20話「さびれた」
ギルドの外に出ると陽は既に落ち、辺りは薄暗くなっている。
暗くなった空を確認し、レーゼが口を開く。
「さて、これからどうしましょうか。」
「ミゼルお風呂入りた~い!」
「だねー、あと荷物重い・・・。」
「寮に荷物を置いてから大浴場にするか?」
「そうですね、アリスちゃん達もそれで構わないですか?」
「はい、こちらも荷物はどうにかしたかったですし。」
「ではそうしましょう。アリスちゃん達は大浴場の場所分かりますか?」
フィー達を振り返ってみるが、皆首を横に振る。
俺も知らない。
「すみません、分かりません。」
「いいのですよ。荷物を置いたら貴方たちの寮の前で待っていて。」
「分かりました。」
学院まで戻り、レーゼ達と別れて自分たちの寮へと帰ってきた。
寮に入る前にフィーを除いたメンバーが横一列に並ぶ。
「”洗浄(クリン)”。」
フィーが魔法を唱えると、汚れが付いていた服や靴がすっかり綺麗になる。
これで寮内を汚す心配もないだろう。
部屋に入り、畳の上をゴロゴロ転がるニーナをリーフが蹴って退かしている。
「ふぅー、やっと帰って来たー。」
「もう、邪魔よニーナ。」
「いたーい。」
「先輩方を待たせては悪いし、荷物を置いたらさっさと出ましょう。」
「うむ、そうだな。」
各々荷物を置き、落ち着く暇もなく部屋を出て寮の前に集まった。
レーゼ達はまだ来ていないようだ。
「先輩方はまだみたいね。」
「寮が離れてるし、もう少しかかるんじゃないかな。」
「それもそうね、少し待ちましょう。」
暗くなった空を見上げると沢山の星が輝いている。
その中に見知った星座は見当たらない。
・・・と言っても北斗七星ぐらいしか分からないが。
もう少し勉強してても良かったかもな。
たまにふと前の世界の事を思い出す時がある。
ホームシックというやつだ。
故郷に思いを馳せていると、マルネ達がこちらへやってくる。
「お待たせー!」
「ミゼル早くお風呂入りた~い。」
「さっきからうるさいぞ、ミゼル。」
「うふふ、そうですね、アリスちゃん達も準備は大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です。」
「それじゃあ行きましょうか。」
レーゼ達に連れられて学院の敷地内の奥へと足を運ぶ。
まだこちらの方へは来た事が無い。
舗装された道を進んで角を曲がると長い煙突が刺さった建物が目に入る。
煙突からは煙が吐き出され、夜空に溶け込んでいく。
「あの建物ですか?」
「ええ、そうですよ。ただ寮にも大きいお風呂があるうえに、お金もかかるので生徒はあまり来ないようですけどね。」
「え、お金いるのー?ボクのお金で足りるかな・・・。」
「一人銅貨二枚だけですよ。それに今日は私達の奢りですから安心して下さいね、ニーナちゃん。」
「それぐらいでしたら自分たちで・・・。」
言いかけてレーゼの指で口を塞がれる。
「少しくらいはお姉さんぶらせてくれませんか、アリスちゃん?」
「そうだぞ、君達のおかげで思ったよりも稼げたしな。」
「・・・分かりました。お言葉に甘えさせていただきます。」
「うふふ、アリスちゃんは固いんですから。」
でん、と構える大きな建物とそれに聳え立つ長い煙突。
広い玄関口には温泉マークの描かれた暖簾。
どう見ても寂れたスーパー銭湯にしか見えない。
暖簾をくぐって中に入ると、銅貨一枚で鍵の掛かる靴箱がずらっと並んでいる。
銅貨は返却式のようで、ほとんど鍵が付いたままだ。
「寮と同じでここも異国情緒溢れる景観になっているわね。」
「やはり私の国と似ているが・・・、少し違う雰囲気だな。」
そんな話をしながら靴を脱いで上がる。
ポケットから銅貨を一枚取り出して靴箱のスリットに投入、鍵を回す。
カチリ、と音がして鍵が掛かる。
「銅貨を入れると鍵が回せるようになっているのね、面白いわ。」
「開けたらちゃんと戻ってくるんだ!すごーい!」
「銅貨いるの?」
「あるよお姉ちゃん、はい。」
「ありがとう。」
「ほら、フラムも。」
「ぁ、ありが・・・とう。」
靴箱の鍵を仕舞い、中へと足を進める。
