141話「たべますか?」

 学院が再開してから幾度目かの休日。

 太陽が真上を少し過ぎた頃、俺は壁に掛けていた外套を羽織った。

 リーフが読んでいる本から顔を上げ、こちらに問い掛けてくる。


「あら、出かけるの、アリス?」

「うん、ミアに呼ばれてるから自警団の所に行ってくるよ。」


 そう、わざわざ今朝早くに寮を訪れ、「話があるから」と告げて帰ったのである。

 何故だかフラムも連れ帰ってしまったが・・・・・・何を企んでるんだ、一体。

 禄でもない事は確実だと思うが。


「そうだったわね・・・・・・って、もうそんな時間!? 私も買い物に行かなきゃ!」


 慌てて本に栞を挟み、リーフも壁に掛けている外套を羽織る。


「それで・・・・・・夕食はどうするの、アリス?」

「ちゃんと晩御飯には帰ってくるよ。それじゃあ、途中まで一緒に行こうか。」


「そうね、どうせ途中までは同じ道なのだし。・・・・・・サーニャ、貴女はどうするの? 言っておくけれど、買い食いは無しよ。」

「んにゃー・・・・・・だったら暖かい部屋で寝てるにゃー。」


「分かったわ、お留守番はお願いね。」

「はーいにゃ。」


 サーニャを部屋に残し、俺とリーフは学院を出て街の中を進む。

 空は快晴で街中の雪はすっかり溶かされ、所々地面が湿っている。


「ヒノカ達は良い仕事見つかったのかな?」

「無かったのなら、部屋に戻って来てるわよ。」


「無かったらギルドで何か甘い物でも食べてるんじゃない・・・・・・?」

「あんな朝早くから出たのよ? 流石に帰って・・・・・・・・・・・・・・・・・・やっぱり、私も一緒に行った方が良かったかしら・・・・・・?」


 ヒノカ、フィー、ニーナの三人じゃ、誰も止める奴が居ないからな・・・・・・。


「・・・・・・先にギルドを覗いてから買い物に行く事にするわ。」

「・・・・・・それがいいかもね。」


 ギルドへ向かうリーフと別れ、独り自警団本部への道を歩く。

 団員達の働きの甲斐あってか、この辺りの治安も大分マシになっている。

 俺が初めて来た時と比べれば雲泥の差というやつだろう。


「お勤めご苦労様です、団長!」

「あー・・・・・・、うん。」


 本部の入口にズラリと並び、俺を出迎える強面のおっさん衆。

 どこの組長だよ俺は。


「旦那さまーっ!」


 並んでいた団員たちを押しのけ、ミアが飛び付いてきた。


「さっ、早く早く!」


 そして腕を絡め取られ、言葉を交わす暇もなく引き摺られていく。


「ちょっ・・・・・・何処に連れてく気!?」

「良いから良いからっ!」


 手を引かれるままに辿り着いた場所。

 そこはミアの部屋の前だった。


「ミアの部屋・・・・・・? どうしてこんなところに?」

「旦那さまの為に良いものを用意したの。早く入ってみて。」


 良いもの・・・・・・ね。

 嫌な予感しかしないが・・・・・・。

 扉を開いて部屋の中へ足を踏み入れる。


「それじゃあ旦那さま、ごゆっくりー。」


 そう言うとミアが外から扉をバタンと閉めてしまった。

 一人でその良いものとやらを見ろ、と言う事らしい。

 それが何かは分からないが、大きな部屋でもないので見渡せばすぐに見つけられるだろう。


 元々この部屋はテーブルとクローゼットとベッドくらいしか無かったが、可愛らしい小物が増え、正しく女子の部屋と言った感じに仕上がっている。

 部屋の中央にある小さなテーブルにも色々と飾られているが、ミアの言う良いものは無さそうだ。

 テーブルに無いってことはクローゼットの上・・・・・・なんかには置かないよな?

