55話「人形の城」

「お・・・・・・城?」


 誰かが、そう呟いた。


 意気揚々と迷宮の門をくぐり、抜け出た先。第11階層。

 青天の元に映える白い石畳の小さな広場。中心には帰還の扉。

 そして広場を囲う様に広がる花畑。

 もちろん、その花畑へは見えない壁に阻まれて進む事は出来ない。


 唯一、広場から出ることが出来る道には、色彩豊かな花で彩られた大きなアーチ。

 そのアーチから生えるように見える、聳え立つ白い西洋風のお城。

 ファンタジー世界に居るというのに、思わず幻想的だと零してしまいそうな風景。


 リーフが呆然と開いた口から言葉を漏らす。


「私達・・・・・・迷宮に来たのよね?」


 ヒノカが同じ様に呟いて答える。


「あぁ、その筈・・・・・・だが。」


 俺もこんな風景は想像していなかった。

 一度だけ11階層以降に行った事があるというラビに話を聞いてみる。


「ねぇ、ラビが前に来た時もこんなのだった?」

「ううん、こんな場所、初めてだよ。」


 これもランダムマップの内の一つ、という事か。

 ・・・・・・というより、ランダムフィールドと言った方が正しいかも知れないな。

 ともあれ、こんな所でいつまでもボーっと突っ立ってる訳にもいかない。


「とりあえず、進んでみようよ。道は一つしか無いみたいだしさ。」


 釈然としないながらも、アーチの中を進んで行く。

 ヒノカとニーナを先頭に据え、俺とフィーが殿に就いて空の荷車を押し、リーフとフラムがそれを引く。

 ラビにはマッピング用のノートと筆記用具を預け、そちらに専念して貰っている。

 サーニャはラビの隣で護衛だ。


 ちなみに、荷車も他の装備と同様、魔法で土から作った物である。

 土の量を少し多めにしているので少し重い。

 というのも、迷宮内の土には俺の魔法が効かないので、融通が利くようにだ。

 これで前回の様に、態々武具を解体して鍋を作ったりする必要もなくなるだろう。


 アーチを抜けると城を囲う白い壁に、正面には行く手を阻む巨大な門。

 門の両隣りにはスマートではあるが、二メートルを超えた聖騎士の鎧。


 いや、まぁ・・・・・・うん。そうとしか表現出来ない鎧の魔物。

 以前戦ったものとは違い、白銀の鎧に金の装飾が施されているのだ。

 やけに荘厳で神聖な感じのオーラを放っておられる。


 ヒノカ達が武器を構えているが、聖騎士たちは意にも介さず、微動だにしない。

 だが魔物の気配はビンビンと感じるので、お飾りという訳でもないだろう。


 ニーナが聖騎士から目線を逸らさず、ヒノカにボソリと言葉を投げる。


「ヒノカ姉、あいつら・・・・・・襲って来ないね。」

「うむ・・・・・・だが、このままずっと睨み合っている訳にもいかんな。」


 そんな事をしていては、こちらが先に参ってしまうのは明白だ。

 俺はフィーに荷車を任せ、先頭の二人に並ぶ。


「私が様子を見て来るよ。二人は待機してて。」


「えぇ!?危なくない!?」

「・・・・・・いや、ここは任せてみよう。何か考えがあるのか、アリス?」


「考えって訳じゃないけど、向こうが襲ってくるまでは手を出さないで。後ろの皆もね。」


 こっちの攻撃をトリガーに牙を剥いてくる・・・・・・なんて仕掛けかもしれないしな。

 皆が静かに了承してから、刀は抜かずにゆっくりと近づいていく。一歩、また一歩と。

 それでも何も反応を示して来ない。

 更に歩を進め、門まで残り5メートルと言った辺りで、カチリと金属の音が聴こえた。


 足を止める。


 金属の音は止まず、聖騎士たちが動き出した。


 一瞬身構える―――が。


 俺の身体は固まった。

 恭しく俺に向かって礼をする聖騎士たちの姿を見て。


 チラリと後ろを見てみるが、皆も何が起こっているのか分からない、という顔だ。


 聖騎士たちは長い礼を終えると、巨大な門に手を掛け、ゆっくりと押し開いた。

 門の向こうは分厚い壁を貫く通路になっているが、反対側の門は閉められているため、その先を窺い知ることは出来ない。


 仕事を終えると聖騎士たちは元の位置へ戻り、「中へどうぞ」と身振りで示す。

 この通路を進め、という事か。

 俺は聖騎士から視線を外さないように、皆を手で招いた。


 門の前に一度集合するが、聖騎士たちは姿勢を崩さない。

 そんな様を見てリーフが疑問を漏らす。


「どういう事かしら・・・・・・これは?」

「先へ進めって事だろうね。」


 ヒノカが唸る。


「しかし・・・・・・罠ではないのか?」


 確かに、その可能性は否定出来ないが・・・・・・。

 俺は周りを見渡す。


「とは言っても・・・・・・ね。」


 何も無いのだ。

 元の場所へ戻るアーチと、目の前の門以外、何も。

 それには当然、皆も気付いている。


「確かに、先へ進むしか無さそうだな。」


 決意を固めて荷車を押して門をくぐると、中に待機していた二体の聖騎士がこちらへ近づき、跪いて手を差し伸べた。

 隣でフィーが呟く。


「な、なに・・・・・・?」


 聖騎士たちの手振りから、荷車を渡せと言いたいようだ。

 皆に従う様に指示し、聖騎士に荷車を預けた。


 一体の聖騎士が荷車を持つと、もう片方の聖騎士が先頭に立ち、付いてくるようにと身振りで示す。


 一瞬皆で顔を見合わせるが、それに従って聖騎士の後ろに付いて歩く。