謎のお土産販売所、休憩スペースに併設された食堂。
自販機まで設置されている。
極めつけは寂れたゲームコーナー。
見た事あるような無いような筺体が置かれ、どこかで見たようなデモプレイ映像が映し出されている。
よく作ったな・・・こんな所。
歯ブラシですら銀貨十枚するのだから、採算度外視で作られたのは分かる。
懐かしい雰囲気ではあるが、案内板からゲームに至るまで全てこちらの世界の文字で書かれているため、嫌でもここが異世界であるという現実を突きつけられる、何とも奇妙な感覚だ。
「・・・・・・別の世界に迷い込んだようだわ。」
言い得て妙だな。
*****
入浴料を払い、脱衣所へと入った。
慣れたとは言え、赤い暖簾をくぐるのには未だ抵抗があるな・・・。
鍵付きのロッカーが並び、扇風機に体重計、ドライヤーが設置されている。
勿論、自販機もだ。
「寮でも見た事無い物があるな。」
「そうね、あの鏡の前にあるのは何なのかしら?」
ニーナが手に取ったドライヤーのコードの先は、銅貨を入れるスリットの付いた箱へ繋がっている。
「んー?何も動かないよー?」
「その先から温風が出るようになってて、それで髪を乾かすんだよ。」
「詳しいのね、アリス。」
「ええ、本当に驚いたわ。大抵の人は手間取るのだけれど・・・、実は来た事あるの、アリスちゃん?」
「あー・・・・・・っと、一応これでも魔道具科ですから。」
「へー、意外だね。アリスちゃんなら魔法騎士科でも入れそうなのに。」
こんな言い訳にも使える魔道具科。入ってて良かった。
「そういえばそうだったな、ではあれは何に使うんだ?」
ヒノカが指差す先には自販機が鎮座している。
「あれは飲み物を買えるんだよ。お金を入れて飲みたい物を選べばいいんだ。」
「ほう・・・・・・・・・。」
スタスタと自販機の前に立ち、にらめっこを始める。
「ふむ・・・・・・・・・。」
その横にリーフも立ち、同じ様ににらめっこを始める。
「色々あるのね・・・・・・。」
「二人とも・・・今飲むの?」
「ダメなのか?」
「ダメじゃないけど・・・お風呂上がりの方が良いんじゃない?」
「おぉ、それもそうだな。風呂上がりに買ってみるとしよう。」
「そうね、今から何を買うか決めておきましょう。」
「そうだな、ふむ・・・・・・・・・。」
にらめっこの作業に戻る二人は放っておき、服を脱ぎ始める。
・・・・・・前にフィーとフラムに一枚ずつ銅貨を渡す。
ロッカー用のお金だ。
「あ、そうだ。はい、二人とも。」
「ありがとう。」
「ご、ごめん・・・ね。」
「いいよいいよ、良くある事だし。」
「・・・よくある?」
「あー、大銅貨だけしか持ってないとか、ね?」
脱いだ服をロッカーに押し込み、鍵を掛ける。
「じゃあ先に行くね。」
まだにらめっこを続けている二人の後ろを通り浴場へ突入。
かけ湯を済ませて浴場内を見渡す。
寮にある浴場よりも更に広く、数種類の湯船が設置されている。
ジェットバスに露天風呂まであるようだ。
ま、とりあえずサウナからだな。
*****
ギィィ。
ゆらゆらと視界が揺らめく部屋内に扉の開く音が響く。
「こんな所にいたのですね、アリスちゃん。」
新たな挑戦者はレーゼだ。
既にニーナとヒノカの二人を下している。
が、俺も限界が近い。
「隣、良いかしら?」
「はい、どうそ。」
一枚の布で隠された二つの危険物が俺の隣でゆさりと揺れる。
「この部屋初めて入ったけど、・・・・・・すごく熱いのねぇ。」
「ええ、ここは汗を掻くための部屋なので室温が熱くなってます。」
「そうなのですね、でも態々汗を掻くための部屋なんて何の意味が?」
「えーっとそれはですね・・・。」
とりあえずサウナについての説明を覚えている範囲でしてみる。
「ろうはいぶつ・・・?しんちん・・・たいしゃ?難しい言葉を知っているのですね。」
「まぁ簡単に言うと健康に良いとされてるっていうだけです。あとはダイエットなんかにも効果があるとか無いとか。」
「だい・・・えっと・・・?」
「あー・・・、痩せるのに効果があるみたいです。」
「そ、それは本当ですか!?」
