16話「採取ツアー」

 森の中へ入り、少し日が傾いた頃。

 少し距離はあるが、ガサガサと葉を鳴らしながらこちらに向かってくる小さい影が三つ。

 それに反応するヒノカ。


「ふむ、ゴブリンが来たか。」


 どうやらこちらに攻撃を仕掛ける気満々のようだ。

 武器を構え、横並びで駆けてきている。

 やはりこの大所帯だと、遠くからでも発見されやすいのだろう。


 マルネ達を後ろに下げ、俺達のパーティが前に出る。


「どど、どうするの!?」


 慌てふためくマルネは放置して周囲を窺う。

 敵はどうやら向かってきている3匹だけのようだ。


「前から来る3匹だけみたい、ヒノカの方は?」

「ああ、私も気配を感じるのはあの3匹だけだ。」


「じゃあそっちは任せるよ、私は周囲を警戒しておくね。」

「任された。」


 それから指揮を出すヒノカの声は静かで落ち着いていた。


「フィー、ニーナは迎撃に向かってくれ。」


「わかった!」

「りょーかい!」


「リーフは二人を援護できるように備えを頼む。」

「いつでも大丈夫よ。」


 合図と共にフィーは弾丸のように飛び出し、向かってくるゴブリンに迫っていく。

 負けじとニーナも追いすがる。


 フィーがあっと言う間にゴブリンとの距離を詰め、ゴブリン達が慌てて戦闘態勢を取る前に一閃。

 中央にいたゴブリンの首は宙を舞っていた。


 そのまま勢いを衰えさせる事無く、向かって左のゴブリンへ迫る。

 ゴブリンは握っていた短剣をフィーの方へと向けて構えた。

 が、その手首ごと弾き飛ばされ、近くの木に突き刺さる。

 武器を失ったゴブリンは為す術もなく、フィーによって止めを刺された。


 フィーの動きを確認したニーナは右側のゴブリンへ舵をとる。

 対するゴブリンは両手でショートソードを握って構え、迫るニーナに備えた。

 ニーナとゴブリンの距離が互いの間合いとなる直前。


「”ウィード”!」


 ニーナの放った突風をまともに受け、姿勢を崩してたたらを踏むゴブリン。

 ゴブリンがその姿勢を立て直す頃、ニーナの剣がその命を絶っていた。


 警戒を解き、リーフが口を開く。


「私の出番は無かったわね。」

「こちらもな。アリス、そちらはどうだ?」


「こっちは異常なし。やっぱり今の3匹だけだったみたいだね。」


 ほっと緊張が解ける先輩たちとフラム。


「す、凄いんだね、あの子達・・・。」

「ミゼルびっくり~。」

「まさか・・・ここまでなんてね。」

「あなた達の実力を過小評価し過ぎていました・・・ごめんなさい。」


「いえ、気にしないで下さい。自分で言うのもなんですが、それは仕方ないと思いますし・・・。」


 俺がマルネ達と会話している間に戻って来たフィーとニーナをヒノカが労う。


「二人とも戻ったな、問題は無いか?」


「うん、だいじょうぶ。」

「ボクも平気。たおした魔物はどうするの?」


 数も少ないので俺がさっさと処理してしまった方が早いだろう。

 そう提案し、ゴブリン達が倒された場所へ一人で向かう。


 死体は静かに横たわっていた。


 俺は地面に手を着いて魔力を流し、大きめの穴を作る。

 その中に最初のゴブリンの体を落とし、右耳を削いでから頭も落とした。

 ゴブリン達が持っていたボロボロの武器は、鉄の部分だけを剥ぎ取って穴に投げ入れる。

 残る死体も同様に処理し、穴へ落とした死体を炎で灰にし、穴を埋めた。


 削いだ耳は、土からカプセルを造り、その中に入れてから鞄へ仕舞う。

 こうすれば鞄が汚れないし、匂いも抑えられるのだ。


 最後に、武器から取った鉄片へ魔力を流していく。

 三つの鉄片を混ぜて一つの塊とし、ゆっくりと球状へ変形させた。

 それも鞄の中へ放り込む。