 なら、ベッド――


「な、なななななにしてるの、フラム!?」


 ベッドの上にはフラムがちょこんと座っていた。

 ・・・・・・生まれたままの姿に、大きなリボンでラッピングされている。

 大事なところが何とか隠されている程度で、大半が肌色。

 朝にフラムを連れて行ったのはこの準備をする為か。

 た、確かに良いものだが・・・・・・。


「ぁ、ぁぅ・・・・・・ア、アリス・・・・・・その・・・・・・。」


 耳まで真っ赤にしながら声を絞り出そうとするフラム。

 そら恥ずかしいだろ、そんな格好・・・・・・。


「と、とにかく服を着なよ!」


 その言葉に一気にフラムの表情が沈む。


「ア、アリスは・・・・・・い、嫌?」

「嫌とか、そう言う話じゃなくて・・・・・・。」


「やっぱり・・・・・・わ、私じゃ・・・・・・似合わない、かな・・・・・・。」

「か、可愛いと思うけどさ・・・・・・フラムはそんな格好したくないでしょ?」


「ア、アリスが好きなら・・・・・・良い・・・・・・。」

「そ、それは・・・・・・えーと・・・・・・き、嫌いじゃ、ないけど・・・・・・。」


「・・・・・・好き・・・・・・?」

「うぅ~・・・・・・はい・・・・・・。」


 ダメだ、目のやり場に困る。困り過ぎる。

 堪え切れなくなり、フラムから視線を逸らす。

 すると、ベッドを降りたフラムが抱き着いてきた。


「アリ、ス・・・・・・。」


 フラムの唇がゆっくりと近づいてくる。

 それにつれ、心臓が早く大きく鼓動を打ち鳴らす。

 いやいや、いつもみたいにチュッとするだけじゃないか。落ち着くんだ。

 よし、素数を数えるんだ。落ち着け、俺。


「ん・・・・・・。」


 10まで数えたところでフラムの小さな唇と触れ合う。

 それだけならいつも通り。その筈だった。


「んっ・・・・・・ちゅ・・・・・・。」


 柔らかいものが蠢き、唇を割って口内へ侵入してくる。

 しかし、それだけでそれ以上何もしてくるような気配がない。


「ふ、ふりゃむ・・・・・・?」

「・・・・・・食(ら)べて・・・・・・いいよ?」


 ・・・・・・何を教えてんだミアの奴!


「食(ら)べ・・・・・・ないの?」


 潤んだ瞳でフラムが呟く。

 どうしろと・・・・・・。

 迷って固まっている内にフラムの唇が離れていく。

 少し名残惜しかったがホッとしたのも束の間、一転してフラムの瞳からは堰を切ったように涙が溢れ出し、声を上げて泣きはじめる。


「ご、ごめ・・・・・・なさっ・・・・・・ぐすっ、わたしの・・・・・・ことっ、キライに・・・・・・なら、ないでぇ・・・・・・。」

「嫌いになったりしないよ。今日はどうしたの、フラム?」


「わ、わたしが、わるい事・・・・・・したから、アリスが・・・・・・。」

「悪い事・・・・・・? フラムはそんな事してないと思うけど・・・・・・、何かしたの?」


「ヒッ・・・・・・ごめっ、なさい・・・・・・わ、分から、なくて・・・・・・で、でも、アリス、怒ってて・・・・・・。」

「えーっと・・・・・・フラムの事を怒ったりなんてしてないよ?」


「でも、わたしのこと・・・・・・ずっと、避けててっ・・・・・・。」

「ぅ・・・・・・いや、それは・・・・・・。」


 ようやく合点がいく。

 冬休みの一件から、恥ずかしくてまともにフラムの顔が見られなかったのを、フラムに怒っていると勘違いさせてしまったらしい。

 そして自分が悪い事をしてしまったのだ、と思わせてしまったのだ。

 それで嫌われまいと行動したのだろう。

 まぁ、コレに関してはミアの指示なんだろうが・・・・・・。


「フラムは本当に悪くないんだよ。むしろ悪いのは私の方だね。ゴメンね、フラム。避ける様な態度をとってて。」

「わ、わたしのこと・・・・・・きらいじゃ、ない・・・・・・?」


「嫌いになんてならないよ。」

「じゃ、じゃあ・・・・・・ど、どうして避けてたの?」


 やっぱ聞くよね、それ・・・・・・。

 言わない訳にもいかないし・・・・・・気が重い。


「ぅぐ・・・・・・その~・・・・・・ふ、冬休みにさ、一度、その・・・・・・お願い、したでしょ?」

「お願い・・・・・・?」


「その・・・・・・ちゅー、の・・・・・・。」

「う、うん・・・・・・。」


「それから・・・・・・その、気恥ずかしくてまともにフラムの顔を見られなくて・・・・・・。だ、だからフラムは全然悪くなくて・・・・・・。ごめんね、嫌な思いさせちゃって・・・・・・。」

「それ、だけ・・・・・・?」


「まぁ、うん・・・・・・それだけ・・・・・・です。」

「ひぐっ・・・・・・ぐすっ・・・・・・ううっ・・・・・・。」


 止まりかけていた涙が、再びフラムの瞳から流れ出す。


「ど、どうしたの?」

「だって・・・・・・ずっと、こわくて・・・・・・っ。」


「本当にごめんね、フラム・・・・・・。」


 フラムの頭をそっと撫でる。

 冬休み以降ずっと不安を抱えていたのだろう。

 ダメだな・・・・・・もっとしっかりしないと。


「それじゃあお二人で仲直りのちゅーをしましょう!」


 突如背後からミアの声。


「ミ、ミア!? いつから居たの!?」

「二人でちゅーをしてた辺りです。ムフフ。」


 全然気付かなかった・・・・・・。

 余程テンパっていたらしい。


「ぐすっ・・・・・・仲直りの、ちゅー・・・・・・?」

「そうですよ、今度は正妻さまが食べちゃいましょう。」


「で、でも・・・・・・痛く、ない?」

「痛くないように食べるんですよ。ちゃんとお教えしますから。良いですよね、旦那さま?」


「え・・・・・・でもまだフラムには・・・・・・。」

「良いですよね?」


「うぅ・・・・・・はい・・・・・・。」


 今回ばかりは逃れられそうになかった。

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