ガシッと肩を掴まれる。
「・・・そ、そう言われているのを聞いた事があります。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「ど、どうしました・・・?」
「頑張りましょう、アリスちゃん。」
「いや・・・、私はそろそろ・・・。」
「がんばりましょう!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はひ。」
*****
露天風呂の淵に腰かけ、夜風で身体を冷ます。
湯船に浸けた足をゆっくり動かすと、チャプチャプと水音が耳をくすぐる。
俺はニーナとヒノカに続いてレーゼを下し、満を持して勇退したのだ。
今はただただ、この風に身を任せていたい。
隣にマルネが座る。
「アリスちゃん、レーゼちゃんがごめんねー。・・・よっと。」
張りのある健康的な肌は水を弾き、キラキラと光っている。
「いえ、しばらく休んでいればすぐに良くなると思います。」
ぴとっとミゼルの白い腕が後ろから俺を抱きしめてくる。
「アリスちゃん身体真っ赤~。」
「もー、ミゼルちゃんってばー。」
「あはは、ごめんごめ~ん。」
マルネと俺を挟むように腰をおろすミゼル。
その白い肌はマルネとは対極の美しさを醸し出している。
着痩せするのか、服を着ている時には分からなかったが、レーゼにも劣らぬ程の凶器をお持ちだ。
三人で並んで座っていると、今度はテリカがやってくる。
「ふぅ・・・全く、レーゼのやつめ・・・。」
テリカはそのぶっきらぼうな言葉遣いとは裏腹に、上品な所作で向かい側に腰かけた。
適度に付いたしなやかな筋肉は、その所作を一層精錬させている。
実は良いとこのお嬢様だったりするのかもしれない。
「あれ、レーゼちゃんはどうしたの、テリカちゃん?」
「どうもこうも・・・な。這ってでもあの部屋に行きそうだったから気絶させてきたよ。」
ダイエットの話題は厳禁だな、こりゃ。
「き、気絶って・・・、レーゼちゃん大丈夫かな・・・。」
「ま、大丈夫だろう。風邪はひくかもしれんがな。」
*****
マルネ達と別れ、ぶらぶらと広い浴場内を見て回っているとフラムを見つけた。
何か困っている様子なので声を掛けてみる。
「どうしたの?」
「ぁ・・・あれ・・・。」
フラムの示す方には薔薇風呂とかいうものが構えていた。
浴槽には薔薇の花弁が浮かべられ、周りは薔薇の造花で彩られており、中心にある台座の上には何故かベンチが置かれている。
『やらないか』とでも言わせたいようだ。
「入りたいの?」
「だ、ダメ・・・だよね?」
「大丈夫だよ、行こう。」
「ぇ・・・ぁ・・・。」
フラムの手を握って浴槽の近くまで連れてくる。
薔薇の香りがする湯船に手を浸けてみると少し温い程度。
中に入ってみるが、俺には少し物足りない温度だ。
「フラムもおいでよ、全然熱くないから。」
「ぅ・・・うん。」
フラムがそっと足を浸け、ゆっくりと浴槽に入ってくる。
「わぁ・・・、綺麗・・・。」
どうやらお気に召したようで、フラムの笑顔も薔薇の装飾に負けないほどキラキラとしている。
俺の穢れた心が浄化されて消し飛びそうな程だ。
ちなみにこの湯は月替わりで来月は百合らしい。
どうせならそっちの方が良かったな。
*****
浴場から出るとフィーが扇風機の前に陣取っていた。
「お姉ちゃんももう上がるの?」
「少しきゅうけい中。」
「そっか、私は先に上がってるよ。」
「うん、分かった。」
魔力を使って身体に付いた水分を蒸発させて服を着る。
魔法マジ便利だわー。
普通の人が見れば、くだらない事に魔力を使うなと呆れられてしまうだろうが。
ロッカーから戻ってきた銅貨を手に取り、自販機の前に立つ。
銅貨を投入し、背伸びを・・・・・・ジャンプをしてボタンを押す。
ゴトッと取り出し口が振動し、ピピピピピと電子音が響く。
液晶に778と表示されたのを見届けてからコーヒー牛乳を取り出した。
ストロー付きの四角いパック。
成分表も賞味期限も印刷されていないが、デザインだけはそれっぽくなっている。
飲んでも大丈夫だよな・・・?
