56話「舞踏会」

 【フラムベーゼ・イストリア様】と彫られた金のプレートが掲げられた部屋の扉をノックする。

 音も無く扉が開かれ、フラムに付いたメイドが俺を迎え入れてくれた。


「わぁ・・・・・・あ、アリス、綺麗。」

「そ、そう・・・・・・かな?ありがとう。フラムも凄く似合ってるよ。」


 俺とフラムは今、豪奢なドレスに身を包まれている。

 自分の部屋へと案内されたあと、メイドに着替えさせられたのだ。

 きっと他の皆も同じ様に着替えさせられていることだろう。


 今まで着た事の無い服なので、動き辛い。

 これならさっきのボロ服でも良かったな。


 対して、フラムは自然と優雅に振る舞っている。さすがは貴族。

 この機会に立ち居振る舞いを教えて貰っても良いかもしれないな。

 俺自身が貴族になる気はないが、覚えておいても損はないだろう。


 いくらもしない内に、全員がフラムの部屋へと集まった。

 色やデザインはそれぞれ違うが、皆も綺麗なドレスを身に纏っている。

 とは言え、その所作のぎこちなさは俺と変わらないようだ。

 サーニャが不満を漏らす。


「うぅ~・・・・・・この服、動きにくいにゃ。」


 サーニャの言葉に同意して溜め息を吐くリーフ。


「確かにそうね・・・・・・。緊張してしまって仕方ないわ。」

「で、でもリーフお姉ちゃん、おひめさま、みたい。」


「あ、ありがとう、フィー。あ、あ、貴女もとても可愛いわ!」


 二人のやり取りを見たニーナがヒノカに自分のドレス姿を見せる。


「ねぇ、ヒノカ姉!ボクはボクは?」

「・・・・・・お互い、いつもの恰好の方が良さそうだ。」


「あははっ、そうだね!」


 傍から見れば、まるで貴族のお茶会のようだ。

 まぁ、中身は全然違うが。

 しかし、まだ足りない物がある。


 俺は壁際に並んだ8人のメイドから自分付きのメイドを手招く。


「お茶とお菓子用意してくれるかな?皆の分ね。」


 メイドはスカートの裾を摘まんで礼をし、部屋を静かに出て行った。


*****


 皆で用意されたお茶を楽しんでいると、部屋にノックの音が響いた。

 顔を見合わせ、互いを確認する。


 8人。全員揃っている。


 なら、また新しいイベントか?

 俺はフラムに静かに頷いた。


 「ど・・・・・・どうぞ。」


 フラム付きのメイドがフラムの声に反応し、扉を開く。

 俺達に付いたメイドとは少し色の違う服を着たメイドが立っていた。

 メイド長、というやつだろうか?


