70話「バカンス」
青い空、照りつける太陽の日差しの下、皆が外套を脱ぎ始めた。
外套の下には夏服を着込んであり、準備は万端である。
「ぅ~、脱いでも暑いにゃ・・・・・・。」
「アリス、脱がなくて良いのか?」
「見てるこっちが暑苦しいわよ。」
皆の視線に促され、試しに帽子を取ってみる・・・・・・暑い。
帽子を被り直す。
「ちょっと、何で戻すのよ?」
「いや、何でかこっちの方が快適だし。」
肌を晒す皆とは対照的に、俺はマントと帽子、手袋にレッグウォーマーと完全装備、全身真っ黒である。
だが、灼熱の陽に晒されようが汗一つ掻いていない。
この装備一式は先日手に入れた黒い毛皮のマントを再加工して作られた物だ。
寒い場所から一気に暖かい場所へ移動して来た訳だが、快適な温度を保っていてくれている。
なるほど、良い毛皮だ。
毛皮の質がどうとかいう問題でもない気がするが。
再加工したのはイストリア家に所縁のある一流の職人という話である。
先日訪れたウィロウさんは、あの黒い毛皮を受け取りに来ていたらしい。
そこで俺へのプレゼントだと言う話を聞き、急遽呼んだそうだ。サイズの問題があるからな。
成長しても着られるようにと大きめに作られているため、今はブカブカだが。
それでも毛皮が余ったので帽子などはオマケである。
マントのポケットに忍ばせられていた手紙にはその旨と、フラムの事を宜しくと書かれていた。
きっと、あの老紳士の字だろう。
てっきりフラムが使う物とばかり思っていたので、贈り物として手渡された時には驚いた。
まぁ、それは俺だけだったんだが。
他の皆は知らなかったけど分かっていたと言う話だ。
女の子の身体になっても女心は理解出来てないらしい。
ともあれ、黒い毛皮装備一式を仕舞い、俺達は常夏の島で宿を探し始めた。
何で脱いだかって?
確かに快適だけど、奇異の視線には堪えられなかったんだよ。
*****
常夏のリゾート地。トコナツ。
学院生が冬休みになれば一度は訪れると言われている場所だ。
その名の通り、魔道具によって一年を通して温暖な気候に包まれている。
そんな島のビーチだが、去年よりも賑わいが少ない。
話を聞くと、どうやらイベントが終わってしまったからのようだ。
例の不定期魔物襲撃イベントである。
今年は巨大イセエビが三体も現れたらしい。
少し残念だが、その分ビーチを堪能出来るようだし、良しとしよう。
「こんどは何買ってきたの?」
フィーが海の家から戻って来た俺の手にある器を覗き込んだ。
昇り立つ湯気が顔に直撃したのか、フィーが顔をしかめる。
「イセエビラーメン、だって。」
巨大イセエビをふんだんに使っているらしい。
出汁は言わずもがな、麺もイセエビの身が練り込まれた平麺になっている。
三体も出た所為で素材が駄々余りなのだろう。
イセエビアイスなる物まで売られていた。
そのイセエビの匂いに釣られて、ビーチで遊んでいた皆が集まってくる。
「もー、アリスってば。こんな暑いのに何でそんな熱そうなの買ってくるんだよー。」
「あはは・・・・・・、そうだったね。ごめんごめん。他の皆はどうする?」
「確か去年のデカイ奴だったな?あれは美味だった。」
「そうね、一口頂けるかしら。」
「わたしも。」
「あちしも食べるにゃー!」
「ぁ、アリスも・・・・・・食べる、なら。」
「えっ、あっ・・・・・・ボ、ボクだって食べないとは言ってない!」
*****
遊び疲れ、ビーチチェアでゆったりと海を見ている皆に声を掛ける。
「明日は島の反対側に行ってみない?」
「反対側って、何があるの?」
「確か案内には釣りの名所、とあったわね。」
「釣りか・・・・・・、懐かしい。よく師匠の為にやらされたな。」
「そういえば、学院に入ってからは覚えがないわね。」
「ボクもやった事あるけど退屈だよ、釣りなんて。釣れた事ないし。」
学院に来る前、村の近くの稽古場に使っていた河原でよく三人で釣りをしていたのだが、ニーナは釣り中も五月蠅いので魚が喰い付かないのだ。
ニーナに巻き込まれて三人ともボウズ、なんて事もあった。
それ以来、俺かフィーのどちらかでニーナを構っている間、離れた場所で釣るというのが暗黙の了解となっている。
「釣った魚を持ち込んだら料理してくれる所もあるみたいだよ。」
「食べれるにゃ!?」
「うん、沖まで船を出してくれたりもするみたいだよ。」
「へぇ、どんな魚が釣れるのかしら?」
「それはやってみないと分からないね。どうする?」
「とは言っても、島の中央にある大きな山を迂回しないといけないわね。」
「あれを迂回するとなると・・・・・・結構な時間が掛かりそうだな。」
島の地形は南側がビーチ、北側が釣り場となっており、中央の山の南側の麓には温泉街、北側の麓には釣具店や料理屋が主に並んでいる。
去年俺達が過ごしたのは南側のみ、ということだ。
「それは大丈夫。麓の街が地下鉄で繋がってるみたいだから。」
「ちかてつ・・・・・・とは何だ?」
「えーっと、地面の下に横穴を掘って、そこに馬車みたいなのを走らせてるんだよ。」
「・・・・・・外を走らせたらダメなのか?」
「ま、まぁ、色々あるんじゃないかな。」
「明日実物を見てみれば良いじゃない。そうでしょう、ヒノカ。」
「ふむ、確かにそうだな。」
*****
「おお、でっかい白ヘビだにゃ!」
真っ白なボディから伸びた流線型の鼻。
ギラギラと光る瞳は暗いトンネルの先をを照らし出している。
・・・・・・新幹線やないかい!