まぁ、こうして置いてあるのだから大丈夫だろう。多分。
「お姉ちゃんも何か飲む?」
「うん。」
フィーに声を掛けるとトテトテとこちらに駆けてくる。
自販機を見上げ、ラベルをじっくりと見ていく。
「よくわかんない。」
「お姉ちゃん苺好きだったよね、あれがいいんじゃない?」
いちごミルクと書かれたパックを指差した。
銅貨を投入し、フィーがいちごミルクのボタンを押す。
フィーが取り出し口を探っている間に液晶の表示が止まった。
やっぱ当たらんな。
見届けてからコーヒー牛乳ストローを取り外し、パックに刺す。
吸い上げるとストローの中が茶色に染まり、コーヒーの香りと懐かしい独特の甘さが口の中に広がった。
これだ・・・この味だよ。良い仕事してるな。
完璧に再現された味を堪能していると、いちごミルクのパックが目の前に差し出された。
「どうやって飲むの?」
飲み方を教えるとよっぽど気に入ったのだろう、空になったパックがズゴゴゴと悲鳴を上げている。
「あー・・・もう一本いっとく?」
ベコッ。
あ、潰れた。
*****
半分ほど飲んだコーヒー牛乳も取り上げられ、脱衣所を後にした。
向かう先はゲームコーナーだ。
STGに格闘、果ては脱衣麻雀まで。
一通りのジャンルを作ってみました。と言ったようなラインナップになっている。
実際その通りなのだろう、全てのゲームの題材に【勇者ティグルー】が使われている。
おとぎ話や絵本に出てくる人物で、この世界では一番有名な勇者だ。
俺もいくつか本を読んだ事がある。
とりあえず一番端にあるシューティングの筺体に銅貨一枚(コイン)を投入する。
勇者ティグルーが魔王討伐に向かう王道のストーリーだ。
空を飛び、敵の攻撃を掻い潜り、剣の形のショットを放ち敵を屠って進んでいく。
なぜ敵が戦闘機や戦艦なのかは、この際置いておこう。
三面ボスの巨大ロボットの攻撃で撃沈し、ゲームオーバーとなった。
場所を移動し、次は格ゲーにコインを入れる。
勇者ティグルーが魔王討伐に向かう王道のストーリーだ。
キャラ選択などは無く、勇者ティグルーのみが操作可能らしい。
パンチ、キック、必殺技の魔法で戦い、何故か手に持った剣は断固として使わない。
不殺でも貫いているのだろうか、コイツは。
三戦目、エルフの女剣士のレイピアによる一突きで死亡し、ゲームオーバーとなった。
絵本ではこの女剣士は仲間だった気がするが・・・気にしたら負けだろう。
次はレースゲームの筺体に座ってみた。
シートの位置を調整し、コインを投入する。
勇者ティグルーが魔王討伐に向かう王道のストーリーだ。
F1カーに姿を変えた光の剣を駆り、魔王の元へと急ぐ。
決められたコースのチェックポイントを時間内に通過していくタイプだ。
ちなみにコース上に現れる魔物を轢き殺すとタイムボーナスが貰える。
その際に筺体がゴトリと動き、妙に生々しい。
三面のコース途中でクラッシュし、ゲームオーバーとなった。
今度はガンシューティングの筺体からガンコンを抜いてみる。
ガンコンにはブローバック機能が付いているようで、パカパカとスライドするようになっている。
コインを入れるとムービーが流れ出した。
勇者ティグルーが魔王討伐に向かう王道のストーリーだ。
光の剣の先から出る謎のビームで、現れる魔物達を次々と撃ち果たしていく。
ブローバック機能は壊れており、うんともすんとも言わなかった。
2P側でやるべきだったか。
三面の途中で村人を誤射し、ゲームオーバーとなった。
ボタンがズラリと一列に並んだ筺体へコインを入れる。脱衣麻雀だ。
オープニングムービーが流れ始める。
勇者ティグルーが魔王討伐に向かう王道のストーリーだ。
最初の配牌が終わり、点数を確認すると1000点しかない。そういうタイプか。
魔族の女幹部達と対決し、安手の早上がりで次々と脱がしていく。
三人目の女幹部に跳満で逆襲をくらい、ゲームオーバーとなった。
ゲームオーバーの画面を見届けてから席を立ち、次のゲームを探す。
ゲームコーナーの真ん中にでん、と並んだ4つの筺体。
色褪せた新台入荷のポップが侘び寂を感じさせる。
ベルトスクロールアクションで4人同時協力プレイが可能らしい。
