92話「押し売り」

 学院が夏休みに入り、俺たちは例のごとく迷宮都市へとやってきた。

 太陽の光がさんさんと降り注ぐ通りをだらだらと汗を流しながら、ラビの店を目指して進む。


「今年も暑いわね・・・・・・。」

「あちしもう溶けちゃいそうにゃ~・・・・・・。」


 通りに並んでいる売店のひとつを指差し、フィーが俺の手を引く。


「アリス、あれ食べよう。」


 手ごろな・・・・・・いや、少々デカめにカットされた肉を串にぶっ刺して焼いたものだ。

 肉と香辛料のスパイシーな香りが鼻とお腹を刺激する。


「うーん・・・・・・けど、お昼も近いし・・・・・・。」

「あるー! あちしも食べたいにゃ!」


 今までヘタっていたのが嘘のようにサーニャの目がキラキラと光る。

 まぁ、串焼きの一本や二本食べたところで、この子たちなら昼飯もペロリと平らげてしまうか。


「・・・・・・分かったよ。他の皆はどうする?」

「ふむ、なら私も一本頂くとしようか。」


「確かに美味しそうだけれど、少し多いわね・・・・・・。」

「それなら、お姉ちゃんと半分ずつにすればいいんじゃない?お姉ちゃんもそれで構わないよね?」


「うん、一本と半分食べる。」


 あ、そういう計算になるんだ・・・・・・。


「じゃあ、ボクも一本だけ食べようかな。」

「あちしは三本食べるにゃ!」


「二人で三本ね。一本は半分こ。」

「えー! そんにゃー!」


「あとでお昼もあるんだし、それで我慢してね。フラムは・・・・・・私と半分こで良いかな?」

「ア、アリスは・・・・・・それで良いの?」


「私はそんなにいらないから。」


 俺ももう少し若ければあんな串焼きの二本や三本はいけただろうが・・・・・・。

 いや、体は若いけれどね?


