91話「デビュー」
部屋の扉を前にしてロールが首を傾げる。
「ここって・・・・・・アリスちゃんの部屋だよね?」
彼女の言葉通り、予行演習の場所には自分の部屋を選んだ。
仲間たちにも少し協力してもらおうと言う訳である。
また叱られそうだけど。
「うん、先に何人かが知っていれば、少しだけ気が楽になるでしょ?」
「で、でも・・・・・・入って良いの?」
「今は女の子なんだし、問題無いよ。」
「あ・・・・・・そ、そっか。」
扉を開き四人を中へ通す。
ウチのメンバーは全員揃っているようだ。
「あら、おかえりなさい、アリス。・・・・・・そっちの子たちは?」
「ちょっとね。ほら、入ってきなよ。」
四人を呼び、ウチのパーティメンバーの前に並べる。
「えーと、それじゃあ自己紹介からかな。」
ロールがスカート裾を持ち上げ、頭を垂れる。
「あ、あの・・・・・・わ、私はローエルミル・ウィスターナと申しまひゅっ・・・・・・。」
・・・・・・噛んだ。緊張もあるのでまぁ、仕方ないだろう。
とは言っても、他の三人はそれでもつつがなくこなして見せたが。
ウチのパーティの子たちも自己紹介を終えたところで、リーフが首を傾げて口を開く。
「あの・・・・・・この子たち、どこかで見た気がするのだけれど・・・・・・気の所為かしら?」
「ふむ、言われれば何処かで会ったような気がするな。」
「そうだっけ? ボクは知らないなぁ・・・・・・。フィーは?」
「ううん・・・・・・知らない。」
「ゎ、私も・・・・・・分からない。」
あれ、気付いてないのか・・・・・・?
「何言ってるにゃ? いつも宿題を持って来てる、ろーえるとかいうヤツにゃ。」
おぉ、サーニャは気付いてたのか。
匂いで、的なオチだろうけど。
「えーっと、サーニャの言う通り、彼ら・・・・・・じゃないな。彼女らはローウェル君とそのパーティの子たちだよ。」
「え・・・・・・? ええええええーー!?」
うむ、素晴らしいリアクションだな、ニーナ。
「ちょ・・・・・・ちょっとそれ本当なの? どう言う事なの?」
「ローウェル君たち・・・・・・いや、ロールたちは女の子なんだけど、家の仕来りで学校では男の子として過ごしてたんだよ。」
「ふむ・・・・・・なるほどな、言われてみれば確かに面影がある。」
「そ、それがどうして私達の部屋に女の子の恰好でいるのかしら?」
「それは・・・・・・私が女の子だと見抜いちゃったから、かな?」
「はぁ・・・・・・また貴女なのね。分かっていたけれど・・・・・・。」
「ははは・・・・・・ごめん。」
俺達の話を聞いていたロールが割って入ってくる。
「あ、あの・・・・・・! アリスちゃんは悪くなくて、わ、私が・・・・・・ぐすっ・・・・・・ごめ、ごめんなさい。」
「だ、大丈夫よ、怒ったりしていないから! そ、それより・・・・・・アリスが迷惑をかけたりしなかったかしら?」
「ア、アリスちゃんは、色々・・・・・・たくさん、助けてくれて。」
「それなら良かったわ。何も事情を知らなかったものだから。怖がらせてしまったのなら、ごめんなさいね。」
リーフがロールの涙を拭い、頭を撫でながら笑顔でこちらへ振り向く。
「それで、ちゃんと説明してくれるのよね、アリス?」
「全て説明させてイタダキマス。」
*****
俺の説明を聞き終えたリーフが深く溜め息を吐く。
「そう言う事ね・・・・・・。家の事情とは言え、ロールたちには迷惑な話ね。」
「でも、仕来りだから・・・・・・。」
「ええ、そうね。でも、もう気にする必要もないのでしょう?」
「う、うん・・・・・・。」
「それなら、少しずつ変えていけば良いんじゃないかしら。アリスはどう思うの?」
「私が一気にやっちゃえば、って言ったからこうなってるんだけどね。」
俺の言葉に眉間を押さえるリーフ。
「・・・・・・まぁ、これは個人の好みとしか言えないものね。」
「長い目で見ればその方が良いと思うんだけどなぁ。」
「私もそう思うけれど、気持ちの問題があるもの。簡単に変われれば苦労はしないわ。」
「そうなんだけどね。でもさっさとやっちゃった方が良いと思うんだよねぇ・・・・・・例えば、お風呂とかあるしさ。ちなみに、今はどうしてるの?」