しかも操作キャラを4人のキャラから選べるのだ。
俺は銀貨を両替え機に突っ込み、コインを10枚ほど積み上げる。
1枚投入し、ゲームスタート。
キャラ説明をじっくりと読み、キャラクターを決定。
ステージが始まると光の剣を掲げた勇者ティグルーが現れる。
ソロで進められそうなのがバランスの良いコイツしかいなかったのだ。
剣と魔法で敵を倒し、順調にレベルを上げつつ進んで行く。
遂にステージ1のボスへと到達するが、圧倒的パワーにゴリゴリと体力を削られる。
ボスの体力を半分も減らせずにゲームオーバーとなった。
「えー・・・、強すぎんだろ。バランスおかしくね?」
悪態を吐きながらコインを追加してコンティニュー。
ステージの最初からになるが集めた経験値やアイテムはそのままだ。
一度通った道をサクサクと経験値を稼ぎながら進んで行く。
ポンと肩を叩かれ、キャラの歩みを止めて振り返ると、フィーくらいの年頃の女の子が三人立っていた。
似ていないので姉妹ではないだろうが、揃って血のような赤い瞳が印象的だ。
「そこは進んじゃダメ。」
「そこで待ってると敵が一杯湧いてくるから、時間ギリギリまで稼ぐんだよ。」
「私達も手伝うねー。」
三人が席に着き、慣れた手つきでコインを積み上げてエントリーする。
画面には戦士、魔術師、僧侶がそれぞれの武器を掲げて現れた。
これで全キャラ集合だ。
間もなく雑魚敵が画面両端からワラワラとやってくる。
戦士と魔術師の強力な攻撃で現れては無慈悲に狩られていく雑魚敵達。
「【加護】を切らさないようにお願いね。」
「まぁまぁ、まだ一面だし無くても余裕じゃん。」
「だからでしょー。今の内に立ち回り覚えて貰えば後々楽だしねー。」
「分かった。使う時は声掛けるから集まって。」
【光の加護】、勇者ティグルーのみが使えるスキルで武器に光の力を纏わせる事ができる。
要は攻撃力の上がる魔法なのだが範囲内に入る味方にも適用されるため、多人数プレイでこそ輝くスキルだ。
4人でサクサクと進めていき、先程コテンパンにしてくれたボスの登場だ。
流石に多勢に無勢なのか、取り囲んでの攻撃であっさりと倒せてしまった。
「次が大変なんだよねー・・・。ま、頑張ろう。」
彼女の言う通り、ステージ2の敵が異様に堅い。
「なんか・・・敵の体力多くない・・・?」
殴っても敵の体力が余り減らない。
「ステージ1で武器買ってないからね。ここのショップで武器買うまでは大変だよ。」
「店なんてあったっけ?」
「途中の木の裏にね。2面で強い武器が買えるくらいに貯められそうだからスルーしたけど。」
「なるほどね、防具はどうするの?」
「最終面で余ってるお金で買える物を使う感じかな。それまでは初期装備で。」
「ふぅん、詳しいんだね。」
「まぁ、ね。そっちこそ慣れてるね、ゲーム。」
「いや・・・普通くらいだと思うけど。」
「【向こう】ではね。」
「あー、やっぱり【お仲間】なんだね。」
「そういう事。こっちの子はゲームなんかにお金使わないしね。物珍しさに1コインっていうのはたまに居たけど。キミはこっちに来たばかりみたいだね。」
「うん・・・まぁ、そういうことになるかな。そういうのって分かるの?」
「見た事無い顔だしね・・・っとヤバッ!」
敵に掴まれたのをレバガチャで振りほどく。
「ふぅ・・・そうそう、私はガイナ。そっちの二人はオルチカとマッシェ。」
「何そのニアミス。」
「私達三人が揃った時はそれはもう盛大なセレモニーが開かれたよ。コレがその時に貰ったやつ。」
ガイナが足元を指差す。
そこには紫色のルーズソックス。他の二人も穿いているようだ。
「・・・私はアリューシャ。残念だけど踏み台には出来ないね。」
「あははっ、それじゃあ踏み台にはなってあげられないな。」
オルチカがこちらを向いて話しかけてくるが、キャラはしっかりと仕事をしている。
「アリューシャってことは・・・アリサって呼べばいいん?」
マッシェも会話に混じってくるがその手捌きは衰えない。
「肌の色からして・・・その子の国だとアリスなんじゃない?多分だけどー。」
「国によって違うんだ?」
