127話「牡丹」
「リ・・・・・・”氷矢(リズロウ)”ー!」
ネルシーの言葉に魔力が反応し、細く小さい氷の矢が生成される。
リーフの言う調整とやらで、消費魔力を抑えているのだろう。
形を成した氷矢は迫るゴブリン達に向かって一直線に飛び、一匹の肩に命中してその部分を氷漬けにした。
しかし、命中したは良かったものの、真横を掠めるように飛んだ氷矢に驚いたリヴィは、こちらへ視線を向けて抗議の声を上げる。
「ひゃあっ! ちょ・・・・・・ちょっと、危ないではありませんの、ネルシー!」
「ご、ごめんなさいー・・・・・・。」
その隙に他のゴブリンがリヴィの近くまで接近し、柄の長い斧を振りかぶった。
「わわっ、ダメだよリヴィ! 余所見しちゃ!」
リヴィ目がけて振り下ろされた斧の切っ先を、ニーナが飛び出し剣で受け流す。
逸らされた斧の一撃は地面を抉るようにして突き刺さった。
その斧が抜かれる前にニーナが剣を横一閃させる。
胴と頭が切り離されたゴブリンは斧の柄を握ったまま、力無く崩れ落ちた。
「ぁ・・・・・・りがとう、ございます。」
残るゴブリンは手負いの一体に加え、ピンピンしているのが二体。
退がり気味の手負いを無視し、残る二体へララとルラが音も無く向かう。
二人がすれ違い様に斬り付けると、二体のゴブリンの首元から鮮血が噴き出した。
ゴブリン達はゆっくりと崩れ落ちていくが、最後の力でガシリとララとルラの腕を掴み、二人を押し倒して馬乗りになる。
ララとルラは何度もゴブリンの身体に短刀を突き立てるが、焦りの所為で致命打にはならず、返り血で染まった二人へゴブリンの牙が伸びた。
「ふむ・・・・・・アリスの言う通り、魔物相手だと少々勝手が違うようだな。」
「・・・・・・まってて。」
フィーとヒノカの刃が舞うと完全にゴブリン達の命は刈り取られ、そのままの姿で生命活動を停止した。
勝てないと悟った最後の手負いは、くるりとこちらに背を向けて駆け出す。
「逃がさないにゃー!!」
逃げるゴブリンの背に、いつの間にか飛び出していたサーニャの強烈なねこきっくが炸裂。
吹っ飛ばされたゴブリンはきりもみしながら木へ衝突し、暫く痙攣してから動かなくなった。
周囲の魔力を探り、他の魔物がいないことを確認する。
「ふぅ・・・・・・これで終わり、だね。ララとルラは大丈夫かな?」
フィー達に助け起こされた二人の元へ駆け寄る。
どちらもゴブリンの返り血で染まり、酷い有り様だ。
「うわ・・・・・・こりゃ酷いね、お姉ちゃんお願い。」
「・・・・・・ん。」
フィーの魔法であっという間に返り血は綺麗に落とされたが、二人の腕には掴まれた時の痣がくっきりと残っている。
「こっちは治癒魔法だね・・・・・・っと。ほら、綺麗に治った。他に怪我は無い?」
「はい、ありがとう・・・・・・ございます。」
震える二人の肩をポンと叩き、今度はリヴィの方へ向き直る。
「リヴィは怪我してない?」
「は、はい! ・・・・・・その、申し訳ありませんでした、ニーナ先輩。」
「い、いいよいいよ! 怪我がなかったんならそれでさ!」
「うん、それが一番だね。まぁ反省は後でやるとして、そろそろ片付けて帰る準備をしようか。」
「え? もう帰るの?」
「今から戻れば、陽が完全に落ちる前には着けるだろうしね。」
一応目的も果たしたのだし、野営してまで長居する必要もないだろう。
「それに、戻った方がもっと美味しいもの作れると思わない?」
俺は小さな荷車の上でひっくり返っているイノシシを指した。
*****
「いただきまーす。」
俺は鍋の中に箸を突っ込み、肉を二~三枚掻っ攫った。
「もう、アリス! ちゃんと野菜も食べなきゃダメよ!」
「はーい。」
リーフの小言を適当に流しながら目の前に持ってきた口の中へダイレクトイン。
うん、美味ぇなコレ。
「はい、これはフィーの分よ。」
「・・・・・・ありがとう、リーフお姉ちゃん。」
リーフから器を受け取ったフィーは、フォークで肉と野菜をまとめて刺して頬張った。
・・・・・・気に入ったようだな。
「あるー! あちしも肉ほしいにゃ!!」
「はいはい、ちょっと待ってね。」
サーニャの器に肉を盛ってやり、それを手渡す。
「でも、少し冷ましてから食べないと――」
「熱いにゃッ!」
「・・・・・・そうなるよ。」
コップに氷水を入れてサーニャの前に置いておく。
