43話「トコナツ温泉」

 海の近くにあった温泉とは違い、少々ボロ・・・・・・趣のある老舗の風格漂う建屋。

 だがこちらは源泉かけ流しとなっており、檜・・・・・・っぽい木材で造られた浴槽には白く濁った湯が絶えず送られている。


 更に浴場内のガラスの向こうには青空が見える露天風呂。

 かけ湯を済ませ、早速外へとつながる扉を開いた。

 浴槽の縁へ座り、足だけ湯に浸ける。


「あぁ、ええのう・・・・・・。」

「ふふっ・・・・・・アリスったら、お婆さんみたいね。」


「ふっ、だが・・・・・・分からんでもないな。」


 濁った湯船に沈んだ二人の肢体は窺い知ることが出来ない。少し残念だ。

 かけ湯を終えたフラムが後ろからやってくる。


「あ・・・・・・の、アリス。」

「あぁ、フラム。隣においでよ。」


 座っていた位置をずらして、少し端へ寄る。

 フラムは湯船にそっと足を浸けて俺と肩をくっつけるようにして座った。


「アリスは・・・・・・入らないの?」

「後でね。今日はじっくりと堪能しようと思って。」


 何せ海の近くの風呂屋は人も多かったしな。

 こちらは随分と落ち着いている。


 しばらくフラムとボーっとしていると、サーニャに背中から抱きつかれた。


「あるー!」

「どうしたの、サーニャ?」


「お風呂上がったら牛乳飲みたいにゃー。」

「分かってるよ。ちゃんと大人しくしてたらね。」


「任せろにゃ!」


 リーフがサーニャに声を掛ける。

 その顔は湯船に浸かっていたおかげで少し紅くなっていた。


「サーニャ、身体はもう洗ったのかしら?」

「ふぃーに洗って貰ったにゃ!」


 サーニャが指した方ではフィーがニーナを洗っている最中だ。


「そう、それならこっちにいらっしゃいな。気持ち良いわよ。」

「でも・・・・・・熱そうにゃ。」


 躊躇うサーニャにアドバイス。


「それなら、私みたいに足から馴らしていけばいいよ。」

「分かったにゃ・・・・・・あぅ!やっぱり熱いにゃ!」


 飛び跳ねたサーニャにフラムが心配そうな顔で声を掛けた。


「だ、大丈、夫・・・・・・?」


 猫ちゃんには少し熱いか。


「じっくり温まったあとの牛乳はきっと美味しいよ。」

「うぅ・・・・・・頑張るにゃ・・・・・・。」


 青い空を見上げる。

 白い雲が太陽を遮ると同時に風が温まってきた身体を冷ましてくれる。

 目を閉じ、源泉が流れ落ちる音に耳を傾けた。

 水と水がぶつかり合う音が耳をくすぐる。


 あぁ・・・・・・やはり温泉は良いものだ。


 今度来る時はこの辺りで宿を取るのも良いかもしれない。

 学生達は殆ど海の方へ行っているみたいだしな。


 浴場内へと繋がる扉からニーナの声。


「うわっ、こっちも熱そう!」


 ニーナがフィーの手を引いて外まで出て来たようだ。


「そう?」

「そうだよ、だってほら、アリス達も足しか浸けてないじゃん。」


「あついの、アリス?」


 フィーの問いに答える。


「ん~、ちょっと温度高めかな。温泉ならこれくらいがちょうど良いと思うけど。」


 フィーがそろそろと足を浸けた。


「・・・・・・うん、だいじょうぶ。」

「ほんとうに?・・・・・・熱っ!大丈夫じゃない!」


「最初はお湯を掛けてからにするといいよ。」

「べつにボクは・・・・・・。」


「まぁまぁ、美容効果もあるって書いてあるから入っておかないと勿体ないよ。」

「びよう?そんなのどうでも・・・・・・」


 ザバァッ!と音を立ててリーフが立ち上がり、縁に座った。

 急に立ち上がったリーフにヒノカが小首を傾げて問う。


「どうした、リーフ。のぼせたか?」

「い、いえ・・・・・・折角の温泉だし、長く楽しめるように少し身体を冷まそうと思って。」


「ふむ、確かにそうだな。私も付き合おう。」


 ヒノカも立ち上がり、リーフの隣に腰を落ち着けた。

