63話「ばか」
迷宮闘技場。
再びこの場所へとやって来た。いや、再びと言うのは少し語弊があるか。
現在位置は20階層であるが、その様相は10階層と変わらないのだ。
正面にある大きな門を進めば闘技場に出てボスと戦う事になるのだろう。
道具屋、武具屋に宿屋に食事処。並ぶ店にも変わりは無い。
お金は十分にあるので、またしばらくは此処で過ごすことになりそうだ。
まぁ、早く戻ったところで街には特に見所も無いのだし。
それはここも同じだが、こちらの方が快適に過ごせるのだ。
夏休みが終わるギリギリまで滞在すれば良い。
「はぁ・・・・・・やっと着いたわね。もうクタクタだわ。」
「そうだね、先に宿を取っちゃおうか。」
荷車を宿屋の前に停め、中に入る。
他に人間はいないので荷車は放っておいても問題無い。
そもそも扉を通らないしな。
宿屋では相変わらずゴブリンの店員がお出迎え。
すっかり慣れてしまった皆は特に騒ぐ事も無く、それぞれの部屋へ別れた。
二人一部屋で広くはないが、ふかふかの二段ベッドにバス・トイレ付き。
此処までの野営生活に比べれば至れり尽くせりである。
「お姉ちゃん、ベッドはどっちがいい?」
「アリスはどっちがいいの?」
「私は別にどっちでも―――」
「ど・っ・ち・が・い・い・の?」
「ぅ、うーん、強いて言うなら・・・・・・下かなぁ。」
「じゃあ、わたしは上にする。」
くじ引きの結果、今日のルームメイトはフィーになった。
こうして二人で過ごすのも、随分と久しぶりだ。
小さなテーブルを挟んで向かい合い、静かな時間が流れる。
お風呂に入りたいところだが、夕食の時間も近いのでそれは後にとっておく。
「お菓子食べようよ、お姉ちゃん。お茶淹れるね。」
「うん。」
部屋に備えられていたお茶菓子をテーブルの上に広げ、ポットからお茶を淹れ、一口含む。
迷宮に入ってからは殆ど水ばかりだったので、鼻を抜けるお茶の香りが新鮮だ。
今度は茶葉くらい持ってきても良いかもしれない。
「ぅ・・・・・・にがい。」
「お菓子は甘いから一緒に食べると丁度良いよ。」
【千の迷宮】と印字された包みを破り、中から現れた饅頭を齧る。
茶色の皮に包まれた白餡がほろりと口の中で崩れ、甘みが広がっていく。
つか、何のお土産だよ。
「おかあさんたち、どうしてるかな?」
「あの二人なら・・・・・・相変わらず元気にしてると思うよ。」
特に父エルクは仕事に精を出していることだろう。
強面で気の良い大男デックや他の仲間たちとワイワイやっているに違いない。
・・・・・・って、デックはまだレンシアの街周辺で活動していたっけ。
どうやらレンシアの街が気に入ったらしい。
帰る帰ると言いつつもギルドでばったり会う事もある。
向こうではきっと死んだと噂されているんじゃないだろうか。
ともあれ、フィーは口には出さないが両親が恋しい筈だ。
そろそろ一度帰る算段を立てる必要があるだろう。
とは言っても、夏休みくらいでないと難しい。
・・・・・・いっその事、こちらへ来て貰おうか。
住むのは無理だと言っていたが、旅行としてプレゼントすれば大丈夫だろう。
ルーナさんも呼べば一石二鳥だ。
そんな事を考えているとノックの音が響いた。
リーフとヒノカが皆を集めており、これから食事へ行くらしい。
時計を確かめると、いつの間にか夕食の時間だったようだ。
お風呂の準備だけ行ってから宿の外へと出る。
宿の前では既に戦争が勃発していた。
何処で何を食べるか、という話である。
結局、夕食にありつけたのはいつもより遅い時間になったのだった。
*****
食べ放題という名の戦場を駆け抜け、どうにか宿へと戻って来た。
「ふぅ・・・・・・もうお腹いっぱいだね、お姉ちゃん。」
「ぅ・・・・・・うん。」
散々議論した挙句に決を取ることになり、食べ放題の前に結託したフィー、ニーナ、サーニャの三人が勝利したのである。
敗因は店舗の数が仇となり、その他の票が割れてしまったからだろう。
まぁ、どうせ明日以降にも他の店に行くのだろうから、あまり意味が無い気もするが。
胃を刺激しないようベッドに乗り、壁を背もたれ代わりに座る。
「お姉ちゃんもこっち座りなよ。少しだけ楽になるよ。」
フィーが同じ様に隣に座り、ベッドのスプリングが少し軋んだ。
肩をくっつけるように身を寄せ、お腹を休ませる。
時計の針が半周進む程過ごし、小さく船を漕いでいるフィーに声を掛けた。
「もう暫くは動きたくないところだけど、そろそろお風呂入るよ。お姉ちゃんはどうする?」
いつもなら寝ている時間なのだが、夕食が遅くなったせいでその分時間が後ろ倒しになっているのだ。
