72話「トローリング」
飛沫を上げながら真っ白な船が海の上を悠然と駆ける。
頬に当たる海風が太陽に晒されて熱くなった身体を冷やし、気持ちが良い。
「お客さん方の目的は釣りで良いのかい?」
「そうですね、それでお願いします。」
「了解。んじゃ、魚の居る所まで飛ばすよ。」
クルージングと洒落込んでも良いのだが、釣った魚は小さめのものが多かったので量が足りないかもしれないのだ。
いや、足りないだろう、きっと。
沖でなら、もう少し大きいのも釣れる筈だ。
「ねーねー、船長。船の後ろに付いてるのは何?」
ニーナが指した船尾には、座席と巨大な釣竿が固定された台座が設置されている。
竿に付けられた糸は太く、疑似餌の針も大きい。
「あぁ、アレはデカイのを釣る為のだよ。使いたかったら使っても構わないけど・・・・・・釣れた例はねぇぜ。ま、飾りみたいなもんだよ。」
「ホント!?やるやる!」
「使い方はそっちの釣竿と変わんないよ。疑似餌を海に入れたら船に引っ張らせて、ある程度伸びたら固定するといい。」
「分かった!フィー、でっかいの釣ろう!」
フィーの腕をむんずと掴み、ニーナはそのまま飛び出して行ってしまった。
「あの子達、心配だから見てくるわ。」
そう言ってリーフが二人の後を追いかけて行く。
「釣場までまだ掛かるんで、他のお客さんもゆっくりしててね。」
その言葉に甘え、束の間のクルージングを楽しませて貰う事にした。
*****
竿が大きくしなり、重い手応えを伝えてくる。
針に掛かった魚が暴れ、逃れようと懸命に抗う。
桟橋で相手にしていたものより力強く、強化魔法が無ければ竿ごと持って行かれそうだ。
針が外されないよういなしながらジリジリとリールを巻き、水面まで引き摺りだして魔手で引き上げた。
バケツに入らないような大きさなので、針を外してそのまま船の生簀へ放り込んだ。
目的のポイントに到着した俺達は、船を止めて釣りに興じていた。
とは言っても先述の通り釣れる魚が大きいため、力の弱い者には補佐をつけるようにしている。
俺とフラム、フィーとリーフで組み、ヒノカは問題ないため一人。
流石に大物にはひっかけ釣りが効かないため、先程より釣果は若干おとなしめだ。
ニーナとサーニャは船尾の巨大釣竿で遊んでいる。
余っている釣竿を使って、船長ちゃんも参加中だ。
身体は小さい上に強化魔法も無い筈なのだが、軽々と大物を釣り上げている。
経験の差、というやつだろうか。
「次はフラムの番だよ。」
「で、でも・・・・・・あんなの、釣れない・・・・・・よ。」
「大丈夫、ちゃんと支えてるからさ。」
「ぅ、うん・・・・・・。」
後ろからフラムに釣竿を掴ませ、フラムと一緒に構える。
本当なら俺が後ろから支えたい所だが、身長差がそれを許してくれない。
「あ、あのね・・・・・・アリス。」
「どうしたの?」
「た、楽しい、ね。」
まぁ、これはこれで悪くないか。
*****
白い船体を夕陽の色に染めながら、波を掻き分けて船は進む。
陸地は遠く、未だ視界には水平線が映るのみ。
「結構疲れたわね。」
「ああ、大物ばかりだったからな。」
「でも、いっぱいとれたよ。」
「ふふ、そうね。こんなに食べ切れるかしら?」
「いっぱい食べるにゃ!」
「足りないかの方が心配だよ。まだ元気なのも居るしね。」
俺の膝を枕にして眠るフラムの髪を撫でながら、船尾の方へ目を向ける。
ここからは見えないが、巨大釣竿の所にはニーナが居る筈だ。
「あれだけ釣れば足りると思いたいのだがな・・・・・・。」
船の生簀には中々の大物が十数匹泳いでいる。
どれも桟橋で釣った魚より大きい。
流石に一メートルを越える大物は釣れなかったが。
小声でこれから食べる料理の話に華を咲かせていると、カクンと船が揺れた。
波にぶつかったという感じではなく、後ろから引かれたような・・・・・・。
次の瞬間、ニーナの叫び声が木霊した。
「うわわわわわわ!!」
顔を見合わせたヒノカが、船尾に向かって駆けて行く。
「フラム、ごめん。ニーナに何かあったみたいだから行ってくるね。」
「ふぁ・・・・・・?」
眠っていたフラムを起こすのは忍びないが、今は緊急事態だ。
そっとフラムの頭を膝から下ろし、ヒノカに続いて駆け出した。