 荷車を引いた聖騎士は殿を付いて来ているようだ。

 どうやら代わりに持ってくれているらしい。


 まるで・・・・・・というよりも完全に客人扱いだな。


 通路内は柱も壁も白い大理石で飾られており、足元には赤い絨毯が出口まで届いている。

 壁際には高そうな壷に活けられた花や、絵画などの調度品が下品でない程度に並び、美術館のようだ。


 少し好奇心が湧いてきたので、先頭を歩く聖騎士に声を掛けてみる。


「ねぇ、歩くの疲れたから肩に乗せて欲しいな。」


 リーフが俺の肩を掴み、耳元で囁く。


「ちょ、ちょっとアリス!」

「情報が足りないしね。それに、襲ってくるつもりなら既にそうしてるよ。」


 俺の言葉を聴いた聖騎士は一瞬固まり―――カチャリ、とゆっくり頷いた。

 先頭を歩いていた聖騎士は足を止め、跪いて俺に手を差し出す。


 息を飲むリーフ達。


 その手を取ると、俺を軽く抱き上げて肩に乗せてくれた。

 流石に高い。

 聖騎士は俺を肩に乗せたまま、再び歩き出した。


 肩に乗った状態でまた聖騎士に話しかけてみる。


「ねぇ、鎧触ってみても良い?」


 一瞬固まり―――ゆっくり頷いた。

 ペタペタと鎧を触ってみたり、コンコンと小突いてみたりしてみる。

 材質は・・・・・・全く分からん。


「兜取ってみて?」


 聖騎士は一瞬固まってから、ゆっくりと首を横に振った。

 やはりダメなパターンもあるようだ。

 まぁ、あまり無茶な事はやらないでおこう。


「そっかぁ、残念。」


 しゅんと項垂れたようになる聖騎士。


「無理言ってごめんね。ありがとう。」


 聖騎士はゆっくりと首を横に振った。

 中々可愛いヤツである。


 出口の門前へ辿り着くと、外側から門が開かれた。

 壁の中に造られた庭園を割く、城へと続く石畳の一本道。

 そして、その両脇に聖騎士がズラリと並んでいる。


 ・・・・・・この数は相手にしたくないな。


 なにせ、城までの道にピッチリと等間隔で並んでいるのだ。

 数十体は超えているだろう。

 その光景に気圧されたリーフがポツリと呟く。


「王族にでもなってしまった気分ね。・・・・・・この恰好で大丈夫なのかしら。」


 俺達は例の如く、ラビの店で買ったボロボロの服を纏っている。

 どう贔屓目に見ても、この景色には似つかわしく無いものだ。

 むしろこの待遇は高度な精神攻撃なのでは、と思えてしまう程に。


「まぁ、恰好の事はあまり気にしないようにしようよ。今さらだしね。」

「はぁ・・・・・・それもそうね。」


 肩に乗せられたまま城の入り口まで到着し、そこで下ろされる。

 ここでも扉の両隣りに待機していた聖騎士が扉を開き、中へと通された。


 中は大きなホールになっており、正面には大きな階段がある。

 周囲には他の場所へと続く扉があり、そのどれもが聖騎士たちに護られているようだ。

 中の聖騎士たちは外のものとは違い、鎧に金の装飾が多く施されている。

 上位騎士、といったところだろうか。


 そして中に入った俺達を出迎えたのは、大勢のメイド達だった。


 と言っても、すべて木で作られた精巧な人形で、彼女らからも魔物の気配を感じる。

 メイド達は人形とは思えない滑らかな動きで俺達に傅いた。


 俺達はメイド達に先導されて、豪華絢爛な城内を歩く。

 警護には四体の上位騎士。

 荷車も彼らに引き継がれたようだ。


 ・・・・・・というか、中まで持ってきていいのか?


 さすがに気が引けるが、彼らが特段気にしていないようなので良しとしておこう。

 他所に持って行かれても面倒だしな。


 先を歩くメイド達が、ある扉の前で止まった。

 扉には黄金のプレートが掲げられており、そのプレートには【アリューシャ様】と彫られている。

 通路の先には扉が等間隔で並び、隣の扉にも黄金のプレート。

 そちらには【フィーティア様】と彫られている。


 どうやら、俺達全員分の部屋が用意されているらしい。

 顔を見合わせ、ヒノカが口を開く。


「さて、どうする?」


 誘いに乗るか、乗らないか。

 これが罠であるなら、分断されるのは流石に不味い。

 俺はメイドの一人に声を掛けてみる。


「ねぇ、皆と一緒の部屋が良いんだけど。」


 メイドはゆっくりと首を横に振った。


「ダメなようだな。・・・・・・いっそここで。」


 刀に手をかけたヒノカを止める。


「いや、場内にも鎧が沢山いるし、ここは従っておこう。あいつら全部を相手にするのは少し無理があるよ。」

「・・・・・・分かった。しかし、フラムはどうするんだ?」


 言われてフラムの方へ視線を向けると、皆と離れ離れになると聞いて、不安そうに涙を浮かべていた。

 先程話しかけたメイドの方へ向き直り、再度問う。


「他の人の部屋は自由に訪れても構わない?」


 俺の言葉にゆっくり頷くメイド。それは問題無いらしい。

 フラムの頭を撫でながら諭す。


「後でフラムの部屋に行くから、おめかしして待ってて?」

「ぅ、・・・・・・うん。ぐすっ。」


 フラムの額に一つキスを落としてから、皆と頷き合う。


「それじゃあ、皆も後でね。」


 俺はメイドに招かれ、俺の為に用意されたらしい部屋へ足を踏み入れた。

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