「国というか地方というか・・・。いくら共通語で統一されてるからって言っても、この大陸だけでも結構な広さがあるからね。地方独特の言い回しがあったり訛ってたり・・・って具合かな。」
まぁ、小さい島国の日本でもそうだったしな。
「そんなに広いんだ。」
「学院を卒業したら旅でもしてみるといいんじゃない?ティグルーみたいに魔王を倒す旅って訳にはいかんけど。」
「じゃあドラゴンでも探してみるよ。」
「ドラゴンならどこかに居ると思うけどー、捕らわれの姫はいないよー?」
「まぁ・・・居てもお楽しみ出来ないし・・・。」
「確かにそうだね。」
「それにしても・・・随分寂れてるよね、このゲーセン。」
「昔はちょっと流行ったんだけどねー、勿論【お仲間】の間だけだけどー。」
「何かあったの?」
「いや、というよりこの世界自体が所謂VRMMOみたいなもんじゃん?私らにとっては。」
「あー、確かに・・・。」
「それに自分たちで作るしかないからね、今でも細々と活動はしているみたいだけど。あ、この岩陰にショップがあるから。」
「了解、一番強い武器でいいんだよね?」
「うん、しばらくはこれで。」
全財産をはたいてショップに並んでいる一番高い武器を買い、試し切り。
あれほど堅かった敵の体力がモリモリと削れる。
「おぉ、強いね。」
「次のステージ用の武器だからね、これでこの先の湧きポイントでギリギリまで稼ぐよ。」
黙々と、時折声を掛け合いながらステージを進めていく。
ゲームコーナーにはゲームのBGM、SEとボタンを叩く音が木霊していた。
*****
どれほどの時間が経っただろうか、何度か全滅を繰り返し・・・遂に魔王の元へと辿り着いた。
「やっと着いた、この扉を開けば魔王戦だよ。」
「結構掛かったね。」
「10コインも使ってないし、上々じゃん。」
「ここで全滅はしたくないねー。」
「蘇生アイテムも残ってるし、大丈夫でしょう。突撃!」
「「「おー!」」」
戦士がダッシュ攻撃で扉を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた扉が魔王に当たり、魔王の体力ゲージが削られた。
「よし、決まった!」
玉座の間に踏み込むと「よく来たな、勇者よ。」からの寸劇が始まる。
魔王との交渉が決裂したところで戦闘開始。
さすが魔王というだけあって画面全体を襲うド派手な攻撃に苦戦させられる。
物理攻撃を戦士が打ち払い、魔術師が障壁を張り魔法ダメージを軽減、僧侶が傷ついた仲間を癒していく。
「お、またカウンター取れた。今日は調子が良いよ。」
「回復楽でいいわ。暇とも言うけど。」
「じゃあHP変換でMP回復するからヒールよろー。」
「加護掛けるから集まって。」
4人の連携でついに魔王の体力ゲージを削りきった。
が、魔王が変身し体力ゲージがMAXまで回復する。
「あ、やっぱり変身するんだ。」
「お約束だしね。」
更に邪悪な姿になった魔王との戦闘が始まった。
強力になった攻撃を凌ぎ、チクチクとダメージを与えていく。
攻撃が強力になった分隙も大きくなり、逆に最初の形態より弱く感じる。
ゲージを削りきるとまた変身が始まる。
「えー、また?」
「これで最後だからアイテムは温存しなくて良いよ。」
最終形態となった魔王は状態異常攻撃を執拗に行ってくるため、非常に戦い辛い。
僧侶と勇者とで回復に奔走している。
それでも着実にダメージを蓄積していき、ついに魔王を倒した。
エンディングイベントが終わり、ムービーが流れる。
「お疲れー。」
「久しぶりに10コイン以内でクリア出来たね。」
「やっぱ難易度きついわ、これ。」
「ソロだと確実に無理だったよ。ありがとう。」
「それじゃ私らはもう行くよ。後ろで誰か待ってるみたいだし。」
言われて振り返るとお風呂から上がった面々。
「あ、皆もう上がってたんですね。待たせてごめんなさい。」
「いや、いいさ。まだレーゼが休んでいるからな。」
テリカが親指で差した先にはソファーでぐったりと横たわっているレーゼの姿。
興奮冷めやらぬといった感じで詰め寄ってくるリーフ。
「ね、ねぇアリス!こ、これは何!?ティ、ティグルー様が動いているんだけど!」
ティグルー・・・様?
