69話「虎穴」

 読書の秋。

 こちらの世界にそんな言葉は無いが、暑かった日々も過ごし易くなっている。

 時間の空いた俺は古紙の匂いが漂う図書館へと訪れていた。


 学院敷地内にある大きな建物で、中にはびっしりと本が納められている。

 貸出は行っていないが、中では自由に本の閲覧が可能だ。


 俺が開くのは専ら魔法関連の本。

 皆と同じ魔法が使えるようにならないかと、こうして暇を見つけては足繁く通っているのだが、依然手掛かりも掴めていない。


 分かった事と言えば、極稀ではあるが俺と同じ様に魔法が使えない人がごく少数であるが居たという事、そしてその人達が魔法を使えるようになる事は無かったという事だ。

 所謂お手上げ状態、というやつである。


 本に載っていた人達の場合は、生まれた頃に重い病気に罹ったのが原因ではないかと記されていた。

 ただ、俺はそんな大病に罹ったことなどない。精々風邪程度だ。


『はぁ・・・・・・この本もハズレだったか。』


 開いていた本を閉じて魔法関連の書棚へと向かい、本を戻す。

 他の本の背表紙を見てみるが、どれも読んだ記憶があるものばかりだ。


『むぅ・・・・・・この棚はもう全部見たか?』


 勿論すべて熟読した訳ではないが。というか殆どがパラパラと見ただけである。

 どうしたものかと考えていると、少女の声で呼び掛けられた。


『今日も精が出るね。勉学少女ちゃん。』


 栗色の髪を二つのお下げにした伊達メガネの女の子。通称『司書ちゃん』。

 この図書館の司書長を務めている少女――まぁ、魔女の一人である。

 両親を病気で早くに失くしたところを学院長に拾われ、この図書館で働いている・・・・・・という設定だ。

 その話に心を打たれ、求婚してくる貴族のお坊ちゃんも居るとか居ないとか。


『ああ、司書ちゃんか。魔法関係の本って、この辺だけ?』

『この辺だけだね。ってか教科書みたいな本ばっかでつまらんでしょ?』


 みたい、というより学院の授業で使われた歴代の教科書が半分以上あるのだ。

 残りは先生方が書いた研究書などである。


『うーん、じゃあ医学関係かなぁ・・・・・・。』

『探してるような本は無かったと思うぞ?』


 司書ちゃんは司書長をしているだけあって図書館内の本は殆ど目を通しているらしい。

 勿論全てを覚えている訳ではないが、珍しい記述があれば記憶の片隅には残っているようである。

 前述した例も司書ちゃんに教えて貰った本に載っていたものだ。

 その彼女が無かったと言うのなら探しても無駄だろう。


 ちらり、と図書館の奥にある扉に目を向けた。

 鋼鉄で出来た頑丈な扉に大きな錠が掛けられている。

 扉の上に掲げられたプレートには「禁書室」の文字。

 次に探すとなれば、あの扉の奥だろうが・・・・・・。


『なぁ、司書ちゃん。禁書室に入りたいんだけど・・・・・・、何とかならないか?』

『いいよ。』


『そんなあっさり!?』

『別に読んだら死ぬ本とか、何かが封印されてる本なんて無いしね。転生者なら普通に入れて良い事になってる。』


『そ、そうなのか・・・・・・。』


 今まで遠慮していて損した気分だ。


『でも・・・・・・キミが探してるような本は無いと思うよ?』


*****


 本棚の合間を縫い、禁書室の扉の前までやってきた。

 遠くで見るよりも頑丈で重そうだ。

 大きな錠には埃がこれでもかと積もっており、何年も開かれた様子が無い。


『こんなデカいの、どうやって開けるんだ?』

『そっちじゃないよ、こっちこっち。』


 司書ちゃんが扉の隣にある本棚の前に立ち、手招きする。

 俺はその誘導に従って司書ちゃんの隣に立った。


『”虎穴に入らずんば虎児を得ず”。』


 司書ちゃんの言葉に反応し、目の前の本棚がスゥーっと床に沈んでいく。

 そして、本棚の後ろに隠れていた扉が姿を現した。


『なるほど、それでそっちのデカい扉は開けた様子が無い訳だ。』

『あれはただの飾りだからね。』


 司書ちゃんが扉を開くと、石造りの階段が四角い螺旋状に下へと伸びていた。

 壁面には明かりの魔法が施されており、館内よりも明るい。

 中に入ると司書ちゃんが扉を閉め、壁にあるボタンを押した。


『これで外の本棚を操作出来るんだよ。こっちから操作する時は周囲に人が居ると無理だけどね。』


 一応バレないよう配慮されているらしい。

 司書ちゃんの後に続いて一歩ずつ階段を下りていくと、五十も数えない内に部屋へと辿り着いた。

 地下である為か天井が低く、広い面積も上を支える為の壁や柱で区切られているお陰で狭く感じられる。

 階段と同じく天井や壁面には明かりの魔法が施されており、本を読むのに支障は無さそうだ。

 肝心の本は備え付けられた本棚にビッシリと詰まっている。


『ここが地下一階で、今は地下三階まであるよ。移動は階段かエレベーターで。三階は殆ど空っぽだけどね。』


 司書ちゃんが説明を続ける。


『本は各階でタイトルの五十音順で並んでて、下に行けば新しい本があるよ。ホントはジャンル分けとか出来ればいいんだけどね。』


 本が増える度に下へと増築していくのだろう。

 司書ちゃんの説明を聞きつつ、本棚にある背表紙に指を這わせて眺めていく。

 その大半が日本語で書かれたもので、共通語で書かれたものは数えるほどしかない。


『ここの本は転生者が書いた物で、こちらの世界の人が理解出来そうにない本はこっちで管理することになってるんだ。別に見られても問題はないけど、上の本と一緒にしてると探し辛くなっちゃうからね。』

