126話「大物」
腹が満たされ、まだテーブルに残っている料理に胸焼けを感じ始めた頃、木々の間からゆっくりとこちらへ近づいてくる葉擦れの音が耳に届く。
魔力探知を行ってみると、どうやらサーニャのようだ。
「あ、サーニャが戻ってきたみたい。」
「しかし、随分と歩みが遅いようだが。怪我でもしているのではないか?」
「た、大変じゃない! 早く迎えに行ってあげないと・・・・・・!」
「私が行って来るよ。皆はここで待ってて。」
よっ、と重くなった腰を上げ、身体を強化する。
あまり胃に刺激を与えないよう慎重に木の枝から枝へ飛び移り、サーニャの元へと近づく。
「お、いたいた。」
眼下にサーニャの姿を見つけ、彼女の前に降り立った。
そして、ソレを見た俺は思わず口を開いたまま固まってしまった。
「ちょ、サーニャ・・・・・・そ、それ・・・・・・。」
サーニャの背には大きな茶色の物体。
何だ、あれ?
「ある~~、お腹減ったに゙ゃ~・・・・・・。」
俺の姿を確認したサーニャは安心したのか、背負っていたそれをドシンと地面に投げだし、尻もちをつくように崩れ落ちた。
地面に転がったそいつに目を向ける。
ゴワゴワとした茶色い毛皮、丸々と肥えた身体から生えた四本の足、豚のような鼻に、天に向かって伸びた牙。
テレビくらいでしかお目に掛かった事はないが、その塊は俺の記憶にある姿と合致した。
「い、イノシシ・・・・・・?」
「ふふっ・・・・・・大物にゃ・・・・・・。」
よくもまぁこんなものを仕留めてきたな。
「怪我は無い、サーニャ?」
「ん、平気にゃ。」
身体中擦り傷と痣だらけでボロボロだが、大きな怪我はしていないようだ。
「なら良かった。それより、後ろから何か追って来てるみたいだけど・・・・・・この感じはゴブリンかな? 何があったの?」
「そうにゃ! アイツらあちしの獲物を横取りしようとしてきたにゃ!」
ぷーっと頬を膨らませて憤るサーニャ。
魔物とあのイノシシを奪い合ってたってワケね・・・・・・随分緊張感が無いな。
「それならさっさと倒しちゃえば良かったのに。何か問題でもあった?」
サーニャならゴブリン数匹に囲まれたところで後れを取る事は無い。
となれば、気配を感じているヤツらは斥侯で、その後ろには本隊が控えているのかもしれないな。
ただ、そんな規模のゴブリン集団がいるなら、他の冒険者たちに駆除されていそうなものだが・・・・・・。
集団の規模が大きくなれば、どうしたって残る痕跡も大きくなる。
今、飢えた猛獣のように血眼になって魔物を探している冒険者たちが、そんな痕跡を見逃す筈もないだろう。
「あにゃ? ららたちが戦うんじゃないにゃ?」
「あぁ・・・・・・ちゃんと覚えててくれたんだね。偉い偉い。」
その為に態々連れて来てくれたらしい。
へたり込んでいるサーニャの頭をわしゃわしゃと撫でると、尻尾がぱたぱたと反応する。
「フフン、そんなの朝飯前だにゃ!」
ドヤ顔でえっへんと胸を張るサーニャ。
もうお昼過ぎてるけど。
「でもアイツら遅いから、もうお腹減って死にそうにゃー・・・・・・。」
「なら、早く皆のところへ戻ろうか。ご飯の準備は終わってるし、まだまだ沢山残ってるよ。」
「ホントにゃ!?」
「うん、でも・・・・・・今度からはあまり危ない事はしないようにね。」
「ぁぅ・・・・・・ごめんなさいにゃ。」
「別に怒ってる訳じゃないよ。ただ・・・・・・私が一番嬉しいのはサーニャが無事に戻ってくる事だって覚えておいて。」
「わかったにゃ!」
「じゃ、早いとこ戻ろう。ゴブリンも匂いを嗅ぎつけて来るのは時間の問題だろうしね。」
ささっとイノシシがぴったり納まる程の小さな荷車を作り、サーニャに持たせる。
舗装路でないとは言え、背負って歩くより幾分かはマシだろう。
ガタガタと荷車を跳ねさせるサーニャの隣を歩き、皆の元へと足を向けた。
*****
「ちょ・・・・・・ちょっと、どうしたのよサーニャ!? ボロボロじゃない!」
