110話「戦いの前夜」
残暑がようやく終わりかけてきたある日。
授業が終わった俺達のパーティーはアンナ先生に教室へと呼び出されていた。
扉を開けると、俺達と同じく呼び出されたであろう生徒たちの姿がちらほらと。
ギルドで良く見かける顔ぶれが多く、冒険者がいるパーティが集められているようだ。
こういう時は大抵「面倒事」が待っている。
それを察してか、いつも通り賑やかな連中もどこかピリピリとした雰囲気だ。
席に着いて待っていると、俺たちから少し遅れてアンナ先生が教室へ入ってきた。
「やぁ、みんな集まってくれてるね。早速で悪いんだけど、キミ達には明日から北の森へ行って貰いたいんだ。」
「北の森・・・・・・ですか? 確か今日から四年生が課外授業でしたよね?」
「そうなんだけれど、厄介な事になっているらしくてね。聞いた話ではヴォルフの大群が森中に散っていて、普通よりも一個体が強くて賢いらしい。」
教室の中が少しどよめく。
以前、妙に引き際の良いヴォルフの群れと戦ったが、多分そいつらの一部だろう。
食料でも求めて出張って来ていたのかもしれないな。
似たような経験をした者が他にも居るようだ。
一度咳払いをしてから、アンナ先生が言葉を続ける。
「そこで、腕の立つのを集めて掃除しようという事になったワケさ。参加は自由。ギルドにも依頼を出しているからね。その依頼を受けるという形になるから、報酬もちゃんと出るよ。」
報酬、という言葉にまたも教室にざわめきが広がる。
提示されてはいないが、安くはならない筈だ。
「静かに! ・・・・・・参加する者は陽が落ちるまでに街の北門へ集合してくれたまえ。私からは以上。」
先生が教室を出ていくと、周囲では机を囲んでの相談が始まっている。
それは俺たちも同じ。
「さて・・・・・・どうする?」
「とは言っても・・・・・・もう決まっているみたいね。」
ヒノカ、フィー、サーニャは行く気満々。
リーフはフィーが行くのなら行くだろうし、ニーナもヒノカが行くなら来るだろう。
俺も誰かが行くなら連いて行くつもりだし、俺が行くならフラムも来る筈だ。
「そうだね、それじゃあ早めにご飯にしようか。準備がてら外でゆっくり食べよう。」
部屋で装備を整えてから街で消耗品を買い込み、そのまま外食すれば集合時間まで少しは落ち着けるだろうからな。
そうと決まれば早速と、俺たちは席を立ち上がった。
*****
空の黄昏が夜に塗り替わる頃、北門にはアンナ先生を目印に、教室に居たパーティが全て揃っていた。
少し離れたところでは他の学年や、ギルドから来た冒険者のパーティが。
更に周囲には明かりが灯され、張られた大きなテントには外から運び込まれた怪我人が治療されているようだ。
きっと四年生の人達だろう。
「うん、皆良く来てくれたね。本隊と合流するから連いて来てくれるかな。まぁ、門のすぐ外なんだけれどね。」
アンナ先生に連れられ、門の外へと出る。
外にも煌々と明かりが照らされ、大型のテントがいくつも張られていた。
ここまでの規模になれば陣が張られていると言ってもいいだろう。
まるで戦争でもするかのようだ。
俺たちは門のすぐ傍にある、屋根だけのテントの下へ案内された。
そこでは鎧を纏った中年の騎士が受付を行っており、到着したパーティたちをそれぞれの隊へ割り振っているらしい。
三年生組も着々と振り分けられていき、いよいよ俺達が最後となった。
「君らは・・・・・・その、随分と若いようだが・・・・・・?」
「お構いなく。」
胸元からギルド証を取り出し、中年騎士に見せる。
「いや、これは失礼した。それでは貴女たちは――」
「あら、丁度良いですわね。その子たちは私のところで預からせて頂いても宜しいですか?」
彼の言葉を遮り、後ろから現れた女性騎士の言葉が響いた。
その姿を見るや、中年騎士が目を見開く。
「せ、聖女さま!? し、しかし――」
「何か問題でもありますか?」
物腰は柔らかだが、有無を言わさぬようにピシャリと言い放つ。
そう、彼女は聖女さま――騎士団の長であるウーラだ。
「い、いえ! 滅相も御座いません!」
「ふふ、有難うございます。それではアリス様達はこちらへ来て頂けますか?」
「わ、分かりました。」
俺たちはウーラに引き連れられ、一つのテントへ入った。
中央にはテーブルが置かれ、周辺の地図が広げられている。
そのテーブルを囲むように数人の騎士と冒険者。
それに混じってネコミミを付けたおっさんが五人。
「あぁっ!! 団長じゃあないですか!!?」
「団長がいれば我らも百人力だな。」
「・・・・・・。」
「お、お腹空いたんだなぁ。」
「団長サマがワタシたちの所に来てくれるなんて・・・・・・これも運命なのかしらねん。」