「それにしても、アリスがこんな料理を知っていたなんて以外ね。」
「知ってたって程じゃないけど・・・・・・私のあんな説明で作っちゃうネルシーが凄いと思うよ。」
この所謂”牡丹鍋”は俺が希望したものだ。
ネルシーにイノシシ料理の希望は無いかと聞かれ、つい口にしてしまったのだ。
俺としては知っていたらラッキーくらいで言ったのだが、ネルシーは聞いた事のない料理に興味津々で質問攻めに遭う羽目に。
まぁ、俺も詳しくないので「出汁に味噌を入れた鍋に薄く切った猪肉と野菜をブッ込んで煮る」くらいの説明しか出来なかったが。
その結果が目の前の鍋なのだから、ネルシーの応用力の高さが窺い知れる。
「しかし、あんな物をいきなり担ぎ込んで来るなんて驚いたよ、アリューシャ君。」
「すみません、アンナ先生。アレを何とか出来そうな広い場所の心当たりが他になかったもので。」
「可愛い魔道具科の生徒の頼みだし、無碍にはしないさ。それに、お陰でこうして御相伴にも与れる訳だしね。」
そう、此処はアンナ先生の工房兼自宅である。
厨房は無駄に広いし、隣家からも離れているので少々騒いだ所で影響は無い。
流石に寮の厨房でイノシシの解体ショーというのは現実的ではないだろう。
牡丹鍋に舌鼓を打っていると、ネルシーが新たな皿を並べにやってくる。
この鍋はまだ始まりにしか過ぎないのだ。
「おー、また美味そうなのが来たにゃ!」
「ふふー、まだまだありますよー、にゃー先輩。」
皿を並べ終えたネルシーは鼻歌を歌い、小躍りしながら厨房へと戻って行った。
今料理をしているのはネルシー一人だけである。
別に押しつけているのではなく、一人の方が動き易いからという彼女自身の申し出だった。
誰かと一緒にするのが嫌という話でもなく、単に此処の厨房の広さなら一人の方が楽ということらしい。
十分に広い筈なのだがと覗いてみると、狭くない厨房をいっぱいに使って複数の料理を同時に作っていた。
リーフ曰く、凄過ぎて全く参考にならないらしい。
ネルシーが上機嫌なのは、新しい料理道具の所為もあるだろう。
勿論、俺が作った物である。
遠足の帰り、料理道具一式を破棄しようとしたら「壊すくらいなら下さい」と泣いてせがまれたのだ。
彼女的には良い道具を壊すのは勿体無いということらしい。
ただ、持って帰れるような量では無かったし、どうせプレゼントするならもっとちゃんとした物を作らせて欲しいと頼み、その場は涙を飲んでもらった。
で、街に戻ってすぐ作らされた訳である。
包丁数種類とかマトリョーシカみたいな鍋とか色々と。
量が多かったのでそれらをピッタリ収納できる箱も作り、ベルトを通して背負えるよう留め具も付けた。
それを背負えば、さながら”さすらいの料理人”と言ったところだ。
徒歩で街の外に出る時は持って行かないよう言い聞かせたので、外で出会う事は無いだろうが。
あくまで街中や馬車での移動時に持ち易くしただけである。
あんな物を背負っていたら咄嗟に動けないからな。
それでも最初は渋っていたが、野営用の包丁を二本渡して納得してもらった。
まぁ、報酬がこの料理なら悪くは無いだろう。
そして、気付けばまだ鍋も空いていない内に更に料理が追加されていた。
食い切れるのか、これ・・・・・・?
「そーいえば、ボタンナベどーですかー、ありす先輩ー?」
「すごく美味しいよ。」
ジーッとネルシーが俺の顔を見つめる。
嘘は言ってないぞ。
「うーん、でも”ホンモノ”とは違うっぽいー?」
「それはまぁ・・・・・・私も全く説明出来なかったしね。」
「うー・・・・・・気になるー・・・・・・。」
「こ、今度知り合いに聞いておくよ。”ホンモノ”を食べられる店があるか。」
「ほんとですかー? やったー。」
とは言ったものの、そんな店あるのか?
*****
後日、俺はレンシアの元へ訪れていた。
『美味い牡丹鍋を食える店か・・・・・・。』
『あぁ、どこか知らないか?』
『ここを何処だと思ってるんだ・・・・・・異世界だぞ?』
『・・・・・・ですよねー。』
何で俺は異世界に来てまで美味い牡丹鍋の店なんか探してるんだろう・・・・・・。
『まぁ、あるけどな。』
『あるんかい!』
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