戻って来たサーニャの姿を見て、声を上げるリーフ。
「大丈夫、小さな傷と軽い打撲だけで大きな怪我は無いみたいだから。」
「もうっ、何を言ってるのよアリス! サーニャだって女の子なのよ!? 制服もこんなに泥だらけにして・・・・・・もうっ。」
サーニャの服に付いた泥を手で払うが、到底埒が明かない。
「フィー、お願い出来るかしら?」
「・・・・・・うん、わかった。」
フィーの魔法で制服や身体に付いた汚れが綺麗に落とされる。
「もうご飯食べていいにゃ!? いいにゃ!?」
「ちょ、ちょっとまだ傷が・・・・・・。」
「そんなの後でいいにゃ!」
サーニャのお腹もグルルと声を上げて抗議する。
「はぁ・・・・・・仕方ないわね・・・・・・。」
「やったにゃ! いただきまーーーーうにゃうにゃ!」
リーフのお許しが出るや否や、物凄い勢いで食べ始めるサーニャ。
「それにしても、随分と大物を獲ってきたのね。」
「どうやら、そいつの他にもお土産があるようだな。」
ヒノカは既に立ち上がり、腰に刀を挿している。
「な、何があるのよ!?」
「ゴブリンが数匹。サーニャと獲物を獲り合ってたんだって。」
「もぉ~・・・・・・また危ない事して・・・・・・。」
「ま、まぁまぁ・・・・・・今度から危ない事はしないように言っておいたから・・・・・・。」
「それ、貴女が言っても説得力皆無よ。」
「あ~・・・・・・その~・・・・・・ゴ、ゴメンナサイ。」
「もういいわよ。私の言葉なんてちっとも聞いてくれないんだから。」
「だ、だからごめんって~。」
ヒノカは言い合う俺たちを無視し、一つ咳払いをしてから後輩たちへ向き直る。
「さて、リヴィ達は準備出来ているか?」
「は、はい、いつでもいけますわ、ヒノカ先輩。」「「私たちも問題ありません。」」
「だ、そうだ。どうするのだ、アリス?」
「前衛はいつも通り、ヒノカとお姉ちゃんとニーナ。ただし、リヴィとララとルラを一人ずつ連れていってあげて。」
「わ、私も前衛ですの!?」
「今日は魔力沢山使っちゃったでしょ? それに、パーティ構成的にリヴィは中衛になるし、前衛もこなせるようにならないとね。」
「し、承知致しましたわ・・・・・・。」
「そういう意味では、リヴィはニーナに連れて行って貰うのがいいかな。」
ニーナがコクリと頷いた。
「分かったよ、よろしくねリヴィ!」
「よろしくお願い致しますわ、ニーナ先輩。」
前衛の割り振りを済ませた俺は、残っているメンバーに目線を向ける。
「で、残りは後衛。ネルシーもね。」
「えー、わ、私もですかー?」
「うん、魔法を使えないわけじゃないしね。」
「で、でもー・・・・・・私の魔法ダメダメなの知ってるじゃないですかー・・・・・・。」
ネルシーには人並み以下の魔力しかなく、必然的に魔法の威力も弱い。
以前リーフが悩んでいたような”魔術師として魔力が少ない”レベルではなく、”普通の人より魔力が少ない”レベルの話である。
かと言って、前線に回せるような腕っ節も持っていない。
まぁ、その辺りも全部ひっくるめて料理スキルとトレードオフだと思えば良いし、それが悪いという話でもない。
要は使い方の問題である。
「て、言ってるけど・・・・・・実際はどうなの、リーフ先生?」
「そうね・・・・・・魔法の調節は出来るようになったし、問題ないと思うわ。確かに、威力を上げてもネルシーの魔力では魔物を倒せないでしょうけれど、役に立たない訳じゃないもの。」
「ほ、本当ですかー、リーフ先輩ー・・・・・・?」
「えぇ、本当よ。だからダメなんかじゃないわ。」
「と言う訳で、ネルシーも頑張ろうね。」
「が、がんばりますー・・・・・・。」
前に出たヒノカ達から張りつめた気配が漂ってくる。
さて、そろそろエンカウントだ。
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