ネコミミファイブの面々である。
「お前ら・・・・・・何でこんなところにいるんだ?」
「街が危ないんですから当然でしょうっ、団長!!?」
「・・・・・・まぁ、レッド以外は冒険者なんだし、居てもおかしくはないか。」
「ひどいっ!?」
五月蠅い奴らをテントの隅へ追い払い、ウーラへ向き直る。
「・・・・・・さて、ウーラさん。状況を説明して貰えますか?」
「えぇ、分かっておりますわ、アリス様。」
コホン、とウーラが咳払いをして続ける。
「今朝方学院より北の森の様子がおかしいと一報がありまして・・・・・・。」
「強いヴォルフが大量発生している、という話でしたよね?」
「えぇ、森に一歩踏み入れれば襲われるという始末なのですが、森の外は不利と分かっているのか、深追いはしてこないようです。私は陽が紅くなる頃に到着したので直接対峙はしていませんが。」
「到着されてからは何を?」
「負傷者の手当てと、部隊の編成です。学院側でも私共に一報を届けると同時に色々と準備をして頂いたようで、助かっていますわ。」
急拵えではあるが、この大掛かりな準備を半日ほどでしているのだ。
まぁ、上が転生者同士なのでスムーズに運べるところもあるのだろうが、それにしても手際が良い。
「今後の作戦はどうなってるんですか?」
「粗方は決まっていますが、斥候の報告次第では――と、戻って来られたようですね。」
ウーラの言葉と同時に、森の方が騒がしくなる。
葉擦れの音が段々とこちらへ近づき、それをヴォルフが追っているようだ。
ヴォルフたちの遠吠えが連鎖して響きテント内も騒然となるが、ウーラは眉根一つ動かさない。
葉擦れの音が止んだかと思うと、俺達が居るテントのすぐ隣で着地音が空気を震わせた。
木の枝からジャンプしてきたらしい。
それはそのままテントを回り込むように歩き、無造作にテントの幕を開けた。
そこに立っていたのは全身血濡れの男だった。
「って、ジロー先生!?」
「あ~、くそっ! あいつらさんざっぱら噛み付きやがって!」
付着した血は殆どが返り血のようで、当の本人はピンピンとしている。
「・・・・・・”洗浄(クリン)”。」
フィーの魔法がジロー先生の身体に付いた血と汚れを消し去ったが、彼自身から流れ出る血が新しく赤い染みを作った。
「先生、治療するので座ってもらえます?」
「おう、悪ぃなお前ら。」
地べたに腰を下ろした先生の腕や足についた噛み傷の治療を始める。
「それで・・・・・・首尾は如何でしたでしょうか、ジロー様?」
「思った通り、群れの頭は砦に棲み付いてやがったよ。」
「姿を見たのですか?」
「あぁ、金色のクソデカいヴォルフだったぜ。身の丈は俺の二~三倍はありそうだったな。デカ過ぎて中に入れないのか、砦の屋上で悠々と寝てやがったよ。」
「相当な大きさですね・・・・・・。」
「だが、作戦は変わらないだろ?」
「そう・・・・・・ですね。結局はそうするしかないでしょうから。」
「なら、俺はさっさと休ませて貰うぜ。出発前に起こしてくれ。」
「いえ、斥候をして頂いたのでそのまま休んで頂いても――」
「いやいや、そんな楽しそうな事に参加しない手はないだろ? こっちには一流の治療士もいるみたいだしな!」
ジロー先生がポンポンと治ったばかりの腕を叩く。
「ヴォルフのお腹に収まっちゃったら治療はできませんよ、先生?」
「がはは! そんときゃ中から食い破ってやるよ!」
「ふふっ、分かりました。こちらとしても、貴方に同行して頂けるのは有難いですから。」
ジロー先生がテントを去り、ウーラが居住いを正す。
「それでは、作戦の説明をさせて頂きますね。と言っても、簡単な話です。」
「簡単・・・・・・ですか?」
「えぇ。明日、全隊が日の出とともに此処を発ち、陽が落ちるまでに砦を落として陣を構築します。」
「いやいや・・・・・・言うのは簡単ですけど、それってかなり大変なんじゃ・・・・・・?」
普通でも数時間は掛かる道のりだが、戦いながらでは倍以上掛かるだろう。
「そうですね、かなりの強行軍です。ですが、今の状況で森の中で夜を明かすのはもっと大変でしょうから。」
「確かにそうですけど、砦を落とすという事は・・・・・・。」
ジロー先生の言っていた金色のヴォルフと対峙しなければならない。
「それについては私にお任せ下さい。皆様方には露払いをお願い致します。」
「構いませんけど・・・・・・お一人で戦うつもりですか?」
「はい。その方が私もやりやすいですから。」
そう言って聖女様はにっこりと微笑んだ。
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