 普通ならボロボロの武器も一緒に埋めるのだが、俺にとってはインゴットが転がっているのと変わらない。

 少し時間は掛かるが、武器にでも変形させればちゃんと使えるのだ。

 フィーとニーナには、まだ土で作った武器を渡したままだしな。


 作業を終え、皆の所へと戻る。


「終わったよ、そろそろ行こうか。」


 立って木に背中を預けていたヒノカが俺を迎えた。


「アリスは休憩を取って無いだろう?少し休んだらどうだ。」

「ううん、大丈夫だよ。それより少し日も落ちて来たし、先を急ごう。」


 それぞれが腰を上げ、マルネを先頭に獣道を進んでいくと、日が落ちる前にその場所に着いた。

 そこは少し開けた場所になっており、その場所を埋めるようにフイカク草がびっしりと生えている。


 マルネ達がフイカク草の採取を始めた。


「フイカク草はこの森でも所々に生えてるんだけど、数が必要な場合は此処が一番早いんだよー。」


 確かに、これだけの群生地は見た事が無い。

 採取は任せ、俺たちのパーティは周辺警戒という分担で作業を開始する。


「100株必要だから、とりあえず110くらいあれば大丈夫だよね。」

「だな、さっさと終わらせちまおう。」

「ミゼルも頑張る~。」


 ある程度数が集まると、レーゼが素早く10株ずつ束ねていく。

 見惚れるほどの職人技だ。

 あっという間に数が揃った。


「早いですね。」

「採取の依頼ばかり受けていますからね。すっかり慣れてしまいました。」


 一束ごとに布で包み、昼食のサンドイッチを入れていたバスケットに詰めていく。

 全て完了し、マルネが少し離れたところで見回っているヒノカを呼ぶ。


「ヒノカちゃーん、終わったよー!」

「もう終わったのですか、お疲れ様です。アリス、こちらは問題ない。」


「こっちも大丈夫。」


 全員揃ったのをマルネが確認し、声を上げる。


「それじゃあ、近くの洞窟へ行くよ!今日はそこで野営だからね!」


*****


 森の奥にある洞窟。

 当然そんな場所があれば魔物達が放っておかないわけで。


 ヒノカと共に様子を窺う。


「1・・・2・・・3・・・4・・・5・・・。5匹だな。」

「他には居ないみたいだね。」


 マルネに案内された洞窟の入り口にはゴブリンが屯していた。


「うぅ~、ごめ~ん。まさか洞窟にゴブリンが住み着いてるなんて・・・。」

「以前は住んでなかったのですか?」


「うん・・・。魔物除けの結界があったんだよぉ~。」


 マルネの言葉をレーゼが引き継ぐ。


「壊れてしまったのかも知れませんね。何分、古いものでしたから。」


 とは言え、居るものは仕方が無い。

 撤退か交戦かだが・・・。

 ヒノカと視線を合わせる。


「どうする?こちらに気づいていないようだが。」

「討伐数はまだ足りていないし、倒しちゃおう。」


「分かった。先程と同じで良いな?」


 ヒノカがニーナ、フィー、リーフに目を向ける。


「ボクはいつでもいけるよ!」

「わたしも!」

「私も大丈夫よ。こちらには気づいていないみたいだし、魔法で奇襲をかけるわ。構わないかしら?」


「そうだな、二人はリーフの魔法の後に向かってくれ。」


「りょーかい。」

「わかった。」


「それじゃあ行くわね。・・・”氷矢(リズロウ)”!」


 リーフが呪文を唱えると三本の氷の矢が出現し、ゴブリン目がけて飛翔する。

 その氷の矢を追うようにフィーとニーナが飛び出した。


「ギャッ!」「グェッ!」「ギィッ!」


 氷の矢は全てゴブリンの脳天を貫く。見事なヘッドショットだ。

 そして残った2匹は何が起こったのか悟る事も出来ず、フィーとニーナによって斬り捨てられた。


「ふむ、私の出番は無しか・・・。」


 倒したゴブリンの処理を終え、洞窟内へ足を踏み入れた。