*****


 ラビの店に到着すると、待ち構えていたラビが飛びついてくる。


「みんな、久しぶりー!」

「久しぶりだね、ラビ。元気だった?」


「うん、みんなも元気そうで良かった。」

「こっちも変わりないよ。キシドーとメイも頑張ってるみたいだね。」


 キシドーは外で番犬代わりに、メイは店内で掃除や品だしを行っているようだ。

 店の入り口に立つキシドーに声を掛けてみる。


「やぁ、キシドー。私のこと覚えてる?」


 キシドーはゆっくりと頷き、俺の前に傅いて見せた。

 その様子に意外そうに目をぱちくりさせるリーフ。


「ちゃんと覚えている・・・・・・みたいね。」


 そう簡単にマスターを忘れるようでは困り者だが。

 そんな俺たちを眺めていたラビの母が、店の奥からのっしのっしと姿を現した。


「ほらアンタたち。いつまでそんな所で油売ってるんだい! さっさと入った入った!」


 おばさんに背をグイグイと押され、去年使った部屋へと通される。

 綺麗に掃除されており、開け放たれた窓からは風が抜けて暑さを奪っていく。

 荷物を降ろし、漸く一息つけた俺たち。


「つかれたにゃ~・・・・・・。」

「だらしがないわよ、サーニャ。けれど・・・・・・やっと落ち着けたわね。」


「うむ、そうだな。今日は明日に備えてゆっくり休むとしよう。」

「今からワクワクするね、ヒノカ姉!」


「・・・・・・お菓子買いに行こうかな。」

「さっきお昼食べたばっかだよね、お姉ちゃん・・・・・・。」


「ア、アリスは・・・・・・これから、どうするの?」

「私はちょっと遺跡を見てからバザーに行こうかな。」


「ぁ、あの・・・・・・わ、私も・・・・・・一緒に・・・・・・。」

「うん、一緒に行こうか。でも、人が多いと思うけど大丈夫?」


「が、頑張る・・・・・・。」


*****


 宿に落ち着いてからは自由行動とし、俺はフラムと共に遺跡にある石碑の部屋へ足を運んだ。

 例の如くアップデートは無し。


「ど、どうして・・・・・・こんな所に来たの、アリス?」

「ん~、皆の無事を祈りに・・・・・・かな。」


「そ、そうなの?」

「ホントはちょっと違うんだけど、似たようなものだよ。それよりごめんね、こんな所につき合わせちゃって。」


 人気の観光スポットという場所でもなく、この場所だけポッカリと穴が開いたように寂しい雰囲気が漂っており、フラムにとっては少し不気味に感じる場所だろう。


「う、ううん・・・・・・付いて来たのは私、だし。私も・・・・・・お祈りした方が良いの、かな?」

「いや、私の験担ぎみたいなものだから大丈夫だよ。そろそろバザーの方に行こうか。」


 フラムの手を取り、人の少ない道を選んでスイスイと遺跡の入り口へ向かう。

 すっかり手馴れてしまったものだ。

 入り口から出た所では迷宮刑が実行中で、異様な熱気を帯びている。

 それをフラムに見せないよう、その場を離れた。

 流石にアレは刺激が強過ぎるからな。


 遺跡から見えるバザー広場にフラムの手を引いたままゲートを潜って入る。

 広場は盛況で賑わっており、俺たちと同じ学院生であろう顔もちらほらと見かけた。

 彼らも夏休みを利用して来ているのだろう。


「うーん、特にめぼしい物は無さそうだね。」

「そ、そうなの・・・・・・?」


 良くも悪くも、出品されているのは定番の物ばかり。

 帰還アイテムに回復アイテム、攻撃アイテムとどこも同じだ。

 まぁ、限られた荷物しか持てないのだから、必然的にそうなってしまうのも仕方ないか。

 それでも売れないということも無く、早々に捌いて店仕舞いを始めているところもあるようだ。

 特に今は学生たちの需要が高く、この機を逃すまいとチキンレースのような値下げ合戦が繰り広げられている。

 とは言え、俺たちには前回までの物が残っているので、残念ながらその恩恵はあまり受けられないが。


 呼び込みで賑わう中を歩いていると、一つだけ活気のない店を見つけた。

 広げられた風呂敷の上にはポツンと腕輪が置かれている。

 迷宮の中で手に入る腕輪で何かしらの特殊能力が付いている筈だが、腕輪のデザインは統一されているため、どんな能力が付いているのか見た目での判断が出来なくなっているのだ。

 その腕輪の主であろう俯いている男に声をかけてみる。


「すみません、これ何ですか?」


 男はパッと顔を上げると、一気に捲し立ててきた。


「お、お嬢ちゃん! 良かったらコイツを買わねえか? 銀貨十枚だ。きっとお嬢ちゃんに良く似合うぜ!」

「いや、あの・・・・・・何ですか、これ?」


「そ、それは~~・・・・・・だな・・・・・・。と、兎に角買ってくれよ! な!?」

「・・・・・・いらないかな。」


「ちょ、ちょっと待って!! わ、悪かった! 分かんねえんだよ! 何なのか!」

「そんな物を売ってるんですか?」


 別にこのバザーでは何を売ろうが特に規制はない。

 迷宮でよく分からん物を拾うこともあるのだし。

 ただ、それが売れるかどうかは別である。


「し、仕方ねえだろ・・・・・・命からがら逃げてきて、こんな物しか残らなかったんだからよぉ・・・・・・。あ、でも呪われたりはしてねえぜ、ホラ!」


 男は腕輪を自分の腕に着けたり外したりして見せる。

 呪われていれば外せなくなる筈なので、男の言葉は正しいようだ。


「と、言われてもね・・・・・・。銅貨十枚なら買っても良いですよ。」

「そ、そりゃあないぜお嬢ちゃん・・・・・・。ぎ、銀貨八枚だ!」


「どんな能力が付いてるかも分からない腕輪に、そんなお金出す訳ないでしょう?」


 そもそも能力が分かったところで値段が跳ね上がる事も無いだろう。

 大抵は碌でもない能力の付いた物だからだ。

 例えば力の腕輪。付けている間は腕力が上がるが、翌日から筋肉痛が数日続くのである。

 残念なのは、これで当たりの部類だと言う事だ。

 ごく一部には家が建つような値段の物もあるらしいが、宝くじの一等より確率は低いだろう。


「ぅぐ・・・・・・お、俺だって無茶言ってる事は分かってるけどよぉ・・・・・・。ってか、お嬢ちゃんも探索者かよ・・・・・・トホホ。」


 何も知らない観光客にでも売り付けようと思っていたのだろうが、普通の腕輪としても銀貨十枚では到底捌けないだろう。

 銀貨一枚にでもなれば御の字と言ったところか。


「まぁ、アコギな商売は止めた方が良いですよ。」

「これが売れねえと帰還の鍵も買えねえんだよぉ・・・・・・。」


「仲間の方は無事なんですよね? それならギルドの仕事で稼いだ方が早い気がしますけど・・・・・・。」

「そ、そうか・・・・・・?」


「少なくとも、ここで店番をしてるよりはマシかと思いますよ。」

「ハァ・・・・・・やっぱそうだよな・・・・・・。よし! 銅貨十枚で買ってくれるって言ったよな、お嬢ちゃん?」


*****


 結局、銅貨二十枚で買わされた腕輪を弄びつつ、フラムと並んで帰路を歩く。


「ど、どうする・・・・・・の、それ?」

「フラムにプレゼント・・・・・・と言いたいけど、どんな物か分からないからね。とりあえず迷宮に持って行くつもり。」


 迷宮にある合成機に放り込めば、この腕輪の能力もはっきりとするだろう。


「す、すごいね・・・・・・アリス。」

「えっと・・・・・・何が?」


「ぉ、大人の人にも・・・・・・物怖じしない、し。」

「フラムだって火の魔法なら誰にも負けないでしょ?」


「そ、そんなこと・・・・・・ない。」

「そうかな・・・・・・? まぁでも、私はフラムの魔法に沢山助けられてるよ。」


 優しくて臆病なフラムには似合わない、圧倒的な破壊の象徴。力。

 だからこそ、フラムに宿ったのかも知れないな。


「それに、明日からまた大活躍してもらうだろうしね。頼りにしてるよ、フラム。」

「はうぅ・・・・・・。」


 腕輪をポケットに仕舞い、顔を紅く染めて俯いてしまったフラムの手を取る。


「さ、早く帰らないとリーフに叱られちゃうよ。お腹も空いたしね。」


 二人の作る凸凹の影はすっかりと伸びてしまっていた。

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