「あ、あの・・・・・・人の居ない時間に男の人の方へ――」
バン!! とリーフが机を大きく叩いた。
「女の子の生活に戻しましょう! 今すぐに!」
「ひゃ、ひゃいいっ!」
「お、おい、ゆっくりやるという話ではなかったのか・・・・・・?」
「それとこれとは別よ!」
「そ、そうか・・・・・・。」
リーフの剣幕に流石のヒノカもたじたじである。
「アリス、貴女もこの子たちが女の子って気付いていたならどうして言ってあげなかったの!?」
「い、いや、その・・・・・・ゴメンナサイ。」
「カレンもマリーもキーリも、今から女の子の生活に戻すのよ!」
「し、承知したのじゃ!」
「は、はいですの!」
「わ、わかりましたわ!」
こういう時のリーフは頼りになるなぁ・・・・・・。
「アリス、貴女も呆けてないで、ちゃんと面倒を見てあげるのよ! 分かった!?」
「わ、分かってマス・・・・・・。」
*****
陽がまだ高い位置にあったため俺達は街へと繰り出し、服を買いに来た。
今までの学院生活のお陰でロール達は男物の服しか持っておらず、まずは形からと言う訳である。
ロール達のお眼鏡に適ったのは、スカートとかいう名前の布一枚に銀貨十枚くらいの値段が付いた所謂ブランド店。
そこでかれこれ一時間ほど経っている。
「アリスちゃん、これ・・・・・・どうかな?」
ロールが手に取った服を体に合わせて見せてくる。
「良く似合ってるよ。」
「じゃ、じゃあこれも買うね!」
「いや、良く似合ってるのは確かだけど・・・・・・、本当にそれも買っちゃうの?」
「うん!」
そう言ってロールが隣に控えていた店員に無造作に服を手渡した。
マリー達もアレも欲しい、コレも欲しいと、それぞれに付いた店員に気に入ったものを持たせている。
その様子に、呆れたように溜め息を吐くリーフ。
「・・・・・・忘れていたけれど。あの子たちは皆、貴族だったわね。」
「これが貴族買いってやつかな・・・・・・はは。」
買ったものは送り届けてくれるらしいので荷物の心配はしなくても良いのだが、ちゃんと着るのだろうか。
まぁ、今まで我慢していたのもあるだろうし、あまり水は差さないでおこう。
「アリスちゃんとリーフちゃんは、見なくて良いの?」
「え・・・・・・えぇ、今日は貴女達のお買い物に来たのだし、私達のことは気にしないでくれて構わないわ。」
こんな店で買ったら数ヵ月分の食費がブッ飛んじまうしな。
俺はふと、傍らのフラムに目をやる。
「フラムは大丈夫? 持って来ていた服も、そろそろ体に合わなくなってるんじゃない?」
いくら小柄な女の子だと言っても、フラムだって成長期。二年も経てば色々と育つ。
「ぅ、うん・・・・・・。」
フラムはこれまで目立った買い物をした事がない。
俺達と同じ様に日用品やお菓子を買う程度だ。
ミアに使った金貨十枚を除いても俺の方が散財しているだろう。
魔道具の素材なんかも買ったりしているし、下手したらロール達以上に使っているかも知れない。
ま、まぁ・・・・・・必要経費だし多少はね。
「お金が無いって訳じゃないよね、金貨だって持ってたし・・・・・・。」
こんな高級店でも買えない訳ではない筈だ。
流石にロール達の様には無理だろうが。
ふるふると、フラムが首を小さく横に振る。
「ぁ、あれは・・・・・・お母様に、貰った・・・・・・から。」
「・・・・・・そっか。でも、仕事で貯めた分はあるでしょ? 今度私と一緒に安いお店を探しに行こうか。可愛いのを選んじゃうからさ。」
「ぃ、いいの?」
「まぁ、私も制服とコレだけじゃあね・・・・・・あはは。」
現在俺の持っている服は三着。
今着ている仕事用の服と、制服と、パジャマである。
迷宮で手に入れたメイド服とドレスもあるが、こいつらは使い所がほぼ無いので頭数には入れていない。
買った物はどれも長く使えるようにとサイズを大きめにしているので、まだまだ現役でいけるだろう。
あとは下着が数枚に肌着として使っている迷宮で買ったTシャツが数枚、靴下が何足か。
これらは流石にサイズが合わなくなったり破れたりすれば買い換えている。
魔法のお陰で洗濯する必要も無いため、これだけあれば十分に過ごせるのだ。
毎日同じ服でいけるとかマジ便利。
普通の人なら頑固な汚れでなければ洗濯した方が良い、となるのだが。
