62話「遊戯の塔」

 円筒の細長い石造りの建築物。塔。

 東京タワーとまでは言わないが、それなりの面積と高さを備え、青い空を貫くように立っている。

 塔の入り口にある両開きの扉からは真っすぐと道が伸び、終着点は俺達の居る広場。


「今度は塔か。」


 探索には一日も掛かりそうにない大きさだが・・・・・・。


「とりあえず、入ってみましょう。」


 周囲には他の道も無い。

 リーフの提案に頷き、塔の入り口まで進んで扉に手を掛けた。

 押し開くと扉が軋む音が響き、段々と中の様子が窺えるようになってくる。


 石畳の床、高い天井、外を切り離す壁。

 それだけで中の空間は構成されていた。

 壁にはいくつか穴が設けられ、そこからは光が差し込んでいる。


 そして、その部屋の中心には一体の魔物が坐していた。

 ゴブリンである。


 刀を抜いて構えるが、こちらからは仕掛けない。

 何かのイベントの可能性もあるのだ。


 動かずにいるとゴブリンはゆっくりと立ち上がり、短剣を抜いてこちらへ向かって構えた。


「戦って・・・・・・構わないのかしら?」

「剣を構えたって事はそうなんだと思うけど・・・・・・。」


「なら、私が行こう。」


 ヒノカが刀を構えたまま一歩、また一歩と近づき、徐々に速度を上げていく。

 間合いを一気に詰め、ヒノカの刃が舞った。


「はぁっ!」


 刀身が鞘へと戻る頃にはゴブリンの身体は崩れ去っていた。


「随分と呆気ないわね。」

「まぁ、ただのゴブリンだったしね。」


「み、見て!天井が動いてるよ!?」


 ラビが指した個所を見上げると、天井からゴリゴリと音を立てながら階段が現れた。

 察するに敵を倒すと階段が出てくる仕組みのようだ。

 という事は―――


「この上にも魔物が待ってるんじゃないかな、多分。」

「じゃあ次はボクがやりたい!」


「あちしもやりたいにゃ!」

「わたしも!」


「じゅ、順番にね。まだ上はあると思うし。」


 一対一じゃなくても良いと思うんだが・・・・・・。

 ともあれ、逸る三人を抑えながら現れた階段を上っていく。

 二階も一階と変わらない空間が広がっていた。

 そして、俺達を待っていた魔物はオークである。


「よし、ボクと勝負だ!」


 ニーナがオークに対峙し、剣を構えた。

 それを合図に、オークが手に持ったメイスを振り回しながら突進していく。


「”水弾(アクバル)”!」


 ニーナから小さな水弾が放たれ、バシャリとオークの顔に当たった。

 殺傷能力は全く無いが、その分魔力の消費は少なくなっている。

 だが、目眩ましには十分だ。


「グォアアア!!」


 オークは片手で顔を拭い、もう片方の手で闇雲にメイスを振り回す。

 そのメイスを難なく躱したニーナはオークの股を抜き、両脚の腱を切り裂いた。

 脚に力が入らなくなったオークはガクリと膝を崩して倒れ込み、無防備になった首をニーナの全体重を乗せた一突きが貫く。

 延髄を破壊されたオークは絶命し、その命と共に身体も塵となって消え去った。

 強化魔法も無しにこれを成し遂げてしまうのだから、やはりニーナは凄い。


 オークが消え去ると、先程と同じ様に階段が現れた。

 どこまで続くのかは分からないが、とにかく上るしかないようだ。


 三階で俺達を待っていた魔物は、三叉の槍を携えた半魚人だった。

 サハギンと呼ばれる魔物である。


「あれ、食べられるかにゃ?」


 いやまぁ、魚だけれども。


「・・・・・・お腹壊すかも知れないからダメ。」

「分かったにゃ~・・・・・・。」


 肩を落としながらサーニャがサハギンの前に立つ。


「ま、頑張るにゃ!」


 サーニャの声と同時に、サハギンの槍が襲い掛かる。

 それを寸での所で躱す。


「わわっ!いきなりなんてズルいにゃ!」