「どどど、どうしよう!ヒノカ姉ぇー!」
「ど、どうなってるのだコレは!?」
巨大釣竿がしなり、凄い勢いでリールが逆回転して糸が吐き出されている。
咄嗟に船の縁に足を掛けて巨大釣竿を引っ掴み、リールを押さえた。
「うぉぉ・・・・・・重っ!」
魔力駄々漏れの全開強化魔法で何とか巻き取れる程度。
随分と離されてしまった距離を取り戻すべく、ゆっくりとリールを巻いていく。
糸で引っ張られて泳ぎ辛くなったのか、急に魚が暴れ出した。
遠くで水面に水飛沫が上がる。
竿がギシギシと悲鳴を上げ、糸は今にも切れてしまいそうだ。
一際大きな水柱が立ったかと思うと、その姿が水面から飛び出した。
特徴的な長い剣の様な上顎に大きな背鰭、三日月の様な尾鰭のシルエットが夕陽に刻まれる。
「え、マジでカジキマグロ・・・・・・?まさかホントに掛かっちまうなんて・・・・・・。」
呆然となる船長ちゃんだったが、すぐに気を取り戻した。
「っと・・・・・・大丈夫?無理そうなら糸(ライン)切っちまうかい?」
一瞬そうしてしまおうかと頭を過ぎったが、思い直す。
力負けしているならまだしも、これで逃がしてしまうのは勿体無い獲物だと考えてしまったのだ。
「ぃ、いや・・・・・・大丈・・・・・・夫!」
「とは言ってもねぇ・・・・・・。釣った事あるのかい?」
「ゲームで、なら・・・・・・ね!」
「あっはっは、そりゃいいや!分かったよ。船はアタイに任しときな。」
操舵室へ戻る船長ちゃんを肩越しに見送り、カジキとの格闘へ意識を戻した。
*****
半分。漸く半分である。
額から、こめかみから汗が流れ、顎からポタポタと滴り落ちていく。
何でこんなしんどい事をやっているんだ俺は。
こんな事なら、さっさと糸を切って逃がしておけば良かった。
だが、もうこうなってしまえば意地である。
・・・・・・とは言ったものの、そろそろ体力の方が限界だ。
しかし、手を放してしまえば今までの苦労が水の泡となってしまう。
どうしようかと考えあぐねていると、不意に頭を撫でられた。
「お姉、ちゃん・・・・・・?」
「アリス、交代。」
「うん、お願い。強化魔法は全力だよ。」
タイミングを合わせ、フィーに竿を預ける。
「ぅ、わ・・・・・・っ!」
フィーの力が負け、一気に糸が吐き出された。
だがそれも束の間。
徐々に吐き出されるスピードが遅くなり、均衡、そしてゆっくりと距離を取り返していく。
「おおっ!凄いや、フィー!アリスにも負けてないよ!」
フィーは問題無さそうだ。
次の交代に備えて休憩をとるため、俺は甲板に腰を下ろして船の縁に背を預けた。
隣にフラムも腰を落ち着ける。
「だ、大丈夫・・・・・・?」
「うん、大丈夫だよ。でも・・・・・・」
明日は筋肉痛だな、こりゃ。
*****
バシャバシャと水飛沫を上げてカジキが暴れ、その飛沫が頬へとかかる。
ヤツとの距離は、もう目と鼻の先。
もうじきこの闘いも終わる。
「もうちょっとにゃ!デカイのが食えるにゃ!」
船尾に乗り出してはしゃぐサーニャを横目に、最後の力を振り絞ってリールを巻いていく。
だが、それはヤツも同じ。
これまで以上の力で暴れ、一進一退の攻防を繰り広げている。
それでもフィーとタッグを組んでいるため、余力はこちらが上だ。
体力を失くすばかりのヤツは徐々に動きに精彩を欠いていく。
「お姉ちゃん、引き揚げる準備するから後はお願い。」
「わかった。」
フィーに釣竿を託し、サーニャの隣から身を乗り出した。
キラリと光を反射する鱗が水面近くに見える。
触手を数本水面に向かって伸ばし、いつでも引き揚げられるよう構えた。
次の瞬間――
バシャーン!!
一際大きな水柱が上った。
その水柱を突き破るようにして現れたヤツの姿が、徐々に大きくなってくる。
あろうことか、こちらへ向かって文字通り飛び掛かって来たのだ。
「え、ちょ、ちょおおおおおお!!!」
「にゃ、にゃああああああ!!?」
このままでは直撃コース。
だが水面まで伸ばしていた触手は間に合いそうに無い。
迫るヤツの姿に、俺は動けないでいた。
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