 二人の肌は上気し、うっすらと湯気が立ち上っている。

 その湯気が風で流された。


「良い風だな。」

「そうね、明日もまた来たいけれど・・・・・・。もう一週間経ってしまったのよね。」


 冬休みも、もうすぐお終いだ。

 ニーナが足を揺らすと、チャプチャプと小さな波が立つ。


「あーあ、ほんとに。あっという間だったなぁー。」


 少し、しんみりとした空気が流れた。

 それを追いやってしまおうと、先程の考えを話題に上げる。


「今度来る時はこの辺りで宿を探そうよ。」

「えぇー、海遠くない?」


「でも、この辺の方が落ち着くと思うよ?」


 遊びたい盛りのニーナにとっては、この辺りは退屈なのだろう。

 リーフはどうやら賛成のようだ。


「今取っている宿の辺りも少し賑やかだものね。」

「うーん、そうかなぁ?そんな気しないけど・・・・・・。」


 首を傾げるニーナに、フィーがボソリと呟く。


「それは・・・・・・ニーナがうるさいから。」

「そ、そんなぁー。」


 クスリと笑ったリーフが、新たな案を立てた。


「ふふっ、それなら前半は海の近くで、後半はこの辺りで宿を取るのはどうかしら?」

「あっ、それなら賛成ー!」


「海で遊んだ後はゆっくり温泉・・・・・・か、悪くないな。」


 サーニャが元気に手を上げる。


「あちしはもっと美味しいものいっぱい食べたいにゃ!」

「この辺りなら、海の方とはまた違った物が食べられるんじゃないかな。」


 主に和食っぽいものが中心になりそうだが。


「それなら良いにゃ!」


 サーニャはご飯さえあれば何処でも良さそうだ。

 周辺の様子を思い返していると、ふと、土産屋があったのを思い出した。


「あぁ、そうだ。アンナ先生のお土産買ってかなきゃ。」

「ぉ、おみや・・・・・・げ?」


「まぁ、お世話になっているしね。お菓子でも探そうかな。」


 皆で食べることになりそうだし、少し多めに買って帰ろうか。


「ふむ、なら私達もそうしようか、フィー。」

「うん、ジロー先生に。」


「私もそうするわ。・・・・・・でも、何を買えば良いのかしら?」

「アイヴィ先生なら・・・・・・、お饅頭とか?」


「あぁ、さっき食べたのね。良いかも知れないわ。」

「まぁ、じっくり探せば良いんじゃないかな。お土産屋もたくさんあったし、ゆっくり回ろうよ。」


「店をたくさん回ればまた汗を掻いてしまいそうだな?」

「その時はまた別の温泉だね。」


「ふふっ、そうね、そうしましょう!」


*****


 七日目。最終日。


 宿で朝食を摂った俺達は宿をチェックアウトし、荷物を持ってあまり人気のない広場へ来ている。

 周囲には俺達と同じ様に荷物を持った学生達がちらほらと。

 彼らも俺達と同じく、今日戻るのだろう。


 この広場は帰還用の転移スクロールを使う為の場所で、観光客が来ないようになっている。

 まぁ、何もないから来ないだけなんだが。


 遠くに居た一組が転移用の魔法陣に乗って消えていく。

 俺達の時間も、もうすぐだ。


「皆、そろそろだよ。準備は出来てる?」

「もう、サーニャ。ちゃんと暖かい恰好をしないとダメじゃない。」


「う~、でも暑いにゃ~・・・・・・。」

「戻ったら寒いわよ。だから少しだけ我慢しなさい。」


「分かったにゃ~・・・・・・。」


 リーフがサーニャに毛皮の外套を着せ、ボタンを留める。

 そして俺が手に持っていた巻物が光を放ちはじめた。


「時間だね。」


 巻物を広げると魔法陣が地面に浮かび上がる。

 同時に巻物がぼろぼろと崩れ、塵となって散っていった。

 荷物を持って、全員で魔法陣の上に立つ。


 俺は頭上を見上げ、最後に青い空を見納めた。

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