42話「トコナツ神社」

 滞在六日目。

 楽しい時はあっという間に過ぎ去り、明日が帰還予定日だ。

 今日は街の方を見て回っている。


 今までは海で遊んでいたのだが、折角なので島の中心にある遺跡を見てみよう、という事になったのだ。

 宿を出て中心部へ向かって歩いて行くと、中心へ向かうにつれて街の景色が風情のあるものへと変わっていく。

 それに合わせて観光客の年齢層も上がる。

 そして漂ってくる湯気と、硫黄の匂い。

 そう、島の中心部は温泉街になっていたのだ。


「落ち着くところね。もっと早く来れば良かったわ。」


 本来なら昨日に来る予定だったのだが、まだお祭り状態が続いていたのでそちらで過ごした。

 今日もまだ続いているようだったが、明日が帰還予定日なのもあり、一日遅れではあるがこちらを見て回る事にしたのだ。


「うむ、どことなくアズマの国に似ていて・・・・・・懐かしい感じがするな。」


「あそこに温泉まんじゅうってのがあるよ。食べよう!」

「あちしも食べるにゃ!」


「もう、静かな所なんだから、あまり五月蠅くしないの。皆の分を買ってくるから手伝ってくれるかしら?フィー。」

「・・・・・・うん!」


 温泉まんじゅうを片手に、案内板に従って遺跡の方へと進む。

 そして俺達の前に現れたのは小高い山と、その頂上へ繋がる石段だった。

 石段の前には大きな鳥居が構えている。


 それを見上げていたリーフが小さくため息を零した。


「・・・・・・これ、登るのかしら?」


 見る限り百段は超えていそうだ。


「これぐらい、リーフなら問題ないだろう?」

「そうなのだけれど・・・・・・、こうして見上げると果てしなく見えるわね。」


 鳥居をくぐり、石段の一段一段を踏みしめていく。

 頂上へたどり着くと石段から参道が真っ直ぐ伸び、石造りの神殿が構えていた。


 パルテノン神殿・・・・・・そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 とりあえずツッコミを飲み込み、境内を見回す。

 ソレ以外は普通の神社と変わらない。


 手水舎はあるし、社務所には御守りの販売所もあるし、絵馬だって飾られているし、巫女姿の少女だって竹ぼうきで掃除している。

 参拝客も少なくはないようだ。


「ここでも何か売ってるよ。見てみよう!」


 ニーナがフィーの手を取って販売所へと駆けていく。


「あれ?サーニャは行かないの?」

「美味しそうな匂いがしないにゃ。」


 まぁ、食べ物は売ってないな。

 リーフが飾られた絵馬を手に取って眺める。


「これは・・・・・・何かしら?」


 そこに書いてある言葉を一つずつ読み上げていく。


「試験で良い点がとれますように、皆とずっと友達でいられますように、店が繁盛しますように、病気が治りますように・・・・・・。」

「願い事が書かれているようだな。読めないのものもあるが・・・・・・。」


 ヒノカが読めないと言っているのは日本語で書かれているものだ。

 あのアニメの続きが見たい。二期はよ。漫画の続きが、小説の続きが、ドラマの・・・・・・etc。

 大体がそんな感じだ。


 それに加えてイラストが描かれた絵馬。

 元の世界に帰りたい。というものは見つからなかった。


 ・・・・・・帰りたくない。と切に書かれたものなら多数あったが。


「私達も何か書く?この板ならあそこで売ってるよ。」


 指差した販売所の方ではニーナとフィーが興味津々で売り物を眺めている。


「そうね、面白そうだわ。」

「あの店で売っているのだな。行ってみよう。」


 俺達もフィーとニーナがいる販売所へ向かう。

 店番をしているのは巫女姿の少女だ。


「この小さい袋みたいなのは何かしら?」

「お守りだね。それは恋愛成就だって。」


「れ、恋愛・・・・・・。」


 頬を赤くしたリーフが、手に持っていたお守りをそっと戻した。


「ほ、他には無いのかしら?」

「ん~、健康祈願とか学業成就とか・・・・・・色々あるよ。」


「剣術が上達するようなものは無いのか?」

「う~ん・・・・・・ちょっと違うけどこれは?勝負に勝てるように、だって。」


「ほう、それは良いな。」


 お守りを見て騒いでいると、ニーナとフィーがこちらへやって来た。


「ねぇねぇ、皆で何見てるの?」


「ニーナはこれだね。学業成就。」

「そうね。」「そうだな。」


「え?え?」


「お姉ちゃんは・・・・・・健康祈願、かな。」

「いいえ!それだけでは足りないわ!この厄除けというのも一緒に買いましょう!」


 お守りを両手に持たされ、困惑気味のフィー。


「え?・・・・・・う、うん。」


「あちしは?あちしはどれが良いニャ!?」

「サーニャは・・・・・・これかなぁ。」


「金運上昇?サーニャには縁遠いような感じだけれど・・・・・・。」


 千客万来とかの方がご利益がありそうだが。・・・・・・猫だけに。

 まぁ、店なんてやってないしな。


「お金があれば、ご飯がいっぱい食べられるからね。」

「ごはん!?あちし、これが良いにゃ!」


「そういう事ね・・・・・・。」


 猫に小判、とならないように祈ろう。


「フラムはどれが良いかな・・・・・・。」

「ゎ、私は・・・・・・ア、アリスと同じ、ので。」


「ふむ、アリスはどれにするのだ?」


「これかな、家内安全。」

「家族の健康と安全、ね・・・・・・貴女らしいわ。」


「か、ぞく・・・・・・。」


 あぁ、しまった・・・・・・。家庭の話題は地雷だった。


「えっと・・・・・・、私達のパーティはこれからも一緒に暮らしていくんだし、きっとご利益もあるんじゃないかと思ったんだけど。べ、別のにしようかな。こ、こっちの諸願成就の方が万能そうで良いかもしれないね。」