魔法で身を清めるだけに止めて、そのまま眠ってしまっても良いだろう。
半分閉じかけた目を擦りながらフィーが答える。
「アリスはわたしが洗うよ。」
「うん、お願い。お姉ちゃん。」
服を脱ぎ、二人で浴室に入った。
夕食前に準備しておいたので、浴室内は湯気が籠もって温かくなっている。
ノズルを捻るとシャワーから温かいお湯が噴き出した。
頭から被り、滴る雫と共に今日までの疲れを洗い流していく。
「お姉ちゃんも・・・・・・って、また船漕いでる。」
立ったまま寝てしまいそうな雰囲気だ。
「お姉ちゃん、身体洗っちゃうから座って。」
「ん・・・・・・?んぅ・・・・・・。」
フィーの手を取って座らせ、少し勢いを弱めたシャワーを掛けてから身体を手早く洗っていく。
サッとフィーの身体に付いた泡を落とし、次は自分の番だ。
まぁ、お風呂前に魔法で汚れを落としているので軽くで構わないだろう。
自分の身体も手早く洗い終え、眠そうなフィーを抱っこしながら浴槽へ浸かった。
大人には小さい浴槽だが、俺達二人なら十分な大きさである。
ちゃんと支えていないとフィーが溺れてしまいそうだ。
しっかり温まった後お風呂から上がり、ある程度水分を拭き取った後に魔法で身体を乾かして大きめの浴衣に袖を通した。
同じ様にフィーにも浴衣を着せる。
「お姉ちゃん、ちゃんと上に登れる?」
「んー・・・・・・。」
ふらふらと覚束ない手足で二段ベッドの梯子を上っていくフィー。
いつ足を踏み外して落ちるかとハラハラしながら触手でフォローできるよう構えていたが、杞憂に終わった。
「灯り消すよ?」
もう夢の世界へ旅立ってしまったのか、返事は無い。
スイッチを切って常夜灯だけ残し、ベッドへ潜り込んだ。
久しぶりの柔らかいベッドをじっくり堪能することにしよう。
*****
ギシギシとベッドが軋む音で目が覚めた。
その音は視線の先―――上段のベッドからだ。
時刻は丑三つ時をちょっと過ぎた辺り。
耳を澄ませると、苦しげな荒い息遣いが聞こえてくる。
「・・・・・・お姉ちゃん?」
声を掛けてみるが返事は帰って来ず、様子も変わらない。
常夜灯の明かりを頼りに梯子に手を掛け、上段へと登った。
天井に頭をぶつけないよう膝立ちでフィーに近寄る。
哀しいかな、立ち上がったところでぶつける程の背丈はないのだが。
フィーは暴れたのか、布団も浴衣も肌蹴てしまっている。
苦しそうな表情で寝汗も酷い。
どうやら、うなされているようだ。
寝汗で冷えたフィーの身体を魔法の温風で温めながら、汗を拭う。
フラッシュバック。最近減ってきていたが、今日は一気に気が緩んだため起きてしまったのだろう。
リーフを呼ぼうかとも考えたが、時間が時間だし・・・・・・何よりフィーを置いては行けない。
「ぅ・・・・・・あり、す・・・・・・?」
「あ、起こしちゃった?大丈夫、お姉ちゃん?」
目を覚ましたフィーに努めて明るく声を掛け、起き上がろうと身体を動かした彼女に手を貸した。
「う・・・・・・ん・・・・・・。」
「のど乾いてない?お水あるよ?」
テーブルに置いてある湯呑を触手で取り、半分ほどまで水で満たす。
フィーは震える手でそれを受け取ると、こくこくと喉を鳴らしてゆっくり飲み干した。
「あり・・・・・・がと。」
フィーの冷たく震える手を握り、温める。
その姿はあまりにも痛々しい。
「・・・・・・ごめん。ごめんなさい、お姉ちゃん。」
「ありす・・・・・・?」
「私が学校に行きたいって言った所為で・・・・・・お姉ちゃんは―――」
まだ甘えたい年頃なのに両親と離れて暮らす事になってしまった。
死んでしまっていたかもしれない危険に晒してしまった。
全て―――俺の所為だ。俺が狂わせてしまったのだ。
俺が居なければ―――アリューシャという少女と、フィーティアという少女はどういう風に暮らしていただろう。
村から、両親からも離れる事無く、時には喧嘩なんかして・・・・・・お金なんてそんなに無くても、もっと幸せになれていたのかもしれない。
それを俺は―――
「・・・・・・ばか。・・・・・・ばかアリス。」
弱々しくもしっかりと、フィーの腕に俺の頭は包まれた。
小さなフィーの手が優しく俺の頭を撫でる。
「・・・・・・うん、ごめん。」
その日はフィーと一緒に眠ることにした。
フラッシュバックも再発することなく夜を越えることができたが、翌日の寝不足は否めなかった。
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