リーフの隣には同じ様子のフィー。
「な、何ってゲーム・・・・・・あー・・・、玩具だよ。」
「どうすればいいの!?これで動くの!?」
レバーをガチャガチャと弄るが、コインを入れていないため反応は無い。
ポン、と肩を叩かれる。
「後は頑張って、【戦友】。私達はこれで離脱します。」
そう言って敬礼し、さっさと逃げていく三連星。
ガッとフィーに腕を掴まれた。
「・・・どうするの?」
「あー、うん、それはね・・・。」
*****
すっかり陽が落ちて街は夜の闇に包まれ始めている。
しかし、大通りに並ぶ酒場からは光と喧騒が漏れており、静かな夜にはまだ遠そうだ。
そんな街を進む中、落ち込んでいるリーフとフィー。
「うぅ・・・お金を無駄に使ってしまったわ・・・。」
「・・・。」
二人に教えてはみたものの、ステージ1のボスも倒せぬまま終わってしまった。
というより6枚目のコインを投入しようとしたのを俺が止めたのだ。
勿論俺も手伝ったが、二人のお守りをしながらというには荷が重かった。
「私も見てみたかったですね、アリスちゃんの勇姿を。」
レーゼもすっかり復活している。
ヒノカが意外そうな顔でこちらを見た。
「あんなアリスは初めて見たな。」
その言葉にフラムとリーフが頷く。
「ぅ、うん・・・。」
「そうね、一緒に居た子達とも随分仲が良さそうだったけど、知り合いなの?」
「いや、あそこで会っただけだよ。」
「本当に?それにしては息がぴったりだったというか・・・。」
まぁ、腐ってもゲーマーの端くれなのだ。俺は。
異世界に来てまでゲームが出来るとは思わなかったが。
「な、慣れたらあれぐらいは出来るんじゃないかな。」
「慣れたらって・・・アリスはあの玩具で遊んだ事があったの?」
「ああいや、あの子たちがね。私は必死に付いて行ってただけだよ。」
会話を聞いていたマルネ達も参加してくる。
「それでも凄いよ、アリスちゃん!私も一回だけやった事あるけど、よく分からないまま終わっちゃってたし・・・。」
「ミゼルもあそこにあるの全部よく分かんない~。」
「私も一回やったけど・・・よく分からなかったね。それ以来行ってない。」
随分と不評だな、あのゲームコーナー。
まぁ、仕方ないだろうが・・・。
わいのわいのと道を歩いていると、レーゼが1軒の店の前で足を止める。
「あ、此処ですよ。」
窓から中の様子を窺うと、学生の姿が多い。
「このお店はお酒は出さないけれど、料理が凄く美味しいのですよ。」
扉を開くと備え付けられたベルがカランカランと鳴り、来客を報せた。
カウンターの厨房に立っている気の良さそうなオヤジがレーゼに声を掛ける。
「おう、また来てくれたのかい、お嬢ちゃん。」
「はい、今日も宜しくお願いします。」
きょろきょろと見回すが、空いている席は無い。
「二階が空いてるからそっちに行ってくんな。」
「分かりました。」
レーゼに続いて木造の階段を上る。
二階は人が少なく、十分席を確保出来そうだ。
「あちらにしましょうか。」
角にある席にテーブルをいくつか繋げて座った。
注文を取りに来たおばちゃんに声を掛けられるレーゼ。
「よく来てくれたね、レーゼちゃん。今日は随分可愛い子達を連れているね。」
「はい、頼りになる新入生の子達です。」
「あぁ、もうそんな時期なんだねぇ・・・アタシも昔は・・・。おっといけない、注文はどうするんだい?」
「えっと、それでは―――。」
壁に掛けられたメニューから大皿物や各々好きな物を頼んでいく。
