109話「技術の果てに」
夏休みも終わり、授業が始まって数日経ったある日の放課後。
レンシアに呼び出された俺は、学長室の扉を叩く。
待機していたニセ学園長と挨拶を交わし、勝手知ったるで部屋の奥にある扉を押し開いた。
部屋に入った時点で来訪は知られているので、わざわざノックをする必要はない。
『おう、これで揃ったな。』
中にはおざなりに出迎えてくれたレンシアと図書館の司書ちゃん。
『やっほー、久しぶり。最近本読みに来ないじゃん。』
『あらかた調べたしね。必要になればまた行くよ。』
魔法を使えない件についての調査であったが、結局はレンシアに丸投げすることになってしまっている。
そのレンシアも神さまとやらに丸投げしているのだが。
レンシアの方に目線をやるが、お手上げのポーズ。
『まだ返答は来てないな。気長に待つしかないぜ?』
『そっか・・・・・・まぁ、別に困ってる訳じゃないし。ただ理由が知りたいだけだからな。』
もし魔力操作と併用可能であるなら儲けもの程度だ。
どちらか選べと言われたら現状維持を選ぶだろう。
そして部屋には魔女がもう一人。
『ピッコロ先生も久しぶり。』
『あぁ、あの子はその後どう?』
『元気だよ。お陰さまでね。』
本名は知らないが、あだ名の由来は”欠損部位の再生治療を研究しているから”だそうだ。
フィーが大怪我を負った時に治療してくれた医者であり、彼女がいなければフィーは五体満足どころか命さえ危うかっただろう。
そういう意味では足を向けて寝られない相手でもある。
『なら良かった。あんまり危ない事はしないようにね?』
『俺なりには気を付けてるつもりだよ。けど、魔物との殺った殺られたは避けて通れないし。』
『とは言っても、まだ子供なんだし。』
『そうなんだけど・・・・・・俺よりも他の子の方が乗り気だったりするんだよね・・・・・・。ウチのお姉様含めて。』
ヒノカを筆頭にフィー、ニーナ、サーニャ、以外にもリーフまで。
誰かを守る為にも自分を守る為にも、結局は強くなければならない、という結論に至ったらしい。
それに触発されてか、フラムもよく頑張っている。
一番肝が据わってないのは俺じゃなかろうか。
それに、早々冒険者になった俺がとやかく言える立場でもない。
『・・・・・・異世界(こっち)の子は逞しいな。そういや、会ったついでに頼みたい事があるんだけど。』
『ん、何?』
『ちょっと待てお前ら。』
いきなりレンシアが会話に割り込んでくる。
『どうしたんだよ。』
『話なら飯を食いながらでもできるだろ、ピッコロ先生?』
『それは構わないけど・・・・・・その為に自分たちを集めたの?』
『そ。新製品の試食会ってところだよ。』
そう言ってレンシアは蓋をされた少し大きめのコップくらいの筒を取り出し、机の上に並べた。
『そ、それは・・・・・・まさか・・・・・・!?』
手に持ってみると、大きさに比べて随分と軽い。
振ると中からカサカサと音が返ってくる。
『開けて・・・・・・いいのか?』
『あぁ、開けてみな。』
ぺリぺリと紙の蓋を剥がす。
パサパサに乾燥したネギにコロコロと転がる小さな肉の塊。
きつい匂いを放つ粉末がブロックのように固まった麺の間に流れ落ちていく。
『カップラーメンじゃねーか!!』
見紛うことなきカップ麺だ。
『魔法技術の粋を集めて作り上げた逸品だぜ。』
『なんつーもんを作ってんだよ・・・・・・。』
『いや、飯は大事なんだぞ?』
『そりゃ分かるけどさ。』
食わなきゃ死ぬんだし。
『分かってねえな。これで転生者の鬱や自殺が防げるかもしれないんだぜ?』
『・・・・・・なんで自殺とか物騒な話になるんだよ。』
『異世界転生って言っても、みんながみんな上手く立ち回れる訳じゃないしな。でも美味い飯が食えれば何とか頑張れるもんなんだよ。』
『そんなもんかねぇ・・・・・・。』
『一番顕著だったのはやっぱり米かな。転生しても結局みんな日本人だったって訳だ。』
『確かに・・・・・・こっちで最初に米を食った時はなんか感動したわ。』
『だろ? 昔は何十年間も食えなかったやつも居たんだよ。まぁ、平気なやつは平気なんだけど。』
それはちょっと・・・・・・想像できないな。
こっちで米を食べるまでは平気だったが、今となっては元の世界に居た時より好んで米を食ってる気がする。
懐郷の念、と言うやつだろうか。
レンシアが言葉を続ける。
『そういや、昔は【千の迷宮】に”飯ツアー”に行った数人が戻って来ないなんて事もあったな。』
『あぁ、行ったねぇ~・・・・・・全裸で。あの頃は若かった。』
司書ちゃんがウンウンと頷く。
あの街の子供たちが裸で迷宮に突入してるのって、お前らの所為じゃ・・・・・・。
まぁ確かに・・・・・・あそこなら色々食えるし、ツアーで行くというのも分からない話ではない。
ただ、面倒くさいが。
金も掛かるしな。
『で、辛気臭い話は置いといて、だ。・・・・・・食うだろ、お前ら?』
*****
ズルズルと部屋の中に麺をすする音が響く。
鶏ガラと醤油の風味が口から身体にめぐる。
『やべぇ・・・・・・身体に悪い味だ、コレ。ズルズル。』
『ジャンクだねぇ~・・・・・・。ズズズ・・・・・・。』