 俺達はメイド達に部屋を連れ出され、メイド長に案内されるがまま、城内を歩いた。


 二階、大広間。

 壁際にはテーブルが並べられ、所狭しと豪勢な料理が置かれている。

 中央は大きくスペースが取られ、奥の舞台には人形の奏者たち。


 首を傾げるリーフ。


「舞踏会・・・・・・かしら?」


 それにしては、余りにも寂しい。

 壁際には警護の聖騎士と給仕のメイドが数人ずつ、そして舞台の奏者たち。

 まぁ、俺達が招待客ということなんだろうけれど。


 俺達が広間に入ると、奏者たちがゆっくりと音色を奏で始める。

 しかし、その曲に合わせて舞う者は居ない。


「ふむ・・・・・・、どうするのだ?」

「そうだね、とりあえず―――」


 ヒノカの言葉に壁際を見回す。


「食べるにゃ!」


*****


 寂しい広間の壁際で、思い思いに料理を堪能する俺達。

 以前10階層で食べ歩いた時もそうだったが、ここの料理も絶品だ。


「野菜もちゃんと食べないとダメよ、サーニャ。」


 リーフがサーニャの皿に野菜を乗せる。


「う~、お肉がいいにゃ~。」

「そのお皿を片付けたら、次はお肉を取ってあげるわ。」


「リーフ・・・・・・おねえちゃん。わたしも。」

「分かってるわ、フィー。」


 フィーの皿にも料理を取り分けていくリーフ。

 やっぱり面倒見がいいな。


「ヒノカ姉!どっちがたくさん食べられるか勝負しよう!」

「ふむ、受けて立とう。」


「審判よろしくね、ラビ!」

「えぇっ!?私っ!?」


 あちらも盛り上がっているようだ。

 ドレスを着てするような会話じゃないが。


 俺も適当に料理を摘まんで口へと運ぶ。

 うむ、美味い。

 テーブルを順に巡り、少しずつ色んな料理を楽しんでいると、フラムが袖を引く。


「あぁ、ごめんごめん。フラムも食べよ?あーん。」

「・・・・・・ぁーん。」


 満足そうな顔だ。


「じゃあ次はあっちのにしようか。」


 次へ足を向けようとした俺を、フラムが強く引き留める。


「そ、そう、じゃ・・・・・・なくてっ。ぁ、あの・・・・・・っ。」

「どうしたの、フラム?ゆっくりでいいからね。」


 震えるフラムの手を軽く握って落ち着かせた。

 一つ深呼吸をしてからフラムの口が開く。


「・・・・・・・・・・・・ぉ、踊ろ?」


 確かに、これだけの舞台を揃えられて踊らないと言うのは少々勿体無い気もするが・・・・・・。

 踊りなんて、運動会で踊ったフォークダンス以外の記憶がない。

 その記憶だって殆ど忘却の彼方なのだ。

 もちろん、こっちの世界に来てからだってそんな経験ある筈もなく。


「だ・・・・・・め・・・・・・?」


 固まった俺の反応を拒否と受け取ったのか、途端にフラムの表情が沈む。


「い、いや、私踊った事なんてないから、その、どうしていいか分からなくて。迷惑かけちゃうかも知れないし・・・・・・。」

「めいわくじゃ、ないよ?・・・・・・ぁ、アリスは、いつもそう言って・・・・・・くれる、よ?」


「フラム・・・・・・。」


 ぽろぽろと零れるフラムの涙を拭う。


「そうだね、ごめん。・・・・・・ねぇ、フラムは踊れるんだよね?」

「す、少し・・・・・・だけ。」


「なら、話は簡単だね。」

「・・・・・・ぇ?」


「フラムに踊りを教えて欲しいな。お願いできるかな?」

「ぅ、うん・・・・・・!」


*****


 寝姿に着替えさせられた俺は、天蓋付きのフカフカベッドに寝転がる。

 料理もダンスも十二分に堪能し、今日はぐっすり眠ることが出来そうだ。

 だが、此処は迷宮内。あまり油断してはいられない。


「よし、それじゃあ皆の所へ行こうかな。」


 舞踏会が終わってそれぞれの部屋へ帰される前に、フラムの部屋に集まるよう決めておいたのだ。

 メイドを伴って自分の部屋を後にし、フラムの所へ向かう。

 フラム付きのメイドに迎え入れられると、既に皆が集まっていた。


「ごめんね、遅くなって。」

「いいえ、皆集まったばかりよ。」


 皆も俺と同じく、寝姿に着替えていた。

 自室に戻った時に着替えさせられたのだろう。

 綺麗なドレスではあったが、あの恰好のままでは窮屈過ぎるしな。


 ニーナが窓の外を見ながら呟く。


「ここって、ちゃんと夜になるんだねー。」

「落ち着いて眠れそうで良かったわ。」


 言われてみればそうだ。

 来た時は晴天だった空には、星が輝いている。

 特殊なフィールドには昼夜の概念があるということなのか?

 どちらにせよ、その方が有り難い。


 ともあれ、これからの話だ。


「とりあえず、今日はこの部屋で見張りを立てて皆で休もう。」


 俺の言葉にニーナが疑問を口に出す。


「でも、ホントに必要なの?前に迷宮で宿をとった時にはしなかったじゃん。」

「一応・・・・・・ね。それに、前に宿をとった時はお金を払ってたから。」


 ラビが俺の言葉を補足して続ける。


「そう言えば・・・・・・ベテランの人達は、迷宮のお店はお金さえ払えば信用できるって。」

「まぁ、本当に信用出来ないのなら、迷宮に入る時に注意されると思うしね。」


 リスクしかないのであれば、大々的に喧伝されている筈だ。

 街側としても、探索者が減るのは困る訳だしな。

 今のところは「自己責任でご利用下さい。」と言った感じで黙認されているのだろう。


 外で迷宮内の通貨が取引されているのも、探索者達に信用されている証だ。

 安心して使えないのなら、ゴミでしかないのだから。


 不安ながらも、納得顔のリーフが呟く。


「確かに、その辺りはキッチリとしている感じはあったわね。宿も・・・・・・街のより綺麗だったし。」


 ニーナが首を傾げる。


「結局、どういうことなの?」

「お金を払えば信用できる。なら、その逆は?」


 そう、今回はまだ何も対価を取られていないのが・・・・・・何より不気味なのだ。

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