「良いんじゃないかしら。アリスに見立てを任せるのは少々不安があるけれど。」
「ちょ、ひどくない?」
「いつも同じ服を着てる貴女に言われたくは無いわ。まぁ、そうね・・・・・・次のお休みに皆で行きましょうか。」
「そうだね、ついでにサーニャの服も選んじゃおう。また服が小さくなってきてるみたいだし。」
特に胸の辺りが。
「・・・・・・羨ましい限りね。」
リーフはそう言うと肩を竦めて見せた。
*****
たっぷりと買い物を堪能したロール達と店を出て、近くの喫茶店で待っていたヒノカ達と合流することに。
ヒノカ達はテラス席の大きめなテーブルを確保しており、隣とくっつければこの人数でも大丈夫だろう。
そのテーブルの惨状を見てリーフが頭を抱える。
「ヒノカ・・・・・・。貴女が付いていて、どうしてこんな事に・・・・・・。」
とりあえず皿の数は数えないでおこう。
「お、思いのほか美味くてな・・・・・・つい。」
「うまかったにゃ!」
「あはは・・・・・・ボ、ボク達ちょっと食べ過ぎた・・・・・・かな?」
「リーフお姉ちゃん・・・・・・ごめんなさい。」
「はぁ・・・・・・仕方ないわね・・・・・・。それより、私達も何か頼みましょう?」
くっつけたテーブル席にリーフとロール達が腰を落ち着け、俺もそれに続いた。
注文を済ませ、ついでに積まれていたお皿も下げて貰う。
「ロール達はもうすっかり女の子の恰好に慣れちゃったみたいだね。」
彼女らが見せていた気恥しさは早々に薄れ、この数時間で堂々とした振る舞いになった。
見ている側としてもこちらの方がしっくりとくる。
「う、うん・・・・・・でも、明日からはこの恰好で教室に行かなくちゃいけないんだよね・・・・・・。」
「辛いのは最初だけだよ。二日もすれば教室の皆も慣れちゃうんじゃないかな。」
「そ、そうかな?」
「私もすぐに慣れちゃったしね。普通にしていれば大丈夫だよ。」
「そうよ。私達も付いているのだし、気負う必要はないわ。」
「うぅ・・・・・・しかし明日からの事を考えると気が重いのじゃ・・・・・・。」
「うーん、なら明日は一緒に教室へ行こうか。それなら幾分か紛れるでしょ。」
「よ、良いですの!?」
「うん、皆もそれで良いかな?」
「うむ、構わんぞ。」
「私もそれで構わないわ。」
パーティメンバー達の了解も得て、いよいよ明日は本番である。
二学期デビューというには少々時期外れだが。
*****
翌朝。
ロール達を引き連れて教室に入り席に着くと、チラチラと視線が注がれた。
「うぅ・・・・・・なんか見られちゃってる・・・・・・。」
「まぁ、見慣れない人が入って来たら仕方ないよ。」
始業時間ギリギリに合わせて来ていたので、程なくしてチャイムの音が響き渡る。
鐘が鳴り終わる頃にアンナ先生が教室に現れ、教卓の前に立った。
「やぁ、諸君。おはよう。今日は君達にお知らせがある。」
アンナ先生と視線が合う。
「さて・・・・・・ローエルミル君たちは前に来てくれるかな。」
先生に呼ばれたロール達が、周囲の視線を受けながら教卓の前に並んだ。
「知っている人も居ると思うけど、彼女らは家の仕来りで今まで男の子として過ごしていたんだ。けれど、故あって今日からは女の子として過ごす事になった。以上。それじゃあ、改めて自己紹介をして貰おうかな。」
ロールは相変わらず噛んでいたが、無事にそれぞれの自己紹介を終える。
彼女らがローウェル達だと知った一部の女子からは落胆の声が上がり、一部の男子からは歓声が上がった。
大半はあまり興味が無さそうだ。
「以上かな。それでは席へ戻ってくれたまえ。授業を始めるよ。」
アンナ先生が手を鳴らすと、少々騒がしくなっていた教室が静まる。
ロール達は好奇の視線に晒されながらも席へと戻ったが、授業が終わって昼食の時間になる頃には彼女たちへの関心は殆ど薄れていた。
昨日の大騒ぎから一転、あっさりとロール達の女の子デビューは終わりを告げたのである。
まぁ、当人達以外には影響のない事柄であるし、何よりも迫る大型連休”夏休み”が目下の話題なのだった。
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