『いやまぁ、それはいいんだけどさ・・・・・・。』


『どうかした?』

『・・・・・・エロ本ばっかりなんだけど。』


 ”メイド”やら”女騎士”やら見慣れた単語が散見される。

 適当に一冊抜き取り、パラパラとページをめくると巫女姿の少女が触手に凌辱されていた。

 ・・・・・・うむ、参考にさせてもらおう。


『ぶっちゃけると同人書庫だしね。いや、エロ以外もちゃんとあるよ?』

『虎穴ってそういう事かよ・・・・・・。確かに、俺の探してる本は無さそうだ。』


『一応魔法の研究を纏めた本なんかもあるけどね。覚えてる限りではキミに役立ちそうなのは無かったよ。上にある教科書よりは面白かったけど。』


 退魔師云々とタイトルを付けられた本を棚に戻し、溜め息を吐く。

 ・・・・・・手詰まりだ。


『まぁ元気出しなよ。別の魔法が使えてるんなら問題ないでしょ。良い触手凌辱本紹介してやろうか?』

『どんな慰め方だよ・・・・・・いやまぁ、見るけどさ。』


*****


 暫く図書館で過ごした後、レンシアの元へと足を向ける。

 出来れば自分の手で解決したかったが、他に思いつく手がない。

 いつも通り、学長室の奥の部屋へと通された。


『皆と同じ魔法が使えない・・・・・・ね。』

『俺の場合は魔力操作って言った方がいいかもしれないけど。』


『魔力操作か・・・・・・でも本来の魔法としてはそっちが正しいのかもな。』

『どういう事だ?』


『この世界の住人が使う魔法・・・・・・何かに似てると思わないか?』

『似てる・・・・・・?』


『言葉に応じて発現するアレだ。』

『魔道具か。』


 言われてみれば確かにそうだ。

 呪文を起動語と置き換えれば魔道具そのものである。

 レンシアが自らの胸の辺りを指す。


『この世界の人間の身体には、生体魔道具があるんだ。心臓の近くにな。こいつのお陰で呪文一つで魔法が使えるんだ。』

『俺にはそれが無いのか?』


『いや、アリスにもある筈だ。身体はこの世界の人間だしな。原因はそれの不調か何かだろう。』


 何か途方も無い話を聞かされたが、要は魔道具の故障が原因である。

 とはいえ――


『・・・・・・治せるのか、それ?』

『無理じゃね?』


 どうするにしろ、調べるだけで自分の胸を切開する必要があるのだ。

 そんな事が出来そうなのは、どこかのブラックな医者くらいだろう。


『まぁ、とりあえず製作者に問い合わせておくよ。』

『製作者?』


『神サマだよ。』

『随分ユーザーフレンドリーだな。』


『余り期待はしないでくれ、返事が何時あるかもわからないしな。』

『そうなのか?』


『あちらとは時間の概念が随分違うようだからな。今日質問した答えが昨日に返ってくるなんて事もある。』

『どういう状況だよ・・・・・・期待しないでおくわ。』


『さて、この話はまた今度だ。どうやら客が来たみたいだぜ。』

『そうか、時間を取らせてすまなかったな。』


『オレじゃなくてアリスに、だ。』