 繰り出される連続の突き攻撃を紙一重で避けているが、余裕が感じられる。

 そして、槍が伸びたところをガシリとサーニャが捕まえた。

 槍を捉えられ一瞬動きが止まったサハギンの顔面に、サーニャの拳が炸裂する。


「うにゃっ!!」


 サハギンは堪らず槍から手を放して吹き飛ばされ、石畳の上を転がる。

 サーニャは転がるサハギンを追いかけ、奪った槍でその身体の中心を貫いた。

 それが止めとなり、サハギンの身体は崩れ去っていく。


「ふふんっ、やったにゃ!」

「お疲れさま、サーニャ。怪我はない?」


「大丈夫にゃ!」


 さらに俺達を上へと誘うべく、新たな階段が現れる。

 上った先に待ち構えていた魔物はリザードマン。要するにトカゲ人間だ。

 皮膚は硬い鱗に覆われ、生半可な攻撃は通さない。

 背は高く、俺の5~6倍はありそうだ。


「次はわたしだよ。」


 フィーは言葉と共に剣を構え、リザードマンに対峙する。

 フィーの剣とリザードマンの剣。どちらも同じ長剣だが、長さも重さも、その差は歴然である。


「だ、大丈夫、お姉ちゃん?」

「うん、まかせて。」


 地を蹴り、弾丸のように飛び出したフィーにリザードマンの刃が襲い掛かる。

 空気が唸りをあげる程の一撃を難なく躱し、フィーの剣がリザードマンの腕を捉えた。

 ―――が、その一刀はリザードマンの厚い鱗に阻まれ、致命打を与えるには至らない。


「だ、ダメだよ、全然効いてない!」

「落ち着け、ニーナ。まだ始まったばかりだろう。それに・・・・・・フィーには何か手があるようだ。」


 唸る刃をくぐり抜け、フィーが素早くリザードマンの背後を取り、尻尾へ一撃加える。

 それも鱗に弾かれてしまったが、どうやら痛かったようで、怒りの声を上げながらリザードマンが暴れ出した。

 剣を振る速度が上がり、空気を裂く音が大きくなったのが分かる。


 だが、その分大振りになり、隙も大きい。

 その隙を突いてフィーがひらりとリザードマンの懐へ飛び込んだ。

 気付いた時にはもう遅い。

 間合いを取ろうと退いたリザードマンに追い縋り、鱗に覆われていない喉元をフィーの剣が貫いた。

 頭頂部から突き出し刃は、脳までも破壊した事を語っている。


 絶命したリザードマンの身体は崩れ、次の階段が姿を現した。


「す、凄いわね・・・・・・ティグルーと同じ事をやってしまうなんて。」


 リーフの呟いた言葉に問いを返す。


「どういう事?」

「勇者ティグルーが蜥蜴の魔物を倒す物語があるのだけど、同じ様に喉元を貫いてその魔物を倒すのよ。」


 それを再現して見せたということである。

 勇者ティグルーも中々侮れないな。


 労いもそこそこに次の階段に足を掛ける。

 五階で俺達を待ち構えていた魔物は5メートルを超す鬼の魔物、オーガだった。

 赤い肌に筋骨隆々な四肢、頭から生えた角はそれだけで武器になりそうだ。

 その手には巨大な斧。あんな物に当たればひとたまりも無いだろう。


「ね、ねぇリーフ。物語にアレの倒し方は載ってた・・・・・・?」

「・・・・・・無いわよ、あんなの。」


「来るぞっ!」


 大きく振り上げられた斧が俺達目がけて振り下ろされる。

 慌ててフラムとラビを触手で抱え、跳んで躱した。

 轟音が響き、石の床が抉られる。


 最初の一撃を躱したヒノカは刀を一閃させ、オーガの斧を持つ手を斬りつけた。

 しかし、硬い筋肉に阻まれ、表面を浅く傷つけただけで終わってしまう。

 ヒノカの攻撃を物ともせず、オーガは斧を構え直す。

 今度は横薙ぎの構えだ。

 力を溜めたオーガが斧で薙ぎ払う。


「皆、伏せてっ!」


 身長差があったため身を低くすることで回避できたが、その一撃が生み出した突風で髪が煽られ、嫌な汗が背中を伝った。

 今度はフィーとニーナの剣が隙を見せたオーガに踊りかかる。