翌日の朝に地下鉄のホームで待っていた俺達の前に現れた車両は紛れもない新幹線だった。
ただ、四両編成な為、どこか玩具っぽい。
ホームに張られたポスターには他の車両の写真も掲載されており、走る車両は週替わりになっているそうだ。
来週は蒸気機関車らしい。もちろん蒸気機関で動く訳ではないが。
「これに乗る・・・・・・のか?」
「うん、皆も早く乗って。」
ポカンと口を空けている皆を促し、中へ乗り込んだ。
内装も中々凝っており、グリーン車のような造りになっている。
「ね、ねぇ、なんだか豪華なのだけれど・・・・・・。本当に銅貨三枚で良かったのかしら?間違ってないわよね?」
料金は大人が銅貨四枚。子供が銅貨二枚。
往復券を買うと銅貨一枚分お得になる。
観光地という事を鑑みれば、リーズナブルなお値段と言えるのではないだろうか。
「大丈夫だよ、リーフ。ほら、座ろう。」
二人掛けの座席をぐるりと回転させ、計四席の向かい合わせのスペースを作った。
全員で一席ずつ占領するのは気が引けたので、二人で一席に座る事にしたのだ。
座席はリーフの膝の上にはフィーが座り窓側へ、ヒノカの膝の上にはニーナが座り通路側へ、フラムの膝の上に俺が座り通路側となった。
ヒノカ達の隣の窓側に陣取ったサーニャは窓の外を興味深そうに眺めている。
「痛くない、フラム?」
「ぅ、うん・・・・・・ふふ。」
「外はまっくらだねー。」
「こ、こら。あまり動くな、ニーナ。」
「フィー、お腹は空いてない?」
「うん、だいじょうぶ。」
カタン、と車体が揺れ、ゆっくりと加速を始めた。
音は小さく、加速感だけが身体に伝わってくる。
「わ、わ、動きだしたにゃ!」
とはいえ、地下のトンネルである。
見える景色と言えば、所々に設置されたライト。
それに照らされた向かい側にある平行に真っすぐと伸びた線路だけだ。
だが、それだけの景色でも結構なスピードが出ている事が分かる。
顔と尻尾をふりふりさせて目まぐるしく光を追うサーニャは楽しそうだ。
「ね、ねぇ・・・・・・ず、随分と速いようだけれど。」
リーフの言葉に答える。
「これならすぐに北側に着いちゃいそうだね。」
「そ、そんなぁ・・・・・・。」
残念そうなフラムとは対照的に、ヒノカが安堵の表情を浮かべた。
「その方が有難いな・・・・・・。」
「えっ、ボクそんなに重い!?」
「だ、だから暴れるなと言っているだろう。」
そんなやり取りをしている中で、フィーが心配そうな声を上げる。
「リーフおねえちゃん、どうしたの?」
「だ、大丈夫よ、フィー。」
言葉とは裏腹に、リーフの顔は少し青ざめている。
「どう見ても大丈夫ではないぞ、どうしたのだ?フィーも心配している。」
「ぅ・・・・・・そ、その・・・・・・怖いの、速くて・・・・・・。」
この世界でこれだけの速度が出る乗り物なんてまず無い。
慣れないスピードに恐怖を覚えるのも当然か。
「席変わるよ、リーフ。」
「で、でも貴女達が・・・・・・。」
「あぁ、私は平気だから。フラムは大丈夫?」
「ぁ、アリスがいる・・・・・・から。」
「という訳だから。さ、立って。」
三人がかりで渋るリーフの席を移動させ、俺とフラムで窓側へ座る。
「ごめんなさい・・・・・・、情けないわね。」
「そ、そんな、こと・・・・・・ない!」
「フラム・・・・・・?」
「ゎ、私の方が、怖い物・・・・・・い、いっぱいあるから・・・・・・。」
「ふふ・・・・・・ありがとう。」
遮光カーテンを下ろし、外の景色を遮断する。
「これで少しはマシかな?」
「ええ、そんな物があったのね。」
唐突にドンと衝撃音が響く。
「ひぅ!・・・・・・な、なに?」
「南側に行く列車とすれ違ったんだよ。今のは空気がぶつかって音が出ただけだから大丈夫。」
「うぅ・・・・・・か、帰りもコレに乗らないといけないのよね・・・・・・。」
「ああ・・・・・・うん、そうだね。まぁ、サーニャみたいに寝てればすぐに着くよ。」
外の景色を見飽きたサーニャは、早々に寝息を立てて眠ってしまっていたのだ。
リーフが恨めしそうにサーニャを見つめる。
「こんな所で眠れないわよ・・・・・・。」
<次は北側駅~北側駅~。>
リーフの言葉に重なるように車内放送が流れた。
そろそろ到着するようだ。
「もう着くみたいだね。」
「えっ・・・・・・もう?もっと掛かると思っていたのだけれど。」
「山を迂回させずに真っすぐ線路を引いてるからね。思ったより速度も出てたみたいだし。」
そんな話をしている間にも列車は徐々に減速し、カーテンの隙間からホームの光が見えてくる。
「随分とあっけなかったな。これならあまり戻る時間を気にせずに過ごせるではないか?」
「そうだね、結構遅くまで運行しているみたいだし。」
「ほんと!?やったー!」
「た、頼むから暴れるな、ニーナ・・・・・・。」
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