 入り口の横の壁には大きな魔法陣が彫られているが、所々欠けてしまっており、元の図が分からない状態になっている。

 これが結界を張っていたものだろう。

 レーゼが魔法陣を調べながら呟く。


「やはり壊れてしまっていたようですね。中のは無事だと思うのですが・・・。」


 ランプで洞窟内を照らし、マルネを先頭に歩いて行く。

 洞窟内の壁には、ほぼ等間隔に魔法陣が彫られている。

 入り口のものと似ているので、これも魔除けなのだろう。

 欠けてしまっているものもあったが、殆どは大丈夫なようだ。


 しばらく進むとマルネが立ち止まった。


「ここだよ。」


 壁にはよく見ると偽装された扉が設置されていた。

 普通に進んでいれば気付かないだろう。

 それをマルネが押し開く。


 中は洞窟側と違い、綺麗に床と壁が造られており、凹凸がない。

 天井近くの壁には小さな四角い格子付きの窓が設けられ、そこから星が顔を覗かせている。

 これなら火を使っても大丈夫だろう。


「前に魔物に追われてここに逃げ込んだ時に偶然見つけたんだー。ここなら大丈夫だよね?」

「申し分ないですよ。こんな綺麗な部屋があるなんて。」


「とりあえずご飯にしようよー、ボクお腹空いちゃった。」

「ミゼルもー。」


「あらあら、そうですね。それじゃあご飯にしましょうか。」


 ランプを取り囲むように思い思いに腰を下ろし、各自の鞄から携帯食を取り出した。

 さすがに夜の分までお弁当、というわけにはいかないからな。


 マルネ達はそれぞれ拘りがあるのか、別々の携帯食を持っている。

 俺達のパーティは同じ物で統一され、一色だ。

 俺が纏めて買っている所為でもあるが。


 マルネが顔を顰めて携帯食を齧りながら話題を振る。


「珍しいね、みんな一緒の携帯食なんて。」

「他のパーティの人はバラバラなんですか?」


 溜息をつきながら隣のテリカが答えた。


「まぁ値段はともかく、味なんて似たり寄ったりだからね、悪い方に。だからせめて自分が我慢できるのをそれぞれ買ってんだよ。」


 マルネが言葉を続ける。


「というよりアリスちゃんは冒険者なんだからその辺は詳しいんじゃないの?色んな人とパーティ組んだだろうしさ。」


 そう言われて自分が過去に組んだ面々を思い返す。


「あー・・・、確かに最初はみんなバラバラでしたね。」

「最初は?」


「2回目以降組んだ人はこれ食べてましたよ。」

「みんな?」


「1回だけしか組んだ事無い人を除けば・・・そうですね。」

「それ、そんなに美味しいの?」


「私が食べた携帯食の中では今の所一番ですね。どうぞ。」


 袋から4本取り出して手渡す。


「良いの?」

「ええ、多めに持っていますし、お昼はご馳走になりましたから。」


「じゃあ、いただきまーす。はむっ・・・・・・ん?・・・・・・・・・んーっ!んーっ!」


 躊躇わずに口に入れたマルネが隣のレーゼをガクガクと揺さぶる。


「あ、あらあら・・・どうしたのですか、マルネさん?」


 ごくり、と咀嚼したマルネ。


「・・・あ、甘い・・・甘いよレーゼちゃん!これ!」

「甘い・・・のですか?」


「うん!次からこれにする!」

「甘いね~、ミゼルも次からこれにしようかな~。」


 経過を見守っていたテリカとレーゼも顔を見合わせてから齧る。


「これは・・・美味いな。」

「確かに甘くて美味しいですね、みなさん同じになるのも納得です。」


「ねぇ、アリスちゃん。これどこで売ってるの?」


「スーパーですよ。」

「あそこかー。やっぱり高いの?」


「1つ銅貨3枚ですね。」

「うー・・・ちょっと高いなぁ。って、そんなの貰って良かったの?」


「ええ、多めに買っていますので。」

「銅貨3枚・・・ですか。」