『買い溜めて研究室に置いておきたいな。ズルルッ。』
『引き篭もる気満々じゃねえか。ちゅるんっ。』
皆が黙々と湯気に向かい合う中、ピッコロ先生が一人顔を上げる。
『それで、さっきの話なんだけど。』
『頼みたい事・・・・・・だっけ?』
『あぁ、リタって子を知ってる?』
『俺が杖をあげた子なら知ってるけど・・・・・・どうしてピッコロ先生が?』
『自分が検診したからね。』
検診・・・・・・そういや中ボスがそんなことを言ってたような。
騎士団と提携することになった関係で、団員全員が検診されることになっていた筈だ。
それを受け持ってくれたのだろう。
『なるほどね。それで、リタがどうしたの?』
『あの子に研究に協力するよう頼んで欲しいんだ。』
確かに、ピッコロ先生にとってリタはちょうど良い研究対象だろう。
『検診の時に頼まなかったの?』
『姫騎士さまのお許しがないとダメだって言われてね。』
リタの性格なら勝手に引き受けたりはしないか。
『その研究って危険なの?』
『危険なことをさせるつもりはないけど、臨床試験とかもお願いしたいし・・・・・・保障はできないかな。勿論、最善を尽くすのが前提での話ね。』
『ふむ・・・・・・期間はどれくらい?』
『治療できるまで。週一の通いとかで、必要な時に数日泊まってくれれば有難いんだけど。』
『分かった。話はしておくけど、後はリタの意思に任せる、で良い?』
『それで構わないよ。無理強いしても仕方ないし。』
リタの足が治る治らないは別として、定期的に診てもらえるならこちらとしても有難い。
最初に会った時に比べれば随分元気になったが、やはり身体の方は心配なのだ。
『でも、ピッコロ先生くらいの腕があれば患者なんて選り取り見取りじゃないの?』
『いや・・・・・・この姿だとあまり信用してもらえなくてね。』
『・・・・・・まぁ、良くてお医者さんごっこか。』
『そういうこと。その点、あの団の人らはきちんと信用してくれたよ。・・・・・・畏れられていた、と言った方が正しいかもだけど。』
『ハハハ・・・・・・い、色々あったからね。』
団員たちは街を歩いている幼女とすれ違う時なんかもペコペコして妙に低姿勢だ。
小さく悲鳴を上げる者もいる始末。
幼女恐怖症と言っても過言ではないだろう。
誰の所為とは言わないが。
俺とピッコロ先生の会話が終わったのを見計らい、レンシアが口を開く。
『そういえばアリス、今八歳だったよな?』
『あぁ、四年に上がる頃には九歳かな。・・・・・・身体の方はね。』
『なら、次の入学式後・・・・・・見学会の辺りが丁度良さそうだな。それまでに決めておけよ?』
『魔女化・・・・・・ね、今のところはなるつもりだよ。』
『そうか・・・・・・それなら、今の内に髪をもう少し伸ばしておくといい。』
『何か関係あるのか?』
頭の中で話が結びつかず、首を傾げて問う。
『大した話じゃない、色んなヘアスタイルを楽しみたいなら伸ばしとけって事だ。』
『関係なくない?』
『簡単に言うと、魔女化した時点の長さまでしか伸びなくなる。爪とかもな。』
魔女化を施すにも色々と制約があるようだ。
不老の力を得る訳だし、当然といえば当然な気もするが。
『ふーん、そういう事か。なら・・・・・・もう少し伸ばしとこうかな。』
今でも髪をほどけば背中の半分くらいまであるが、そういう話なら伸ばしておいても損はないだろう。
しばらくは邪魔になるかもしれないが、魔女になったら切ってしまえば良いだけの話だ。
『あぁ、そうすると良い。こっちも春を目途に準備を進めておく。そっちも体調を整えておくようにな。』
『分かったよ。肝に銘じておく。』
『――そう言う事なら、こちらにも良い話があるよ。』
得意気に口の端を上げるピッコロ先生に聞き返す。
『良い話って・・・・・・何?』
『もし、手っ取り早く髪を伸ばしたいなら、毛先をほんの少し切って其処に・・・・・・コイツを塗ると良い。』
その言葉と共に、ピッコロ先生から瓶に入った液状の薬を手渡された。
『これは何の薬?』
『”再生薬”・・・・・・って言っても簡単な傷くらいしか治せないから、良く効く傷薬ってとこだね。それを切った毛先に浸けると、そこから切った以上に伸びるって訳。』
『そんな物まで作ってるのか。』
『自分の髪程度なら、いくらでも研究材料に使えるからね。まぁ、副産物みたいなものだよ。・・・・・・ちなみに、伸ばすだけで生やせないから。』
ハゲの頭に塗って試してやろうかと思ったが、始まる前に夢は砕かれたようだ。
*****
色々と話しながら食べている内に、カップラーメンの容器はすっかり空っぽになってしまった。
他の者たちも同様に食べ終えている。
『ふぅ~、美味かった~。ごちそうさま!』
スープまで飲み干した司書ちゃんが、カップを逆さにしてテーブルに伏せる。
『美味しかったよ、ご馳走様。』
続いてピッコロ先生が。
『結構な御手前で。』
俺も残っていたスープを一気に飲み干し、それに倣った。
『お前ら伏せ丼やめーや!』
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