・・・・・・だ、大丈夫だと思う・・・・・・ます。」


「そう・・・・・・なら部屋できちんと答え合わせしましょうか?」

「ひぃ~っ!」


 ニーナの冬はもう少し続きそうだ。


「まぁ、答え合わせは後にして先にお昼済ませちゃおうよ。」

「・・・・・・おなかすいた。」


「・・・・・・お姉ちゃんもこう言ってるし。」


 フィーの事を出されると弱いリーフがため息を吐きながら渋々と頷く。


「はぁ・・・・・・少し早いけれど、そうしましょうか。」

「ふむ、では今日はどうする?」


「ん~・・・・・・試験も終わったし、今日くらいは外食にする?」

「異存は無い。」


「私もそれで構わないけれど・・・・・・、今日は混んでいるんじゃないかしら?」

「あぁ~・・・・・・確かにそうかも。」


 学生の考える事などみんな同じという訳だ。

 先に教室を出て行った連中はさっさと街に繰り出していることだろう。


「なら久しぶりに学食は? まだ開いてる時間じゃないけど、それまで部屋で待ってれば良いし。」

「そうね・・・・・・今日なら落ち着いているでしょうし、良いと思うわ。」


「うむ、それで決まりだな。」

「じゃ、一旦部屋に戻ろう。」


 席を立って教室を離れた俺たちは、あーでもないこーでもないと喋りながら人が疎らになった学内を歩く。

 ゆっくり時間をかけて戻ると、部屋の前で寮長さんが困った顔をして立っていた。


「あの、どうしましたか?」


 声をかけると、寮長さんの表情がパァっと晴れる。


「あぁ、良かった! まだ街に出ていなかったのね! あなたにお客さんが来ているわ、アリューシャさん。」

「お客さん、ですか?」


「えぇ、ミアンという・・・・・・その、素敵な方よ。」


 ポッと寮長さんの頬が紅く染まる。

 ・・・・・・”魅了”にやられたか。


「珍しいわね、ミアが直接会いに来るなんて。」


 休みの日なんかはよく門で出待ちをされるが、学内まで直接会いに来る事は滅多に無い。

 以前呼び出しても構わないと言ったのだが、「それだと毎日来ちゃいそうだから」という理由で自粛しているらしい。

 それを推してまで来てるという事は――


「多分、何かあったんだと思う。皆は先にお昼食べてて。」


 それだけ言って踵を返すと、グイと袖を引かれてバランスを崩し、慌てて体勢を立て直す。


「あ、あ、あ、あ、あの・・・・・・ご、ごめん、なさい・・・・・・。」

「大丈夫だよ。問題があればフラムたちにも手伝って貰いたいから、しっかりお昼は食べててね。」


「う、うん・・・・・・。」


 フラムが掴んでいた袖をゆっくりと離す。


「それじゃあ行ってくるよ。」

「もう・・・・・・何かあればちゃんと言うのよ?」


「うん、その時はお願いね。お姉ちゃんも。」

「・・・・・・ん。」


 こうして俺はパーティの子たちと別れ、ミアの待つ迎賓館へと足を向けた。


*****


「だ、旦那さま・・・・・・っ!」


 迎賓館の待合室で縮こまる様に座っていたミアが、俺の姿を見て立ち上がる。

 いつもならここで飛び付いてきそうなところだが、彼女の表情は暗く沈んだままだ。


「えーと・・・・・・何があったの、ミア?」

「そ、それが・・・・・・。」


 ミアが顔を青ざめて俯き、言い澱む。


「あ、あの・・・・・・っ、と、とにかく一緒に来てくれますか?」

「本部の方へ? ・・・・・・分かったよ、すぐ行こう。」


 取るものも取り敢えず迎賓館を飛び出し、学園を後にした。

 いつもより生徒達で賑わう街路を急ぎ足で進む。

 逢い引きだ何だと普段なら騒ぎそうなものだが、隣を歩くミアは震える唇を噛み締める様に押し黙っている。

 見兼ねた俺は、固く握られたミアの拳を包む様に触れた。


「ぁ・・・・・・旦那、さま・・・・・・?」

「あそこで少し休もうか?」


 建ち並んだ店の一軒を指差す。

 こじんまりとした落ち着いた雰囲気のある茶店で、味も良い。

 ただし、学生達の腹を満たすには足らず、値段も周りに比べて少々高いため、今日のような日でも学生で溢れていたりはしない。

 まぁ、その分ゆっくりできるのが良い所だ。


「い、いえっ・・・・・・今は急ぎましょう!」

「・・・・・・分かった、そうしよう。」


 ミアの拳が解け、きゅっと握り返してくる。


「あの・・・・・・ありがとう、ございます・・・・・・。」

「いいよ。」


 俺もミアの手を握り返し、再び二人で歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る