*****


 学長室から出るとフラムが壁に背を付けて待っていた。


「どうしたの、フラム?」

「ぁ、ご・・・・・・ごめん、なさい。邪魔・・・・・・して。」


「良いよ、用事は済んだ所だったしさ。それより良く此処が分かったね?」

「と、図書館の・・・・・・子に、聞いて。」


 人見知りのフラムがそこまでするとは、余程急ぎの用事なのだろう。


「それで、用事は何かな?急いでるんでしょ?」

「ぁ、あの・・・・・・!い、いっしょに・・・・・・来て。」


 フラムに手を引かれて着いたのは、学院の敷地内にある来賓館。

 立派な建物で、外からの客人や生徒が家族と会ったりする時に使われている。

 その中の一室へと通された。


 部屋には執事の恰好をした初老の男性が一人。

 俺とフラムの姿を認めると、その男性が俺の前に膝を着き、頭を垂れた。

 しかし、その瞳はしっかりと俺を捉えている。


「お初にお目にかかります、アリューシャ様。私めはイストリア家に仕えさせて頂いております、ウィロウと申します。」


 スカートの裾を摘まみ、礼を返す。


「あの、アリューシャと言います。えーと・・・・・・ご用件は何でしょう?」

「ぁぅ、あの・・・・・・その・・・・・・。」


 その問いに一番慌てたのが当のフラムである。

 ウィロウさん、という人物に対しては怯えの色が見えないので特に問題は無さそうだが。

 そのウィロウさんが言い淀むフラムの代わりに答える。


「フラムベーゼ様に良くして頂いているようで、是非にご挨拶をと。」


 さて、と頭を働かせる。

 お嬢様の友人に相応しい相手か見定めるためにでも呼んだのか?

 後から変な刺客が送り込まれたりしないだろうな。

 ただ、そんな事で態々イストリア家の娘であるフラムに使い走りのような事をさせるだろうか?


「ほっほっほ。そのように身構えなさらずとも、他意は御座いません。と、いうことにして頂けると有難いのですが。」


 小さくウィンクして見せるウィロウさん。

 随分とお茶目な人のようだが・・・・・・、おろおろとするフラムを見ているのも忍びない。


「・・・・・・分かりました、そう言う事にしておきます。それなら、そろそろお暇した方が良さそうですね。」

「お心遣い、有難う御座います。お時間を取らせて申し訳ありませんでした。フラムベーゼ様の事、今後とも宜しくお願い致します。」


 深々と頭を下げる老紳士。

 その姿からフラムへの愛情が伝わってくる。

 学院に通っているフラムの事を随分心配していたのだろう。


「いえ、こちらこそ。それじゃあフラム、ゆっくりしていって貰いなよ。」

「ぅ、うん・・・・・・。ご、ごめんね。」


「大丈夫だよ。」


 まぁ、積もる話もあるだろうからな。

 俺はポンポンとフラムの頭を撫で、素直に引き下がる事にした。


 外に出ると空は茜色に染まり、一日の終わりを告げている。

 さて、今日の晩御飯はどうするか。

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