 レーゼたちが真剣な顔で悩みだす。


「10本まとめて買うと銅貨25枚になるので、買うなら一緒に買うと良いですよ。」

「それは魅力的ですね。アリスちゃんもそうしているのかしら?」


「はい、今回は余っている分に加えて30本買い足しました。」

「か、顔に似合わず随分豪快に買うね・・・。」


「6人分をまとめて買っているだけなので、そう感じるだけですよ。」

「アリスちゃんは凄いね~、お使いもちゃんと出来るんだ~。ミゼルはいっつもレーゼちゃんに怒られるんだよ~。」


「いや・・・慣れですよ、ミゼル先輩。父と仕事をしていた時も途中から私が管理をしていましたし。」


 この世界での父親・・・エルクに便利に使われていた事が懐かしく感じる。

 新しい携帯食を見かければ一緒に食べ比べなんかもしてたっけ。


「そんな事までやっていたのね、アリス。」

「よく連れて行って貰えましたね。私ならこんな可愛いアリスちゃんを危険な所になんて・・・。」


「いえ、最初は反対されたんですが、説得―――」

「アリスがお父さんを剣で負かしたから。」


「あらまぁ。」


 そういえばしっかり見てましたね、姉さん。

 ヒノカが興味津津な顔で促す。


「ほう、それは初耳だな。詳しく教えて貰おうか。」

「いや、大した話じゃないよ。打ち合ってる途中でお父さんの古い剣が折れちゃっただけで。本気じゃなかっただろうし。」


「うふふ、お転婆だったのね。」


 その時、太ももに何かが乗っかってくる感触がした。

 隣に座っていたフラムの頭だ。

 すぅすぅと静かに寝息を立てている。


「あらあら・・・眠ってしまいましたね、疲れていたのでしょう。ふふ、可愛い寝顔ね。」


 リーフが立ち上がり、フラムの荷物から寝袋を取り出して広げる。


「こっちに寝かせてあげて。」

「うん、ありがとう。」


 触手を駆使してフラムを起こさないように抱き上げ、寝袋に寝かせる。

 レーゼが声のトーンを少し落として皆に向けて口を開く。


「少し早いですが、私達も休みましょうか。」


 安全そうな場所ではあるが、万が一という事もある。

 見張りは必要だろう。


「では私が最初に見張りをします。」


「い、いや、流石にアリスちゃんは寝てて良いよー。」

「そうです、ちゃんと寝ないと大きくなれませんよ?」


 レーゼの胸がゆさゆさと主張する。


「でも私が一番冒険者歴も長いですし・・・。」

「それとこれとは別です。」


 マルネ達に、リーフが同意する。


「そうよ、お言葉に甘えさせて貰いなさいな、アリス。見張りは先輩方4人と私とヒノカでやるわ。ニーナとフィーも、もう寝なさい。」


「えぇー、ボクもやりたーい。」

「寝ている貴女を起こす方が重労働だわ。」

「ぶぅー。」


「わたしもいいの?」

「ええ、明日も前線で頑張って貰わないといけないしね。」

「わかった。」


「フラムはこのまま寝かせてあげましょう。今日はずっと怖がっていたから。アリスはフラムの隣で寝ててあげて。」

「・・・ふぅ、分かったよ。でも何かあったら起こしてね。」


「ええ、分かってるわ。」


 不意にミゼルに頭を撫でられるリーフ。


「リーフはミゼルよりしっかり者さんだね~、いいこいいこ~。」

「あぁぁあの、せせせ先輩・・・!?」


 顔が赤いのはランプの光の所為だけではないだろう。


「じゃあ順番決めるよー。」

「そうですね、それでは・・・。」


 見張り組が相談を始めるのを後目に寝袋を鞄から取り出す。

 フラムの隣に寝袋を敷き潜り込んだ。

 フィーとニーナも疲れていたのか、もう寝息を立てている。


 俺も目を閉じ、まどろみに身を任せた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る