「あいよ、大急ぎで作らせるからね。」
注文を取り終えたおばちゃんは階下へと戻っていった。
*****
程なくテーブルにずらりと並べられたパン、スープに肉、野菜、魚料理。
ちょっと多・・・・・・いや、かなりの量だ。
壁にあるメニューを見る限りでは学食より少し値は張るが、この量を鑑みれば納得である。
これも学生に人気がある理由だろう。
「いただきます。」
とりあえず千里の道も一歩から。テーブルに生えた氷山の一つから一角を崩していく。
口に含んだ柔らかい肉からじゅわりと肉汁が溢れ出し、溶ける様に消えてしまう。
「美味しいですね。・・・何の肉かは分かりませんが。」
メニューには【肉(大)】と書かれている。
「その日に大量に仕入れられる物を使っていると仰ってました。この間はもっと歯応えのある肉でしたが、この柔らかいものも良いですね。・・・何の肉かは存じ上げませんが。」
フィーとニーナがひょいひょいと自分の皿に盛っていく。
「まぁまぁ、いいじゃん。美味しいんだしさー。」
「・・・うん。」
氷山の一角を崩したと思っていたが、気付けばごっそりと削られていた。
この二人による成果だ。
ガツガツと食べるニーナに対して行儀良く食べるフィーだが、スピードが尋常じゃない。怖い。
「後でお腹痛くなっても知らないからね、もう。」
あくまでもマイペースで食べるリーフ。
「そうだな、よく噛んで食べないとダメだぞ。」
そう言うヒノカも何気にペースが速い。
タイミングを見計らい、手に持った皿に料理を取る。
一通り料理を取った皿をフラムの前に置いた。
「はい、早く食べないと取られちゃうからね。」
「ぅ、うん・・・・・・ぁりが、とう。」
「・・・やっぱり甘いわね。」
ボソリと呟くリーフ。聞こえてますよ。
放っておいたらパンとスープだけで済ませそうなのだ。
良いとこのお嬢様な筈なんだが、おっかぁの分も食べてええんやで、とでも言ってやりたくなる。
「賑やかで良いですね。」
「そうかい?いつもはそっちの二人がもっと賑やかだと思うけど。」
「そ、そんなことないよね、ミゼルちゃん?」
「そうだよ~、テリカちゃんひど~い。」
やれやれと肩を竦めるテリカ。
「いつもこうだと良いんだけどね。」
「ふふ、それでは調子が狂ってしまいますよ?」
*****
デザートまで完全に胃に収め、店を出る。
結構食べたと思ったのだが支払いは銀貨1枚にも届かなかった。
支払いは俺が出すことに。
兜も貰ったし臨時収入もあったし多少はね?
レーゼ達は流石に渋ったが、儲けの多かった奴が飯代を出すのが冒険者の流儀だと適当に言って無理矢理納得させた。
まぁ、それで親父に集られていたから嘘ではない。
学院の門に入った所でレーゼ達と別れ、寮の部屋へ戻ってきた。
俺とヒノカを除く4人が畳の上にへたり込む。
「ふー、やっと終わったねー。」
「・・・うん。」
「そうね・・・、流石に疲れたわ。」
「ゎ、私も・・・。」
「それだけ充実していた、ということなのだろう。」
「ヒノカは平気なの?」
「修行で師匠と山籠りや魔物討伐なんかもしていたしな。これぐらいなら問題ない。」
「それならその時に冒険者の資格を取ってれば良かったね。」
「私が倒した魔物の耳なんかを集めさせられたから、師匠が依頼を受けていたんだと思う。」
「・・・・・・お互い大変だね。」
「全くだ。」
二人で一緒に溜息を一つ吐いた。
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