 しかし、それもオーガの皮膚を薄く裂いただけに止まった。


「ダメだよ、コイツも全然剣が効かない!」

「それなら・・・・・・”氷矢(リズロウ)”!」


 リーフの放った氷の矢がオーガの胸に突き刺さる。

 だがそれも分厚い胸板に阻まれて決定打にはならず、刺さった氷の矢はオーガの手によって握り潰された。


「ダメみたい・・・・・・ね。」


 これでは埒が明かない。もっと強力な一撃が必要だろう。

 前線で戦うヒノカ達に声をかける。


「少しの間保たせて!」

「任せろ!」


「あちしも行ってくるにゃ!」


 サーニャも混じり、四人とリーフの援護でオーガを翻弄し始めた。

 こちらも準備を始めよう。


 控えるキシドーを呼び、荷車を持ってこさせた。

 予備の土で空洞のでかいハンマーを作り、積んでいる鉱石をその中に詰める。

 迷宮産の鉱石を変化させることは出来ないが、こうして丸々重りとして使うのなら、何ら問題はないのだ。

 隙間を土で埋めて固定し、完成。それをキシドーに持たせる。


「フラム、合図をしたら魔法を撃てるようにしておいて。アイツの動きを止めるから、そこに強力なのをお願い。」

「で、でも・・・・・・私の、魔法・・・・・・は。」


 強力であればあるほど、周囲への被害が大きい。

 だが、この迷宮内であれば少々破壊したところで誰にも迷惑は掛からないのだ。

 ・・・・・・まぁ、製作者には掛かるかもしれないが。


「此処なら気にしなくて大丈夫だから。皆のことは私が結界を張って守るし、半分くらいの力で頑張ってよ。」

「は、半分・・・・・・?」


「うん、フラムの力ならそれくらいで倒せると思うしさ。」

「そ、そんなの・・・・・・―――」


「出来るよ。私を信じて。」

「ぅ、うん・・・・・・。」


 集中を始めたフラムから離れ、待機しているキシドーの脚をぺしぺしと叩く。


「まずはアイツの体勢を崩して、それからコレを打ちこんで動きを止める。」


 楔の形に変えた剣をキシドーに見せる。


「合図をしたらこの楔を思いっきりぶっ叩いて、分かった?」


 コクリ、とキシドーが頷いた。

 それから少しだけ細かい指示を行い、戦線へと混じっていく。


 戦況は変わらずだが、オーガには細かい傷が増え、血が流れ出している。

 ヒノカ達に大事は無いが、少し疲労が出てきているようだ。


 ヒノカ達と視線を交わし、キシドーを伴ってオーガの背後を取る。

 斧を振り回し、オーガの片足に体重が乗った瞬間を見計らい、キシドーに指示を飛ばした。


「まずはあそこを狙って!」


 ハンマーが呻りを上げ、俺が指し示した位置―――膝の裏へと炸裂した。

 所謂膝カックンというやつである。

 オーガは堪らず体勢を崩し、膝と手を地に着けた。


 すかさず俺は楔型の剣をオーガの手の甲に突き刺す。

 とは言っても、俺の力では貫くことなど出来ない。


「キシドー、思いっきりやって!」


 俺の合図で重力を乗せた一振りが楔形の剣へと振り下ろされた。

 その一撃で楔形の剣はオーガの手の甲と石床を貫き、その場に縫い止める。

 オーガが咆哮の様な悲鳴を上げ、斧を放り出して楔形の剣へと手を伸ばした。


「今度はあっち!」


 無防備になった反対側の脚へ背後から回り込み、その脛をハンマーでかち割る。

 オーガは今度こそ悲鳴を上げ、剣を抜こうとしていた手で脛を押さえた。

 魔物でもやっぱり弁慶の泣き所は痛いらしい。


「皆、フラムの後ろに集まって!魔法がくるよ!」


 その一言で理解したのか、皆が血相を変えてその場から離脱する。

 キシドーにもハンマーを捨てて走るように指示し、共にフラムの元へと戻った。


「フラム、お願い!」

「ぅ、うん・・・・・・!」


 フラムがオーガに向けて構えると掌に魔力が凝縮され、それと共に周囲の温度が上がっていくのが肌でも感じられる。