「そ、それが・・・・・・いい。」


「じゃあこれを二つにしようか。」

「ち、違うの・・・・・・こっち。」


 フラムが家内安全のお守りを手に取る。


「でも、それは・・・・・・。」

「こ、これがいいの!・・・・・・あ、アリスの事、きっと、守ってくれるから・・・・・・っ!」


「そっか・・・・・・、ありがとう。私も同じのにするよ。お揃いだね。」


 フラムが持ったものと同じ色のお守りを手に取った。


「ふむ、それでリーフはどうするのだ?」


「わ、私は・・・・・・が、学業成就に決まってるわ!」

「別に必要ないんじゃないか・・・・・・?」


「私なんてまだまだだもの。」

「リーフにそれを言われると立つ瀬がないな・・・・・・。」


「べ、勉強は姿勢が大事なの!・・・・・・そんな事より早く買うわよ!えま・・・・・・?を書くのでしょう!?」


 全員分の絵馬とお守りを購入する。

 リーフが後でこっそりと恋愛成就のお守りを買っていたのは皆に内緒にしておこう。


 販売所の近くに設置されたテーブルに買った絵馬を広げた。

 テーブルには筆ペンからカラーペンまで色々と揃えられている。


 黒いペンを持ったリーフが頭を捻って唸る。


「何を書こうかしら・・・・・・。」

「こうして改めて考えると思い浮かばないものだな。」


「これ、どうすればいいにゃ?」

「願い事を書いてあそこに吊るすんだよ。・・・・・・爪を研ぐためのじゃないからね。」

「わ、分かったにゃ!」


 ・・・・・・既に付いた小さな引っかき傷は見なかった事にしよう。


「アリスは何をかくの?」

「私は・・・・・・皆で無事卒業出来ますように、かな。」


「ふむ、それが一番かもしれんな。」

「そう・・・・・・ね。私もそう書くわ。」

「わたしもそうする。」

「じゃあボクも!」

「ゎ、私も・・・・・・アリスと一緒に、する。」


「わざわざ皆同じのを書かなくても・・・・・・。」

「ふふっ、その方が願いが叶いそうでしょう?」


「あちしもそうするにゃ!」


 サーニャは卒業関係ないと思うが・・・・・・。

 でもまぁ、無事に過ごして欲しいという願いは同じだ。


「分かったよ。書き終わったら皆で掛けに行こう。」


 かくして、絵馬掛けには新しい願いが一つ追加されたのだった。


*****


 俺達は参道を進み、聳え立つ神殿を見上げる。


「ここだけ少し・・・・・・雰囲気が違うわね。」

「明らかに建物の造りが他と違うな。これが遺跡、ということか。」


「中は自由に見られるみたいだね。行ってみよう。」


 開放されている入り口から神殿の中へ足を踏み入れた。

 中は大きな一室になっており、奥の中央の祭壇に大きな黒いモノリスが立っている。

 あれが魔道具【トコナツ】だろう。


 他の参拝客たちに混じり、奥へと進んでいく。

 ガラガラと神殿の中に鈴の音が響き渡る。

 先にいる参拝客が鳴らしたものだ。

 モノリスの前には大きな鈴が吊るされ、その鈴から垂れ下がった鈴緒を引いて鳴らしている。

 立派な鈴の下には賽銭箱。


 ・・・・・・何故置いたし。


 外を神社風にしたからだろうが・・・・・・。大丈夫なのか、色々と。

 モノリスの根本には酒樽や食物などのお供え物が、上部には注連縄が締められている。

 見上げると神々しい・・・・・・ような気がしないでもない。


 順番が進み、俺達の番が回ってきた。

 俺を真ん中に、フラム、サーニャと並んでモノリスの眼前に立つ。

 賽銭箱の隣に立てられた小さな看板に従って参拝。

 鈴を鳴らし、賽銭を入れ、二礼二拍手一礼。普通の神社と変わらない。

 妙に納得いかない気持ちで俺は参拝を終えた。


 ガラガラガラガラッ!!


 けたたましい鈴の音が響く。


「にゃはは、面白いにゃ!」

「ひぅ・・・・・・っ!」


 隣にいるサーニャの揺れる鈴緒を見る瞳が完全に猫のそれとなっている。


「こら、サーニャ、行くよ。」


 触手で暴れるサーニャを縛り上げた。


「に゛ゃう゛っ!」

「もう、後でお説教ね・・・・・・。」


「先に外に出て待ってるよ。行こう、フラム。」

「ぅ、うん。」


「あぁ、私達も終わればすぐに行く。」


 後ろに並んでいるリーフ達に手を振り、サーニャを引きずって神殿の外に出た。

 他の参拝客の邪魔にならないように入り口から少し離れて皆を待つ。


「ご、ごめんにゃ、あるー・・・・・・。離して欲しいにゃ・・・・・・。」

「もう暴れちゃダメだよ?」


「分かったにゃ~・・・・・・。」


 反省した素振りのサーニャを触手から解放してやった。

 程なくして神殿から出てきたヒノカたちとの合流を終える。


「よし、では次の場所は・・・・・・まぁ、決まっているか。」

「そうね、ここまで来たら一つしか無いでしょう。」


「どこ行くにゃ?」

「勿論、温泉だよ。」

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