「障壁を張るから皆近くに集まって。」


 魔力を操って仲間達を覆うドーム状の水の障壁を作り出し、フラムと視線を交わして頷く。


「ふぉ・・・・・・”火弾(フォムバル)”!」


 その呪文によって凝縮された魔力が火の力へと変換され、灼熱の塊が放たれた。

 熱によって空気を膨張させて暴風を発生させながら、石床に縫い止められたオーガ目がけて飛んでいく。

 オーガはそれを受け止めようと空いている手でその塊を掴んだ。

 だが、灼熱の勢いは止まる事を知らず、オーガの手を、腕を、蒸発させながら進む。

 そして、断末魔を上げさせる間もなく、胸から上のパーツを消し去った。

 そのまま直進して壁にぶち当たった灼熱の塊は大爆発を引き起こし、壁に大きな穴を空けた。


 水の障壁を解除し、床に撒くとジュウジュウと小気味の良い音を立てて蒸発していく。

 しばらく冷ます必要がありそうだ。


「お疲れ様、フラム。」


 ふらふらとこちらへ戻って来たフラムの体を抱き留める。

 その身体は火傷しそうなほど熱い。

 半ばまで薄い青色に染まっていた髪も、徐々に炎の色を取り戻した。


 オーガの残った身体の一部もやがて崩れ去り、次の階段が降りてくる。

 見上げると、その階段の向こうには青い空が広がっていた。

 この上は屋上になっているようだ。


 何とか歩けるくらいまで冷ました床を進み、寝息を立てるフラムを背負ったまま階段を上がった。

 屋上に足を踏み入れ見渡してみるが、魔物は居ないようだ。

 代わりに中央に宝箱と次の迷宮への門。


「あっ!何か箱があるよ!あけてみようよ!」

「ちょ、ちょっと待ってニーナ!」


 宝箱に駆け寄ろうとしたニーナを慌てて止める。


「ど、どうしたのさ、アリス?」

「罠かもしれないから、私が開けるよ。」


「えーっ、ボクがあけたい!」

「開けた瞬間に爆発しても知らないよ?」


「うっ・・・・・・。じゃあいいや。」


 妙な魔力は視えないが、魔法を使わない仕掛けの可能性もあるので油断は出来ない。

 皆が階段に身を隠したのを確認し、触手を伸ばして遠くから宝箱を開いた。


「・・・・・・なーんだ、何も起きないじゃん。」

「それが一番良いんだけどね。キシドー、ちょっと見て来て。」


 俺の命令にキシドーは頷き、宝箱に近寄る。

 コンコンと叩いたり、パカパカと開閉を繰り返しても何も無いようだった。


「問題無い・・・・・・みたいね。」

「そうだね、行ってみよう。」


「やった!ボクが一番!」


 喜んで駆けて行ったニーナの後ろから宝箱を覗きこむ。

 中にはギッシリと目も眩むほど黄金色に輝く硬貨が詰まっていた。


「これは・・・・・・迷宮のお金ね。」

「でもこれ・・・・・・全部1G硬貨だよ・・・・・・。」


 重い貯金箱を割ったら一円玉しか入っていなかった様な残念な感じである。

 全部硬貨袋に入れてみると、1000G硬貨が一枚残った。

 お金こそそれだけであったが宝箱の底には帰還の鍵が一つ入っており、嬉しさ半分と言ったところか。


「とりあえず、今日はここで休もうか。フラムも疲れちゃってるし。」

「えぇ、頑張ってくれたものね。」


 眠っているフラムの頭をリーフが撫でる。


「ボクだって頑張ったのに~。」

「うふふ・・・・・・そうね、貴女達も頑張ったわね。」


 皆が明るい表情をする中、一人だけ落ち込んでいるラビ。


「うぅ・・・・・・私だけ何もできなかった・・・・・・。」

「まぁまぁ、ラビもたまには頭を休めておかないと。また頼ることになると思うしさ。」


 沈むラビを慰めつつ、野営の準備に入る。

 眠るフラムを起こさないようにしながら。

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